オクターブアップ!

「シュンスケニウムの原子量」の大統一バージョン
ダイヤ改正後の風景。

今年3月に首都圏のJR私鉄各線の運行ダイヤが改正された。
今までもダイヤ改正は何度もあり、ぼくが通勤で利用する京浜東北線・桜木町駅で乗る始発電車の発車時刻も少し変わったりもしたけど、今回の改正では、桜木町駅を始発とする電車が大きく変わることになったのだ。7時台に4本あった始発電車が2本に減らされたのである。今まで大きな変化がなかったからなのか、今回は精神的にかなりがつーんとくる変化である。
かつての桜木町駅始発の電車は、細かい時刻はウロ覚えだけど、7時05分、7時20分、7時30分、7時40分があり、ぼくはそのうち7時30分の始発電車に乗っていた。この時刻なら、多少寝坊しても7時40分に乗れるし、家を出る時間がちょっと早くなれば7時20分に乗ることもできるわけである。
あえて始発電車に乗る理由は、言うまでもなく、座れるからである。40分以上もの長い満員電車をより快適に過ごすためと、日頃の寝不足を解消するために、ぼくはわざわざ始発電車に乗るわけである。ストレスフルな毎日の中で、座って通勤できる時間がぼくに与えられたわずかな安らぎの時でもあるのである。
しかし、今回のダイヤ改正で大きく変わってしまった。7時05分発と7時30分発以外は、廃止されてしまったのだ。
いや、ぼくが利用していた7時30分発の電車が残っているのだから、何も問題はないと思うかもしれない。朝の起床から始まるぼくの生活リズムは一切変えることがないわけで、その点ではダイヤ改正の影響はないと言えるんじゃないかと思うかもしれない。
それが全然違うのだ。
劇的に変化したのは、ぼくの生活リズムではない。朝の桜木町駅のプラットホームの風景が、かつての姿から一変してしまったのだ。
始発電車に乗ろうとする人は、ダイヤ改正前の7時台には電車4本分いたわけである。これがダイヤ改正で2本に減らされた。減らされた方の始発電車を利用していた人は、当然別の始発電車を使おうとする。以前7時20分に乗っていた人は、どうするか。早起きをして、1本早い7時05分に乗ろうとするか。そういう人もいるだろう。しかし、水は低きへ、人は易きへ流れるものである。つまり次の始発電車、7時30分発に流れていく。さらに以前7時40分に乗っていた人はどうするか。次の電車は8時08分である。つまり30分近く遅くなることになるわけで、そうであれば頑張って早起きして10分前の7時30分に乗ろうとするだろう。つまり、7時30分には、従来からの利用者に加えて、7時20分と7時40分の利用者が流れ込むわけである。もともと3つに分割されていた始発電車の利用者が、一挙に1本に集まるわけである。
ダイヤ改正前のぼくは、始発電車の時刻に間に合わせるために、発車時刻の10分くらい前に駅のプラットホームに着くようにしていた。ぼくが階段を上っていくと、先発の7時20分発の電車が発車を待って停車していて、そのドアの前には、次の始発、7時30分の電車に乗るための2、3人の乗客が既に並んでいた。
しかし今は違う。7時30分の発車のために、7時10分にはプラットホームに行かないといけないのだ。いや、その時点で既に10人程度は並んでいる。先頭で並ぶためにはさらにその前、7時過ぎにはプラットホームに行かないといけないのだ。発車時刻の30分前である。朝の貴重な時間を30分もの間、電車が発車するのをひたすら待たないといけないのである。
いや、分かっている。これがどれほど非生産的な行為かというのは、ぼくなりに充分理解しているつもりである。座席に座りたいために、30分も駅で待機するというのは、朝の時間がどれほど貴重かを置いておいても、かなり滑稽な行為である。そんなに座りたいか!とさきこに一喝されてしまう。いや、座りたいんだけどね。
ちなみに、お目当ての7時30分発の電車が来て、実際にドアが開くと、その瞬間から戦争開始である。怒涛のように車内に乗客がなだれ込み、まるで音楽が停まった瞬間のフルーツバスケットのように壮絶な席取り合戦が始まるのだ。これは見ていてかなり滑稽である。いい大人がたかが座りたいために、赤の他人とケンカ上等でフルーツバスケットをやるわけである。ぼくはそういうのは嫌なので、充分座れる順番になるように速めに家を出て、せめて先頭から3、4人の位置に並ぶようにしている。ぼくもさすがにフルーツバスケットをするくらいなら、立って乗車する方に甘んじる覚悟はある。

 

ともかく、朝の桜木町の風景は、一遍した。
長い通勤時間を少しでも優雅に過ごすために始発電車を選択していた人たちが、互いに互いをけん制し合う殺伐さを生んでしまったのだ。
なぜ、こんなことになったのか。
なぜ、JRは4本もの始発電車を半分にしたのか。しかも混み合うことが分かっていて7時30分発車を残したのか。
その理由をどうしても知りたい。
桜木町始発の本数を犠牲にしてでも優先すべき何か別の理由があったのか。たとえば、桜木町始発を削減して、他の駅、たとえば鶴見始発を多くしたとか、桜木町始発のために南行する桜木町止まりの電車を削減して、南行の電車を削減、つまり人員や車両を他に効率良く回すことを画策したのか。それともシロウトには想像もつかないような理由があるのだろうか。どうすれば、その理由の一端でも伺い知れるだろうか。
不条理にも朝の早起きを強要され、しかもプラットホームの和やかな雰囲気を一変させた元凶であるダイヤ改正の真意をぼくはどうしても知りたかった。

 

最近の時刻表はネットに掲載されている。京浜東北線もネットで検索すれば、駅ごとの運行時刻や行き先、始発かどうかなどを確認することができる。しかし、ダイヤ改正を機に、過去の時刻表は消去され、最新の時刻表だけが表示されるようになった。ネットで画像をコピーでもしておかない限り、過去の時刻表、しかも他の駅の始発本数の変化を見るためには桜木町以外の駅の時刻表を確認することはできないわけである。
では、書籍の時刻表はどうだろう。2か月前の時刻表が手に入れば、最新の時刻表と比較して、ダイヤ改正前後の状況を知ることができる。これなら何らかのヒントが掴めるハズである。どうやって過去の時刻表を手に入れようか思案していたら、ふと古本で手に入れる方法を思いつき、いや単純にネット通販なんだけど、先日ようやく2か月前の時刻表を手に入れたのだ。
しかし、これも失敗である。鉄道マニアの人には常識的なことなんだろうけど、山手線や京浜東北線は、始発後の数本、終電前の数本以外は確定的なダイヤが時刻表に掲載されているのではなく、「日中は3〜15分の間隔で運行」などと記載されるにとどまっているのである。他の電車のように、すべての電車が時刻表に表示されているわけではないのだ。当然、7時台のダイヤも確定的な時刻が表示されていない。書籍の時刻表で比較することはできないわけである。
さて、どうするか。
世の中には「ダイヤグラム」というものがあるそうである。運行図表ともいわれ、それぞれの電車が何時にどこの駅を着くかをグラフ化したものである。そもそも「ダイヤが乱れている」という時のダイヤとは、このダイヤグラムを指すのである。電車は基本的にこの表で運行が管理されていて、これを駅ごとに切り出したのが、時刻表なのである。
京浜東北線の新旧のダイヤグラムを入手できれば、始発電車の本数などを比較できるかもしれない。
鉄道マニアはまめな人が多いのか、ダイヤグラムを自分で描いてネットにあげていたりする。ぼくは早速ネットで検索して、ダイヤグラムをパソコンの画面に表示してみた。
・・・が、これはぼくにはちょっとハードルの高い図表である。いや、構造は分かってるつもりである。斜めに引かれた線を辿れば、その電車がどういう振舞いをするのかが分かるハズである。しかし、なんだろう、細かすぎるからだろうか。手に取るようにわかるハズのダイヤグラムが全然分からない。きっと本来は紙で出力したものを、指で辿ったり蛍光ペンで色付けしたりして使うものなのだろう。細かいのは最初から織り込み済みで作られている図表なんだろう。ネットでちょろっと閲覧するには、細かすぎる。

 

ダイヤグラムの難解な図表を前にして、ぼくのモチベーションは急速にしぼんでしまった。
思えば、ぼくはただ桜木町始発の本数が減少した理由を知りたかっただけなのだ。その長い検証の過程で、ダイヤグラムを読み解くノウハウが必要であることが分かり、その壁の前でぼくは立ち尽くしてしまった。
「ま、いいか・・・」と思ってしまった。
理由が分かったところで、何かが変化するわけではない。今までどおり7時30分発の電車に間に合うように自宅を出て、席争奪戦が過度に過酷にならない時間帯に駅に着き、何ら生産的なことをせずにただプラットホームに立って電車を待ち、いい大人が演じるフルーツバスケットを眺めるのだ。あの様子だと、そのうち殴り合いのケンカに発展するんじゃないかな。
しかし、まだ希望は捨てていない。
ネットや書籍の時刻表でもなく、ダイヤグラムでもなく、全然違う方法で、この問題にアプローチできる方法があるかもしれない。いや、鉄道マニアの方がいれば、ぜひお知恵をお借りしたい。ちょっと努力すれば、ダイヤグラムを簡単に解読できるスキルを手に入れるかもしれないし。

 

いや、そもそもの話し、ぼくが京浜東北線を利用することが最適な通勤手段かどうかも検証した方がいいかもしれない。思えば、満員電車で立って通勤、いや痛勤していた時を思えば、こうして始発電車に座って通勤するようになってから、ぼくの肥満には拍車がかかったような気もしている。ダイエットのためにも、京浜東北線で立って通勤するのを考えてもいいのかもしれない。またかつて殺人的ラッシュだった京浜急行も最近はさほどでないと聞く。電車で本を読むということもなくなったし、もしかしたら始発電車がぼくをどんどん退化させているのかもしれない。
この機に始発電車を見直すのもいいかもしれない。始発電車を目指して早起きするよりも、普通に通勤することでちゃんとした睡眠時間が長く取れるということもあるかもしれないからね。

 

※当初はこのブログには、始発本数減少の理由を見事突き止めたその顛末を書く予定だった。しかし、その壁が予想以上に高く、越えがたいものだったので、やむを得ず、目的を達しえなかった現状までの経緯を書くにとどめるハメになってしまった。ホント残念である。このナゾの解明は、遠のいてしまったけど、いつか別の形で、このようなナゾに挑めるようになればいいなと思っている。

| 日記 | 17:18 | comments(0) | trackbacks(0)
今年のチャレンジサイクリング。

4月も半ばに入り、暖かい日というよりは暑い日すらあったりする今日この頃、そろそろ今年のチャレンジサイクリングについて考えないといけない時期である。とは言え、最近はなかなかサイクリングに行けていない。毎週のように出かけていた以前と比べて月に1回乗るか乗らないかみたいな状況である。それでいっぱしのサイクリストを気取ってチャレンジサイクリングなんて言うのは、ちょっとオコガましい感じがするだけど、パソコンでネットの地図を見てサイクリングコースを考えたりして、気持ちはいつでもサイクリストである。まるで部屋に飾られたサーフボードを眺めながら、波乗りを夢想するサーファーみたいである。いや、サーフィンやったことないけどね。

 

少し脱線するけど、自宅のパソコンで日本中の地図を見ることができるというのは、思えばスゴいことである。ぼくが社会人になりたての20年くらい前には、会社にパソコン自体があまりなかったこともあるけど、それでも一人1台のパソコンが割り当てられた後でさえ、ネットで地図を見るなんてことはできなかった。当時は地図会社がデジタル化を始めていて、地図情報をCDに収めた地図ソフトがあったくらいである。ぼくの仕事ではこの地図ソフトを使った仕事はなかったのだけど、同僚の人がこれで通勤費の計算なんかをやっていた。ふと同僚の席の後ろを通った時に、パソコンの画面にに会社界隈の地図が表示されているのを見て、驚いたものである。それまで会社の書棚には、紙の地図が地域ごとに取り揃えてあったけど、今や手元のマウスを操作することで、地図を拡大縮小が自在にできる、そんな時代なんだーと感心したものである。そしてその後、グーグルマップの登場で、誰もがネットで簡単に地図を見ることができるようになったわけである。やはり時代は移ろっていくものだなー。
ぼくが社会人なりたての頃は、当然ながら高度成長期は終わっていて、いやそれどころかバブルが弾けて、経済が大きく後退した時代で、ウワサに聞く高度成長期のように生活の水準がみるみる変わっていくなんてことはなく、これから先もきっと同じような生活が続いていくんだろうなーと思ったものだけど、失われた20年なんて言われててもそれなりに進歩はしているのだなーと感じ入ってしまう。
そんなわけで、ぼくは自宅のパソコンで自由に地図を見ることができ、サイクリングコースをいろいろ検討することができるわけである。日本地図全体を表示して、その中からまだ走ったことのない場所を探して(いや、探すというよりほとんど走ったことのない場所だけど)、目星をつけた地域に向けてマウスホイールをグリグリ回してどんどん拡大していく。
さらにグーグルマップのストリートビューを使えば、パソコンの画面に路上の景色が360度で見渡せる。マウスをドラッグしながら景色を見たり、クリックして道の先を進んでいったりと視点は自由自在である。最近のストリートビューは、車道だけじゃなく歩道、特に有名な神社仏閣の境内とか遊歩道なんかも網羅している。川下りが観光名所になっている川には、川下りの舟からの景色なんかも見れたりするので、もう居ながらにして観光気分が味わえるわけである。

 

さて、ネット地図の話しはともかく、サイクリングのコースを決めないと。
チャレンジサイクリングは、今まで東京・京都の東海道、野辺山から軽井沢、八丈島周回、北海道オホーツク、東京湾一周、知床半島、伊豆半島一周と続いてきた。年に一回くらいは、本気で自分自身に向き合う機会を持ちたいというわけで、今年で8回目になる。
まだ行ったことのない場所はどこだろう。

 

いくつか候補があって、北海道にもう一度行ってみようとか。次は四国を走ってみようかとか、いやいやずっとやりたいと思っていた中山道を走ってみようか、はたまた名古屋から郡上八幡を経て北陸まで北上してみようとか、いろいろ考えている。その中で、現段階でもっとも魅力を感じているのが、紀伊半島である。ぼくにとっては完全な未踏の地である。紀伊半島の南側に南紀白浜空港があり、ここを発して紀伊半島を横断する形で反対側に出て、ここから海岸線を通って時計回りで再び南紀白浜空港に戻ってくるコースである。紀伊半島南部の横断でおよそ100キロ、翌日に紀伊半島の先端、本州最南端までおよそ100キロ、そしてそこから再び南紀白浜空港に70キロほど走って戻ってくるわけである。まあ2泊3日のサイクリングにはちょうどいい感じかな。
しかも見どころも多い。南紀地方には、熊野神社があるし、本州最南端もある。文明開化の時代に紀伊半島の沖で遭難したトルコの船・エルトゥールル号の乗組員を救助した話しが有名である。また近年、海外の動物愛護団体から批判に晒されているイルカの追い込み漁で有名な太地町も通る。そして南紀特有の風光明媚な海岸線。なかなか楽しいサイクリングができそうである。
ただこのコースにもいくつか懸念がある。初日のコースは100キロの比較的長い距離であり、また紀伊半島を横断するので、それなりの山を上ることになる。途中にいくつか集落があるものの、気軽に利用できるコンビニなどない地域である。バスは走ってるだろうけど、電車は走っていない。何かトラブルがあっても、自力で何とかしないといけないのである。2日目、3日目は紀勢本線の沿線を走るので、多少気が楽ではある。
現地に向かうための交通費、つまり航空チケット代が高いのも考えものである。前回の伊豆半島一周や東京湾周回などでは、交通費はかなり安価で済んだことを思うと、航空チケットだけで数万が吹っ飛んでしまうのは困ったものである。
さらに南紀白浜空港には、ANAが就航しておらず、J〇Lしか就航していない。この会社で自転車を運搬するには甚だ不安がある。以前、福岡出張にカコつけて自転車を持っていったその帰り、羽田空港の預け荷物の引き渡しの際に、あろうことか自転車をターンテーブルに載せてきたのである。ANAであれば、どこの空港でも係員の方が手で運んできてくれるので、この扱いには驚愕したものである。経営破たんから頑張って再生を図るこの航空会社をぼくは応援していたのだけど、その気持ちはこの件で一発で完全に冷めてしまった。飛行機を利用するなら、どこに行くにもANAを使うことを固く誓った瞬間であり、航空会社の利用客ってこういう些細なことで気持ちが離れるものなんだなー、その積み重ねが経営を悪化させる遠因になるんだろうなーと思ったものである。
J〇Lしか就航していないからと言ってチャレンジサイクリングを諦めるのも本末転倒である。とは言え懸念ではあるので、この機会によりクッション性の高い輪行バッグを購入することになるだろうな。

 

こうして懸念をひとつひとつ解消していくことで、計画がどんどん具体化していくわけである。チャレンジサイクリングの何が楽しいって、そりゃもちろんサイクリングしている時が一番楽しいのだけど、それに劣らず、こうしてどこに行こうかいろいろ考えたり、懸念を検証してどう対応しようかを考えている時もスゴく楽しいのである。
あとは天候かな。晴れるタイミングを狙いつつ、雨の神様、龍神様にお願いしないとな。

| 自転車日記 | 11:05 | comments(0) | trackbacks(0)
久し振りのランニング。

先週の休日は、さきこが昼前から出かけてしまい、午前中から自宅にはぼくとネコたちだけだった。夕方から楽団の練習に参加する予定だったので、しばらくはこのままアンニュイでモラトリアムな時間を享受しようかなーなんて思っていた。そんな雰囲気を察してか、コウくんがぼくの膝の上にぴょんと乗ってきて、「今日は出かけないんだね」なんて顔をして身体を預けて甘えてきた。いいなーネコと過ごす時間。このままセカセカした「ニンゲン時間」からゆったりとした「ネコ時間」にシフトして、怠惰な休日の泥沼にハマっていくのもいいなー・・・と思ったところで、ふいに床屋に行くことにした。いや、実際ぼさぼさ過ぎるでしょ。こんな髪で新年度を迎えたこと自体、社会人としてどうかと思うけど、とにかく伸びすぎた髪を切りに行くことにしたのだ。
膝の上のネコを下ろして、ジーンズを履き、上着を着て外に出た。暖かくていい日だった。テクテク歩いていると暑いくらいだった。少し先に信号があり、これを渡る。歩行者用の信号が点滅を始めたので、少し小走りする形になった。視界の端にランニングする人の姿が映って、これに呼応するようにぼくも自然とランニングフォームで走る形になった。その時、このランニングフォームが身体にぴたっとハマったのだ。身体が自然と走る姿勢になってくれた感じである。そしてふと思ったのだ。
あ、今日は走ろう。

 

床屋に行って髪を切り、帰宅してそのまま服を脱ぎ、ランニングウェアに着替えて、再び玄関から、今度はランニングシューズを履いて外に出た。いや久し振りのランニングである。思えば外を走るのは、なんと三浦国際市民マラソン以来である。1か月以上も走っていなかったわけである。実際は週末のジムで筋トレ後に30分ほど走っているので、ランニング自体はそれほど久し振りではないのだけど、それでも4キロくらいの短い距離だし、外を走るのはホントに1か月振りだった。
ホントは週末は無理せずゆっくりしよう、晴れたからと言って無理して出かけないようにしようと思っていた、しかもこの日は夕方から楽器を吹くので、体力と集中力を残しておきたかった。しかし、ランニングが身体にかちっとハマってしまうと、もう無視はできないね。
久し振りなので、ゆっくり無理のないように走ったつもりが、いつしかいつものようにタイムが気になりだして、結局がっつり走る感じになった。いつも練習で走る10キロ弱のコース。一人だったけど、楽しかったわ。

 

ランニングが終わって自宅で少し仮眠をとってから、楽器を背負って再び出かけた。9月に演奏会があるそうで、これに向けて本格的に練習が始まった感じである。終わった後の飲み会も含めて、なかなか楽しいヒトトキだった。ランニングと楽器練習を同じ日にやったのは初めてで、その組み合わせがちょっと新鮮だった。大きなタライで脳みそをざぶざぶ洗ったかのようにリフレッシュした。疲れたけど楽しい週末だったわ。

 

一方さきこは、週末の外出先で腱鞘炎になってしまった。
さきこが去年の終わり頃から、自身のスキルアップのために何やら始めているのは既に書いたけど、その何やらの中で、手の指を酷使することになり、これが原因で右手親指が腱鞘炎になってしまったのだ。かなり痛いようである。昨日は病院に行って処置してもらい、今はテーピングして会社に行っているけど、大丈夫かな。早く治るといいな。これが腰痛や肩こりに続く、新たな体調不良の原因にならなきゃいいけどね。
それよりもさきことまた一緒に走れたらいいのになと思う。
そういえば、富士裾野のランニングイベントは、ちょうど来月である。走る距離は10キロとは言え、5キロの坂道を延々上って、今度は5キロの下り坂を延々と下ってくるコースである。ぼくは以前ハーフマラソンを走って、散々な結果になったけど、今度は10キロなので、それなりに楽しい走りをしたいと思っている。週末のランニング練習はまさにこのイベントに向けた練習だったわけである。
さきこのこのイベントまでに何とか身体の調子を戻してほしいと思う。ちゃんと病院に行って、ちゃんと治療して欲しい。そのためにかかるおカネであれば、少しももったいないと思わないんだけどね。
そんなわけで、春もそろそろ終盤、次第に暑くなる日も来るだろう。ランニングのシーズンもそろそろ終わりである。

| Be RUNNER! | 12:32 | comments(0) | trackbacks(0)
未来技術の夢。

ぼくが小学4年生くらいの時の話しである。今でもそうだけど、当時から虫歯の絶えない子供で、歯科検診の際には必ず虫歯が発見され、治療するよう言われていた。ぼくは歯医者がとても嫌だったので、虫歯と言われた歯も特に痛くはなかったし、要治療の診断が出ていることをお袋さんに隠していたのだ。しかし、要治療にもかかわらず、一向に歯医者に行かないぼくをある日、学校が無理やり歯医者に連れて行って、治療を受けさせたのだ。今でも鮮明に覚えているけど、ぼくがいつもどおり授業を受けていたら、教室のドアがガラッと開き、ぼくが呼び出され、数人の児童(ぼくと同じように要治療なのに虫歯治療を受けてなかった児童)と一緒に学校近くの歯医者に連行されたのだ。授業中の児童を強制的に連行するなんて、今ではいろいろ問題になりそうな行為だけど、当時はお構いなしだったみたいで、「虫歯を放っておくと、そのうち歯が全部なくなっちゃうわよ!なんて保健室の先生に脅されたものである。
ちなみに、その後ぼくは大学に行き、法学部に入学し、刑事訴訟法かなんかの授業で、逮捕状がどのような手続きで取得され、どのような手続きで身柄が拘束されるかを学ぶ中で、逮捕・拘束という、被疑者の自由が一時的に制限され国家権限により憲法上の基本的人権が一時的に停止される状況を知った時、なぜか小学4年生の時の歯医者への強制連行の光景が思い出されたのである。トラウマというわけではないけど、それくらい強烈な思い出だったわけである。
そして、ぼくが小学5年生くらいの時のことである。朝のNHKニュースで取り上げられたニュースに目が釘付けになった。
「身体の器官の元になる細胞を身体に埋め込むことで、なくなった器官が復活する技術」の話しである。今でこそ言葉としては一般化している「再生治療」のことである。当時はまだ技術的にはほとんど確立されていなくて、ニュースになったのはおそらく再生治療という新しい分野が始まった頃に、たとえば再生医療の道を拓く画期的な論文が発表されたとかそんな感じのニュースだったのだと思う。ともかく、今まではダメになった器官は切除してそのままというのが常識だったけど、これからは欠損した器官を自分の細胞として復元する方法ができるかもしれないというわけである。
子供心にぼくはこのニュースが気になってしょうがなかった。ダメになった器官がトカゲのしっぽみたいに再生できるというのなら、「虫歯になっちゃって抜けた歯も再生できる」というわけである。つまり、小学生の頃に保健室の先生が言っていた虫歯を放っておくと歯がなくなっちゃうというのは、再生医療の前ではもはや脅威ではないわけである。虫歯になってもあえてこちらからどんどん抜いちゃって、また新しい歯を再生すればいいのだ。痛い思いをして虫歯治療をするよりは、よほどその方が効率的のように思えた。明るい未来が広がった。もはや虫歯は脅威ではないのだ!虫歯、どんと来い!と思った。

 

しかし、あれから数十年の時が経て、絶え間ない努力のもとで医療技術はどんどん向上しているけど、歯の再生医療は未だに確立されていない。それどころか、再生医療もまだ発展途上である。いや、研究している人の努力は大変なものである。iPS細胞を発見した山中教授のモチベーションには感服するあまりである。しかし事実として、再生医療は一般化には程遠いのが現状である。ぼくが泣き出したい気持ちをぐっと堪え、数人の児童と一緒に歯医者に連行され、拷問器具のようなあの悪魔の治療台に乗せられた時のぼくの思いはまだ浮かばれないわけである。

 

そんなわけで、技術というものはそうそう簡単には進歩しないものである。つい10年前まで誰しもがスマートフォンを持つなんて思いもよらなかったし、いやポケベルさえ一般化していなかった30年前を思えば、今の世の中は隔世の感が禁じ得ないけど、それほど長い時間を超えても達しえない技術というものがあるわけである。
そんな折、最近話題のAI技術について、今後の発展の展望のような記事に触れた。某経済紙の特集ページで1面丸々使って、AI技術が今後どんな発展の仕方をしていくかをまとめた記事である。将棋や囲碁でニンゲンを上回る能力を見せたAIが、今後どのように発展していくかを希望的観測も含めて予想していた。詳しい内容は忘れちゃったけど、自動運転は○○年に実用化するとかAIによる医療行為、たとえば問診とか外科手術は○○年に実用化されるみたいな内容である。AIの発展によりニンゲンは労働から解放されるみたいな未来が描かれていたかな。まるでギリシア時代の人が身の回りのことはすべて奴隷にやらせていた時代のようになり、ニンゲンはよりクリエイティブなことに専念できるわけである。
さてその記事の中に、ぼくがこれは!?と思って目をとめた項目がある。それが自動翻訳である。相手の話す言葉を瞬時に翻訳して自国語に変換してくれる技術である。これにより、ニンゲンは言語の壁が完全に取り払われ、全世界の誰とでも自由に話すことができるわけである。それが実現したらスゴい世の中になるだろうな。
旧約聖書によると、そもそもニンゲンの言語に違いがあるのには理由がある。その昔、ニンゲンが神の領域にまで迫る高い高い建物を建設した。しかし、建物が今まさに天にも届こうかという時、神の怒りにより建物は破壊されてしまい、神さまは二度とこのようなことができないよう、ニンゲンの言語をバラバラにしたんだそうである。これが有名なバベルの塔のお話しだけど、いうなればバベルの塔の時代に神様の怒りに触れて分断された英語やら日本語やら韓国語やらの言語が、ついにAIによって昔のように会話ができることになるわけである。それってスゴいことだなーと思う。いや、言語の壁が取り払われることが新たに神の怒りに触れなければいいなとは思うけど、ともかく、何のストレスもなく外国人とコミュニケーションがとれるというのは素晴らしいことである。これで苦労して英語を学ばなくても済むわけである。
しかし、自動翻訳は可能性の未来である。希望的観測である。これも先の再生医療の話しと同じで、実際のところいつ実現するか分からない。ぼくが小学5年生で再生医療のことを知ったのと同じように、AIの夢の未来像を今知ったばかりなのである。

 

街に英会話教室が溢れるこの時代から、自動翻訳による外国人とのリアルタイムコミュニケーションができるようになるまで、ホントに隔世の感がある。10年程度で到達できるものではないような気がする。それに自動翻訳は英会話教室で働く人の職業を完全に奪ってしまう。街に失業者が溢れる世の中が、ホントに人類にとって幸福な世界なのか?という話しである。いや、人類全体の幸福と街の英会話教室の失業とはそもそも比較にならないのだけど、こういう短視的なバイアスに技術の発展が阻害されるようなことがあると仮定すると、もしかすると再生医療の発展にも何らかのバイアスがかかっているのかもしれない。
そう、もしかすると、歯の再生医療が一向に実現しないのは、失業を恐れる歯医者さんたちの何らかの圧力があるのかもしれないわけである。泣きたいのを堪えてそれでも勇気を振り絞って診察台に乗ったぼくの勇気は、短視的なオトナの事情でまだまだこの先も浮かばれないのかもしれない。

 

※小学生の頃の歯医者強制連行の話しやそんな折に再生医療に関するニュースを見たという話しは、実は以前にも書いている。もう忘れちゃったけど、この幼少体験はそれほど強烈だったというわけである。当時のぼくの魂が再生医療の発展によって浮かばれるのを楽しみにしている。

| 日記 | 12:22 | comments(0) | trackbacks(0)
シュールな英会話。

ある日のこと、某大手通販会社の社長がテレビで喋っているのを見かけた。
喋っていたのは英語である。この会社は数年前に社内で使用する言語を英語に決めた。つまり「社内公用語=英語」なわけだけど、これは当時かなり話題になったものである。それまで日本語で会話していた社員たちは慌てて英会話教室に通い出したそうである。仕事がデキるデキない以前に、英語が喋れないと社内でコミュニケーションが取れないことになったわけである。
ぼくは英会話は1ミリもできないので、これを聞いた時には「うへー」と思ったものである。社長がいきなりそんなことを言い出したら、きっと猛烈に反対するんだろうなー。この通販会社では社内にいろんな国の人がいて、またいろんな国の人とコミュニケーションしないといけない会社だから、公用語を英語にする事情も分からなくもないけど、ぼくが勤める会社ではきっとそんなことにはならないだろうな。

 

ちなみに、いつも思うのだけど、日本にやってくる外国人はなぜ日本語を話さないのだろう。ぼくが外国に行く時には、現地の言葉をいくらかでも喋れるように事前に単語くらいは勉強するものだけど、外国人の旅行者が買い物をしている時に覚えたてのたどたどしい日本語で話している光景に出遭ったことは一度もない。そればかりか接客する側の店員の方が一生懸命に英語を喋っている。
日本に興味があって日本に旅行に来たのだから、少しくらいは日本語を喋れて欲しいものだと思うわけである。

 

閑話休題。
さて、通販会社の社長が英語を喋っている映像だけど、ぼくはちょっと意外だった。
社長の話す英語がちょっとたどたどしかったのだ。少なくとも流暢な英語という感じはしなかった。これが習熟した英会話能力を持ち、それを駆使して世界中の企業などとギリギリの交渉をし、さらなるグローバル化を進めるために社内公用語を英語にすることに決定した人の英語なのだろうか。たどたどしいというとちょっと違うかな。何となく流暢でない感じ、例えるなら中学生が英語の教科書を音読しているような感じなのだ。英会話の能力が高い人の発音ではないよなーと思ったのだ。
こんな喋り方で英語圏のネイティブの人と意思疎通が図れるのだろうか?日本人が外国に行ってカフェでコーヒーを頼むのに、精いっぱい巻き舌で「カッフィー(コーヒー)」と言ったところで「パードゥン?」なんて返されて、それでも懸命に「カッフィー、カッフィー」と繰り返し訴えていたら、持ってこられたのが「コーク(コーラ)」だったなんて話しも聞く。中学生が教科書を読むような感じでは、英語圏の人とはコミュニケーションが非常に取りにくいわけである。だから社長さんの英語を聞いて、ちょっと驚いたわけである。
いや、実際は違うかもしれない。この社長さんは実はちゃんと喋れていて、ぼくがたまたま見かけた部分のイントネーションがちょっと変わった感じになっただけかもしれない。いつもは中学生が英語の教科書を読むような感じで喋っているわけではないのかもしれない。
しかし、ぼくの夢想はそこで広がってしまった。
もし、この社長さんのイントネーションがテレビで見たままのものだったとして、そしてそれがこの通販会社が期待する英会話能力のレベルだったとしたら、どうなるだろう。
社内で社員間で交わされる会話の言語が、日本語でもなく、かと言って英語圏の人の喋る英語でもなく、中学生が教科書を読むような感じの英語だったとしたらどうだろう。これはもはや日本語でもなく英語でもない第三の言語と言えないだろうか。英語圏の外国人にはまったく理解されない英語が、社員間で交わされている風景は、なかなかシュールである。
「プリーズ センド ミー ザット ドキュメント アズ スーン アズ」
「イット イズ ソー ディフィカルト」
ロボットの会話みたいなシュールさである。いや、最近のロボットの方がもっと流暢かな。
こんな会話が社内のそこここで交わされているのである。お互いになんだか変な英語だなーと思いつつ、「ええい!もう日本語で言ってよ!」と言いたくなるのを必死に堪えながら、中学生が教科書を読むような会話を続けるのである。
・・・うん、凄くシュールだ。

 

そんなわけで、単にテレビで見た映像からぼくが勝手に夢想を広げただけの話しではあるけど、ちょっと気になったので書いてみた。ちなみに、さきこは外国とのコミュニケーションが頻繁な仕事をしていて、会話やメールなどは英語でやることも多いそうである。そんな彼女曰く、発音がいいとかたくさんの単語を知っているとか文法が正しいとかそんなことよりも、多少の間違いはあっても勢いで喋ってしまう方が断然伝わるそうである。日本人の同僚が外国に送ったメールを見て、「あれ?ここおかしくないか?」と思っても、実は案外通じちゃってることも多くて、「なぜあの文章で伝わるの?」と思ったりもするそうである。日本語はともかく、英語なんかでは勢いが大事ってことだね。
東京オリンピックになれば、外国人が大量に日本にやってくるだろう。その時に外国人にどう接するのか、それまでにAIによる自動翻訳装置ができているのかなんて、また新たな夢想を広げちゃったりするのである。

| 日記 | 12:35 | comments(0) | trackbacks(0)
さらば、こてつ号。

数年前にぼくがサイクリングを趣味として始めた時から付き合いのある相棒、こてつ号を先週末に甥のかずきに譲り渡した。彼が晴れて高校生になる記念と、最近どんどん身長が伸びてきてついにぼくの身長に迫る勢いになったので、この機にぼくの自転車をあげることにしたのである。
譲渡に先立ち、自宅の庭で洗車した。タイヤのチューブを入れ替えてやり、フレームを磨き、ギアやディレーラー周りをクリーニングした。もうぼくがこの自転車に乗ることはないと思うと様々な思い出がこみ上げてくる。

 

最初のサイクリングは、さきこと行った鎌倉だった。今でこそ自宅から鎌倉までの道のりは、文字通り朝飯前の距離なんだけど、自転車に乗り始めたばかりの頃はそれほど長い距離を走れず、途中で休みながら時間をかけて鎌倉まで行ったものである。またその半年くらい後、自転車仲間とサイクリングに行くのに江の島で待ち合わせした時も、自宅から直接江の島に行くほどの走力がなくて、わざわざ輪行袋に入れて電車を乗り継いで行ったものである。
サイクリングに慣れてからは、遠征にも多く出かけた。景色がキレイだったしまなみ海道は都合2回走ったことになる。また、佐渡島、大島、琵琶湖周回、知多半島、富士山周回、ツールドちば、野辺山、八丈島、北海道オホーツク、東京湾一周など、ぼくのチャレンジサイクリングの数々をこてつ号と共にした。特に東京日本橋から京都三条大橋までの750キロを7日かけて走破した京都チャレンジは、今のところぼくの人生でもっとも長いサイクリングだった。京都チャレンジの終盤、滋賀県を抜けて京都府に入り、国道1号線から三条通に入った時、まるで乗馬の騎手が馬に跨りながら馬の首をとんとんと叩いて馬を褒める仕草のように、こてつ号のフレームをとんとんと叩いたものである。キツい坂で練るようにペダルを回すぼくの汗が沁み込んだ自転車なのである。
ありがとう、こてつ号。

 

甥のかずきに譲渡するために、自転車をクルマに載せ、ついでに自転車のレクチャーをするために、ぼくとさきこの自転車を載せ、かずきの下に向かった。
彼にはロードバイクに乗る友達がいるようで、一緒に出かける際の足として自転車が欲しかったそうである。友達と一緒に鶴見の自宅から横浜駅周辺まで自転車で行ったりしているようである。そういう事情があるからなのか、乗り慣れないロードバイクもあっという間に乗れるようになり、20分後には一緒に国道1号線を北上して鶴見川に向かっていた。多くの車両に追い抜かれる国道1号線でもひるむことなく走っている姿がなんだか頼もしかったな。
ぼくとかずきとさきこは、鶴見川沿いを走って新横浜まで行き、食事をして帰ってきた。川沿いの桜がキレイな20キロほどのサイクリングだったけど、これでかずきが自転車好きになってくれたらいいな。いろんな知識を得て、彼らしい自転車を作り上げて欲しいと思った。
こてつ号と離れるのは寂しいけど、こうしてかずきという自転車仲間ができたことは嬉しいものである。愛車を手放した甲斐があるというものである。

 

こうして自宅のぼくの部屋には、3年ほど前に買った自転車とさきこの自転車だけが置かれることになった。今までは狭い部屋に3台も自転車があり、しかもぼくの自転車2台は並べて置いてあったので、かなりスペースを取られていたのだけど、こうして自転車が1台貰われていくと、なんだかいやにスペースが空いた感じがして閑散とした印象である。ぼくの部屋ってこんなに広かったっけ?と思うくらいである。
寂しいけど、良かったわ。どういう風に扱われるか分からないけど、大事なものを自分の親族に渡せたのは満足である。また夏前にさきこと一緒にまたサイクリングができたらいいな。いや、それで彼が自転車にハマるようなことがあれば、一緒にロングライドなんかも行ってみたい。ぜひ北海道とか走らせてあげたいなー。
ありがとう、こてつ号。そして、かずきの人生に彩りを与えてやって欲しい。ぼくにそうしてくれたように、ね。

 

(左)最後の整備中のこてつ号。(右)甥のかずきとぼく。こてつ号とぼくの自転車が映っている。

| 自転車日記 | 12:21 | comments(0) | trackbacks(0)
週末キャンプ。

去年11月以降、ずっと行きたいと思っていたキャンプに行ってきた。なかなか天気が良くて、また前週に雪が降るほどの寒気が下りてきたにもかかわらず、この週末は気温も高くなってくれて、とても楽しむことができた。
キャンプができなかったこの数か月間でちょこちょこ買い揃えていったキャンプグッズを全部使うことができて、しかもそれが期待したとおりのパフォーマンスを発揮してくれて、なんだか嬉しかったなー。やっぱりキャンプはいいね!
しかし、問題もある。去年から新しい趣味になってくれたキャンプが、今後続けられるかどうかの瀬戸際の問題でもある。
それはキャンプ前日から始まるある事象である。
金曜日の夜に帰宅して、さきこは買ってきた食材をクーラーボックスに入れ、ぼくは数日前に押し入れから出してきたキャンプグッズの最終確認をしていた。現地で忘れ物に気付くほどショッキングなことはないからね。
そこにフクくんが現われたのだ。
「何やってんのー?」といった顔でぼくを見上げてくる。ふと見ると積み上げたコンテナの上にコウくんもいる。
「またぼくたちを置いて出かける準備でもしてるんですね」なんて訳知り顔である。
5日に1回しか巡ってこない貴重な週末なのに、ぼくもさきこもネコを置いて出かけるわけである。ネコにとってホントに酷い仕打ちである。ぼくやさきこに甘えたいのに、二人とも平日は朝早くに出かけてしまい、夜にならないと帰ってこない。遊んで欲しいし、そっと寄り添っていたい。そんな寂しい気持ちにずっと耐えてやっと週末を迎えようというのに、ぼくもさきこもなんだか楽しそうに荷造りをしているのである。そんなぼくやさきこを見上げるネコたちの心中を思うと、ほとんど胸が張り裂けそうにあんる。ホントに可哀想なことである。
キャンプ当日も自宅から荷物を運び出すぼくに、「行っちゃうの?」と言ってるかのような眼差しを向けてくるネコたち。つぶらな4つの瞳に見上げられると、「分かった!もうキャンプなんて止めだ!」なんて言ってすべてを放り出したくなる。いや、ホント、喉元まで言葉がこみ上げてきたほどである。
そんなわけで、待ちに待ったキャンプだったけど、ネコを思うとホントに辛すぎる。これからもネコを振り切ってキャンプに行けるのだろうか。ネコとキャンプを天秤にかけるような事態が早くも今、訪れているわけである。

 

ネコたちを振り切って自宅を出て、キャンプ場に着いてみると、それはもう楽しいヒトトキであった。テントを組み立てるのも、火を起こしてヤカンの水を沸騰させてのもとても楽しかった。焚火台で燃える炎にヤカンをかけてコーヒーを飲むなんて初めてだった。美味しかったなー。
また夕食に作ったカレーも美味しかった。事前に自宅で練習しておいた甲斐があって、カレーもご飯もとても美味しくできた。ワインも美味かったな。ちょっとはしゃぎすぎてその日は疲れてすぐに眠ってしまったけど、ホントに濃い時間を過ごした。
翌朝はよく眠ったこともあって、爽快に起床して、焚火を焚いてヤカンを火にかけた。これで美味しいコーンポタージュができた。
キャンプでやるべきことがある程度分かってきたので、時間効率も良くなったと思う。だからゆっくりコーヒーを飲んだりする時間ができたわけである。
今回は丹沢のとあるキャンプ場に行き、ここは今回で3回目の利用になったわけだけど、慣れたキャンプ場だというのも安心感がある。特にこのキャンプ場はトイレもキレイだしね。設備がキレイだというのは、結構大事なことだと思うんだよね。

 

そんなわけで、久し振りのキャンプが終了した。楽しいことはあっという間に終了するものである。
さて次回はいつ、どこに行こうか。富士山がよく見える麓のキャンプ場もいいし、海沿いのキャンプ場も楽しそうである。また今回は留守番してネコたちの世話をしてくれたお袋さんもぜひ連れて行きたいと思った。

 

※(左)先日購入したハンモックに寝るぼく。

 

※(左)焚火で初めてお湯を沸かした。(右)カレーを頬張るぼくとさきこ。

※桜咲く、いい天気でした。

※写真は一緒にキャンプに行ったまりこさんが撮影した。ありがとう!

| 日記 | 12:38 | comments(0) | trackbacks(0)
誰にとっての狭き門?

つい先日、某SNSを見ていたら、横浜マラソンの開催告知を見かけた。そうか、もうそんな時期か。次回も10月に開催予定だそうである。
開催日を変更して1年半振りに開催された前回は、台風に見舞われて前日になってから中止が決定された。走ろうと思って横浜に来ていた人たちは非常にがっかりしたことだろう。安からざる参加費を払っておいて走れなかったんじゃ、まったく報われない。誰しもが走れなかった人たちの救済措置を求めていた。ランナーはもちろん、参加者じゃない人もそう思った。ぼくもそう思った。だから、今回の募集では前回走れなかった人を優先的に受け付けることにしたそうである。それはごもっともな話しである。
しかしそれを聞いて、ちょっと心配にもなった。果たして次の募集でぼくは参加する権利を得られるだろうか。ただでさえ応募者が多く、走る権利を得る競争率は非常に高い。そんなところにさらに前回参加者の優先枠が設けられたら、新規の応募者はほとんど当たらないんじゃないかと思ってしまう。気持ち的には前回の参加者にも機会をあげて欲しいと思う反面、ぼくも含めて新規参加者の門戸を狭めるのはなんだかなーと思うのである。
そしてそんな不安が的中したかのように、SNSにはこんなような記述があったのだ。
「前回走れなかった方の優先枠に約21000人の応募をいただきました。新規参加者の募集は7000人になります」
たしか横浜マラソンの参加者は約3万人だったと思う。今回の記述では合計28000人になるわけだけど、そのうちの21000人が前回走れなかった参加者で占められるというのである。実に4分の3である。いや、これ、多過ぎじゃないか?
以前から設けると言われていた優先枠だけど、そうは言ってもさすがに前回走れなかった人で希望する人を全員受け付けるということはないだろうと思っていた。優先枠は設けつつも、その応募者の中で抽選するんだろうと思っていた。具体的に言えば、前回参加者で3割くらい、新規申込で7割くらいになるかと思っていたのだ。もし優先枠で当選しなくても、一般枠で申し込めばいいので、前回走れなかった人は通常の倍のチャンスがあるわけである。救済措置はせいぜいそんな感じだと思っていたのだ。
しかし実際には、21000人、これは恐らく、前回走れなかった人で希望する人全員の数なんだろう。つまり、100%というわけである。うーん、どうなんだろうなー。ちょっと過剰サービスなんじゃないのかなー。
先に書いたとおり、前回走れなかった人への救済措置を設けることにぼくは反対ではない。しかし、走りたくても当選しなかったランナーだってたくさんいるのである。特に横浜マラソンは次回無事開催されると、実に2年半振りの開催になるわけだから、横浜マラソンを愛する人全員への思いもぜひ込めて欲しかったなーと思うのである。
まあ公平感ってのは難しいよね。どうやっても、文句が出るのは分かるけどね。

 

公平感と言えば、最近の新聞でとある広告にふと目が留まったことを思い出す。某経済新聞に載ったランニング雑誌の広告である。ランニング雑誌の特集記事には「走る力は生きる力」などと銘打って、ガンを患いながらも東京マラソンを12年連続で完走した人の記事が載っていた。
ガンにもかかわらずフルマラソンを走り切るなんてスゴい精神力である。まさに走ることが生きる原動力になってる感じである。走っていてもすぐ弱気になってしまうぼくはこういう記事にはとても興味を持ったりする。しかし、どうしても気になる部分があるのだ。
「12年連続で東京マラソンを完走」・・・12年連続?東京マラソンに?あの競争率の高い東京マラソンにそれほど連続して走ることができるのだろうか。毎年のように申し込んでいるぼくも、当選したのはたった1回きりである。それが12年連続だなんてどういう確率なんだろう。そんな強運があれば、ガンになったってフルマラソンを走るくらいどうってこともないのかもな。まあ実際は高額のおカネを寄付してボランティアランナーで走ってたりするのかもしれないけどね。

 

そんなわけで、去年の秋から始まったランニングシーズンもそろそろ終了で、次の秋に向けた募集がそろそろ始まり出す時期である。次回はさてどんなシーズンになるか。横浜マラソンは走れるのか?次回こそ東京マラソンに当選できるか?ちょっと気が早いかもしれないけど、気になり始めてるのだった。

| Be RUNNER! | 23:02 | comments(0) | trackbacks(0)
雪の春分の日。

どんどん暖かくなってきて、最近はコートなんか着なくても通勤できるような日和になってきたかなーと思ってた春分の日、いきなり雪が降った。いや、当初より寒くなるとか雨になるとか言われていたけど、ここまで荒れるとは思わなかった。日中の気温が1℃程度しかないなんて、完全に冬に逆戻りである。これは驚いた。いや、開花し始めたさくらもびっくりしてるだろうな。数日前に例年よりも9日早く東京でさくらの開花宣言が出ていて、みんなもう花見気分だったろうからね。
しかも、明日以降は今度は気温がぐんぐん上がるそうである。予想される最高気温は、ほとんど5月の気温で、場合によっては夏日になる可能性もあるんだそうな。いやもう気温の上下が極端である。やはり温暖化の影響なのだろうか。
ちなみに、悪天候が続くのは明日くらいまでだそうである。明後日は少し天気が持ち直してくれて雨は降らない予想である。
よしっ!キャンプはいい天気で迎えられそうだぞ!久し振りのキャンプを楽しんでこようと思う。

※こんな景色の3日後にキャンプなんてかなり違和感だわ。

| 日記 | 13:49 | comments(0) | trackbacks(0)
贈るコトバ。

甥のかずきがこの3月で中学校を卒業した。来月から高校生だそうである。これはめでたい。
ぼくの弟家族はいろいろと〇〇が××だったりするので、心配はしていたのだけど、とりあえず△△で◇◇なことにならなくて良かったわ。一安心である。
そんわけで、先週はお袋さんの誕生祝いも兼ねて、姪のゆうかと一緒にかずきの卒業・入学祝いをした。
かずきから見て父の兄である伯父としては、何か贈り物をしたいと思っていた。ゆうかの卒業・入学祝いが腕時計だったので、同様に腕時計にしよう。ゆうかはちょっとオトナの女性を意識した感じにしているけど、かずきはまだまだオトナな感じには早すぎるので、某Gシ〇ックなんかにしておこう。最近はGシ〇ックでもちょっと高級感のあるモデルが出ているし、そういうモデルなら落ち着いた感じもありつつ、多少ハードに扱っても大丈夫なだからね。ちょっとフォーマルな場面でもつけられるかな。
ちなみに、さきこは所用があってこのお祝いに来られなかったのだけど、ぼくたちが時計を買うよりも数時間前にその家電量販店を訪れ、かずきに似合うモデルを見繕ってくれていた。夕方くらいにさきこから「これなんかどう?」みたいなメッセージが写真付きで送られてきた。さすが、である。
ということで、横浜の某家電量販店で購入して、かずきに贈呈した。これからもいろいろ苦労することがあるけど、めげないで成長して欲しいなーと思う。
ちなみに、姪のゆうかに3年くらい前に贈呈した腕時計はどうしてるかなと思ったら、ちゃんと自宅で保管されているそうである。いや、お袋さんを伴ったこういう機会にこそつけてきて欲しかったけどねなんて言ったら、後になって腕に時計を装着した二人の写真が送られてきた。うん、ちゃんと動いているんだな。

| 日記 | 13:46 | comments(0) | trackbacks(0)
夢想の地平面
CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
アクセス解析
 

現在の閲覧者数:
モバイル
qrcode
LINKS
PROFILE