オクターブアップ!

「シュンスケニウムの原子量」の大統一バージョン
今年3枚目。

先週は出張から戻ってずっと絵なぞを描いていた。集中して作業できたおかげで、1枚を描き上げることができた。
今年に入って3枚目である。今年は絵なぞがどうしても描けない冬の時代がどういうわけか長くて、1月に1枚描いた以降は9月までずっと描けないでいた。このまま絵なぞが描けなくなっちゃうんじゃないかと心配になるほどだったけど、先月何とか1枚描き上げて、続いて今月も1枚を描き上げることができた。通常の年なら、描けない期間はあるものの、その後巻き返して結果として一年で12枚ほどは描けるのだけど、さすがに今年はあと数枚といったところだろう。
それにしても、今回はある事故というか事件によって、描き上げるまでが難産だった。
ほとんど描き上げていたところで、ふいに部屋に入室してきた愛猫・フクがぴょんとデスクの上に飛び乗ってきて、多分に水を湛えたパレットの上に足を付き、バランスを崩してひっくり返り、そのドタバタの中で描きかけの絵なぞを汚してしまったのだ。紙の上に絵の具がぐちゃぐちゃというほどではなかったけど、絵の具が紙に飛び散ってしまったのだ。絵の具を踏んだネコの足が、紙の上でキレイな足形になっていたら、それはそれで良かったんだけどね。
そこで、念のために予備に用意していた下絵で再び着彩を始めたんだけど、今度はどうしても色味がいい感じで出なくて、結局予備の下絵も使い切り、再度描き直しになってしまったのだ。
ただ、描き直しになって良かったのは、当初の下絵で微妙に狂っていたデッサンやディティールを見直すことができたことである。描き直したことで、その点の完成度は上がったと思う。
とは言え、絵なぞを汚された当初は、フクに対する憤りを隠せず、でもネコ相手に怒りをぶつけたところでどうしようもないのは分かっていて、「こういうことが起こるのが『ネコを飼う』ということなんだ」と自分に言い聞かせつつ、それでも完成間近の絵なぞを汚された悲しみを前にどうしてもフクの目を見ることができず、しかもフクもそういうところは妙に察しが良くて、「あ、ボク、いけないこと、しちゃった?」的な感じで、ぼくから少し離れたところでじっと様子を伺うような目を向けていて、それが狂おしいほどにかわいかったりするのだ。フクを前にいろんな感情がグルグルと渦巻いてしまったよ。

 

そんなわけで、フクの粗相のおかげで少しだけ完成度のあがった絵なぞである。そもそもなんでこんな巨大なカッターナイフを描いたのか、自分でも分からないけど、まあそれなりにいい感じになってるので良しとしよう。
さて、来月は絵なぞが描けるかなー。

| 日記 | 12:21 | comments(0) | trackbacks(0)
絵葉書を求めて。

朝の新大阪。新幹線の乗車を1時間後に控えて、しかしぼくは焦っていた。新大阪の駅は、どこのターミナル駅と同じで、多くの人が行き来していて、ぼくは焦る気持ちを持て余しつつ、人の間を縫うように早足で歩いていた。
ぼくが何に焦っていたのか。新幹線の発車時刻まで1時間ほどある新大阪の駅構内で、実はぼくは絵葉書を探していたのだ。
新大阪の駅なら改札の外にも多くのお土産屋があり、そのどこかには大阪らしい写真の絵葉書が置いてあると思ったのだ。しかし、いくつかのお土産屋を回っても、店員に聞いても、絵葉書はないという。参ったね。

 

実は、最近の泊りがけの出張では、ぼくは自宅のさきこ宛に絵葉書を書いていた。と言っても、過去数回ほどのことなので、これがぼくの出張時の定番になっているというわけではないのだけど、今後そういう風にできたらいいなと思っていたところで、ここ大阪の地で早くも頓挫した形なのである。
絵葉書に物凄いコダワリがあるわけではないのだけどね。まあ、ぼくとさきこは30年来の付き合いなので、当時は携帯電話もメールもない時代だったから、直接会う以外の意思疎通は、自宅に恐る恐る電話をかけるか、手紙を書くかしかなかったのである。だから最近の便利ツールもいいけど、手紙を書くというのもぼくには結構大事なことだったりするのである。

 

さて、絵葉書である。いや、それにしてもお土産屋に絵葉書がないというのは、ぼくにしてみれば信じがたい事実である。別に絵葉書自体が消えつつある文化というわけでもなかろう。いや、出張の度に自宅に絵葉書を送るという酔狂はあまりいないかもしれないけど、それでも外国人旅行者の増えた昨今においては、絵葉書って定番のお土産だと思うんだけどなー。数軒も店を回ってそれでもないというのは、ホントどうしたことか。
ちなみに、新大阪の駅には文房具店と書店がある。外国人にウケる絵葉書なんかは、この文房具店で売ってるのかもしれないね。そういえば、先日銀座の伊東屋に行った時も、外国人にウケそうな絵葉書がたくさんあったな。ぼくが探していたのは、そんなコテコテな外国人ウケするような絵葉書だった。大阪城がどーん!みたいな絵葉書を探していたのだ。しかし、文房具屋や書店が開店するのは、ぼくが新幹線に乗った後の時間である。
いっそ、官製葉書を買って大阪城の絵なぞを自分で描くか。しかし駅内のコンビニに行って聞いてみたものの「葉書はないですね〜」などと返されてしまった。なんだ、関西を代表する巨大ターミナル駅に、日本が世界に誇る郵便事業が1ミリも入り込んでいないというのか。大阪の人は葉書を送る習慣とかないのか?ぼくが絵葉書や官製葉書を求めて聞いて回ってるのを店の人たちは、「あの人、葉書が欲しいとか言ってましたわ」「いや〜アホでんな〜」「ホンマですわ〜」とか言ってたりするのだろうか。
そういえば、今年の冬に福岡に出張に行った時、休みと繋げて門司港や下関に遊びに行ったけど、その時もお土産屋で葉書を買うのに苦労した。門司港の駅舎の絵葉書はかなり多くあったんだけど、当時の門司港は絶賛工事中で、建物の片鱗すら見えなかったから門司港の絵葉書を買うのはなんだか違う気がして、いくつか店を見て回って関門海峡大橋の絵葉書をゲットしたんだった。ぼくが6月に門司港に行った時に市街の道にちょっと詳しかったのは、そんな事情も関係している。

 

いやそれにしても、実際のところ、絵葉書なんて日本人にとっては過去の遺物になりかけているのかもしれない。最近はメールやメッセージアプリがかなり普及している。デジカメどころか携帯やスマホで手軽に写真が撮れるので、それを添付してメッセージを送れば、かつて絵葉書でやろうとしていた「今、大阪にいます云々」などということは簡単にできてしまうのだ。いや、絵葉書で「今、大阪に〜」と書いたところで、宛先に到着するのはその数日後であり、その時にはもう大阪にいるわけではないハズである。「今、大阪に〜」と書いて文字通りその通りになるのは、メッセージが瞬時に届くメールやメッセージアプリを使った場合である。絵葉書の役割は、もはや外国人向けのお土産くらいしかないのだ。いや、今どきの外国人だって、スマホやメッセージアプリを使いこなしてるから、絵葉書なんて買わないのかもしれないね。
そう思うと、ホント寂しい時代になったものである。
かつて旅行とは、数日がかりだった。交通網が発達していない時には、大阪に行くのに数時間、十数時間をかけていた。だから大阪に行くからには、日帰りや1泊なんかじゃなく、数日の滞在が一般的だった。数日間も不在にする自身の近況を知らせるために絵葉書が活用された。「今、大阪にいます」と書けば、それを受け取った人は送り主が無事に大阪に着いたことに安堵しつつ、楽しんでいる送り主に思いを馳せることができただろう。
この状況が変わったのは、まず新幹線の登場である。最近の新幹線なら、新大阪まで2時間半である。日帰り出張ももはや一般的である。そんな中で葉書なんぞ書いて「今、大阪に〜」と伝えたところで、とっくに戻ってきていたりするわけである。
そして先に書いたメールやメッセージアプリ、デジカメやスマホのカメラ機能の登場である。これにより大阪城に行って大阪城の絵葉書を買って切手を貼って送るよりも格段に手っ取り早く、大阪城に行ってカメラで撮影してメッセージと共に相手に送ることができる。同じ内容を複数の人に送ることも簡単である。
このような状況では、絵葉書がなくなっていくのももはや必然なのかもしれない。でもなんだろうな、手紙や葉書で育ってきたぼくにはイササカ以上に残念な感じである。

 

そんなわけで、絵葉書も官製葉書も買えず、ぼくは新幹線に乗った。
再来週も大阪出張が控えている。今度はちゃんと文房具屋で絵葉書を買うか、いやいっそ自宅にある葉書サイズの画用紙を持っていって、現地で絵なぞを描くか、いや、そんな時間はないか。いやでも、絵葉書を送る文化が滅びつつある中、これからはホントに葉書を自前で用意して、自前で絵なぞ描いて送るなんてことになるかもしれないね。まあそれはそれで楽しいのだけどね。

| 日記 | 09:35 | comments(0) | trackbacks(0)
大阪出張。

今、大阪某所のコーヒー屋でブログを書いている。9時前、ちょうど出勤時間帯である。既に仕事の準備ができていて、10時からの打ち合わせを待つばかりである。つまり1時間以上も時間を持て余している状況である。かなり早めに到着してしまったわけである。
実は本来なら、新大阪で新幹線を降りて、そこから自転車で事業所近くまで向かうハズだった。距離にして6キロほどだから、信号待ちなんかも含めて30分ほどで到着し、30分ほどクールダウンして仕事モードに転換して10時からの打ち合わせに臨むという手はずだった。
この予定を狂わせたのは、他ならぬ天気である。今日から明日、明後日にかけて、日本列島を縦断するように停滞前線が居座り、雨を降らせるんだそうな。雨の予報を前に仕事道具を背負ってサイクリングするのはキツいので、やむを得ず自転車を諦め、だから電車で移動することになり、結果として時間を持て余して約束の時刻まで待機しているというわけである。
自転車を持ってこなかったので、翌日のサイクリングも当然中止である。暗峠のサイクリング(いやウォーキングか)を楽しみにしていたんだけどなー。当初の予定では、大阪から暗峠を超えて奈良に至り、東大寺とか奈良公園とか散策した後に奈良から京都まで電車で移動して、京都から新幹線に乗るつもりだった。サイクリングができないのなら、奈良・京都経由で帰ることもないので、新幹線の時刻を変更して、土曜日は早々に帰途に就く予定である。早めに帰れるなら早くに帰りたい。さきこの調子もまだ悪いからね。
そう、さきこの調子はまだ快復には至っていない。熱は治まったのだけど、喉の痛みや咳が治まらない。特に咳が酷くて、夜になるとゴホゴホが酷くなり、眠れないほどである。さきこが咳をしているのを見ていて、ホント気の毒になる。病院に行って薬を貰って徐々に治りつつあるんだけど、時折咳が酷くなる。予定が変わった以上、こういう状態のさきこを放っておけまい。ここは可能な限り早く帰りたいものである。
大阪出張の機会はまだまだ続くからね。果たしてどんな展開になるやら、不安だけど楽しみでもある。

| 日記 | 09:42 | comments(0) | trackbacks(0)
爽快サイクリング。

週末はサイクルイベント「あしがらロングライド」に参加して、丹沢湖の辺りを65キロほど走ってきた。楽しいイベントだったなー。特に天気が良かったので、走っていて爽快だった。
懸念していたのは、丹沢湖に至る前の斜度10パーセントほどの坂道だったけど、思いのほかキツさを感じずにパスすることができた。頑張って上った先に丹沢湖があり、そのキレイな景色を楽しみながら走ることができた。丹沢湖には5月頃にも来ているし、毎年11月のランニングイベントに参加しているから、景色としてはそれなりに見慣れているつもりではあったけど、夏が終わり紅葉が始まりつつある季節の丹沢湖もなんだか雰囲気が違っていて、とても新鮮だった。夏を経たからか、5月に見た時には満々と水を湛えていた丹沢湖の水がかなり少なくなって、上流辺りではほとんど湖底が露出していたのはちょっと驚いたな。
丹沢湖手前の坂は知っていただけに心構えがあったんだけど、その先の丹沢湖のさらに上流に向かう坂道はキツかった。斜度はさほどキツくはないものの、10キロほども続くとさすがに辟易してきた。5月にデイキャンプしたキャンプ場をさらに超えてやっと折り返しに至った。
この折り返し地点でおにぎりをいただいたのだけど、非常に美味かった。さらに地元で採れたプチトマトなんかもいただいたけど、これはさらに美味しかった。身体が疲労した時のトマトは何にも代えがたい至上の美味さである。
折り返し地点以降は、上ってきた坂を下り、丹沢湖からさらに坂道を下って、フィニッシュである。折り返し地点以降の後半部分は下り基調なので、非常に走りやすかった。
スタートから4時間ほどでフィニッシュすることができた。

 

いや、楽しいサイクリングだった。今こうして思い出しても楽しくなってしまうほどである。距離も適当だったな。いや、当初は65キロじゃ足りないかなーとも思ったんだけど、実際に走ってみると、周囲に影響されて若干オーバーペースになってしまい、また信号でのストップもそう多くなかったので、それなりに身体には負担のあるコースだった。アップダウンも多かったしね。その点では、走った後の物足りなさはあまり感じなかった。いや、これで100キロコースの方に参加していたら、かなりキツいサイクリングになっただろう。景色を堪能する余裕もなかったんじゃないかな。ぼくにはちょうどいい距離、コースレイアウトだった。

 

イベントとしては今回が初回だったみたいである。そのためか、参加者がさほど多くなかったようである。数か所に点在させた駐車場も結構ガラガラだった。ぼくは東名高速の渋滞を避けるために、かなり早くに家を出たんだけど、駐車場に着いてみるとほんの数台しかとまっていなかった。まあ「丹沢湖を走る」というだけでは、ちょっと地味めな感じで、サイクリストのココロに刺さらなかったのかもしれないけど、実際は走ってみてなかなか楽しいコースである。もう少し広報に工夫をすれば、きっと賑わうイベントになるだろうなーと思った。
来年に向けて書いておくと、丹沢湖の手前の坂道、これを上る時は全然気にならなかったけど、降りる時にはかなり注意を要する。斜度がキツいので、スピードが出るんだけど、路面がコンクリートに滑り止めの輪っかの凹みがある道なので、振動がハンパない。ハンドルを持っていかれるんじゃないかってほど振動する。難点があるとすればここかもな。
しかし総じていいコースである。久し振りに楽しいサイクリングをしたわ。
また来年も晴れるといいなー。

 

※イベントを終えたのが13時前で、それから駐車場に行き、着替えて自転車をバラしてクルマに積み込み、帰途に就いたのだけど、途中で休憩を挟んでも自宅に帰ったのは15時過ぎだった。フィニッシュの制限時間はたしか17時だったかな。まだ普通にイベントが続いている時間に、とっくに自宅に戻り、シャワーなんて浴びたりしてるのが、なんだか不思議だった。あのコースなら17時まで走ってる参加者はさほど多くはないだろうけど、それでもなんか得した気分で気持ち良かったりしたのである。

 

※スタート前の会場。この程度の参加者数がちょうどいい感じかな。

※丹沢湖手前の坂道。少し休憩して息を整える。

※丹沢湖の風景。水がかなりなくなっている感じ。

※高速道路の高架下を流れる清流。

※フィニッシュ後。天気がいいので、日向ぼっこしてる人もいたな。

| 自転車日記 | 12:38 | comments(0) | trackbacks(0)
近況。

さきこの調子が悪い。
2週間くらい前のキャンプから帰ってきてすぐにナゾの体調不良にやられ、一時は体温が39.5度にまで達し、ぼくも会社を休んで病院に付き添ったりしたものである。39.5度もの高熱は、大人になってから一度も経験したことのない。これは驚いたわ。結局このナゾの体調不良は、理由もはっきりしないまま、3日ほどで快方に向かい、その後はいつも通りに会社に行ったりしていたんだけど、一昨日辺りから風邪っぽい状況になっている。キャンプ後の体調不良とは関連がないと思うけど、ここのところさきこの体調不良が続いているので心配である。
ちなみに、ネコたちは、さきこがベッドで伏せっていると、近寄ってきて添い寝などするみたいである。マスクをしていると、マスクを取ろうと爪を出してくるそうな。まるで、さきこの体調不良の元凶がマスクであると思っているかのように「これが体調不良の原因かニャー、取ってやるニャー、この、この」とか言っているようである。
最近は寒くなってきたので、朝方はベッドで寝ているぼくの足元で、身体を寄せ合って眠っている。足元ではなく、顔の方に来てくれればいいのに、コウくんもフクくんもシャイなので、顔の近くでは寝てくれない。ぼくも寝返りを打つ時に無意識に足のやり場に気を付けたりするので、実はなかなか安眠できていないのも事実である。でも、ネコの癒しは何にも代えがたいので、ホントにネコと一緒にいられて良かったなと思う。

 

さて、今週末は久し振りにサイクルイベントに参加する。途中の坂道を上れるだろうかと不安だけど、ぼくには伊豆半島を一周してきた自負があるわけで、ここは気合いを入れて頑張ろうと思う。
また大阪に出張することになり、自転車を持っていこうと画策中である。以前にも書いたけど、今回は暗峠を超えて、奈良の方に行ってみる予定である。修学旅行でしか行ったことのない奈良はどんな世界なのか。ちょっと楽しみである。
ランニングの方もいよいよシーズンが本格化してきた。今月下旬に今季初のランニングイベントがある。ダイエットの効果がどこまで現われるか、ちょっと楽しみである。
そんなこんななので、絵なぞがなかなか描けない。いや、時間があっても気分が乗らない時も多い。自室に入ってくつろいでしまわないで、ちゃんとデスクに向かうようにすればいいのに、つい足を投げ出して、リラックスモードに入り、そんな折にネコが近寄ってきて「ニャー」とか言うと、もうお絵描きどころではなくなってしまうのだ。この悪巡回を絶たないと、いつまでも絵なぞは描けないだろう。書籍も増えてきたので、収納棚が欲しくなってきたところだし、ネコの誘惑にも負けないストイックな感じで自室改造計画を進めないとダメかなー。

 

10月になり、今年も残すところ3か月弱になった。いや、つい先日年賀状を書いたかと思ったら、もう冬である。早いものである。仕事もプライベートも今年度下期を頑張ろう。

| 日記 | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0)
ワクワク・出張サイクリング。

少し前の話しだけど、5月に会社の出張で鳥取に行ってきた。仕事が終わった翌日、ぼくは名峰・大山のヒルクライムを楽しんだ。非常に有意義な出張サイクリングだった。
ちなみに、出張の機会を利用して遊ぶというのは、ギリギリだけど、就業規則に違反していない。
行き帰りの交通費は会社負担ではあるけど、延泊したりして帰りが1日程度遅くなったところで料金に差はないし、これで会社から不当な利益を受けることはない。日帰り出張なのにホテルを予約して宿泊することだって、その宿泊代をぼくが負担する分には、これも不当なことではない。出張にかかる移動時間は就業時間の一部なので、勝手な行動、たとえば電車で移動すべきところを自転車で移動してはいけないのだけど、ぼくはいつも半休を取得している。つまり自分の休暇の中で出張先に移動するわけである。業務外だから事故に遭っても自己責任だし、そもそも休暇の過ごし方をとやかく言われる筋合いはない。その辺は重々分かったうえで、あえて出張時に自転車を持っていっているわけである。
とは言え、出張の度に自転車を持っていくとか、サイクリングを楽しんでSNSに投稿するとかしていると、周りからの見え方は悪いとは思う。先に書いたような気遣いをしていることを知らない人の中には、業務としての出張と個人としての旅行を混同していると非難する人もいるだろう。後ろ指差されないようにしているということを、ぼくはあえてひけらかすようなことはしないからね。だから誤解する人もいるんだろうな。世の中には、表層だけで判断する人もいるからな・・・っていうか、会社や仕事で得た機会を利用して楽しもうと思ったら、普通なら後ろ指差されないように考えるだろって思っちゃうけどね。
ともかく、ぼくが出張をする度に、サイクリングがどうのと言っているのを眉をひそめて見ている人は一定数いるわけである。
おお、冒頭の「ちなみに」以降が長くなってしまった。鳥取の出張の話しである。

 

秋にも鳥取出張の機会を得た。ホントはもっと早くに行くハズだったのが、他の仕事の関係で準備になかなか時間が割けず、結局夏が過ぎてしまった。ホントは9月とか10月とかに行きたかったけどな。
と言うのは、以前から次の鳥取出張サイクリングでは、ちょっとしたチャレンジをしようと思っていたからである。
それは、中国山地横断である。
鳥取の米子からスタートして、中国山地を超えて岡山まで行くルートである。日本海から太平洋(瀬戸内海)へ渡るサイクリングで、走行距離は160キロほどである。これを1日でやってみようと思っていた。
2年ほど前に出雲市から寝台列車・サンライズ出雲に乗った時に通った伯備線沿線の道である。サンライズ出雲の車窓から見たのは、既に日が暮れて真っ暗になった夜だったけど、電車と並走する道路で、これがなかなか走りやすそうな道だった。道が電車から見えるということは、道から電車が見えるというわけで、サイクリングしながら電車と並走できるのもなんだか楽しそうだなと思った。1日で160キロというのは、今までに経験のない距離ではあるけど、朝早く出ればできない距離でもないだろう。夜に岡山に着いて、24時発のサンライズ出雲・瀬戸に乗って帰ってくるのもいいなーと思ったわけである。いや、電車に自転車が載せにくいので難しいかもだけど。

 

いや、こうして書いているだけでワクワクしてくるサイクリングなのだけど、残念なのが出張の時期である。
11月に中国山地を超えるというのはどうだろう。さすがに遅きに失していないだろうか。これは寒いだろう。いや寒いどころか、雪が降ったりしてるかもしれない。ここを朝早くから夜までサイクリングするのはちょっと避けた方がいいかもしれない。初めてのサイクリングでは用心深すぎるくらいがちょうどいいものである。残念だ。
先に書いたように、会社に迷惑をかけていないとは言え、ぼくの出張サイクリングをよしとしていない人がいるのも事実なので、その人たちの圧力でいつどういう形で出張サイクリングが終わりを迎えるか分からない。その前に、鳥取・岡山ルートは走っておきたかったなー。

 

ちなみに、10月からは大阪出張の機会が増えてくる。まだ分からないけど、予定では月に2回くらいは大阪に行く機会があるハズである。この機会にぜひ大阪でサイクリングしてこようと思う・・・とか言って、既にいくつかのサイクリングルートの候補が検索済みである。今からどこを走ろうかワクワクしている。
もっとも行きたいのが、大阪と奈良の県境にある「暗峠」である。いや、ぼくのような貧弱な足で上れる峠ではないことは重々承知である。おそらく自転車を押して上るのだろう。でも、日本屈指の劇坂を一度体験しておきたい。

 

最近は働き方改革なんて言って、会社でさまざまな取り組みをしている。以前はワーク・ライフ・バランスなんて言っていたけど、つまりは働き過ぎを抑制する動きである。以前のような残業さえ削減できればOKみたいな風潮ではなく、ゆとりある生活が仕事上での高いパフォーマンスを生むみたいな話しになっていて、どう働くかと同時に、余暇をどう過ごすかを問うような展開になってきている。非常にいい風潮である。僭越ながら、ぼくなんかは就職した当初からそのことばかり考えてきた人なので、昨今のこの動きにはなんとなく「今さら感」が否めないのだけどね。
そんなゆとりある生活や余暇の過ごし方のひとつが、出張時の過ごし方だと思うのだ。せっかく普段は行かない場所に行くのだから、ついでにいろんなものを見てくればいいのだ。出張に行っても「これは業務命令で来ているのだから、業務以外のことはしてはならないノダ」なんてロボットみたいなことを言ってると、豊かな発想力なんて出てこないと思うのである。
特にぼくは事務仕事の人なので、営業職のように外に出る機会が非常に少ない分、出張の機会こそ120パーセント生かさないとね。

 

そんなわけで、11月の鳥取出張ではあまり楽しめないかもしれないけど、10月の大阪出張ではサイクリングを楽しんでこようと思っている。ついでに、あまり声高に出張サイクリングを主張するのはやめておこう。ブログで大いにはしゃぐ程度にしておこう。

 

※ところで、さきことサイクリングの話しをしていたら、来年はどこかに行きたいなんて話しになって、ぼくがおススメしている北海道のオホーツク海沿岸を走るサイクルイベントについて、ついにさきこから「行こう」という言葉を得た。
走行距離は長いものの、アップダウンがほとんどないコースなのが良かったみたい。オホーツク海の海岸の風景やどこまでもまっすぐな道、広大な牧草地、草を食む牛や馬、美味しい食事なんかを堪能できたらと思っている。
ちなみに、このイベントはここ最近、道外からの参加者が極端に少ないのだそうな。まあ北海道に行くにはかなりおカネもかかるしね。ぼくが参加した時は神奈川県の参加者は、ぼくを含めて2名だったと記憶している。さきこは自転車仲間に声をかけて、神奈川県参加者をどどんっと増やして、運営側をびっくりさせてやろうなんて息巻いていた。それも面白うそうだな。来年が楽しみだ。

| 自転車日記 | 12:15 | comments(0) | trackbacks(0)
昭和62年10月2日。

ぼくとさきこが交際を始めてから、ついに30年もの歳月が流れた。1987年10月2日に部活からの帰り道にぼくとさきこは交際をスタートさせたわけである。あれからもう30年である。時間が経つのは早いものである。まあここ数年はさらにあっという間に過ぎちゃった感じがするけどね。
1987年と書くと、四桁の数字になるから30という数字が随分小っちゃく見えるけど、昭和62年と書くとぐぐっと一層昔の感じがする。来年で平成も終わろうかという中、昭和の時代からさきことの付き合いが続いているわけで、それはホントに長い時間だなーと思うわけである。
ちなみに、来月11月13日はこの交際開始日からカウントして1万1千日目である。ついこの前1万日記念に指輪を作ったと思ったら、あれから早くも1千日、3年弱がが過ぎたわけである。歳をとるとホントに月日の流れが早くなる。この分だと、40周年の記念日もあっという間に来そうである。40年というと西暦2027年である。和暦では平成が終わって、新元号の9年である。うん、今から考えるとなかなかの未来である。さて、そんな10年後の未来にぼくは何を思うのだろう。まだ子供みたいなことを言ってるんだろうなー。まだブログを続けているのだろうか。今と同じく、さきこと仲良くやってるかな。思いを馳せるとなんだか、これからの人生が楽しみになってきた。
そんなわけで、新しい時間がこうしてまた始まったわけである。

| 日記 | 11:55 | comments(0) | trackbacks(0)
コミュニティの結び目

先日のニュースで日本語の慣用句について、誤用する例が多くなっているなんて話しがあった。
「話しのさわり」というと「話しの冒頭部分」なんて思いがちだけど、正しくは「話しの要約」を意味するんだそうな。同様に「存亡の危機」は誤用で「存亡の機」だそうだし、「足元をすくわれる」ではなく「足をすくわれる」が正しいのだそうな。日本語は時代とともに変化するなんて言われて、今までにもいろんな新語・造語ができてきたけど、古くからある言葉は、なるべく正しく使うようにしたいものである。まあぼくもまだまだ勉強中で、先の3つの例はすべて間違って覚えていたわけだけどね。

 

ニュースでは、そんな変わりやすい日本語の代表例として、最近の若者言葉を取り上げていた。
流行語は若者言葉から発することが多くて、それは若者が互いの繋がりをより強く認識したいために「内輪言葉」を使うからだとも言われている。友達と強く結びついていることをより強く認識したくて、内輪ではないと分からない言葉を作り出す。内輪言葉が分かることがそのコミュニティの繋がりの強さを表すわけである。それが次第にコミュニティ以外でも一般化し、世間に一般化するという構造である。もちろん、若者発信だけではなく、テレビやインターネットなんかから発する場合もあるけど、その場合においてもコミュニティ内の内輪言葉にしたいという日本人の特有のメンタリティがあるように思える。ネットの某巨大掲示板での隠語などはいい例だと思う。
そういった内輪だけで通じる言葉は、省略言葉の形を取る場合が多い。長い単語を内輪では省略して呼ぶみたいな感じ。アルファベットに置き換えたりすることもあるかな。

 

ニュースでは、最近の若者の短縮言葉をいろいろ取り上げて、街角の人にアンケートして「分かる」「分からない」なんてアンケートを取っていた。もちろん年代が高くなれば知らない言葉も多くなる。新橋で酔っ払ってるおじさんが最近の言葉を見せられて「えー、全然分からないよー」なんて言ってる映像が出ていた。
ここで具体例を出すのはなんだか気恥ずかしいけど、ニュースの中で言われていたのは、「り」とか「そま」などである。「り」は「了解」のことだそうな。以前は「りょ」という若者言葉があるけど、さらに短縮化して、最近は「り」で済ませるそうな。「そま」は「それってマジ?」の省略である。少し前に知った言葉「とりま」と同じか。あれは「とりあえずまあ」の省略だったかな。

 

さらにニュースは続き、最後の締めとして国語学者らしき人が出てくる。
まあこれが一般的なニュースの構成なんだろうな。冒頭にニュースの核になる事実を提示して、次にこれをヒネった最近の世相なんかを提示して、これに対する世の中の反応なんかを提示して、最後に学者がそれらしいことを言って締める・・・って感じ。最後に出てくる学者がほとんどの場合で画面の背景に書棚が映ってるというのも、もはやお約束である。書棚を背負って何かそれらしいことを言ってると、どんなヘンテコなことでも妙に納得してしまう暗示にかかるのかな。
今回のニュースにおける学者の意見はこうである。
「若者が言葉を省略する傾向は以前から見られたことで、『了解』のことを『り』などと省略するのは、その傾向がもっとも進んだ状態ではないか」
うん、なるほどね。ひらがな1文字で情報伝達できるなんて、事態はここに極まれりというわけである。うん、そのとおりだと思う。上に掲げた例以外にもたくさんの省略語があるそうで、それらを見るにつけ、若者の内輪言葉の省略化の傾向はどんどん進んでいると思うしこれからも進むんだと思う。
しかし、ここまで省略化を促した原因は他にあるだろう。そのことに言及しないといけないだろう。
それは、予測変換である。
スマホなどの機器が高度に普及したことは、「り」のような究極の短縮言葉に大きな影響を及ぼしていると思うのだ。
「り」と打てば、予測変換で「了解」が筆頭に来る。若者はこれを選択して表示する手間を省いたのだ。手間を省略し、そして結果として、ひらがな1文字の究極の短縮言葉があらわれたのだ。
日本語で「り」から始まる言葉はさほど多くない。固有名詞以外で普段頻繁に使うのは「了解」くらいである。それは機種は違えど、たいていのスマホは同じような予測変換になるものである。だから「り」だけでも通じるのである。何度も情報伝達をしている内輪だからこそ、「了解」なんて何度も打っていたし、もはや「りょうかい」まで打たなくても予測変換で「了解」が出てくる。当初は「りょ」まで打って「了解」を表示していたけど、そのうち「り」だけで「了解」を得ることができる。これにより若者の頭の中で「りょ⇒了解」「り⇒了解」の図式が定着したわけである。若者が共有したのは、短縮言葉なんていう表層的なものではなく、スマホ機能の裏側にある予測変換機能そのものなのだ。国語学者はここまで言及しても良かったんじゃないかな。
というのは、これって結構スゴいことなのだ。

 

先に書いたとおり、ひらがな1文字でなされる情報伝達は、予測変換というスマホ内の機能に依拠する。閉じられたコミュニティの中でお約束になっていた内輪言葉が、今度はコミュニティとは別次元の機器の機能にその結びつきの証、いわば「結び目」を移行させたわけである。つまり「この言葉が分かるのは、予測変換の熟度が同じくらいの仲間」というわけである。コミュニティの結び目は、従来そのコミュニティの中にあったのが、今回の例ではコミュニティの外、スマホの機能そのものにできたというわけである。
見た目は単純な短縮言葉のようだけど、その本質は全然違うもののように思える。
いやさらに考えを進めると、もともと日本人の内輪言葉のメンタリティには、どこにでもその結び目を持たせることができるほどの柔軟性があったのかもしれない。いやそれとも日本人だけに限ったことではないのかな。世界中にある内輪言葉の根底にある基本構造みたいなものにかかわることかもしれない。日本語でそれが顕著なのは、日本語がそういった変化に柔軟な言語だからかもしれない。
そう思うと、それまでの若者言葉、これも気恥ずかしいけど、「チョベリバ(=超ベリーバッド)」みたいな言葉とは別次元にある話しのように思えるのだ。
ここまではあくまでぼくの妄想だけど、先に書いたように、国語学者が若者の短縮言葉の傾向にスマホ普及の影響を挙げなかったことがかなり意外だったな。まさかこの学者、ガラケーユーザーだろうか。いやガラケーだって予測変換機能くらいはあったよな。それとも「スマホの害悪」みたいな話しの展開を避けるために、わざと論点をズラしたりしたのかな。そのニュース番組のスポンサーが通信会社だったりしてね。

 

そんなわけで、絶えず変化する日本語は、今や老若男女に浸透したスマホの影響を受けるところまで行っている。いくら本や新聞を読んでも、普段やり取りするスマホ同士の言葉には敵わないだろう。この状況がもっと進むと、ほとんどの言葉が、予測変換プログラムを前提にした省略に置き換わってしまうかもしれないね。「り」はほとんど「了解」以外の使い道がないひらがなだけど、いろんな言葉の頭文字になってるひらがなは、たとえば「あ」とかは、「あ1」=「明日」、「あ2」=「明後日」、「あ3」=「足」、「あ4」=「愛してる」なんて表現になっちゃったりしてね。
いくら仲良くなっても、「愛してる」を「あ4だよー」とか言われても、ぼくは全然嬉しくないわ。

 

※今回の話しは、コミュニティの結びつきの根拠(ここでは「結び目」と表現しているけど)が、コミュニティの内部ではなく、外部にあるという話しだったけど、考えてみれば、そういう事例はここ最近の話しではないかもしれないね。
某ジブリアニメ「風立ちぬ」の冒頭部分で、主人公とヒロインが出会うシーンでも、互いがポール・ヴァレリーの作品の一部分を引用して心を通わせていた。互いの距離感がぐっと近づく閉じたコミュニティができる瞬間である。まったく付き合いがないにもかかわらず、彼らがここまで強い結び目を獲得したのは、まさに作中の言葉を知っているというコミュニティ外の結び目に依拠していたことになる。本文でも書いているけど、こういうことは洋の東西を問わず、また言語の性質なども一切問わず、知的な社会性動物としてのニンゲンにもともと備わったものなのかもしれないね。

| 最近のニュースから | 09:11 | comments(0) | trackbacks(0)
野生の証明。

先週末は楽しみにしていたキャンプだった。今回は少し足を延ばして朝霧高原まで行ってみることにした。ネットでの評判も高かったし、以前この辺をサイクリングした際に森の向こうに巨大な富士山が見えて、この景色をずっと見ていられるキャンプができたらなんて素晴らしいんだろうと思ってたのである。
しかし、実際には富士山がキレイに見られるほどの晴天には恵まれず、高速道路を走っていても見えるハズの富士山は雲の中で、さらに昼前に到着した現地では、富士山が見えるエリアは手練れのリピーターらしきキャンパーに既に押さえられていて、ぼくたちはキャンプ場の中を場所を探して右往左往するハメになり、結局富士山どころか、西側に居並ぶ南アルプスの山々でさえ木々の隙間からちょこっと見える程度の場所を選択せざるを得なくなった。事前予約した区画に確実に入れるオートキャンプ場は区画自体がそれほど広くなく、隣の区画がすごく近くなるのが難点で、今回は区画予約のいらないキャンプ場にしたわけだけど、それは要するに早い者勝ちなので、昼前に現地に到着したぼくたちにいい場所は残っていなかったわけである。まあ、スゴくいい場所になったとしても、富士山は見えなかったわけだし、今回ぼくたちが決めた場所は背後が雑木林になっているこもとあって、周囲をキャンパーで囲まれることもなく、まあそれはそれでいい場所ではあったんだけどね。予約不要のキャンプ場は、場所取りが何より重要だということが分かったわ。

 

さて、天気のせいで富士山が見えなかったけど、曇り空とは言え、最後まで雨に降られることはなかったのは良かった。前回のキャンプで夜半から豪雨に見舞われるという、キャンプの楽しみを根こそぎ持っていかれたような展開にならずに済んだ。実は当初の予報では、深夜に1ミリ程度の雨が3、4時間降るとのことで、結局降られなかったものの、この天気予報を見たぼくが「この程度の雨であればキャンプの実施に何ら支障はない」とまったく気にしなかったあたり、前回の大雨の経験でかなりメンタルが鍛えられたことを実感した。ちょっと成長した感じである。

※今回のキャンプサイト。まあ落ち着ける場所になったかな。

 

そんなわけで、悪天候に見舞われなかったキャンプでの最初の楽しみは食事である。今回は夕食に単にバーベキューをするのではなく、少し変化をつけてみることにした。キャンプの夕食でバーベキューに次ぐものと言えば、何と言ってもカレーライスである。大学生の頃に友達とキャンプに行った時もカレーを作ったけど、余り物のベーコンなんかを入れたら、これが非常に美味かったのを未だに思い出す。やはりキャンプの王道はカレーである。最近はあまり食べなくなったから、スパイスの効いた感じではなく、欧風カレーに近いマイルドな感じのカレーが食べたかった。色で言えば、インドカレーのような黄土色のカレーではなく、濃い茶色のカレーである。
前日にスーパーでカレーの素やカレー用の牛肉、野菜なんかを購入し、これを煮て最後にカレーの素を投入しようかというそのタイミングで、とんでもない事実が分かった。
投入しようとしているのは、カレーの素ではなく、なんとシチューの素だったのだ。
スーパーでパッケージが欧風カレーの雰囲気だったものを選んでいたら、その隣に陳列されていたシチューの素を手にしていたというわけである。
まあカレーもシチューも作り方は似たようなものなので、鍋の中にシチューの素を投入すればいいのだけど、カレーライスを期待していたぼくは、自分自身のミスでご飯にカレーではなくシチューをかけて食べるというカレーライスならぬシチューライスを食べるハメになってしまったのである。まあキャンプにはこういうことも起こるし、それが楽しかったりするんだけどね。

※いや、衝撃の事実が発覚したものである。

 

期せずしてシチューを食べるという事故はあったけど、楽しめることもあった。
焚火である。前回は雨のせいでまったくできなかった焚火である。今回はバーベキューで肉を焼く前からちょろちょろ始めて、食後には残った薪をすべて投入して、小さなキャンプファイヤーを楽しんだ。
これが非常に楽しかった。
最初に薪に火を入れたのが17時頃だったと思うけど、そこから夕食のバーベキューなどを経て、23時前までずっとぼくは焚火台の前にいた。夕食後はさきこも火の前に座って、二人でただ燃えるのを見つめていた。
なんだろうな、焚火の火をずっと眺めていて、全然飽きないのである。ココロが安らぎつつも、どこか静かに興奮している感じもあって、今こうして振り返ってみると非常に不思議な感覚だった。
よく言われるのは、原始的な生活を送っていた時の名残りで、ニンゲンは火に安らぎや安心を感じるそうである。遺伝子にそういう性質が刻み込まれているのだそうな。だから寝室などは火の色と同じ暖色系の照明を使うわけである。理屈では分かっていた話しが、こうして実際に火を目の前にして、強く実感できた。ニンゲンは火や炎に安らぎを感じるのである。
興味深いのは、「火は危険である」という動物としての感覚もあるということである。炎が思いのほか大きく燃え上がると、ちょっと危険を感じたりする。それまで和んでいた気持ちがいきなり赤信号になるのだ。この変化はどういう感覚なのだろう。安らぎは副交感神経、危険回避は交感神経なわけだけど、炎の大きさによって相対する神経系の優位が入れ替わったりするのだろうか。その時に脳神経はどういう動きをするのだろうか?
火に安らぎを感じつつ、一方で火を恐れるという相反する感覚をニンゲンがどう制御しているのかが、実はニンゲンと動物を分ける分水嶺になっているんじゃないかと思うと、かなり興味深いね。
火を見ながら、ニンゲンと動物の根源的な感覚に身を委ねているのだった。
ちなみに、炎が発する光を見ていても、あまり眩しいと思わないことに気が付いた。周囲が真っ暗な中、瞳の瞳孔はかなり広がった状態なんだろうけど、その状態で炎を見ても、眩しいとか不快な感じがしないのだ。原始の時代から暗闇と炎のある生活を送ってきた人間だから、目にも炎に関する何らかの仕掛けがあるのかもしれないね。ぼくの身体に動物として、野生が刻み込まれてる証拠なのかもしれない。
ちなみに、この時に飲むワインがハチャメチャ美味しかったのも付記しておく。ぼくもさきこもそれほど量が飲めるわけではなくて、それでもシチューライスやバーベキューの合間に缶ビールを2本くらいは飲んでいた。食後の焚火タイムでは、さらに小さいボトルの赤ワインと白ワインを一本ずつ空けてしまった。それで飲み過ぎた感覚はまったくなかった。まさに何かに憑りつかれたかのように火を見ていたわけである。20本ほどまとめた薪の束が2つあったのだけど、結局これを完全に使い切り、さらにすべてを完全に燃焼させて灰にした。薪の最後の一本を投入する時に感じた寂しさは如何とも表現できない。
焚火をするためだけに焚火をする幸福感。これは焚火を経験した人じゃないと分からない感覚なんだろうなー。また次回もぜひ焚火を楽しみたいと思う。

 

※まだ明るいうちの写真だけど、焚火に向けて準備万端なぼくである。

 

さて、次回は11月を予定している。今季はこれで最後かな。寒くなる時期のキャンプがどういうことになるか、これも楽しみである。もちろん、寒い中で囲む焚火も楽しみである。
ちなみに、次回は少し場所を変えてみようかな。富士山の絶景が見られたり、冬特有のキレイな夜空が楽しめたりする場所を他にも探さないとな。そして、区画のないキャンプ場では、とにかく早くキャンプ場に行くことだろう。快適なキャンプサイトを設置するためには初動こそ大事というわけである。
寒い中、厚着しつつ目の前にゆらめく炎を見るのは、どんな気分なのか、今からとても楽しみである。

※さきこも楽しそうで良かったわ。木漏れ日がタープに映る気持ちいい朝。

| 日記 | 12:39 | comments(0) | trackbacks(0)
台風一過サイクリング。

台風一過の三連休最終日、さきこが実家の用事で昼頃に外出したので、ぼくは久し振りにサイクリングに出かけることにした。8月の伊豆半島一周サイクリング以来のサイクリングである。そういえば、雨に濡れた自転車を拭いてあげた以外はメンテナンスしてなかったので、ちょっと心配だったけど、走り出してみると、ちゃんと走ってくれて安心したわ。
来月上旬にサイクルイベントに参加することになったので、その練習も兼ねてなるべく坂のある道を選んで走り込んでみることにした。
朝比奈峠を越え、鎌倉から国道を逗子方面に行き、湘南国際村の坂道を頑張って、さらに横須賀方面に出て国道16号線で帰ってきた。これだけで50キロ以上走ってるわけだけど、さらに磯子の通称・プリンス坂を上り、自宅前の通称・鬼坂を上ってきた。少し筋肉がついてきたのか、普段なら60キロ近くを走った後に自宅前の鬼坂を上ることはできないのだけど、今回は頑張って上ることができた。
サイクルイベントでは、丹沢湖に至る激坂を上ることになっていて、今から恐々としてる。今回の練習で慢心しないで、筋トレとか自転車練習を続けたいものである。
ところで、台風一過なので、天気は非常に良かった。雲のない青空とその向こうに富士山のシルエットが見えたりして、サイクリングには上々の天気かと思いきや、通過した台風の吹き返しが強くて、南下するぼくに思いっきり向かい風が吹いたりしてちょっと辟易した。そんな向かい風の中でもサイクリングを楽しいと思えるようになったんだから、ぼくも変わったと思うね。
無事自宅に帰ってきて、物凄い達成感を得た。やっぱり自転車は楽しいなー。
さて、来月のサイクルイベントはどうなることやら。

| 自転車日記 | 12:30 | comments(0) | trackbacks(0)
夢想の地平面
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