6月に入った。
日照時間がどんどん長くなっていて、今や19時頃まで空が明るい。帰宅する際に空が明るいと、やはりなんだか得したような気持ちになる。6月下旬に日没は19時を超え、その後徐々に短くなっていくのだけど、雨の多い梅雨の時期はもっとも長いその日照時間を体感することはあまりできなくて、梅雨入り前のこの時期に帰宅前の明るい空を見て、日が長くなったことを改めて感じ入ったりしている。
ところで、自宅にいるネコたちの晩ご飯は、主にお袋さんにお願いしているのだけど、時間としてはだいたい18時から19時頃である。ネコたちも正確な時刻を分かっているわけではないものの、18時を過ぎるとニャーニャーと鳴き始めるそうである。休日にぼくが自宅にいる時も同様である。時計が読めるわけでもないのに(いや、読める・・・のか?)、毎回同じ時間帯にご飯を欲しがるというのはスゴいなと思う。これは朝も同様である。ぼくもさきこも密かに「彼らは時計が読める」と思っている。
そしてお袋さんがネコたちに晩ご飯を与える最近の18時とか19時は、まだ空が明るい時間である。
この日、晩ご飯を食べ終わったネコたちは、庭に出して欲しいとお袋さんにせがんだ。晩というにはまだ明るかったので、お袋さんはネコたちを庭に開放した。これがその後に起こるドラマの始まりであった。
ドラマが始まるその予兆は少し前からあった。これにはぼくも気づいていた。
先週末の休日に庭に開放したコウくんは、どういうわけか庭の一か所にとどまり、その場を動こうとしなかったのだ。体調が悪いからではなく、どうやらそこにある何かを気にしている風だった。ネコは気になったものを凝視したりすることはあまりなく、対象に対して視線を向けず、あえて気のない振りを見せるものである。ぼくはコウくんの「あえて気のない素振りをする」仕草が少々気になっていた。この「気のない素振りを見せる何か」が今回のドラマの張本人だったのかは分からない。ドラマを引き起こした張本人とコウくんの邂逅は、前触れなど関係ないその時起こったただの偶然だったのかもしれない。
いずれにしても、コウくんは夕暮れ時の庭であるものを発見した。そしてそれを捕獲して、あろうことか部屋に持ち込んできたのだ。
それは、ヘビである。
この瞬間をぼくは見ていない。
帰宅中だったぼくは自宅に戻らず、その手前にある駐車場からクルマに乗って、帰宅するさきこを迎えに行っていたのだ。だから自宅にいたニンゲンはお袋さんだけであった。
コウくんによってヘビが自宅に持ち込まれたという報を、運転中にかかってきた電話でぼくは聞いた。
これはちょっとした事件である。
ぼくがすぐに帰宅できないのも問題を厄介にした。お袋さんの話しによれば、コウくんが持ち込んだヘビは、すったもんだがあってリビングから洗面室に入り込んだそうである。リビングと洗面室を仕切る引き戸の床面に隙間があって、ここから潜り込んだらしい。お袋さんはコウくんとヘビを隔絶するために引き戸を締めたそうだけど、これによってヘビが洗面室のどこに隠れたかまったく分からなくなってしまった。
とりあえず、ぼくはお袋さんに頼んで、洗面室の隙間に目張りをしてもらった。洗面室にいると思っていつの間にかリビングに隠れていたなんて展開はご免である。
お袋さんの話しによれば、ヘビの大きさは5、60センチ。これは、結構な大きさである。黒色の身体だったそうだから、おそらくアオダイショウの類だろうか。赤っぽければ毒のあるヤマカガシだし、色が薄ければ(それだけで断定できないけど)マムシだろうから、ヘビに咬まれて救急車・・・という事態はなさそうである。もしコウくんが咬まれていたとしても大丈夫だろう。それにしても5、60センチか、デカいな。かなりの大捕り物になりそうで、ぼくは少し緊張してきた。
帰宅して、いよいよヘビとの対決である。
お袋さんがしっかりと目張りを施してくれていたので、恐らく洗面室にいるのだろう。帰宅に時間を要してしまったので、その間に洗濯機の下とかに潜り込まれていたらちょっと厄介だな・・・などと思いつつ、キツく貼られた目張りの粘着テープを剝がしていく。
・・・ん?粘着テープの様子がおかしい。何かがくっついているようだ。
ヘビである。粘着テープにヘビがくっついていたのだ。
まだ生まれて間もない感じの幼いヘビである。身体が粘着テープに貼りついて、身動きができずにいた。
大捕り物になると思っていたヘビの捕獲作戦はあっさりと終了した。ヘビ、捕獲完了である。
よく見てみると、シマヘビである。身体が細く、頭も小さい。長さとしては30センチほどだろうか。まあ短くはないけど、ヘビの子供サイズではある。粘着テープに頭から尻尾までくっついてしまって身動きが取れず、舌をチロチロ出している様子は、ちょっと可哀そうだった。
ぼくはゆっくりと粘着テープから身体を剥がしてあげた。
このまま庭の外に放り投げても他人に迷惑がかかるだろうから、庭に逃がしてなるべく遠くに行ってもらうようホウキで追い立てた。ヘビはにょろにょろと地面を這って逃げていった。
こうしてヘビ捕獲・駆除作戦はあっさりと終結した。
ヘビが粘着テープに貼りついていたおかげで、大騒ぎになることなく、かなりあっさりと事件は終結した。
コウくんは別に悪びれる様子もなく、かと言って、おもちゃと取り上げられた子供のようにふてくされることもなく、普段と何ら変わることはなかった。
もしかしたら、ぼくやさきこがヘビを捕まえて対処したことで、彼の気はおさまったのかもしれない。つまり、それは彼がどうして自宅にヘビを持ち込んだのか、という疑問に対するヒントを与えてくれる。
ネコがヘビに限らず、ネズミや鳥、昆虫などを自宅に持ち込むことは珍しくない。
飼い主の前にネズミの死骸を置いて、すっと立ち去ったりする。これは、ネコを飼った経験がある人なら分かる話しだと思う。ぼくも以前飼っていたネコで、ネズミや鳥の死骸、昆虫などを持ってこられた経験がある。どこで見つけてきたのか、大型のカミキリムシを持ってきて、その脚の爪がネコの首輪の繊維にひっかかって、全然取れないなんてこともあったな。カミキリムシの顎の力はスゴいと聞いていたので、学生だった@ぼくはどうしてもカミキリムシに触れず、難儀したものである。
ネコがもたらす、いわゆる「お土産」はどういう行動原理なのだろうか。
いろんな学説があるそうで、いつもお世話になっている飼い主へのお礼だとか、狩りをしない飼い主に対して狩りのやり方を教えてくれているとか、単純に褒めて欲しいからという理由が考えられていて、ぼくは狩りをしないニンゲンに狩りの方法を教えてくれているという考え方が割と好きだった。映画「ジュラシック・パーク〜ロスト・ワールド」の最終版に、親のティラノサウルスが我が子に狩りの仕方を教えるために、ニンゲンの足を咬んで走れないようにしてから、子をけしかける描写があった。まさに肉食獣ではよく見られる光景である。ネコがニンゲンに対して「コイツ、全然狩りとか覚えようとしないなー。ボクが教えてあげるしかないかー」と思っていると思うとなんだか余計に愛おしくなる。
しかし、今回のヘビ持ち込み騒動は、そんな動機を裏付ける様子が見られなかった。あえて当てはめるとすれば、単純に褒めて欲しかったという説である。だから、ぼくはコウくんをいつも以上に褒めてあげることにした。よくやった、スゴい獲物を捕まえてきたなー。
彼はなんだか満足そうだった。特に庭に飛来してきた虫たちを捕まえるのが得意でない彼にとって、ヘビという大物を捕まえられたのは、とても大きな達成感、自己肯定感を得たハズである。これはちゃんと認めてあげないとと思ったわけである。
褒められたことが影響したのか、ヘビを排除した部屋の中で、持ち込んだハズのヘビを探そうとする素振りを見せていない。ヘビがいた庭に執着する素振りもない。やはり気が済んだのかな。
そんなわけで、ネコを取り巻く事件は無事終結した。
惜しむらくは、今回の事件に関する写真や動画を一切残していないことである。粘着テープにくっついたヘビを撮影するのは可哀そうとは言え、退屈なコウくんの生涯において、恐らく特筆すべき大事件のひとつになっただろうからね。彼がいつかその生涯を終える時に、ぼやけていく思考の中でふと今日のことを思い出すのかもね。