オクターブアップ!

「シュンスケニウムの原子量」の大統一バージョン
最強の筆記用具とは。

フリクションボールペンは怖い。
これは以前にも書いたことだけど、仕事なんかで頻繁に使っているフリクションボールペンは、非常にリスキーな筆記用具なのである。インクが一定以上の高温にさらされると、無色化してしまうのだ。つまりインクが消えて判読できなくなるのだ。そんなインクの性質を「消せるボールペン」としてメリットに謳って絶大な普及を見せているのだけど、「消せる」と「消えちゃう」は表裏一体である。フリクションインクで書いたものを真夏のクルマに放置したら、そりゃもうキレイさっぱりと消えてしまうだろう。消える温度はたしか60度だったと思うけど、真夏の日向に置いたクルマの室内は、60度どころかさらに殺人的に高い温度になるからである。まあぼくは仕事でクルマは使わないから、そんな危険性は高くないかもしれないし、消えたインクは冷蔵庫に入れて冷やすと復活するなんて説もあって、差し迫った大きなリスクではないんだけどね。それでも、いつかは何か手を打たなければと思っていた。

 

そんな折、万年筆の購入を本気で考えられる状況に至った。この状況のことは別に書くとして、ともかく「この機会に万年筆を買おうか」という話しになったのである。
万年筆で筆記するのは、別に初めてではない。仕事でも郵便の宛名書きなんかで万年筆を使うし、10年くらい前に沼津に単身赴任していた時は、毎週のようにハガキに文章をシタタメていて、その時には万年筆を使っていた。この書き心地の良さや独特な筆致は、非常に魅力的でぼくをトリコにした。文字の中でインクの濃淡が出てくるのも独特である。やはり筆記用具の王者は万年筆だろう。なんせ、「1万年も使える筆」なんだからね。100円かそこらで売っているボールペンや先のフリクションボールペンなんかには敵う相手ではないのである。

 

そんなわけで、万年筆を買う。
どうせ買うのだから、ペン先の性質にはコダワリたい。別に高価じゃなくてもいいし、カッコよくなくてもいいから、自分の書き方にマッチしたペン先の万年筆にしたい。
ネットなんかでいろいろ見てみると、やはりペン先が柔らかい方が筆致に表情が出せるようである。特に漢字を書く時のトメ、ハネ、ハライがいい感じで書けるようである。いや、ぼくの書く字はかなり汚いけどね。でも他の筆記用具で書くのと比較して、万年筆特有の味わいが出るというわけである。
柔らかい万年筆を買う。できれば、海外メーカーではなく、漢字を書くことを想定して作られている日本のメーカーがいいかな。高級な雰囲気はまったくいらないし、それどころか変にカッコつけてるように思われたくないので、逆にチープな雰囲気の方がいいくらいである。本体部分の見栄えはどうでもいいので、ペン先にはコダワリたかった。
そこで、休日を利用して、万年筆を見て回ることにした。
普通の文房具屋の万年筆コーナーは、店員の知識もさほど高いとも思えず、変に高価なものを押し付けられるのも嫌なので、専門店に行くことにした。
まずは南青山にある店である。続いて、文房具の殿堂・銀座伊東屋、そして以前テレビで紹介されていた蔵前にある紙や筆記用具の専門店である。
南青山の店は、なんて言うか、落ち着いた雰囲気が漂っていて、シロウトを寄せ付けないというか、物凄く敷居が高い感じがした。南青山は普通の路地であっても、雰囲気のいいレストランや高級なブティックがあったりするから、余計に敷居の高さを感じちゃうんだよね。店に入るだけなのになんだか気後れしちゃう。いや、店内に入っても、すぐ脇の棚には10万円を軽く超えるような超高級万年筆なんかが陳列してあって、さらに一層気後れしちゃうんだけどね。
とは言え、店員さんに欲しい万年筆のイメージを伝えると、すぐに何本かを用意してくれた。国内メーカーのもので、ペン先の柔らかいものばかりである。
文字を書いてみると、やはりいいわ。楽に書けるし、筆致はやはり独特な雰囲気がある。これでインクの色なんかもコダワったりしたら、書く文字はまさにぼくの分身と言えるだろう。書く文字すべてがぼくを体現するのである。これはいいわ。
何本か試し書きをさせてもらって、店を出た。その後、伊東屋や蔵前の店にも行って、いろいろ試し書きをさせてもらったけど、この南青山の店で店員さんに相談しながら書いた万年筆が一番いいと思った。もういっそ、ここで買ってしまおうかとすら思ったほどである。

 

しかし、今一度考えてみる必要がある。
ぼくは大枚叩いて万年筆を購入して、それをちゃんと使うのだろうか。
宝の持ち腐れにしてしまわないだろうか。なんせ仕事で万年筆を使うヤツなんて見たことがない。仕事というのはあくまで効率重視であり、手間のかかる万年筆でちまちま書くよりも、安物のボールペンでさささっと書き捨てるくらいでないとダメである。万年筆で書くのは、それこそ効率よりも礼が優先される宛名書きの時くらいしかないのではないか。そんなことに万単位のおカネを出せるものだろうか。
いや、普段からいつも万年筆を使うようにすればいいのである。幸いぼくはメモ魔である。30ページほどのノートを1か月で使う程度には、いつもノートに書き付けている。今はそれをフリクションで書いているけど、これがなんだかイケていないのだ。先に書いた消えちゃうリスクもそうだけど、何よりフリクションボールペンってそれなりの筆圧が必要で、それが紙に筆跡のヘコみを作ってしまう。そんな筆圧でガリガリ書くのではなく、もっとさらさらっと書きたいものである。万年筆はこれにピッタリではないか。
いや、でも、考えをまとめたり、メモ程度に使うような書き物にいちいち万年筆を使うなんて、なんていうか痛々しくないだろうか。メモ魔とか言っても、ノートに大したことを書くわけでもないし、しかも字が汚いくせに金メッキに輝くペン先の、しかもコダワり抜いた調色のインキの万年筆を使って書くなんて、「ぼくは文房具にコダワってマス」みたいなアピールをしてるようで、これを見てる人も引いてしまうだろう。それだけは避けなければならない。
そう思うと万年筆の欠点がいろいろ思い起こされる。万年筆自体の耐衝撃性、紙のにじみや裏写りの問題、インクの漏れやインク切れなどである。書き味や筆致やインクの濃淡などが他の筆記用具よりも勝っている反面、欠点も当然あるわけである。

 

では、ボールペンはどうだろう。
多少高価な雰囲気があったとしても、ボールペンならさほど嫌味はない。ちょっと高価そうなボールペンを使っていても痛々しくはない。しかし、その筆致は万年筆ほど独特ではない。書いていて楽しいということもない。書きやすさの点では、フリクションボールペンよりも幾分かマシになるだろうけど、画一的な筆致や黒一色のインクはなんだか楽しい感じではない。やはり書いていて楽しいことも筆記用具の重要な要素である。肩に力を入れてガリガリ書くのは、ぼくにとってはまったく楽しくないことではないのである。

 

そう思うにつけ、どんな場面でも使えるような最強の筆記用具というものはないものである。
いや、ツールとはそもそもその場に応じた最適な選択することが重要であり、特に筆記用具は逆に状況に際して最適なツールを考えること自体が楽しいというツールとしてはちょっと特殊なものなのかもしれない。だから、今のように万年筆やボールペンやフリクションボールペンやサインペンや筆ペンを使い分ける状況こそ、筆記用具というツールを使うということなのかもしれない。そして、そうである以上、無用に高価な筆記用具は、場面によってツールを使い分けるバランスを崩すことになるのかもしれない。まさに今回のように書き味のいい万年筆を導入することは、ぼくの仕事における筆記用具バランスを大きく崩す結果になるというわけである。
しかし、消せるメリットだけが独り歩きした今の現状も最適な状態ではない。消せるメリットばかりに目がくらみ、消えちゃうリスクに目が向かなくなっているのだ。どこかで変革しないとなと思いつつ、うーんうーんと考えるばかりで、いつまでたってもこのリスクから解放されようとしない。そんな状況こそ、ぼくを取り巻く筆記用具の現状なのである。
そして、今こそ変革の一歩を踏み出すべきなのだ。そして、その一歩を踏み出すのは、筆記用具の王者である万年筆しかないのだ。それにぼくには、冒頭に書いたように「これを機に万年筆を買う」という動機がある。つまり、これは記念品になるものなのだ。
今回はぼくに合ったペン先を求めて都内の専門店を行脚してきたけど、もう一度考えを整理して、また万年筆を巡る旅をしないといけないような気がしている。
ぼくの筆記用具を巡る旅は、さてどうなるだろうか。万年筆を購入するか、そしてそれを使いこなせるか。変革に尻込みして、あるいはいつか真夏のクルマに手帳を置きっぱなしにしてしまうか。
ぼくの未来の分かれ道である。

 

ところで、筆記用具のことをいろいろ悩んでいると思い出すのが、あるアメリカンジョークである。
冷戦の時代、宇宙開発競争が米ソで激化している中、相手を一歩でも出し抜くために日夜懸命な技術開発を進める中、NASAは宇宙でも使えるボールペンの開発にも力を入れていた。巨額の費用を投じて、無重力化でも筆記できるボールペンの開発を進めるのだけど、これがなかなかうまくいかない。しかし、ある日、苦心の末についに無重力化で筆記できるボールペンの開発に成功する。歓喜に湧くNASAの職員。小さな一歩だが、宇宙開発でソ連に勝ったという意味で大きな飛躍である!やったー!
一方、ソ連はそんなアメリカの苦闘を尻目に、宇宙ではエンピツを使った。ちゃんちゃん。
ジョークではあるけど、アナクロな技術が時と場合によっては優秀なツールになり得るという教訓を含んでいるようで、仕事で使う筆記用具以外にも、お絵描きの場面でも筆記用具に悩むぼくには、なんだか含蓄のあるお話しなのである。

| 物欲日記 | 17:38 | comments(0) | trackbacks(0)
イヤホンの進化。
ヘッドホンが欲しかった。
ここのところ毎年12月に第九演奏会を聴きに行っているんだけど、その関係でこの時期は普段聴く音楽から離れてオーケストラをよく聴くようになる。そこで問題になるのがイヤホンである。
ぼくが普段使っているのは、カナル型イヤホンと言って、耳栓のように耳の穴にイヤホンを突っ込むタイプのものである。以前は耳の形にはめ込むタイプのイヤホンが主流だったんだけど、ここ数年でカナル型が急速に普及してきた。はめ込み型と比較して音が鳴る部分が密閉されるので、音漏れがなかったり、周囲の音が入りにくくなったりするんだろうけど、ぼくはどうも耳に穴が塞がれるのが嫌いで、カナル型イヤホンを避けていた。電車などで音漏れによって他人に迷惑かけるのは避けたいし、周囲の音をなるべく遮って音楽に集中したいのは確かなんだけど、イヤホン部分を耳の穴に密着するためにコードがこすれたりする音も拾ってしまうのだ。歩きながら聞いているとガサガサと結構大きな音がする。これではせっかく音楽に集中しようと思っても興醒めである。ただし、この問題はコード部分を耳を巻き込むようにすることで解消されることを知った。コードがこすれる音が耳の部分で吸収されるので、直接イヤホン部分に伝達しないそうである。まあそれでも小さいながらもこすれる音は聞こえる。さらに言えば、カナル型は耳が密閉されるので、なんかこう耳の中の空気が圧縮される感じで、耳の中が不快なのである。
やはり以前使っていたような耳にはめ込む形のイヤホンがいい。ぼくが初めてウォークマンを手にした時、小さな器具を耳にはめ込み機器の再生ボタンを押した瞬間の感動を今でも覚えている。聴いたのは尾崎豊だったかな。思わず「お、尾崎がそこにいる!」とか思ったものである。
しかし、このタイプのイヤホンは売り場にはほとんど置いていない。カナル型がそれほど秀逸とも思えないんだけど、何かの圧力でもかかったかってほど、あっという間に売り場はカナル型で埋め尽くされた。
ちなみに耳にはめ込むタイプは完全に絶滅したわけではない。わずかではあるけど売っている場所もある。しかし、ここにも問題があった。耳にはめ込むタイプは、カナル型を経験したぼくには、スッカスカに感じられてしまうのだ。あれほど熱望していたはめ込みタイプなのに、カナル型の密閉感に馴染んだ今となっては、耳の形にはめ込む程度の装着感ではまったく満足できなくなってしまったのだ。売り場にあるサンプルのイヤホンをはめ込んでみたら、グラグラと不安定だし、コードをちょっと引っ張っただけでスポンと抜けてしまう。これでは確かに音漏れもするだろう。
そんなわけで、はめ込みタイプもダメ、カナル型もダメというニッチモサッチモ行かない状況になってしまった。
さて、どうしたものか。カナル型が陳列された棚の前でぼくは考えた。いや、もっと前からぼくはこの問題をどう解決したものか悩んでいたのだ。
ちなみにカナル型の中には、耳に引っ掛けるタイプなどいくつかのタイプがあって、今のカナル型の問題点を解消しているものもあるようである。しかし耳に引っ掛けるタイプは、ぼくがメガネをしている関係で装着がちょっと難しいのだ。耳に引っ掛ける部分には既にメガネのツルがかかっているわけで、ちゃんとフィットしないのである。
そんなわけでいろいろ考えた結果が、冒頭のヘッドホンである。
以前もヘッドホンを購入した。ノイズキャンセリングのタイプだったけど、耳に当たる部分にちょっと不安があった。平坦な形のため、耳との隙間から音漏れが心配されたのだ。ぼくが音漏れを気にするのはやはり恥ずかしいからなんだろうな。オケとか聴いているうちはいいんだけど、まあこの歳のオジサンにはちょっと相応しくない音楽も聴いてるからな。
それで今回欲しくなったのは、耳が完全に包み込まれる形をしたヘッドホンである。耳に当たる部分がヘコんでいて、その小さな部屋に耳がスッポリ入るようになる。ヘッドホンをいくつか試してみて、なかなかいい感じのものをいくつか発見した。もっともイヤホンの良い点は、カナル型もはめ込み型も携帯性が高いという点である。ポケットにちょろっと入れて持ち運びが可能だけど、ヘッドホンはそうはいかない。ぼくが普段使っているバッグもそれほど大きな余剰スペースはないので、小さめなタイプや折り畳めるタイプがいいということになる。
そういうわけで、ヘッドホンが欲しいと思ってから、ぼくは散々悩んだ。
さきこにもサンプルを聴いてもらったりして、ヘッドホンを選んだ。最近の売り場は、自分が持っているiPhoneなどの再生機器を接続して試し聴きができたりするので便利なんだけど、さきこに聴いてもらうために第九なんかをかけちゃったりすると、あまりにも音質がいいものだからそのまま第四楽章を聴き入っちゃったりする。ヘッドホンを外して、「やっぱ第九はいいわ」ってもうコメントがおかしい。
そんなわけで、先週は散々悩んでヘッドホンを購入した。
高価なノイズキャンセリングは諦めて、財布と相談して選択しうるもっともいいものを買ったと思う。
昨日はヘッドホンをかけて会社から帰ってきた。うん、いい感じである。こういう環境が欲しかったんだよね。バッグのスペースがまた少なくなっちゃって、もうテクニカルに収納しないと入りきらない状況だけど、しばらくちゃんと音楽を聴く環境を手に入れて、ちょっと満足なのだった。


| 物欲日記 | 12:51 | comments(0) | trackbacks(0)
通販天国。
最近は通販サイトがスゴイ。パソコンやスマホを使ってどこでも簡単に商品を購入できる。
ぼくも日常的に某アマ○ンのサイトから商品を購入したりしているんだけど、まあ数百円単位のモノなら何とも思わないけど、数千円とか数万円もする商品だと、ちょっと躊躇したりする。コレ、ホントに買っちゃっていいのかな・・・と思うわけで、購入手続きが簡便になったからこそ、購入してしまう前の自制って大事だなーと思う。
そんな日常的な通販生活の中で、この前購入したのが、ぼくが部屋で使っているアーロンチェアのヘッドレストである。製造元のドイツ・ハーマンミラー社では作っておらず、それでも強いニーズがあったのか、アメリカの某社が専用のオプションを作ったんだそうな。ぼくは以前からアーロンチェアのヘッドレストが欲しくて、でもハーマンミラーでは作っていなくて、この飛び抜けて秀逸な椅子に追随して発売された他社製の製品にヘッドレストがついているのをいつも悔しく思っていた。座り心地は他社の追随を許さないほどの完成度なのに、と。そんな中で出会ったメーカー純正ではないものの、世界中のニーズを受けて作られたオプションパーツは、ぼくの物欲を激しく刺激した。欲しかった商品が目の前にあるのだ。

それにしても昨今の通販サイトには思うところがある。
何気なく検索しただけで、画面にその商品が映し出され、しかも画面の端には既に「注文」ボタンが控えている。ぼくは何気なく検索しただけで、買うかどうかも決めていない。なのに、画面の向こうではまるで「これがあなたの検索した商品です。欲しいですか?欲しいですか?」とせっつかれてるように感じるのだ。そしてぼくがもし何気なく「注文」ボタンに手を添えたら、その注文はその場で確定され、即座に物流ラインに乗り、あっという間にぼくの自宅に届くのである。いや、最近の通販サイトはなんだか怖い。
商品の発送もどんどん効率化していって、今や発注した翌日にはその商品が届いてしまうのだ。通販サイトから配送業者の伝票番号なぞも送られてきて、これを専用サイトで検索すると、その商品が今どこにあるか分かってしまうという至れり尽くせりっぷりである。さらに一説には、通販サイトの方でユーザーの消費性向を分析して、推薦する商品(リコメンド商品)を購入手続きを待たずに物流ラインに乗せてしまうなんていう話しもあるくらいである。ユーザーが予想通りその商品を注文した時には、その商品は自宅にもっとも近い宅配業者にストックされているというわけである。いやはや怖い話しである。
怖いと同時に感じるのは、「買い物」という行為の変質である。
以前は通販サイトで買い物なんてしないで、休日の朝、身支度を調えて、家を出て電車に乗り、その商品を売っている店に赴き、現物を見て吟味し、財布と相談してついに購入を決め、レジで会計と包装をしてもらって、また電車に乗って自宅に帰るというプロセスを踏んでいた。この一連の作業が、ある商品を買うためだけにあるのだ。それが今やスマホの「注文」ボタンひとつで済む。身支度を調えるところから商品を持ち帰って包装を開けるまで続くココロのワクワク感はスマホから注文するという単純な行為の中でかなり希釈されてしまうのだ。ワクワク感がないとは言わないけど、寂しいなと思う。
そう思うのは、先日デスクライトを購入したからである。
既存のデスクライトは、老朽化が進み、2年くらい前に蛍光灯を交換した辺りから点灯しにくくなった。最近はLEDライトがかなり明るいし、消費期間も蛍光灯よりも格段に長いので、ついにデスクライトを交換することにしたのだ。そうは言ってもぼくの欲しいデスクライトはなかなか出会えず、またそこから長い時間を経ることになる。ある日、たまたま立ち寄ったホームセンターの家電コーナーでいい感じのデスクライトを見かけ、これはいい!ということになった。ネットで検索するとホームセンターで売っているものよりもかなり安く通販で手に入るようだったので、ホームセンターでは買わずに通販サイトから購入することにしたのだ。
それから間もなくデスクライトは自宅に届いた。
でも既存のデスクライトにも愛着を感じていたぼくは、すぐに交換せず、次に絵なぞが描けそうになるまで交換しないでおくことにしたのだ。そして春めいてきた昨今、ついにデスクライトを交換することになった。
新しいデスクライトの梱包を解いて設置している時である。唐突にぼくの脳みそにパルスが走った。
既存のデスクライトを購入した時のことを思い出したのだ。遠い昔に横浜のヨドバシカメラに会社帰りに行き、売られているデスクライトを前にあれこれと考えを巡らせ、ついに決意して購入した十数年も前の記憶である。それがかなり鮮明に蘇ってきたのだ。
とは言え、デスクライトを交換するのは既に決めたことだし、既に新しいデスクライトもあるから、交換するんだけどね。しかし思うのだ。ぼくがこの新しいデスクライトを遠い将来にまた次のデスクライトに交換する時、ぼくはこのデスクライトを購入した時のことを鮮明に思い出すだろうか。ぼくのお絵描きの歴史とともに歩んできたこのかつてのデスクライトは、ぼくの絵なぞの一部である。新しいデスクライトも同じく絵なぞの一部としてこれからぼくと同じ時間を過ごすのだけど、購入手続きにまつわるストーリーだけはちょっと無味乾燥な感じである。店で見かけたこの商品を通販サイトでポチッと購入しただけだからね。
そう思うと、通販サイトばかりというのもどうかねと思う。確かに便利だけどね。それだけではダメなような気もするのである。特にぼくにとって大事なものを購入する時は、ね。

さて冒頭のヘッドレストだけど、さきこに相談してOKが出たので、通販サイトからさくっと購入した。宅配業者のサイトで現在の状況(出荷、配送、配達)を確認しながら、ワクワクを禁じ得なかった。そして自宅に届けられ、宅配ボックスに保管されたことを知る。自宅に帰ればヘッドレストが待っていると思うとかなり嬉しかった。それはかつての買い物の時に感じられた少し懐かしい感じのワクワク感であった。これが新しい時代の買い物であり、ワクワク感なんだろうなと思ったのだった。
| 物欲日記 | 14:05 | comments(0) | trackbacks(0)
無知の代償。
「真の賢人は自分が無知であることを知っている」などと昔のギリシアの人は言ったそうだけど、ホントにそう思うわけで、知ったかぶりほど恥ずかしいことはない。ぼくはなるべく知らないことは知らないと言うようにしているけど、やはり俗人だから、たまに見栄張って「し、知ってるよ?!」などと声が裏返っちゃってみんなにお見通し・・・なんてことはあまりないのだけど、ぼくの知人がたまに自信たっぷりに漢字を読み間違えるのには閉口する。

さて、こういう書き出しにしてしまったのには理由がある。
以前ウインドウズ8のタブレット端末は欲しいなどと書いていて、その理由として「ポインティングデバイスが使えるから」と書いていたんだけど、今日会社で何気にこの話しが出た時に、前出の知人が「アンドロイド端末でもマウスを繋げると認識してくれるよ」と言い出したのだ。
これは知ったかぶりではない。ちゃんとネットにもそういう事例があることが確認できた。

これは如何に?!である。
なにもウインドウズ端末を買わなくても、もっと安価なアンドロイド端末でもマウスが使えるかもしれない。そうであれば、アンドロイドを買ってもいいのだ。
アンドロイドは現在さきこが電話として使用していて、それがもう気の毒なほど使えない機械で、たとえばアプリの立ち上がりが非常に悪かったりするんだけど(たとえばランニングをしようと準備万端でアプリを起動しようとしたら、「再起動してください」などと無情なメッセージが何度も出てくる、みたいな)、タブレットでパソコン的な使い方をする分には問題ないかと思う。使ったことないけどね。しかもアンドロイド端末にはラインナップが10インチと7インチがあって、携帯には断然7インチなわけで、ウインドウズ端末が10インチしかない現状を見るに、アンドロイドでもいいかなーとだんだん思うようになってきた。
先々週は某量販店に通いつめて、思わず買ってしまう直前まで、それこそ口から「じゃ、コレください」が出そうな一歩手前まで行っていたけど、どうしても納得できなくて踏みとどまった。こういう予感がしたわけじゃないけど、あそこで買わなくて良かったわ。
そういうわけで、また検討を一からやり直しである。
OSの信頼性がイマイチなアンドロイドでどこまで使えるか、現行のモバイルパソコンとの併用なども考慮しないとな。
ぼくの物欲の炎は焼けぼっくい(←最近知った(知ったかぶり))のように、燃え上がる時を待っているのである。
| 物欲日記 | 13:49 | comments(0) | trackbacks(0)
5万の重み。
この三連休は突如発動した物欲に苛まれる日々だった。別件で用事があったとは言え、家電量販店に金曜、土曜、月曜と通いつめてしまった。結局ぼくの物欲は成就することなく終わったんだけどね。それにしてもかなり悩んでしまったよ。
それで、これほど悩ましい物欲は何に向けられていたかというと、実は、パソコンである。
いや、自宅で使用するパソコンは12月に購入したばかりである。ウインドウズ8はパソコン雑誌で初めて見た時には、スマホを意識し過ぎてる感じがどうにも違和感だったのだけど、使ってみて慣れてくるとさほど気になるものではない。基本的には今まで使っていたウインドウズである。
ウインドウズ8への評価があまり悪くないので、そんな中、ウインドウズ8をベースにしたタブレット端末が出てきた時には、ぼくのニーズにあまりにもドンピシャで驚いたものである。
そう、今回の物欲の対象は、タブレットパソコンである。

もともとぼくは、iPadやiPadminiにはかなり興味があった。しかし今まで買わなかった理由は、ただ一点だけである。ポインティングデバイスがないからである。
ぼくが持っているモバイルパソコンは、その用途のほとんどがテキストを打ってネットにアップする作業である。つまりブログを書くための作業として使っているのである。その作業においては、もちろんキーボード、しかも打ちやすいキーボードが必要になるし、同時にマウスのようなポインティングデバイスが必要になる。テキスト編集の細かい位置指定やネットにアップする際にネット上の小さなリンク文字をクリックするためにマウスのような機器が必要になるのだ。
iPadやアンドロイドベースのタブレットでは、文字入力のためのキーボードが別売りであるので、テキスト打ちには不自由しないと思うけど、問題はポインティングデバイスである。今どきのタブレットではそういう機能がないのである。
そこで出現したのが、ウインドウズ8ベースのタブレットである。
基本的にはパソコンなのでその操作にはそれなりに慣れている。そしてウインドウズ8特有のタブレット的な機能もある。そして、キーボードはブルートゥースでも有線のUSBでもどうにでも接続できる。もちろん、マウスも、である。つまり、これはぼくの思いを完全に叶えてくれるものなのだ。
現行のモバイルパソコンは1年ちょっと前に購入したもので、それなりに使えているのだけど、キーボードが打ちにくかったり、某メーカーが変なソフトをインストールしてるせいで動きが変だったり、度々再起動を要求されたりと、それまでのモバイルパソコンよりはちょっと駄々っ子な感じなのである。特にキーボードの打ちにくさと反応の悪さはヒドい。いや、この文章もそのパソコンで打っているんだけどね。この前購入したぼく好みのキーボードで打っていたら、もっとたくさんの文章が短時間で打てているんじゃないかと思うほどである。それぞれのキーの間に隙間が開いているのが嫌だし、各キーの反応も悪い。これは以前のブログにも書いたことかもしれないけどね。
そんなわけで、モバイルパソコンにあまり満足していない中、ウインドウズ8のタブレットパソコンが目の前に現れたのである。いや、もう、これは欲しい!
それで、目をつけたパソコンが量販店にあったので、通いつめてしまったという次第である。

しかし、最近のモバイルパソコンは金額が高い。
ぼくが使用する機能は、テキストとネット接続くらいなので、いわゆるネットブック的な安価なものでいいのだけど、最近はメーカーの都合からか、安価なパソコンは出回らなくなってしまい、だいたい6万とか8万とか10万のパソコンがメインになってきた。ネットブックが出る前のノートパソコンで10万円を下回るものはほとんどなかったどころか、ものによっては20万もしたことを考えると、それでも安くなったと言えるのかもしれないけど、ネットブックとして2、3万円で購入していたぼくにとっては、非常に高価な買い物なのである。
欲しいパソコンの値段は、7万弱であった。
通信会社の2年縛り契約(なぜか、N○Tの屋内用回線を引き込むという変な契約)があれば、4万円ほどになるんだけど、ぼくが継承したい通信会社の2年縛りでは、5000円程度しか値引きにならない。
またぼくの会社にある「パソコン購入費補助制度」を使うと各人のポイントに応じて全額補助してくれるんだけど、ぼくには1万円くらいしかポイントが残っていない。そしてポイントカードに蓄積してきたポイント数千円。これらを合わせると、7万弱のパソコンは5万円ほどになった。
5万円のパソコンを購入するか・・・。

これにはかなり悩んだ。
3万円くらいなら一時の気の迷いというか酔狂で買っちゃったと言い訳できるけど、5万円となると遊びで出せるおカネではない。ちゃんと5万円の支出に足るかどうかを検討しなければならない。買ってみてから使えないことが分かり、やっぱり以前のモバイルパソコンの方がいいやってわけにはいかないのである。
あまりにも悩むぼくにさきこは、「いや、もう買っちゃえばいいじゃん」って言うのだけど、そりゃ手元におカネはあるのだけど、そういうことではないのだ。
外付けのキーボードを買えば、自宅や会社同様の高効率でタイピングすることができるとか、最近流行りのLTEを使えば今より格段に通信速度が早くなるとか、タブレットなのでいろんなアプリが使えるわけで、たとえば今まではテキスト表示でしか読んでいなかった日経新聞が紙面そのままに閲覧したりできるとか、機械の重さが1.2キロから580グラムと格段に軽くなるので、持ち運びに便利だとか・・・いやもう耳から煙が出るほど悩んだ。
そして、やはり5万円という金額は出せないとの判断に至った。

ぼくにはまだ5万円ほどの機械を使って何かができるというわけではないのだ。
イケてないモバイルパソコンのイケてないキーボードを使って、ちまちまとブログを書いているのがお似合いなのだ。
そう思うと、今使っているキーボードが何やら反応が良くなったような気がしてきたりする・・・うん、気のせいだけどね。
| 物欲日記 | 12:56 | comments(0) | trackbacks(0)
物欲が刻を超えて・・・。
バッグを買った。通販なので届くのが楽しみである。
・・・とこう書くと、しゅんすけの身に起こったこの事象について、必要最低限の情報は書けていることになる。しかし、その背景にはちょっとしたドラマがあって、ある時は悩み、妥協し、決心し、出会い、待ち焦がれた歴史がある。今こうして通販のバッグが届くに当たり、そのドラマを書いてみようと思うわけである。

そのバッグが欲しくなったのはいつ頃だろうか。ここ1、2年の話しではない。たぶん4、5年前の話しである。たしか自転車を始めた頃かな。自転車はあまり影響していないかもだけど、当時使っていたバッグがそろそろクタビれてきて、新しいバッグが欲しいと思っていたのである。
新しいバッグを手に入れるに当たり、欲しいバッグの仕様をいろいろ考えてみたところ、たとえばショルダーバッグだけでなくリュックサックのようになればいいなとか、開口部がガマグチみたくがばっと広がり、見た目のコンパクトさと内容量の多さを兼ね備えてるといいななどと思い当たった。最近ガマグチのバッグなんてとんと見かけなくなったけど、昔からのアコガレもあったのかもしれない。実際ガマグチだと開けた時に入ってるものを見つけやすいという利点もあるそうな。
そんなわけで仕様は決まったのだけど、だいたいどこを探してもそのようなバッグは売っていなかった。東急ハンズなんかで探してみても全然見つからない。もはやそういう古風な感じのバッグは売ってないのかもしれない。
半ば諦めかけていた時、今回購入したバッグをネットで発見する。
まさにしゅんすけが欲しかったバッグである。
しかしこういうバッグは何かと高価なのだ。今回のものは完全に手作業で作る革製のもので、オーダーが入ってから作り始めるというものだから余計に高い。しゅんすけが今まで購入してきたバッグの金額のほとんど2、3倍ほどもする金額である。いや、買えない金額じゃないけど、バッグにそこまでお金を出すかという話しである。
しかもこのバッグは通販でのみ販売することになっているから、現物を手にしていろいろ確かめて買うということができない。いやそもそもこの工房は九州にあるので、そもそも店で現物を見るということはできないのだ。都合よく九州出張とかあればなーと思ったものである。
そんなわけで、問題は「高いこと」「現物を確認できないこと」なわけである。前述のとおりオーダーを受けてから制作に入るということはきっとキャンセルもしにくい感じだろう。買った以上使わないといけないのである。
そうなると俄然悩んでしまう。買うべきか買わざるべきか。たかが通勤用のバッグのために何万円も出せないし、そんなお金があれば当時絶賛不具合中だったトレス台を購入した方がナンボか生産的なのではと思ってしまう。こうして悩んで悩んで悩んで・・・そして買うのをやめた。
クタビれたバッグを買い替えるのは、ちゃんと現物が確認できる店でそれなりの金額のものを買うことにしたのである。これが今使っているバッグ。それなりにコンパクトだし収納しやすいし、それなりにモノが入るから気に入っていた。たぶん、これが2、3年前のことである。
そしてまた長い年月が流れた。妥協して購入したバッグだけど、使う上ではさほど不自由はなかった。しかし長い年月の中でしゅんすけが会社に持っていくモノが変化して、ちょっとだけ増えたり、大きくなったりしてきた。東日本大震災が発生して、いつ大地震が発生するか分からない中、通勤途上に見舞われても大丈夫なように懐中電灯とかその他防災グッズを携行するようになった。ネットブックが新しくなり従前の機械よりも微妙に大きくなったりした。そこでまた新しいバッグを待望する気運が高まってきたわけである。
それは今年の初め頃だったと思う。
既にバッグはパンパンな状態である。いろいろと詰め込まれたためバッグの形状が直方体的なフォルムというより球形に近いフォルムになってきた。そもそもこのバッグは「マチ」の部分は厚めになっているので、通常状態でも一般的な薄い直方体的フォルムではなく、厚めの直方体的な感じなのである。これがさらに膨らんで球形を形作ろうとしているのである。
これはちょっと恥ずかしかった。
こうして新しいバッグを購入する検討に再び入るのである。あくまで検討である。まだ購入を決定してはいない。ここから購入を決定するまでにまたまた長く悩む時間を要することになる。ネットでしか見られないその形状を何度確認したことか。そしてお金についてもついに決断に至る。貯金から捻出することにしよう。
こうして長い期間をかけて吟味し、バッグを買うことが決定した。・・・のだけど、買うと決めてからも、またまた長く悩むことになる。革の色をどうするか、バッグのサイズはどうするかである。サイズについてはS・M・Lなどのサイズがあるんだけど、そもそもコンパクトなバッグがいいと思っていたから、ここはコンパクトなSサイズを購入するか(これだと現状のバッグよりも容量が若干減る)、一般的なMサイズを購入するかである。色についても暗めのダークブラウンか明るめのキャメルか、いや赤とか、グリーン?黒?・・・うーん。
ちなみにさきこはそんなウジウジと悩み続けるしゅんすけの話しをよく聞いていてくれたものである。今にして思えば相当ウザい奴だったと思う。
そんなわけで、買うことが決まり、お金を用意し、サイズや色が決まった。ついにここで通販サイトの「購入」ボタンが押されるかという時、衝撃的なミラクルが起こった。
実はしゅんすけが買おうとしているバッグは、長いこと通勤生活を送っている中でただの一度として見かけたことがなかった。イマドキなバッグがいくらでも買える環境で、わざわざ古風なバッグを安からざる価格で買おうという人はいないのだろう・・・と思ったその時、ネットで何度も見たそのバッグが目の前にブラブラしていたのを見つけたしゅんすけの気持ちが想像できるだろうか。朝の通勤ラッシュの中、ぎゅうぎゅうに混み合う電車の中でそれはしゅんすけの目の前に現れた。いたのである。驚いた。
かなり使い古した感じのそれは、紛れもなくしゅんすけが買おうとしているバッグそのもの。色は黒である。しゅんすけと同じように九州の工房から買ったのだろう。同じような考えを持つ人が目の前にいたことに驚いた。
そしてこの時も何となく決めかねていたサイズのことを思い出し、この人の持つバッグのサイズはどんなだろうと物凄く気になった。いっそ声を掛けてしまおうかと思ったほどである。
「あの、そのバッグと同じバッグを買おうか迷ってるんですけど、サイズは何ですか・・・?」
今思えば聞いてしまえば良かったかもしれない。しかし何となく声を掛けそびれたまま、何日かが過ぎ、ついにサイズを完全に決めるに至った。

この出会いは一体なんだったんだろう。
しゅんすけが買うことを迷っていると、そのものが唐突に目の前に現れることが過去にもあった。たしかチンクェチェントを購入しようか迷っていた時に、たまたま出かけた祐天寺とか蒲田辺りで偶然チンクを見かけることがあって、まるで「買っていいんだよ」と言っているかのようだった。それと同じことだったのかもしれない。
同じバッグを持つ人には結局声が掛けられず、実は未だに同じ電車に乗り合わせることがあるんだけど、きっとしゅんすけがそのバッグを持って通勤した日にゃきっと驚くだろうな。
そしてパソコンに向かい、「購入」のボタンをクリックする。同時にネットバンキングからお金を振り込んだ。やった、ついに買っちまった!

完全手作業で作るこのバッグは、発注から8週間ほども時間を要して完成となる。しゅんすけがネットで発注したのが5月中旬、ゴールデンウィークが明けた後である。それから数週間、バッグのことは片時も頭を離れることはなかった。できれば発注したことすらすっぱり忘れて、ある日突然届いたそのバッグに「おぉそうか、バッグを買ったんだよな」なんて驚いたりしたかったんだけど、あまりにも楽しみ過ぎてどうにも忘れることなんかできなかった。工房から伝えられた完成日を指折り数える日々。あと3週間、あと2週間、あと10日、来週、明後日、そして明日。
完成するハズの当日は朝からメールをチェックしっぱなしだった。きっと工房から「完成しましたのでお送りします」云々とメールが来るハズだからである。実際午後になってからそのメールはしゅんすけのもとに届き、既に発送したと書き添えられていた。これが一昨日のことである。あぁついに、ついにしゅんすけのモノになる日が来た。
それから今度はメールに書き添えられた宅配便の伝票番号をもとにネットで照会。今どこにあるのかとても気になった。しゅんすけが今か今かとネットを覗いたところで宅配便が早く着くわけでもないのにね。とにかく待ち遠しかった。大人になってからこれほど待ち遠しいことがあっただろうか。
そして今日、今、この瞬間である。
実はまだ自宅に帰っていない。自宅に帰ればマンションの宅配便ボックスの中にバッグが届いているのは分かっている。しかし、バッグを手に入れて、今までの苦悩や待ち焦がれた時間が霧消してしまう前に思いを残しておきたかった。実物を見て何かを感じてしまう前に。
でもそれもそろそろ終わりにしよう。しゅんすけを待っているバッグのためにそろそろ帰途に就くことにしよう。数年の時間を超えて、会いたかったバッグについに会えるのである。
しゅんすけの新しい境地が待っているような気がする。
| 物欲日記 | 00:40 | comments(0) | trackbacks(0)
マットサンダースをめぐる輪舞曲(ロンド)
しゅんすけが絵なぞを描く際に使用している紙、マットサンダースがかなり昔に廃版となってしまい、しゅんすけは愛用すべき画用紙を数えきれないほど種類のある画用紙からまた探し出さなければならないという長い旅に出たことは既に書いた。しゅんすけはヘタッピーなので、画用紙くらいはそれなりに使いやすいものを使いたいと思っているんだけど、なかなかそういう紙には出会えていない。去年の話しだけど、画材の殿堂・世界堂で、マットサンダースが廃版になってしまったことを聞き、その事実に衝撃を受けつつも藁にも縋る思いで同じような紙質の画用紙を紹介してもらい、つい最近右脳が少し回転してくれたので、ちょこちょこっと描いてみたものの、たしかに絵の具の伸びや水分の吸い込みの感じは悪くないけど、少しでも乱暴に扱うと毛羽立ってしまったりして、つまりしゅんすけの思いを充分に満たすような紙ではなかったわけである。こういう出逢いって凄く上手くいく時もあればそうでない時もあるから、マットサンダースと同等の紙質に出逢いたいと思いつつ、もしかしたらそれ以上に相性のいい紙に出逢っちゃうかもしれないとの思いがあって、意気揚々とこの紹介された紙を使ってみたんだけど、結局はマットサンダースには及ばなかったというわけである。
しゅんすけは「これ!」と決めると結構長いことその思いを持ち続けることができる人なので、その点では自分で言うのもナンだけど、浮気はできても本気になれないタイプである。だから新しい画用紙が手元にあり、それなりの使い易さもあるんだけど、なんだかんだで「マットサンダースには敵わない」とココロのどこかで思ってしまうのである。その思いが募るほどに、今の画用紙への欠点も目立つようになってきて、マットサンダースとの顕著な違い、表面の毛羽立ちがどうしても気に入らなくなってきた。しゅんすけは着彩の際にたまにマスキングをしたりするけど、この画用紙ではマスキングシートでもマスキング液でも画用紙からはがす際にどうしても毛羽立ってしまう。消しゴムで軽く擦ったり、メンディングテープで軽く留めたのを剥がすのでさえ、毛羽立ってしまうのだから、マスキング液でこってり表面を覆い、その後に消しゴムでゴシゴシ落としていたらこれは絶対に毛羽立つ。毛羽立った画用紙での着彩など、もはや荒地を耕すようなものである。(案外といい効果が出たりして?)
今の画用紙には満足できない、かと言ってマットサンダースはもうこの世に存在しない。
あるいはもしかしたら場末の画材屋には売れ残ったマットサンダースがあるかもしれないけど、継続的に入手できるものではないわけで、ホント悩ましい。先週の湘南国際マラソンの後に、まりこさんがクルマで迎えに来てくれて、そのクルマがJR藤沢の駅近くの駐車場に停めてあるというので、二宮から藤沢まで電車に乗り、藤沢駅で下車して駐車場まで藤沢の駅前を筋肉痛に苦しみながらテクテクと歩いていたら、世界堂の藤沢店があって、しゅんすけはこの店舗の存在を知らなかったのだけど、ここでふと「ここならもしかしてマットサンダースがあるかもしれない」と思ってしまい、肉体的にキツい中どうしてもこの店の画用紙コーナーを覗きたくなってしまった、なんてことがあった。そのくらいマットサンダースが欲しい。筋肉痛を圧して画材屋を捜索したいほど悩ましいのである。
そんな時、さきこが「そこまで欲しいならメーカーに聞いてみればいいじゃない」と言う。
メーカーなら在庫があるかもしれないというのだ。うん、たしかにそうかもしれない。でもなー、在庫があると言っても、廃版になってしまったのは事実なわけで、場末の画材屋に在庫があるのと同じで、問題が先送りされるだけである。そうならば新しい画用紙との出逢いを模索した方がよほど生産的である。
それに、廃版になった紙についてメーカーに問い合わせるというのは、しゅんすけにとって初めてのことではない。まだ大学生くらいの頃、某コンビニで売っていた落描き用の無地のレポート用紙(A4)を見かけなくなった。店員に聞くとこのコンビニではこのレポート用紙は扱わなくなったという。どういうわけか知らないけど、コンビニには売れる商品を省スペースで効率よく入荷するという鉄の掟が存在するらしいから、数ヶ月に一度くらいしか需要のないレポート用紙などその存在に重みなどないに等しいというわけである。しかしこのレポート用紙は当時のしゅんすけにとって非常に良かった。描き味が非常に良かったのだ。しかも当時はA4で無地のレポート用紙など大きな文房具屋でもなかなか売ってなかった。たいていは、あらかじめ罫線が入ったレポート用紙であった。しかしどうしても諦めきれなかったしゅんすけは、手元にある使い切ったレポート用紙の裏面を確認し、メーカー名を割り出し、当時インターネットなどない時代にNTTに確認したり、某コンビニの本部に確認したりして連絡先を聞き出し、そのメーカーに電話してみることにしたのである。寒い冬の電話ボックスから電話をしたのを覚えている。
電話に出た担当者にそのコンビニでの扱いがなくなったことを改めて聞かされたしゅんすけは、他のどこで入手可能かを聞いてみた。しかし、担当者曰く、このレポート用紙は製造そのものが中止になったとのことであった。当時オトナの世界の仕組みがイマイチ分かってなかったしゅんすけは、その意味がまったく分からなかった。「需要あるところにビジネスが生ずる」と信じていたしゅんすけにとって、今ここに確かに存在する需要に対して「製造中止、再製造の予定なし」と言い切る担当者のニベもない言葉が信じられなかった。オトナの世界はセチガラいものだと思ったものである。そして今、マットサンダースが欲しいという強烈なニーズをもってしゅんすけが再びメーカーに電話するのである。今もなおオトナの世界の仕組みがイマイチ分かってないしゅんすけだけど、ビジネスを巡る悲哀というシビアさは長い社会人経験で身に染みるほど分かっている。回答に期待などできなかった。
しかしそんなしゅんすけでも一縷の期待があった。それは、紙の専門メーカーだからこそ、マットサンダースの後継というか、同質の画用紙を紹介してもらえるかもしれないという期待だった。メーカーの人に言えば毛羽立ちのことも分かってくれるだろう。もしかしたら毛羽立たない画用紙があるかもしれない。それはしゅんすけにとってマットサンダース以上の出逢いになるかもしれない。たとえ事態が変わらなくても、何かを得られる可能性は充分あるのだ。
しゅんすけは早速iPhoneで調べたメーカーに電話してみることにした。

 しゅんすけ「もしもし、マットサンダースって御社で作ってましたよね」
 担当者「はい」
 しゅんすけ「もう何年も前に廃版になっちゃってますよね?」

その時である。しゅんすけの耳に思ってもみなかった回答が入ってきたのである。
 担当者「いいえ」

は?

 しゅんすけ「マットサンダースって廃版じゃないんですか?画材屋さんで廃版って言われましたよ?」
 担当者「廃版になったのは、ブックとして販売している方で、紙自体は生産してます」
 しゅんすけ「そそ、それはどういうことですか?」
 担当者「あの、失礼ですが、どういう・・・?」
かなり狼狽えた。「ない」と言われるものと思っていたものが「ある」という。想定していた話しの展開はわずか2ターンで予想外の方向に向かって突っ走った。

 しゅんすけ「あ、えと、以前から愛用してたんですけど、画材屋さんで廃版と聞いて、同質の紙が他にあるか聞きたいんですけど・・・」
 担当者「紙を綴った形での販売はないのですが、四六判として画材屋さんには卸してますけど」
 しゅんすけ「しろく・・・。じじゃ、画材屋さんで裁断してもらえばいいんですよね?」
 担当者「そうです」

こ、ここ、これは!?
マットサンダースは死んでなかった?
この世界にまだ存在するということか?この世界、いや、世界堂にあるということか!?
お礼もそこそこにしゅんすけは駆け出していた。実は今日は外出先から不帰社の予定である。その外出先の用事は結構あっけなく終了して、やっぱり帰社しようか迷っていた。うん、決定、戻らない。画材の殿堂・世界堂新宿店に向かうことにした。

それにしてもしゅんすけは印刷会社出身だというのに、紙のサイズとか重さに対しての知識がカケラもない。四六判と言えば、印刷会社の営業であればその寸法がスラスラっと出てくるものである。一体どの程度の大きさなのか、マットサンダースとは言ってもしゅんすけが愛用していたブック形式の画用紙と同じものなのだろうか。かなりドキドキして新宿に向かった。
そして、再会した。
目の前に広げられた大きな紙、これが四六判ということだけど、その色合いやツヤはまさしくしゅんすけが愛していたあの画用紙である。聞くところによると、ブックタイプの紙と紙質は変わっていないということ。これを適当な大きさに裁断すれば、ブックになってないだけのマットサンダースを手に入れることができるわけである。

いや、長い旅であった。
画用紙が良くても決して絵なぞが上達するわけではないのに、よくぞここまで到達したものである。メーカーに電話してみて良かった・・・ってか、変な過去のトラウマにコダワってないで、絶版と聞いた瞬間にさっさとメーカーに確認しておけば良かったのだ。まあ、今日のところは良しとしよう。
まずはこうして画用紙が手に入る。これからゆっくりと右脳が回転してくれるのを待つことにしよう。
しゅんすけのマットサンダースを巡るドタバタ劇はとりあえずの終幕を迎えたわけである。


※さっすが世界堂!
| 物欲日記 | 18:23 | comments(0) | -
画材礼賛。
先週の週末に描きかけの絵なぞがあって、ずっと続きを描きたくて、しばらく仕事の関係で眺めるだけの日々だったんだけど、そんな中眺めるだけではどうにも我慢できないしゅんすけは、この絵なぞをそれなりに着色するために必要な画材を買いに新宿まで行くことにした。
久々の大物だったので、それなりに太い筆が必要だったから、いわゆる平筆を買いに、ただそれだけを買いに画材の殿堂・世界堂に行くことにしたわけである。ちなみに今の会社はちょっと歩けば新宿三丁目まで電車一本で行くことができる。いや、なんて素晴らしいんだ。

世界堂に行くと、必要なものを必要なだけ購入して帰るということはまずない。どうしてもあんなモノやこんなモノを買いたくなってしまうわけで、この日は何を思ったのか、久々にイラストボードを2枚購入、平筆も買ったんだけど、ふと目に入ったマスキング液をしばらく悩んで購入することにした。実はこの絵なぞを着色するにあたり、水張りをしといた方がいいと思っていて、下書きをしちゃった今となっては後の祭で水張りするのは諦めてたんだけど、これに先だってネットで水張りの方法とかを見ていたら、かなりお上手な方が水張りの方法を解説するサイトを作っていて、そこでサンプルとして出ていた絵にマスキング液を使っていたのだ。しゅんすけは以前この画材を購入したことがあるんだけど、いろいろ試した結果、乾燥後に紙にくっついちゃって、剥がそうとすると紙ごとぺりぺりいってしまうという惨事を経験していたので、マスキング液は「使えない画材」というカテゴリーに放り込まれて放置されていたのだ。しかし、水彩でも普通に使用に耐える画材であることがこのサイトで分かったので、もう一度マスキング液の使途を見直そうという気にになったわけである。
そんな折に世界堂で発見したマスキング液は、筆を使わないタイプで、まるで一昔前の修正液のように容器の先端が尖ってるので、チューブを絞るだけで液が出てくるから、筆も使わないし洗う必要もない。もしかして光明の見えてきたマスキング液をさらに使える画材へ昇華させる画材かも知れないと、とりあえず購入することにしたのである。

そして、このマスキング液をいろいろ実験してみて、ついに本番で使用したというわけである。
本番の絵なぞ自体が久々に背景も含め描いた大判の獲物で、しかもつい先日天国に召されたサラしゃんのオマージュ的要素がうまく描けてなくて、全体的になんとなくイケてない感じだったんだけど、マスキング液自体は充分過ぎるほどの成果を挙げてくれて、この点のみにおいては充分成功な絵なぞになった。この画材を今まで使ってこなかった自らの探求心のなさが悔やまれる。
今まではもの凄い手間をかけて、マスキングテープを切り貼りしてエアブラシをかけていたんだけど、マスキング液ならエアブラシでも絵筆でも必要なマスクができるわけで、かなり便利である。
こうして、着色作業にちょっと新しい風が吹いてきた感じが嬉しい宵なのであった。
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※ちなみに、しゅんすけが「○○の殿堂」などとお店を評価するのはかなり前からで、世界堂は「画材の殿堂」だし、銀座の伊藤屋は「文具の殿堂」、菊水は「パイプの殿堂」と言っているけど、この日世界堂の店内アナウンスで「美術の殿堂、世界堂」などと放送していて、ビックリした。いや、まさかこのブログを見てるわけじゃないよね。イマドキ「殿堂」なんて言わないのをあえてしゅんすけはヒネって使ってるわけで、本気で「当店は○○の殿堂です」とか言ったらちょっとお寒いぜ。
ところで、ブログを検索したら世界堂を画材の殿堂と評しているのは、2001年8月の日記からである。そんな前から世界堂はしゅんすけにとって画材の殿堂だったのが自分でも驚きである。
| 物欲日記 | 00:21 | comments(0) | -
物欲ツーリング。
先日書いたとおりさきこと某ランニングクラブの仲間で行った佐渡ロングライドの写真が某サイクル雑誌に掲載されていたわけだけど、その雑誌の別のページに某タイ○ックス社の限定版のデジタル時計の広告が出ていて、思いがけずふいに欲しくなっちゃった。
しゅんすけはスポーツ用にデジタル時計を持っているんだけど、これが非常に気に入らない。
買ったのは去年の山中湖レース。初めての10キロレース(実際は湖1周=13キロなんだけど)なので、自分の時計でタイムを計りたくて、現地の出店で売っていたデジタル時計をその場で選んでそのままレースに出場した。その時にもうちょっと本気で選んでいれば良かったんだろうけど、購入した時計の色が紫っぽい色で、それが微妙にしゅんすけのウェアやシューズと合っていなくて、機能面というよりファッション面でイケてない時計なのである。
さて、そんなデジタル時計であるが、先般の山中湖レースで購入より1年が経過し、微妙に気に入らないと言いつつ1年も使ってきたんだなー的な感覚、しゅんすけと時計の間に生まれた奇妙な連帯感というか、マンガとかで最初はイガみ合ってた幼馴染みの男の子と女の子が「もう腐れ縁だな・・・」なんつって実は互いに結構気にしちゃってる感じの、こう甘酸っぱいようななんとも言えない感情が芽生えつつあって・・・ってことは全然なくて、上述の雑誌記事を見た途端に1年間ロードレースを共にしてきた戦友のことなど忘れ、「コレ、欲っすぃー!」と気分が高まっていた。
さて、雑誌に掲載されているタイ○ックス社の限定版デジタル時計は、販売しているショップが限られているようで、東京でも数ヶ所、神奈川では2ヶ所しか扱っていない。神奈川のショップは川崎と鎌倉で、川崎の方は会社帰りに行けなくもないんだけど、JR川崎から歩くにはちょっと距離があった。東京のショップで会社から近いのは・・・御茶ノ水である。そこで会社の仕事を絶妙に誤魔化して退社、たまたま定時で退社するさきこを呼び寄せて、御茶ノ水のこのショップに行ってみることにした。時間は19時。ショップの営業時間にはまだまだ余裕があった。

神田小川町の自転車ショップに到着。ちょっと狭めの店だけど、店内には高級メーカーの自転車が並び、会社帰りのスーツ姿のサラリーマンがパーツを見たり、ウェアを見たりしていた。しゅんすけは早速この限定版デジタル時計の在庫を確認してみた。どんな時計かを早く見てみたかったんだけど、結局この店には在庫が1個もなかった。「取り寄せします?」はお決まりの文句だけど、モノを見て決めたいので無視してショップを出た。
つまり雑誌に載っていたショップリストは単に購入のチャンネル(メーカーから直接取り寄せができるルート)を掲載していたに過ぎなかったわけなんだな。う〜ん、残念である。
ま、この日はさきこと神保町界隈をてくてく歩いて、既に閉店してしまった古本屋の佇まいに独特な街の雰囲気なぞを感じつつ帰途に就いたわけである。
しゅんすけの飽くなき物欲はひとまずココロの底深く沈んでいったのである。

・・・が、ココロに沈み、再び浮上することはないと思われたこの物欲が、猛然と浮上してきた。
今日は曇り時々晴れ。梅雨の真っ只中だけど、降水の心配はほとんどない。しかもつい先日夏至が過ぎ、陽の長さは1年でもっとも長い時期である。こんな日に自転車に乗れる、ならば癒しの海岸ツーリングでお決まりの鎌倉方面に行くのではなく、一路北上してみることにした。
そんなわけで、しゅんすけの限定版デジタル時計を求めるサイクルショップを巡る旅が始まるのである。
| 物欲日記 | 23:41 | comments(0) | -
こてつ、湘南をゆく
今日はしゅんすけとさきこが参加する某ランニングクラブの中で、自転車乗りの方が集まってツーリングに行ってきた。このメンバーは、目標を5月の佐渡ロングライドに目標に集まっており、今日が最初の練習であった。
そうである。しゅんすけは無謀にも日本で指折りの大きな大会である佐渡ロングライドの130キロレースにエントリーしてしまっているのである。富士山周回115キロでさえ完走がままならなかったしゅんすけだけど、5月までに130キロを走り切る脚力を付けなければならないのである。

今回の参加者は、さきこと割と仲良しな方たちなので事前にメールをやり取りしたりしていたが、しゅんすけは知らない人の方が多かったので、どんな人がどんな自転車で来るのか楽しみであった。

集合は江ノ島。
しゅんすけたちが到着すると既に全員が集まっており、出発を待つばかりの状態であった。参加者は総勢8名。クロスバイクの方もいた。
今回のコースは、江ノ島から北上して湘南台まで行き、別ルートで折り返した後、江ノ島から平塚へ向かい、平塚の競輪場で開催中のサイクルイベントの会場を見て回ろうという計画であった。
道中は女性に配慮してそれなりのスピードで走る。しゅんすけ的にはもう少し速度があった方が楽しいし疲れないのだけど、参加者の中にはまだバイクに不慣れな人もいて、ゆっくり景色でも見ながら進むことにした。
天気は最高に良かった。この日の天気予報は快晴だった昨日よりもさらに気温が高くなるそうで、昨日慌てて冬用のサイクルジャージを購入したさきこだけど、暑すぎるくらいの天候であった。いや、気持ちいいわ。こういう小春日和の中を走ると、ついに自転車日和が帰ってきたなーと思うよね。

湘南台への道は、散歩やランニングやサイクリングのための道路になっていて、クルマの危険性はなかったんだけど、どうも路面がでこぼこ過ぎだったかな。
公園で一旦休憩し、記念撮影。
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今回はセオリーではなかったけど、歩道を進むことが多かった。さすがにクルマの行き過ぎる車道は危険だったかな。出発して2時間程度で湘南台に到着。湘南台と言えば市営地下鉄の終点駅なわけだけど、そっか、藤沢の方にあったんだと改めて気づき、意外に近いと感じた。これなら今後輪行で湘南台まで来て、自転車で江ノ島とかさらに西に向かうこともできそうである。

その後引き返し、ふたたび江ノ島へ。
途中、日本一小さいと言われる牧場で美味しいジェラートを食べたり、しだれ梅がとてもキレイなお寺で休憩したりした。う〜ん、初めて見るけど、こういう梅は可憐である。
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江ノ島で少し長めのランチを取ったら、今度は西へ進路を取る。少し海風が強くなってきて、もしかしたら向かい風に苦労するかもしれないと思ったけど、意外に防砂林が風除けになってくれて、ストレスなく国道134号線を行く。
しばらく進むと、ふいにしゅんすけの目の前が開けた。強い海風が直接吹き付けてきた。防砂林が切れて目の前に海が広がる。湘南大橋である。相模川である。ついにここまで来た。いやなんか感動である。ツバサよ、これが・・・以下略。
輪行とは言え、クルマでしか見たことのない風景を自転車から眺めるのは、ホントに気持ちいいものである。自分の脚でここまで来たという達成感というか。(半分以上は電車なんだけどね)
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※今回のツーリングで、こてつ号の累計走行距離が1000キロを超えた。
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※134号線を行く。
20080309_314206.jpg
※ツバサよ、これが湘南大橋だっ!

湘南大橋を渡り道を逸れて競輪場へ向かう。
しゅんすけはこの競輪場で開催されているサイクルイベントを密かに期待していた。店頭じゃなかなか見つけられない商品が売っていたりするからである。また、金銭的に絶対に手が届かないような高級な自転車を試乗できたりするからである。
会場で早速、某キャ○ンデール社の自転車にまたがる。完成車の金額はなんと70万円以上だそうな。実際手にしてみるととにかく軽い。こてつ号の半分くらいの軽さ。これがフルカーボンってヤツか。(こてつ号は昔ながらのクロモリ、つまり鉄であり、重量はそれなりにあるのである)
試乗用のコースは競輪場のトラックで、しゅんすけは初めて競輪場のトラックを走った。コーナーのバンクの傾斜がハンパじゃない。危険なのでバンクの上を通ることはできなかったけど、軽量の自転車を駆って競輪場のトラックを走るのは気持ちいいものである。結局、某コル○ゴ社などの高級自転車なども満喫した。
もうひとつの楽しみであるサイクルグッズ販売の方は、そもそもそういう店自体が少なくて、しゅんすけの琴線を弾くような商品や以前より欲しかったメッセンジャーバッグなどはなかった。あまりに寂しげな会場だったので、一人でグループを抜け出してたこ焼きなぞ食べてた。

サイクルイベントを後にした時点で、この日の予定は全て終了。
一部の人は折り返しで江ノ島方面へ帰るようだったけど、しゅんすけとさきこはこのまま平塚へ向かうことにした。
平塚で電車に乗る前に、少しコーヒーなぞ飲んで休憩したのだけど、この心地よい疲労の中飲むコーヒーは美味い。ゆっくりな速度で何時間も運動するのは、いつものように力の限りこぎまくってあっという間に疲労するよりは身体にいいんだろうな。

今回は電車での輪行だったけど、今後いろんなトコロを回ってみたいしゅんすけにとって、駅で自転車を分解して輪行バッグに入れて狭い改札口や階段を昇り降りして電車で移動することは、今後の活動範囲を広げる意味でとても良かったと思う。
これで、今度夜行列車に揺られて新潟・佐渡を目指すのに不安はなくなった。

さて、佐渡ロングライドを完走するため練習ツーリング。次はどこへ行くのだろうか。5月に向けてしゅんすけとさきこの挑戦は続くのである。
| 物欲日記 | 21:53 | comments(0) | -
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