オクターブアップ!

「シュンスケニウムの原子量」の大統一バージョン
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彼の思いとは。

今日は会社から代休をいただいて休みである。以前にも書いたかもだけど、年明け以降、ずっとハードな日々だったので、休める時に休んでおくのである。期せずしてゴールデンウイークが明日から始まり、これで前半は三連休ということになる。長い連休はいいのだけど、当然ながら仕事は継続しているわけで、遊び呆けて久し振りに会社に行くと5月8日で、なんと5月も中旬に差し掛かろうかという日になってしまう。ちょっとした浦島太郎な気分である。今年は仕事内容がいろいろ変わった関係で、去年以上に大掛かりな仕事が目白押しである。不安も多い。いやはや困ったものである。

 

それにしても、今日はとても気持ちよく晴れてくれた。自転車で出かけてもいいのだけど、自宅でゆっくりしたいので遠出はしない予定。そう言えば絵なぞも描けてないしね。ネコとゆっくり日向ぼっこもいいかな。
そう、絵なぞが描けないと言えば、絵なぞが描けない冬の季節を超えて春真っ盛りだというのに、今回のこの描けなさっぷりはなんだかおかしい。まるで何らかの人外の力が関わっているような気がしてならない。たとえば、ぼくがヨコシマな考えを持ってしまったために人外の存在からバチが当たってるんじゃないか、と思うのである。どんなバチか?
そこで思いつくのは、以前ブログにも書いたけど、シャープペンシルの復活計画の話しである。
愛用しているシャープペンが老朽化が極まってついに使えなくなる日が来る前に、いっそこれを破壊して同じようなシャープペンを作ってしまってはどうかという計画である。そのために軽井沢に工房を構えるとある木工職人の方にお話しさせていただき、「ゴールデンウイークをめどに軽井沢の工房に伺う」なんて話しをしていたのである。どこにでもあるようなシャープペンとは言え、同じ太さ、重さ、強度、重量バランスを再現することができるのかどうかは、ほとんど賭けだった。最悪の場合、シャープペンは破壊され、二度と使えなくなるかもしれない。でもうまくいけば、再び愛用のシャープペンと同じ筆致が蘇えるのである。
しかし、現在もその筆致に輝きを失っていない愛用のシャープペンを復活の確証もないままわざと破壊するのである。考えてみれば、30年もの長い付き合いをしてきた相棒との別れとしては、いささか惨い気がする。いつ壊れるともしれない恐れに屈服した凶行ともいえる。まるで昔の為政者が自身の老いや暗殺を恐れるあまり、恐怖政治で国を傾ける結果になったような話しである。恐怖に屈服した行動からは有益なものは何も生まれないのだ。
愛用のシャープペンがその天寿をまっとうし、ぼくは絵なぞを描くための唯一のツールを失ってしまうなんて事態がいつ起こるか分からないという恐怖から、なぜか変なテンションにシフトしてしまい、いっそシャープペンを壊してでもその復活を願うという半ば本末転倒な話しに憑りつかれてしまったわけである。今こうして冷静になれば、使えているシャープペンを破壊するなんて愚行の極みである。当時は何か変なテンションだったのかな。
ところで一方のシャープペンの気持ちはどうだろう。いや、シャープペンに何かを感じる「意識」は存在しないのは承知である。しかし、仮に彼に意識があると仮定して、その所有者であるぼくの恐怖に由来する乱心を知ったらどう思うだろうか。
「ボク、まだ使えるヨ・・・」とか「今度のゴールデンウイークでぼくの命は終わりなんダ・・・」とか思ってそうである。哀しい話しである。
「ゴールデンウイークでその役目を終えてしまうかもしれないシャープペンに最後の描画を迎えさせてはいけない」
つまり、ゴールデンウイークでぼくが思いつきでシャープペンを携えて軽井沢に行っちゃわないように、その前にぼくが「愛用のシャープペンとの最後の描画」に及んでしまわないように、大いなる力によってぼくが絵なぞを描けないようにしてしまってるのではないだろうか。これから今なお描けない日々が続いている理由が分かる。まあオカルトというか日本人的なアニミズム的発想なんだけどね。
でも、気候が暖かくなったこの頃に、絵なぞがまったく描けないというのは、何か意味がありそうな気がするのである。「そんなの気の迷い」なんて一蹴してしまうことが、この描けない期間を長引かせることになったりしないだろうか。
今のぼくは、まだ使えるシャープペンを壊すことなど微塵も考えていない。もちろん、彼の筆致を何とか復活させるために、あらゆる手段を尽くしたいとは思う。しかし、それは彼が天寿をまっとうして人外の存在のもとへ昇天した後の話しである。使えるものをあえて破壊するのは愚行であることはとっくに気づいているのである。だから、何とか絵なぞが描けるようにして欲しいものである。

 

ところで、筆致という点で言えば、最近はデジタル描画に興味がある。パソコンを使ったペンタブレットによる描画である。
いや、この技術自体、もう20年も前から一般化しているものである。今さらアナログ描きがデジタルに転向するのも滑稽ではあるけど、デジタル描画であれば、筆記用具の相性など関係なく思いのままの筆致が描けるハズである。愛用のシャープペンがどうのと悩むことは完全になくなるわけである。そういえば、ぼくはシャープペンに限らず、紙の愛称や絵の具や筆などにいつも振り回されているような気がしている。デジタル画は実体を伴わない儚さはあるけど、自由度の高さはアナログ画の比ではないのだ。
とは言え、今さら新しい描画方法を覚えられるのか、使いこなせるのかという不安はあるけどね。これからもぼくの絵なぞを発展させていくために、恣意的な選択ではなく、ほとんど必然ともいえる選択の結果、デジタル描画に至るような気がしている。
この考えはまだ温めているところだけど、1、2万程度で描くのに必要なツールがすべて揃ってしまうデジタル描画にかなり惹かれているのである。

 

そんなわけで、今年のゴールデンウイークには軽井沢に行く予定はない。軽井沢にも行かないし、例年自転車仲間と行っていたサイクリングもない。なんだか寂しいものである。でも、キャンプ用品の使用実験をしてみたり、成田空港で飛行機を見てみたり、丹沢の方に遊びにいったりと、それなりに楽しい予定が待っている。そして願わくば、少しでも絵なぞが描ければいいなと思っている。

 

※それにしても、シャープペンが失われて、その失意と悲しみを乗り越えて、彼をベースに新しいシャープペンを創造するなんて話しは、どこか「鉄腕アトム」に近い展開である。アトムが命を吹き込まれて起き上がった時の天馬博士の思いをぼくが感じる時は来るのだろうか。いや、ぼくは愛用のシャープペンをサーカスに売り渡すことはしないけどね。

| 日記 | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0)
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