「ただ今この電話は大変混み合っております」
何度も聞いたこの無機質なアナウンスを最後まで聞かず、しゅんすけは受話器を耳から話して電話を切り、再び電話をかけ始めた。しゅんすけの会社はいわゆる構内PHSを採用しているので、社員のデスクの上にあるのは大きな固定電話ではなく小さなPHSである。電話は基本的にこの機械で全部対応するんだけど、大きな固定電話機のように受話器を首に挟めなくてその小ささは玉に瑕・・・ってか、今はそんなことを言ってる場合じゃなく、とにかく電話が繋がるまでかけ続けなければならない。
「ピン、ポン、パーン・・・ただ今のこ電話は・・・」
また同じメッセージである。電話が混み合うとNTTが回線にこんなメッセージを流すようになる。いわゆる「回線がパンクした」状態である。朝からずっと電話をかけ続けているので、もはや「ピン、ポン、パーン・・・」の「ピン」辺りで繋がらないことが分かって電話を切り、即座にリダイヤルボタンを押す。この日はずっとこの繰り返しである。
この日はとあるお役所で受付を開始したある申請手続きの受付日なのである。この申請を受理されると会社的にはいろいろメリットがあるというので、しゅんすけの会社以外にも多くの会社が興味を示し、つまり申請の受付をしてもらうために電話をかけ続けているというわけで、そりゃ多くの会社が同時にそんなことをすりゃ「回線がパンクする」のも無理ない話しである。
電話は一般的には1回線につき1チャンネル(ch)で、つまりひとつの回線で通話ができるのはひとつというわけなんだけど、電話会社のサービスには1回線で2chとか23chとかのサービスがある。ひとつの回線で2通話とか23通話とか可能になるわけである。これを組み合わせることで、ひとつの回線でも何十、何百という通話が可能になる。もちろん電話を受ける側もたくさんの着信を取り回すための電話交換機が必要だけど、これによって一般的な会社では大代表にたくさんの電話番号をを紐付けることができる。またこの電話会社のサービスには追加番号などと呼ばれるものがあって、追加番号は実際に回線やチャンネルを持たないから、A回線(実回線)にB回線(追加番号)を紐付けておくと、B回線に電話することでA回線を使って通話が可能になるのである。だから経理部の代表電話番号とか○○さんのダイヤルイン番号とか言う場合、これが実回線だったりすることはあまりなくて、基本的には大元の実回線に紐付く追加番号だったりするのである。うん、しゅんすけは専門家でないので、説明が難しいな。
ちなみに今回の例で言うと、役所内には電話交換機が設置されていて、入ってきた着信と実際の電話機を繋げる役目をしているんだけど、恐らく電話機1台につき着信できるチャンネル数は1本で設定してたんじゃないかな。あるいはこの電話機で溢れた着信を受けられるように他の電話機にも着信するような仕組みにしているかもしれないけど、いずれにしてもそれほど多くない電話機に相当数の着信が殺到したんだろう。そうなると電話交換機は大元の回線に「話中」の信号を返すことになり、「話中」信号が混んできてついには電話会社の設備が「回線がパンクした」と判断したんじゃないかな。
ところで、上の説明で途中から推量的な書き方をしているのは、実は当初この文章を書いていた時には、電話交換機のことを考慮してなくて、今回の電話の殺到により大元の回線のすべてのチャンネルが話中になってしまい、それ以上の着信があったために「回線がパンク」したんだと推測してそのように書いていた。しかし、そうだとすると、大元の回線に付与されたチャンネル数分(恐らく23chかその倍数)は着信できていることになり、大元の回線が23chだとしたら常時23人と通話ができてることになるから、それぞれ5分の通話をしたとしても、1時間で276人と通話できることになっちゃってそれだと矛盾が生じてしまう。それでこの現象を説明するために電話交換機の着信制限という機能を持ち出すことにしてツジツマを合わせたので、やむを得ず後段は推量的表現になってしまったのだ。知らないことを知ってるフリしてウソを書くわけにはいかないからね。
それでなぜ矛盾が生じるのかというと、この顛末は1時間半後の格闘の後、しゅんすけの隣に座っているアシスタントの派遣社員の女性が電話を繋げてくれたことでその結末を迎えるからである。
しかし電話が繋がらない間はホント冷や汗かいた。
昔、チケットぴあでどうしても欲しいコンサートチケットを電話でゲットすべく、頑張って電話をかけまくったことがあって、かなり長い間「この電話は現在混み合っております」との無機質なアナウンスを聴き続けた後にやっと繋がってみると「このチケットの予約受付は終了しました」という別の無機質なアナウンスだったことがあって子供ながらにオトナの世界の悲哀を知ったわけだけど、今回はそれを彷彿とさせる展開だったのだ。どうしても繋げたいしゅんすけはない頭を絞って、「別の回線から発信すれば繋がるかもしれない」と、携帯電話でも発信を試みたり、東京にある別の事業所の方に協力を要請したりして、いろんな回線を使って電話することにした。
「・・・ただ今この電話は大変混み合っております・・・」
相変わらず無機質なアナウンスなんだけど、右手にPHS、左手に携帯電話を持ってそれぞれでリダイヤルを繰り返してると何か変な感じがしてきて、まるでそれぞれの手が別個の意思を持ったかのようにそれぞれの機械を操作するようになった。携帯電話でリダイヤルボタンを押して、PHSでも違う操作方法でリダイヤルし、携帯電話を耳に当て、「・・・現在この電話は・・・」というアナウンスを聞き、その頃にはPHSも繋がってて「・・・現在この電話は・・・」を聞き、既に携帯電話のリダイヤルを押してるのでこれを耳に当て繋がるのを待つ間、PHSのリダイヤル操作を・・・って、それぞれの機器がリダイヤルするタイミングが微妙に違うので、同じ動作を繰り返せばいいというわけじゃないんだけど、これが集中力が増してくるとそれぞれがまったく違う操作方法で正確に操作できちゃってるんだから驚きである。そんな時たまたま両方の機器が同じタイミングでアナウンスに繋がり、「おおっ両方の耳から同じアナウンスが聞こえるっ」とアホなことを楽しんじゃったりする。またある時は、このアナウンスは無機質とは言え妙齢の女性の声を思わせ、さてどんな人が吹き込んでるんだろうなーと思った矢先、この女性とは別のもっと若い女性の声で「・・・現在この電話は・・・」って流れたものだから、「おおっ若返ったっ」とアホなことを楽しんじゃったりする。いや、これ遊んでるようで全然遊んでない。会社として非常に重要な業務を遂行しているのである。
さて、そんなことを1時間もやっていると電話の状況が次第に変わってくる。アナウンスは相変わらずなんだけど、「プー、プー」という話中音が入ることが多くなってきた。つまり「回線がパンクした状態」から「単なる電話中」という状況に変わってきたのだろう。つまりこの番号にかけてる人の数が減ってきたということで、俄然期待感が高まりつつ、それでも「ただ今この電話は・・・」ということもあったりして電話をかけるたびに一喜一憂している中、隣で一緒に電話をかけまくってくれていたアシスタントの派遣社員が「つ、繋がりましたー!」とPHSを差し出してきたのだ。おおおーっ、ナイス!
これでしゅんすけは幾分電話疲れした役所の人と話しをして、申請受付をしてもらうことができた。ふんっ電話疲れはお互い様だ。
そんなわけで、今回のミッション「役所に電話を繋げる」という仕事は見事コンプリートである。ちなみにこの「役所に電話を繋げる」というタスクは、今回しゅんすけが担当する業務全体から見ると1%程度が達成されたに過ぎないんだけど、これがなければその後の99%がなしになってしまうことを思えば非常に大きな1%なのである。
それにしても思うんだけど、役所に電話をかけて繋がったモン順の早いモン勝ちなレースを月曜の朝からやらせること自体どうなんだろうって思う。そういう申請手続きを考える辺り、回線がパンクすることなんか全然考えないで仕事してるとしか思えないね。その点では役所っていいよなー。
ちなみにしゅんすけは今回の格闘の中で、自分の携帯電話をフル稼働させて電話を繋げるべく頑張ってきたんだけど、この前機種交換したばかりのピカピカのしゅんすけの携帯電話はこの1時間の連続使用でさえ耐えられなかったらしく、その後数時間のうちにバッテリー残量がゼロになってしまった。1時間程度電話したくらいで電池切れになるなよなっ。この前ほとんど新品になって帰ってきたというのに、この体たらく。これでは明日発売になる某iPhoneにが熱烈に欲しくなるのも責められないよなーと思うのだった。