知多半島・渥美半島のサイクリングは、最近ほとんど運動してなくて鈍ったしゅんすけの身体にはかなりキツいものだった。
特に2日目は、それまで100キロ以上を走行してきた後にさらにヒルクライムなんぞやっちゃったものだからね。いやヒルクライムはかなり大変だった。しゅんすけの自転車は今回の遠征に出発する直前にスプロケットを換装して、登板性能が若干だけど向上しているハズだったんだけど、体力不足と疲労により性能向上分を相殺してさらにマイナスになっちゃった感じで、結局いつものようにドロドロにヘロヘロになりながらヒルクライムの終点、頂上の展望台に辿り着いたのだった。幸い展望台からの眺めはそれまでの殺人的なヒルクライムの苦労を払拭して余りあるほどの眺望だったわけで、その点で苦労は報われたわけだけどね。
そういうわけだから、今回のサイクリングは「ただの遠征」ではなく、「それなりに頑張った遠征」と言えるわけである。そう、しゅんすけはよく頑張ったと思う。
※ちなみに自画自賛になるけど、サイクリングのコーディネーターとしても我ながら頑張ったと思う。宿やチケットの手配はもとより、写真撮影やサイクリング隊の先導もやった。道に迷うことなく10人ものメンバーをよく引っ張れたと思うよ。うん、しゅんすけ、よくやった。
ところでしゅんすけは遠征サイクリングやそれなりに頑張ったサイクリングでは、その証として現地でキーホルダーを購入してサドルにぶら下げるようにしている。だからしゅんすけの自転車のサドルには今までのサイクリングの歴史と共にキーホルダーがぶらぶらしている。キーホルダーにはそれぞれの土地に因んだマスコットがついていて、佐渡島ロングライドではトキ(残念ながらこれは紛失して今は付いていないけど)、個人的に小田原を往復したサイクリングでは北条氏康(時致と思ってたら氏康だった)、しまなみ海道ではタコ、大島サイクリングではアジの開き、琵琶湖イクリングではひこにゃん、ツールドちばではサザエ(なぜ?)などがサドルにぶら下がっている。これらにはそれぞれに頑張った思い出があり、その思い出が常にしゅんすけに無言のエールを送ってくれているのである。
しかし、今回はそんなキーホルダーがない。
土産店でキーホルダーを選ぶほどの時間がなかったというのも確かである。
しかしもっとも大きな問題がある。それは時間がなくてもパパパッと選べちゃうほど、キーホルダーのキャラクターにかつてほどのバリエーションがないのだ。
昔は旅のお土産はキーホルダーが定番だったから、お土産屋に行けばご当地の名産や名物をかたどったキーホルダーはたくさんあった。宿場町で発展した観光地なんかでは、通行手形をかたどった金属製のキーホルダーがあったりした。しかし、今やキーホルダーの棚に並ぶのは、「ご当地○○」と呼ばれるキャラクター人形である。キティちゃんだったりキューピーだったりマンガの登場人物だったりと、およそご当地には関係のないキャラクターたちが、ご当地名物の被り物をした形でキーホルダーにぶら下がっているのだ。たとえば名古屋城の土産コーナーでは、シャチホコの被り物をしたキューピーだったり、招き猫発祥の地・常滑でも招き猫を被ったキティちゃん(どっちもネコだ、紛らわしい)だったりするのだ。かつてのようにシャチホコだけ、招き猫だけというキーホルダーは激減してしまった。だから土産コーナーでこういった商品を探すのに手間がかかってしまうのだ。
そう言えばサザエのキーホルダーを買ったツールドちばでも、キーホルダーを購入するのに苦労した。
しゅんすけとしては千葉特産の落花生のキーホルダーが欲しかったんだけど、店にあるのは落花生を被ったキューピーとかキティちゃんばかりで、落花生だけというのはなかったのだ。また落花生自体がキャラクターになってるものはあったけど、しゅんすけが欲しいのはそういう擬人化したものではなくて、特産そのもの、落花生そのものが欲しいのだ。
あまりにもラインナップが少なすぎて店員さんに「どうしてこういうキャラクターグッズみたいのしかないんですか?」と聞いたら「そっちの方が売れるから」という至極真っ当な答えをいただいた。いや、そうかもしれないけどさ、キャラクター化した名産物では記念としての意味合いが薄れちゃうんじゃないのかなと思うわけなのである。
例えば落花生を被ったキティちゃんのキーホルダーにしても、それはあくまでキティちゃんのキーホルダーであり、落花生は主役ではない。キティちゃんのブランドに落花生が乗っかってるだけ。キーホルダーという物品を構成する要素が、記念とすべき客体である落花生とキティちゃんとで逆転してしまっているのだ。つまり旅行の記念としての要素は霞んでしまい、あくまでキティちゃんでしかなくなってしまう。旅の記念としてそれでいいのかと思うのだ。
また既定のブランドに依存し過ぎる思考というのも危険と思う。算数じゃないけど、「キティちゃん=カワイイ」から「キティちゃん+ご当地名物=カワイイ」という安易な便乗の構造が見えるのである。別にカワイくなくてもいいじゃん。ナマコが名産なら「キティちゃん+ナマコ」なんて安易なことしないで、ナマコで勝負すりゃいいじゃん。
いやね、別にしゅんすけはキティちゃんを嫌っているわけじゃないんだけどね。お土産に「ご当地キティ」があってもいいんだけどね。でも名産だけ、ナマコならナマコだけ、落花生なら落花生だけのキーホルダーもちゃんと売っていて欲しいのである。
そう言えば昔は土産屋では「ペナント」を売っていた。
しゅんすけの従兄が学生時代に鉄道研究会だかに入っていて、旅行をするたびにペナントを買ってくるものだから、彼の部屋は壁一面がペナントだらけだったな。三角形の旗みたいなヤツで金色の飾り紐に縁どられ、雄大な北アルプスの山脈の絵をバックに大きく力強い文字で「黒部ダム」なんてどどんっと書かれていたりして、それは今の感覚で土産としてどうかな〜とは思うけど、それはそれで旅の記念としては良いと思うのだ。壁一面にばばばっと貼るのもどうかな〜と思うけど、同時にそれは旅の記憶を引き出す鍵なのである。
そう思うと、今の時代では旅自体が非常に安易というか簡単になったと思う。
ペナントなんか売っていた時代は、旅に行くこと自体が貴重な非日常の体験だった。だからその旅の思い出を大切にしようと、ペナントだったり、少々不格好だけど通行手形だったり、特産品そのものをかたどったものだったりが土産になり得たのだ。しかし、その後旅は手軽になってしまった。毎年、いやほとんど毎月旅行に行くような時代になり、ひとつひとつの旅を大事にすることがなくなってしまった。旅は非日常ではなくなってしまった。
そういう時代だからご当地キティなのかもしれない。連続する旅という日常の集合体、その中では思い出はただのコレクションでしかなくなってしまう。旅はもはや貴重な体験ではないのだ。そういう世の中だから、コレクションとしてのご当地キティがウケるのかもしれない。
しかし、しゅんすけにとって頑張ったサイクリングというのは、どれも貴重な体験である。その経験ひとつひとつが次のサイクリングの頑張りに繋がっているのである。遠征サイクリングは決して日常ではないし、日常になり得ない。
だから記念のキーホルダーが欲しい。
いやホント、今から名古屋にすっ飛んでって買ってきたいほどである。前段で書いたとおり、今回は140キロ以上を走り、過酷なヒルクライムを体験し、10人の仲間を引き連れて孤軍奮闘、獅子奮迅だったからね。
どこかにシャチホコのキーホルダーとか売ってないかな〜。