歯が痛い。
数ヶ月前に治療を中断して以降、何とかゴマカしてきたけど、冷静になって考えてみると、もう避けようがない。そう、歯が痛い。もはや冷静ではいられないほどに。
実は数ヶ月前まで自宅近くの歯医者に通って、治療を続けていた。しかし、ある日左奥のオヤシラズを抜くことになり、「じゃ、次は抜歯しますねー」などと言われて歯医者を後にした以降、どういうわけか突如として歯医者に足が向かわなくなり、そのままフェードアウトするように歯医者には通わなくなったんだけど、そのオヤシラズがいつの間にか虫歯になって再びぼくを苦しめるようになったようである。ぼくが通院をフェードアウトするように虫歯もフェードアウトしてくれればいいものを、雨滴が岩を穿つかのように律儀にも日夜コツコツと歯を侵食していたというわけである。
そういうわけで、歯が痛いんだけど、ある日突然、我慢できないほどの激痛に襲われた。
それまでは何となく違和感というか、痛いと言えば痛いって感じで、例えば仕事中にぼくの思考を占める痛みの割合は5%とか10%とかで、仕事に集中している時はほとんど痛みを感じないほどだったんだけど、これが今や30%〜60%、いや時にはほとんど100%を占めるようになり、つまり痛くて仕事も手に付かないという感じなのだ。そこで鎮痛剤を服用する。市販のバファ○ンとかロキソ○ンである。
こういうクスリを飲むと、いつの間にか痛みが消えてるものである。ただ今回はあまりにも痛み度合いが大きかったのか、痛くなくなる瞬間が分かるほどだった。とにかく鎮痛剤の効果の絶大さに感じ入ったわけである。
それにしてもいつも思うのだけど、大昔の人たちは歯が痛い場合、どうしていたのだろう。
原始人だって虫歯になっていたそうだから、ぼくのように痛くて生活に支障を来していた人だっていたかもしれない。そういう人は厳しい自然の中では淘汰の対象になっていたのだろうか。それとも現代人と違って、我慢できる根性が強くてその程度の痛みで生活に支障を来すほどヤワじゃなかったのだろうか。それとも思い切って抜いちゃったのか。現代では法律で禁止されている天然の麻薬なんかが当時は使い放題だったろうから、麻薬の鎮痛効果に頼っていたのかな。鎮痛剤に頼る今のぼくのように。
また、歯痛はかなりのストレスである。特に痛みが継続してジワジワ続くような状況では、精神的にかなりストレスである。歯が痛いというだけで、ヤル気が出ないばかりかため息ばかりが出る。例えば故意にこういうジワジワ痛い精神的攻撃にさらされたら、ぼくの心はあっけなく折れてしまうだろう。よくドラマかなんかで、秘密を聞き出すのにこういう痛みを継続的与えられ、「ほら、早く喋って楽になちゃえよ」などと言ったりするけど、ぼくならもう耐えられない。知ってることはもちろん、知らないことでもペラペラ喋ってしまうかもしれない。そう考えると、冤罪で自白を強要されるとかホント怖いと思うわ。
閑話休題。
ともかくしばらくの間は鎮痛剤のおかげで何とか普通に生活できていたのである。
しかしそれもつかの間、どういうわけか鎮痛剤が効かなくなる事態になる。ある夜のことである。この日も痛くて、頭痛すらしてきて、とにかく寝る前にロキ○ニンを飲んだんだけど、どういうわけか痛みが鎮まらない。眠ろうと思っても寝付けず、規定量を超えてもう一錠飲んでみようかと思ったけど、何となくそれも怖くて、とにかくうんうん唸っているうちになんと朝になってしまった。痛くて一睡もできなかったのである。
いやはやこれはもう腹をくくるしかあるまい。
歯医者に行くことにした。
平日なので、地元の歯医者に行くことはできず、会社の近くで歯医者を探す。ネットで検索したんだけど、検索ワードは思わず「千代田区 歯科医 痛くない」と打ち込んでしまった。うん、歯痛も嫌だけど、治療で痛いのも嫌である。
特に今回は原因がオヤシラズだと分かっていて、オヤシラズを抜くのはもう大変で、あの歯茎の中で無理やり歯を粉砕する時の感触たるや、考えただけで身悶えする。なんて言うか、ピシッという嫌な感触が全身を駆け巡り、全神経に緊急事態の警報が鳴り響く感じである。あれはもう嫌なので、痛くない歯医者を探すことにした。
すると、表示された検索結果に意外な言葉があった。
「無痛治療」。
歯茎への局所麻酔に加えて全身に軽い麻酔を投与することで、うたた寝している間に治療が完了しているなどという歯科治療である。いろんな方法があるそうだけど、要するに「痛くない」「気がついたら治療が終わっている」というものだそうである。
しかも料金は、健康保険が適用されるうえにそれほど高くないそうである。
うん、これである。
無痛治療は次第に一般的な方法になってきたようで、会社の近くでもいくつかの歯医者がこれを採用しているようで、歯医者の選択肢はかなり多い。
では早速予約である。
電話をして、無痛治療が選択できることを確認して、予約をした。無痛治療は麻酔を多く使うため、虫歯の状況とかいろんな点を総合的に見ないと判断できないそうなので、電話でいきなり「無痛治療でお願いします!」とか言っても(いや、言ってみたんだけどね)、必ずしもそうなるとは限らないそうである。いや、もはやぼくには無痛治療しか残っていないのである。
歯医者に行って、お決まりのレントゲンなどを撮影して、主治医の先生に話しを聞く。
今回選択した歯医者はなかなかハイセンスな感じの内装で、あの忌まわしい治療台が個室になっている。有名人とかがお忍びで通うみたいな感じなのだろう。歯医者はキレイな女性で、ハイセンス内装も含めてもうここまでで先の地元の歯医者を大きく凌駕するスペックである。しかも撮影したレントゲンは、CTスキャンのようなものも兼ねていて、モニターに映しだされた画像は、マウスのドラッグによって3Dに表示されたりする優れものである。実際の治療がどうかは別としてここまではいい感じである。
それで先生からいろいろと状況を聞き、結論的にはやはりオヤシラズを抜くということになったので、ここで満を持してあの言葉を口にする。
「無痛治療ってできるんですか!?」
その時のぼくは先生にどう映っただろうか。たかが抜歯くらいで痛くない治療を希望するヘタレな患者と思ったか、ちょっとでも高額な治療を希望する金づる的患者と思ったか、それとも別のことを考えていたか。今となっては分からないけど、ともかく先生はファイルを取り出してペラペラめくり始め、今回の治療における無痛治療について説明した。
どうも抜歯の無痛治療ってのは、他の無痛治療と異なり、麻酔専門の先生に来てもらって、麻酔を静脈注射してからおこなうものだそうで、簡単にはできないみたいなのである。麻酔専門の先生が来るなんて大仰だなと思い、金額を聞いてみて驚いた。
5万円、だそうである。
抜歯で5万円・・・。いや、痛いのは嫌だけどさ、さすがに5万円は高いだろう。
通常の抜歯の費用にちょっとプラスされるくらいならぜひお願いしたいけど、5万は高過ぎる。こういう治療は、きっとぼく以上に歯科治療に問題がある人には妥当なんだろうな。抜歯の際の過度の緊張がダメな人とかさ。ちなみに5万というのは抜歯についてかかる費用のことで、普通の治療の場合はまた別の料金(もっと安い?)なんだそうな。
そういうわけで、無痛治療への期待は儚くも散った。これはもう一般的な抜歯方法でお願いするしかあるまい。歯茎に麻酔はするんだろうけど、きっとあのピシッは体感せざるを得ないだろう。
先生が急かすので、抜歯の日程を決めた。来週にはこの忌々しいオヤシラズはぼくの身体からなくなっているハズである。もちろんぼくを苛み続けてきた歯痛もなくなっているハズである。しかし抜歯という逃れようのない大きな試練を越えなくてはならなくなってしまった。
それまでの間は、病院が処方してくれた鎮痛剤を服用することにした。ロ○ソニンと書いてあるクスリである。ロキソ○ンが効かないから歯科医に来たというのにまたロキソニ○かと思ったら、市販品とは少々違うようである。そう言えば市販品は「○キソニンS」の名称なのに処方されたものには「S」がない。つまり「S=スモール」ではなく「レギュラー」ということか。とにかく痛いので会社に帰ってからすぐ飲んだ。痛みはすぐに嘘のように消えた。おお、さすがレギュラータイプのロキ○ニンは効きが違うわ。
そんなわけで、来週の抜歯までしばらくロキソニ○との付き合いが続きそうである。歯痛はクスリの切れるキッチリ6時間後から復活してくるので、ほとんど6時間ごとに服用しなければならない。まさにクスリの常用状態なのである。
※長くなったから、続きは別の機会にするけど、実は前述の自宅最寄りの歯医者で治療した歯の中で虫歯が進行しているのが今回発見された。これも今後の治療の対象なのだけど、そもそも当初の治療時に虫歯を完全に除去できてなかったということである。これは治療が不完全だったと言えるのか分からないけど、少なくともそういう歯医者にはもう行けないなと思うのである。