「シュンスケニウムの原子量」の大統一バージョン
ベルサッサでお絵描き。
18時、終業のチャイムが鳴ると同時に素早い動作で書類を片付け、パソコンを落とし、荷物をまとめて席を立ち、そのまま退社する。これを「ベルサッサ」と言う。文字通り、終業のチャイム(ベル)が鳴りやむ前にさっさと帰るのでベルサッサなのだけど、もともとはさきこが会社で使っていた言葉だそうで、イマドキの人はそんな言葉は使わないと思うし、さきこも今や使ってないのだけど、ぼくは面白いのでたまに使っている。つまりは、定時退社ということである。
先週末から徐々に回転を始めた右脳によってついに着彩までこぎ着けた絵なぞのために、ぼくはこの日ベルサッサを決め込み、終業のチャイムとともに席を立った。ベルが鳴り終わる前に会社を出るまさにベルサッサの鑑といった感じで退社した。
それでも自宅に帰るには1時間半もかかるので、自宅のドアを開けたのが19時半、脳みそを仕事モードからお絵描きモードに切り替え、実際に着手できたのは20時過ぎである。週中で夜更かししたくないので、作業時間は限られる。手早く作業する必要があった。
・・・で、そういう時はあまり上手くいかないことが多い。焦るのはダメである。
今回も焦りがあったのか、残念ながらイメージどおりに描けたかと言うとなかなか難しい感じになっちゃった。しかもこの前購入したばかりのエアブラシのハンドピースがどうも不調で、吹き付ける絵の具の量をうまく調整することができなかった。
そういうわけで、小さな失敗がリカバリーできないまま積み上がってしまった感じで完成となったわけである。う〜ん、もうちょっとどうにかできたと思うんだけどなー。
でも絵なぞが描き上がるというのはそれなりに達成感があって気持ちいい。エンドルフィンが分泌されている感じで、気だるい脱力感の中に快感が同居してるようで非常に気持ちいいのである。
ちなみに、某お絵描き専用のSNSにアップしたところ、その評価の滑り出しはまずまずのようである。いろんな方に見ていただくのはホント嬉しいことである。
社内でも未だにひんしゅくのある定時退社をさらに上を行くベルサッサ。その甲斐は少なからずあったということだろう。
※脱線だけど、この前の河口湖合宿の際に、まりこさんより半年遅れの誕生日プレゼントということで、絵筆をいただいた。しかもかなり高級品のようである。よく分からないけど、リスの毛を使った絵筆だそうで、毛先をちょっと触ったみたけど、なかなかコシがあっていい感じである。大感謝である。これを使って絵なぞを描いてみたいという思いがある一方で、こんな高価な道具を使うことがもったいなくて、今回も結局従来から使っていた絵筆を使った。道具とは使用に供したその瞬間から劣化が始まるものなので、そんな貧乏性なぼくはこの絵筆を使う機会が来るのかどうか。いや、実際使ってみたらもう手放せないくらい使い心地が良かったら、それはそれでどうしよう・・・とか思ってしまうのである。

| 日記 | 12:47 | comments(0) | trackbacks(0)
買わないの?食べないの?



週末の三連休はさきことまりこさんの三人で河口湖にランニング合宿に行ってきた。
来月に迫った富士山マラソンのため、ランニングコースを走っておくためである。まあランニングや自転車で何度か走ったことのある道なので、まったく未知の道というわけではないんだけどね。
さて旅行の顛末やランニングのことは後で書くとして、今回は別のことを書こうと思う。
観光地ならどこにでもあるもの、お土産屋さんのことである。

お土産屋さんの雰囲気ってどうしてどこも同じような感じなんだろう。
店先に入ってきた客は、その敷居を跨いだ瞬間、得も言われぬ雰囲気に包まれる。プレッシャーというか。何かをとにかく買わなくちゃいけない空気感である。ぼくももういい歳なので、そういう雰囲気などあまり気にならなくなったけど、楽しい旅に終わりが近づき、誰しもがその余韻に浸り思い出を残しておきたいと思う気持ちでお土産屋さんに向かうわけだけど、その敷居を跨いだ瞬間、その異様な空気に包まれてしまう。それまでの旅気分がじわじわと削がれる感じ、プレッシャー。あれは一体なんなんだろう。
お土産屋さんも商売である。土産の売り上げで生活を立てている。極端な話しだけど、お客がそこで何を買うかでその日の晩御飯のメニューが変わってくるのである。とにかく安く、量を売りたい。いやなるべく高価なものを買って欲しい。そんな思いがお土産屋さん独特の雰囲気を醸し出すのかもしれない。
観光資源が県内各所にある山梨県は、お土産屋さんの数も多い。しかも京都や鎌倉のようにニンゲンが作った遺跡などが観光資源ではなく、湖や山や洞穴などが主要な観光資源だから、お土産屋さんの商品もちょっとパッとしない感じなものも多い。だからなのか、前述のお土産屋さんの雰囲気もさらに強いのかもしれない。
ぼくは自分でクルマを運転するようになった何年も前から、山梨県の観光名所には大変お世話になっている。河口湖などの富士五湖や甲府・勝沼のぶどう・ワインの名産地、もちろん富士山など枚挙にいとまがない。それほどお世話になっているからこそ、お土産屋さんの独特な雰囲気はいつも残念に思うのである。

そんなお土産屋さんの雰囲気を知っているから、富士山がユニセフの世界遺産に認定されたことにも、ちょっと微妙な思いがある。もっと観光客に来て欲しい、もっと儲かりたいというお土産屋さんの強い念を感じてしまい、「人類共通の遺産」という世界遺産の理念が見えてこないのである。そう思うにつけ、極端な話しだけど、お土産屋さんには富士山など見えていないのかもしれないとさえ思ってしまう。観光客がどしどし来ることが、富士山だけでなく山梨の観光資源にどれだけのダメージがあるのか、本当に分かっているのかなと思うことさえあるのである。そんな思いを抱いたのは、富士山の入山料を巡る静岡県と山梨県の考えの相違を知ったからである。入山料の徴収に積極的な静岡に対し、高額な入山料が観光客減少を招くとして山梨県は消極的だったのだ。世界遺産に登録されたことで、これまでよりも格段に観光客が増え、これに伴って富士山の自然が大きく損なわれる恐れがほとんど決定的になっていたにもかかわらず、である。ホント、どこを見ているのだろうか。
そうは言っても、ニンゲンの生活はおカネで成り立っているのは充分承知している。
1円でも多く稼ぐことで、その分生活が充実することも分かっている。だから少しでもおカネを稼ぐのだ。そのためにはキレイ事だけでは済まないことも多い。
しかし、それにしてもお土産屋さんの視点はミクロ過ぎると思うのだ。観光客だけしか見えていない、いやもっと意地悪に言えば観光客の財布しか見ていないのではないか。お土産屋さんは観光客(財布)を見るのではなく、富士山や河口湖など観光客が見ているものと同じものを見ないといけないと思う。見てる?いや分かってる。けど、もっともっとちゃんと見ないといけないのだ。
ぼくがこう強く感じたのは、今回の河口湖合宿で車窓からお土産屋さんの看板に書かれたキャッチコピーを見たからである。

ぶどう買わないの?ウソでしょ?

これ、流行語になってる「いつやるの?今でしょ?」に掛けているんだと思うけど、こういう言葉を選んじゃうところに先ほどのお土産屋さんの独特の雰囲気というかマインドを感じてしまったのだ。
いや、分かってるよ?こんなに美味しいぶどうがあるのに、買わないで帰るの?それはもったいないよ、あり得ないよ?ってことでしょ。分かってる。けど、「買わないの?」と書くのが物凄く違和感なのだ。
お土産屋さんはとにかく買って欲しいのだろう。そのぶどうが美味しいからとかではなく、店頭に並んだぶどうにとにかくおカネを払って欲しい。そういう思いが強く感じられたのだ。
そもそもぶどうは北側エリア、勝沼とか甲府とかの名産である。河口湖にはあまり関係ない。そりゃ山梨県の名産品だから河口湖で売ることに問題はないんだろうけど、観光客は河口湖にぶどうを買いに来るわけではない。それを上段に構えて「買わないの?ウソでしょ?」はないんじゃないのと思う。まるでぶどうを買わないぼくが間違っているかのように・・・ってこれは難癖過ぎかな。
また、ぼくはこうも思うのである。ぶどうを作ってる勝沼とかの人はこういう言い方をするだろうか、と。
そんなことはもちろん分からないけど、ぼくには別に思い当るところがある。去年サイクリングで訪れた広島県生口島である。
「瀬戸田のレモン」と言えば日本が誇る名産である。レモンに限らずみかんなど柑橘類をたくさん栽培している島である。
生口島をサイクリングしているぼくたちが夕方、自転車で夕陽がキレイな場所を探していると、前方からママチャリに乗ったおじさんが近づいてきた。道を聞こうとおじさんに声をかけ、夕陽がキレイな場所を教えてもらい、さて行こうかという時、おじさんがママチャリの籠に入ったビニール袋を差し出してきた。中にはみかんが入っている。自分の畑で採れたみかんだけど、たくさんあるからあげるよ、と言う。いや、普通に売り出せば5個500円とか普通にするハズのみかんである(いや、もっとか?)。これをタダで上げると言う。しかも日焼けしたごつい手でみかんを剥いてぼくらに食べてみろと言う。とても美味しかった。サイクリングで疲れていたからかもしれないけど、美味しい美味しいと大騒ぎするぼくらを見るおじさんの笑顔は、その後見たみかん色の夕陽と一緒に強烈に記憶に残っている。とてもいい思い出である。生産者ってこういう感じなんだなーと思うのだ。このエピソードを聞いた山梨のお土産屋さんが単に「タダで美味しいみかんを食べて得した話し」と思わないことを切に願う。ぼくらはこのみかんに1000円でも2000円でも、いやおカネに換算できないほどの価値があると思ったのだ。
美味しいものを食べればそれを作るためにかかった費用以上のおカネを払いたいと思うものである。だからまず美味しいと思うかどうかなのだ。買うかどうかではなく、美味しいと思うかどうか。このマインドの違いが、先のキャッチコピーに感じた違和感の根源である。
買わないの?ではなく食べないの?ではないのか。いや、タダで食べたいなんて思わないよ。でも美味しいぶどうを食べないで帰るなんてもったいないよって思ってるなら、買わないの?ではなく食べないの?がまず最初に来るんじゃないかなと思うのだ。
ぶどう食べないの?ウソでしょ?と言われた方がずっと気持ちがいい。こりゃ食べないと損だなって思う。
最近はマナーの悪い(特に国外からの)観光客も多いと聞くので、「食べないの?と言われて食べました。カネ払えなんて書いてないじゃん」なんてアホな展開を予防する意図もあるのかもしれないけどね。観光商売はぼくのような事務員には変わらない難しさがあるものである。だから失礼なことも言い過ぎたかもしれない。
しかし、これから観光客が増える中、より質の良い観光産業を目指していくのであれば、なおさらこういうマインドは変えていかないといけない。たくさんの観光客が来ればそのうち何人かがダマされるなんてこと、きっと考えてないと思うから、さ。
また来月も河口湖である。名物のほうとうを食べて、信玄餅を食べて、会社にお土産を買って帰ろうと思う。お土産屋さんにも行こうと思う。
これからもよろしく、山梨。
| 日記 | 13:18 | comments(0) | trackbacks(0)
ビヨンド・ザ・タイフーン。
台風26号は太平洋上から北北東に進路を取り、大島上空を通過して首都圏を暴風圏に取り込みながら進み、水曜日の出勤時間帯を直撃した。首都圏が台風の影響を真に受けるのは久し振り、しかも関西や東海圏を通過せず、海上から直接立ち上がってくるのはかなり久し振りなため、ぼくも含め都内に通勤する人に大きな影響を与えた。
いつもそうだけど、台風とは突然自分の身に降り注ぐ非日常である。非日常にはいつもドラマが付き物で、今回もいろんなドラマがあった。非日常を記録することこそ、ぼくがブログを書く動機なので、まさにブログ・フラグ立ちまくりな日だったと言えるのである。

さて、会社で働く方が台風に際してどう対応するかを考えるのがぼくの仕事でもあるので、昨日はいよいよ台風接近に備えて、日中からいくつかの気象サイトを立ち上げて、様子を見ていた。ぼくの拙い知識によると、今回の台風は北上の速度が比較的速く、勢力は大きいものの、予想される進路を考慮すると、昨日の深夜から今日の明け方早い時間帯に首都圏を抜け、早朝3時には犬吠埼の沖に抜け、通勤時間帯には暴風圏を抜けると考えられた。このため、台風が直接的に通勤ラッシュに影響することは考えにくく、夜中に電車が走っていない時間帯に飛来物が電線に引っかかったり、無人の電車が横転したりして影響があるものの、朝起きた時には被害がある程度把握できていて、問題のない通勤経路がある程度選択できるハズだったのだ。
だから、ぼくはかなり余裕をもっていた。いつものように寝て、いつものように起きて、その時点でどう振る舞うか考えればいいと思っていた。
しかし、ドラマはぼくが寝ている間から始まっていたのだ

朝6時、そろそろ起きる時間という時に、電話が鳴った。
iPhoneを購入したばかりなので、誰からの電話か分からなかったんだけど、出てみるとぼくの部署の役員だった。まだ完全に頭が起きていなかったんだけど、彼が言うには「出勤にものすごく影響が出そうだ」ということだった。
あれ?朝までに栃木とか福島に抜けているハズだったけど・・・と思い、テレビをつけると、画面に映し出された台風の進路図は、暴風圏を示す赤の円が関東に大きくかかっていた。台風は今まさに大島上空を通過中な感じだった。
どういうことだろう。台風はもともと速度が速いと言われていた。北上すればさらに速度があがるだろうし、控えめに言っても大島上空に位置するのは何か奇妙だった。
「どうしてこんなところに・・・?」と一瞬唖然としてしまった。

早い人は既に通勤を始めてるかもしれない。何か連絡するなら早くしないといけない。
「安否確認システムを使いましょう」
地震などに備えて会社が導入している安否確認システムには、登録者に一斉にメールを送信する機能がついている。これでどう振る舞うかを全員に伝えることができるのである。しかし、会社で訓練することはあっても、自宅で操作したことはないし、そういえばシステムをコントロールするウェブサイトのアドレスは分かるだろうかとかいろいろ懸念はあったけど、とりあえずこのシステムで一斉にメールを送信することにした。
幸い、アドレスは過去の訓練で受信したメールに記載してあった。問題は台風とは無関係の支店の人にも連絡が行ってしまうことと、直近の訓練に参加してない新入社員のアドレスが未登録であること、そしてぼくのようにアドレスを変更した人である。
しかし、大部分はこれで連絡が行く。
付け焼刃の連絡網で人海戦術するよりははるかに効率的だった。

「9時まで自宅待機」
ぼくがメールをすると、フェイスブックの会社のページにそのメールを転載してくれる人もいて、情報は一気に拡大したようである。
いや、これは我ながらなかなかクリティカルな対応であった。そう思うぼくの顔は少しニヤけていたかもしれない。それを見てさきこが「楽しそうだね」と言う。
楽しい・・・のだろうか?
たしかに台風の予期せぬ動きにちょっと動揺もあってテンションがあがってるとは思うけど、死傷者も出ている大規模自然災害を決して楽しいとは思っていない。でも、何か心躍るものがあるのだ。
さきこにこの心境を理解してもらうのは難しいかもしれない。ぼくのように管理部門に勤める人は誰であれこういう非常時をいつも念頭に置いている。それは大地震とか台風かもしれないし、人に関わるもっとシビアな事件かもしれないし、おカネに関わること、法律に関わることといろいろである。そういう事態をある程度想定して、与えられた予算の範囲内でできる限りの設備や制度を導入するのである。それは即時的に効果がない場合、「それ、ホントにいるの?」などと一蹴されてしまうものである。非常時が起こる可能性と会社の財務的なバランスとその他いろいろと考慮して、ぼくたち管理部門はそういう設備を導入するのである。そして今、それが生きる時が来たのである。
上司や役員からの冷ややかなツッコミをはねのけて、それでも必要性を主張してきたものが今まさに生きていると思えば、顔もニヤけるというものである。楽しいのではない、たぶん、ぼくは嬉しいのだ。

さて、9時まで自宅待機と言われたものの、やはり会社には向かわざるを得まいということで、いつもの通勤時間よりも少し遅れ気味に準備を調え、会社に向かうことにした。
いつもなら桜木町からJR京浜東北線に乗るのだけど、先ほどまでテレビで報じていた台風や交通情報を見るに、JRには一切期待できない。京浜急行を使うことにした。
上大岡に出て特急に乗る。
京急は金沢八景以南の路線が運転見合わせになっていて、上大岡に入ってきた電車は乗客が少ない感じだった。場所によっては座れるほどだった。もちろん、上大岡には大量に乗客が待ち受けていたので、ぼくが乗り込んだ電車はすぐに満杯になってしまった。
それでも横浜までは順調に運行を続けた。
途中のアナウンスで「風が弱まってきたので速度規制を解除して通常速度で走行します」と流れたので、もはや完全復活かと思った。さすが京急、最強伝説。
しかし、横浜で会社に電話するために一旦電車を降りて、普通列車に乗り換えた後、事態が変化したのだ。いきなり風が強まってきたのだ。台風の吹き返しというものらしい。
空は晴れているのに物凄い轟音とともに風が吹きすさぶ。
ぼくの乗った電車は運転見合わせ状態になったのだ。

それから4時間。先ほどやっと会社に到着した。
いや、もう大変だった。結局普通電車は川崎で行き先を急きょ川崎止まりに変更し、ぼくは乗客で溢れかえる川崎に下ろされ、その後再び普通列車に乗って品川に辿り着いた。
この電車には、ぼくに40分ほど遅れて家を出て、神奈川新町で電車を降りて子安まで歩き、バスに乗って鶴見で普通列車に乗ったさきこも乗っていた(壮絶な通勤ドラマがそこにもあった)。紆余曲折を経て、ぼくとさきこは同じ電車に乗ったわけである。もちろん、物凄い混雑のためiPhoneで連絡を取り合うだけで、会うことはできなかったけどね。

こうして昼過ぎに会社に到着。
ぼくの台風のドラマはこうして幕を閉じることになった。いや、なかなかエキサイティングなドラマだった。以前の台風でも同じようなことがあったけど、今回はどういうわけか、通勤で疲弊した感じはしなかった。朝の高揚感が続いている感じである。

最後に、今朝、自宅を出る直前に大きな虹が出たので写真に撮った。
虹を見るのは今年は2回目である。

| 日記 | 15:21 | comments(0) | trackbacks(0)
29か月と40か月、そして2年。
先週の土曜日は、長らく入荷待ちだったiPhoneがついに届いたそうで、さきこと地元のauショップに行ってきた。
購入したのはiPhone5S32GBゴールドカラーである。人気が高くてあまり流通してないとのことだけど、専用のケースに入れてしまえばほとんど他のカラーと見分けがつかなくて、せっかく長いこと待っていたのになんだかなーな感じである。
ぼくはもともとソフトバンクのiPhone4Sを持っているので、iPhoneの更新履歴だけを見ると、4Sが5Sに変わっただけのように見えるけど、実はキャリアの履歴を考えると非常に感慨深いものがある。
つまり、ぼくが購入したiPhone5Sは以前から使っていたガラパゴスケータイ(ガラケー)の機種変更という形で入手したわけで、つまり長年使っていたガラケーをやめてiPhoneになったという流れなのである。iPhoneが使い慣れし過ぎてて気づかなかったけど、そういえばそういうことである。

この携帯電話をかなり以前に購入した。
購入当初から不具合があって機器を交換したりした経緯があったり、そもそもその前の携帯電話が長年の使用で老朽化(アプリに不具合が出てきた)から機種変更に踏み切ったという消極的な理由もあったわけで、つまり最初から機器を新しくしたワクワク感がなかったのである。「携帯電話を新調することにワクワクしなくなったのはいつからだろう」なんてブログにも書いてたっけ。
そんなケータイがついにお役御免となったわけである。
その使用期間は驚くほど長い。実に40か月、3年半弱である。
その前のケータイが29か月の使用期間で、「今まででもっとも長い使用期間」と書いていたから、今回はそれを抜いてダントツ1位の使用期間というわけである。上記のとおり、購入当初から気に入らない部分が多々あったにもかかわらず随分長いこと愛用したものである。このケータイを製造した「サンヨー」という会社はもはやこの世に存在しない会社になってしまったからね。
そこまで長く使っていられた理由は、このケータイを購入してしばらくして手に入れたiPhoneの登場によるところがやはり大きいだろう。
ネットもメールも基本的にはiPhoneを使用して、ケータイはもっぱら電話のみの機能に限定された。いや厳密にはもう一つ使い道があって、ランニングの記録をする時のGPSアプリはこのケータイを使っていたけど、ガラケーの使用負荷はかなり軽減されたのが、長く使用できた理由かもしれない。

ともかく、天気の良い土曜日、auショップで古いケータイと新しいiPhoneの通信切り替えをおこなった。
これでケータイは電話網からもインターネット網からもすべてのネットワークから切り離され、大量の画像データを蓄積しているただのカメラ付き記憶装置となった。このメモリーたちもそのうちパソコンに移植したりするだろうから、こうしてストレージとしてそれなりに役目が残るのもあとわずかだろうね。剥がれた塗装を見ると、やはり長年ぼくを支えてくれた機械に惜別の思いも禁じ得ない。一緒に働き、一緒に走り、大事な連絡もしょうもない話しも哀しい連絡もすべてこの機械とともにあったわけである。

そういうわけで、今回iPhone5Sを購入したことで、ぼくのガラケー人生は終了、iPhoneのみとなったわけである。ソフトバンクの解約がまだ済んでいないので、4Sと5Sを2台持ちという状況だけどね。
当初は音声通話専用のガラケーをもう一台調達しようかと思っていたけど、当面はiPhoneだけで過ごしてみようと思う。
契約上は2年間の付き合いになるわけだけど、さて新しい相棒とのこれからの2年間はどういう時間になるだろうか。ちょっと楽しみである・・・と思うにつけ、久しく忘れていたワクワクをぼくは確かに感じているのであった。
| 日記 | 12:50 | comments(0) | trackbacks(0)
新iPhoneゲット。
9月20日に発売を開始したiPhoneの新機種、iPhone5Sをついにゲットした・・・と言っても、ゲットしたのはさきこである。
発売と同時に地元のauショップに予約を入れていたんだけど、ぼくが予約したゴールドカラーはかなり人気が高いようで、さきこが予約したシルバーカラーの方が先に在庫が出たというわけである。もっと言えばグレーカラーの方は既に即日購入できるほど店頭に在庫があるそうな。
まあせっかく新しいiPhoneを購入するのだから、新しいラインナップのカラーで購入したいわけで、そのためには多少待つのもしょうがないと思っている。

それにしても、さきこが今回iPhoneに変更できたのは良かった。従前の機器はアンドロイドのスマホだったんだけど、とにかくもう使い勝手が悪く、バッテリーの持ちが悪かったので、早く機種変更したがっていたからだ。まだ1年くらいしか使っていないけど、今回高額の違約金を支払ってめでたくiPhoneに機種変更した。いや、違約金は痛かったけど、これでもし地震が起こったりしたら、大変なことになるところだった。そういうわけで、ちょっと安心である。
ちなみにぼくが今使っているiPhoneは4Sなんだけど、この前久し振りにパソコンに繋ぎ直したら新しいOSに切り替わっちゃった。5Sで使われるOSなんだけど、これを今のiPhone4Sで使うとかなり速度が遅くなる。今まではこちらの操作にストレスなくサクサク付いてこられたのに、今は操作の度にちょっと考えるようになってしまった。そういえばバッテリーの減りも早い感じがする。自宅から会社までiPhoneで新聞読んだりネットやったりしても、会社に着く頃には85%ほどは残っていたのに、今では70%台前半くらいまで消耗している。新型iPhoneよりも2世代くらい古いので、やはりスペック的に無理があるのかもしれない。
さて、さきこの新しいスマホ生活が始まった。何やら楽しそうである。

※日本語って難しいなーと思う。
上の文章の中でバッテリーの持続時間を意味する言葉として「もち」という言い方をしているけど、それはどういう漢字を当てるのだろうか。「もち」で変換するとすぐ「持ち」が出てくるけど、これは「荷物を持つ」などのような使い方をするもので、先ほどの例では別にバッテリーを持ち上げる意図はないわけだから、やはり感じが違うような気がする。以前は「保ち」を使っていたけど、パソコンの漢字変換には出てこなかった。今までとおり「保ち」を使ってもいいのだけど、今回は「持ち」を使ってみた。違和感はあるけどね。
日本語は時間とともにどんどん変わっていくので、しょうがないと思うけど、パソコンの変換に出てこないという理由で、誤った感じが流通するのはいかがかなと思うわけである。
その一例が「〜にもかかわらず」という漢字である。
今までぼくはこのブログでも「拘らず」を使っていた。パソコン変換の用例欄に「努力にも拘らず」という例文が載っていたから、この字が正しいのだろうと思っていたけど、最近は「関わらず」をよく見かけるので、どうしたものかと思っている。今は紛らわしいので「かかわらず」と平仮名表記にしているけどね。変化しやすい言語とは言え、パソコンの普及がその変化を早くかつ大規模にしているというのは、良くないよなーと思うにつけ、パソコンソフトを作る人もパソコンを使う人も「伝わればいいじゃん」ではなく、正しい日本語を使うように心がけないといけないなと思うわけである。
・・・と閑話休題が長くなっちゃったわ。
| 日記 | 12:47 | comments(0) | trackbacks(0)
この日。
今日はさきことの結婚記念日である・・・えっと、何年目だったかな。そして明日はさきこと交際を開始した記念日である。今年で26年になった。毎日エクセルで自動カウントしている交際日から今日までの日数は9400日を超え、1万日が見えてきた感じ・・・ってあと2年くらいあるんだけどね。
いきなり脱線するけど、つい先日ラジオで某福山○治氏がパーソナリティを務めるラジオ番組を聴いていたんだけど、そこでかかった自身の楽曲が1994年のものだそうで、その楽曲紹介の中で、「1994年なんて感覚的には3年前と同じような感覚で、それくらいよく覚えている」的なことを言っていたけど、ぼくが実感する26年という歳月も3年前とは言わないまでも、四半世紀を超えるほど遠い過去のようには思えない。当時学生だったこともあって、よく考えればやっぱり遠い過去ってことになるけど、そういうのを抜きにぱっと感覚的に言えば、10年前くらいの感覚なんだよね。
とは言え、当然の話し、時間は26年分積み重なってるわけで、1980年代後半のサブカルチャーなんかをネットで検索するに、いやもう、遠い過去どころか現代と隔世し過ぎてて、そんな遠い昔に自分が生きていたのかと疑いたくなるほど、古かったりする。携帯もパスモもブルートゥースもパソコンもなかった時代である。ソ連もチェコスロバキアも存在し、香港はイギリス領だった時代である。遠すぎるなー。
遠すぎる時代へ思いを馳せて感覚的なギャップに驚くのも飽きてきたけど、そんな中、先日開幕した東京国体の開会式の映像を見ていて、26年というのは当時を「時代」などと言って標本みたいに遠巻きに見るようなほど過去でもないと思った。東京オリンピック開催決定後としては初の大型スポーツイベントということで、ニュースなんかで何度か開会式の様子が放送されていて、それは音楽に合わせて競技場の中で大勢の人がダンスパフォーマンスをする映像だったんだけど、そこで使われていた楽曲がニューサウンズインブラスの「宝島」だったのである。たしかあの楽曲はぼくとさきこが付き合いだした頃にCD発売されたもののハズである。まあ吹奏楽の世界はどういうわけか、大昔の楽曲が定番としてよく使われているわけで、未だに「音楽祭のプレリュード」なんか演奏されてるけど、あれはもう1970年代前半の楽曲のはずである。(たしか1971年だったか)
だから今更、吹奏楽の古い曲を聴いたところで、どうってこともないのだけど、26年目を迎えるにあたってそういう音楽を聴いたので、つい懐かしくなってしまった、というわけである。
そういうわけで、今年も無事、10月の記念日を迎えることができた。さきこに感謝、である。
| 日記 | 13:48 | comments(0) | trackbacks(0)
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