「シュンスケニウムの原子量」の大統一バージョン
風ぐるまのさき。
昨日は東京マラソンで、さきこは無事完走することができた。
記録としては、4時間59分。ギリギリだけど4時間台でフィニッシュすることができた。いろいろ不安があったけど、いやホント、良かったわ。
天候は当初の雨の予想に反して、ずっと曇空が続いてくれて、これはピーカンで気温が高いよりも実はランナーにとっては走りやすくて、つまりいいコンディションに恵まれた。
ぼくはさきこを応援するためにまりこさんと応援行脚で、コース上を縦横無尽に地下鉄で移動していた。新宿でスタート直後の応援をした後は、大手町、泉岳寺(往復)、日本橋、蔵前(往復)、新富町、豊洲、有明と合計で10回もさきこを応援することができた。地下鉄は階段を上ったり下りたりすることが多く、車道の反対側に出るだけなのに一旦地下鉄の改札口を通ってからさらに線路をくぐる地下道を経るということもあり、とにかく階段を上っては下り、上っては下りを繰り返した。地上で死力を尽くしているさきこほどではないけど、こうして追いかけるのも結構大変なものである。ほとんどランニング練習のつもりで応援に臨んだ。
さきこの方は、練習不足以外にも当初から腰痛やら足首の痛みやらが悩ましい状況で、前日はずっとベッドで足首を温めてるなんてこともあり、本当に完走できるのかとぼくは本当に心配だったんだけど、こういう時はちゃんと帳尻合わせをするさきこはさすがである。ランニングに大きく支障を来たすようなトラブルはまったくなかったようだ。
いや、それ以上である。
さきこはとても幸せなフルマラソンを経験できた。頭上に取りつけた風車(かざぐるま)のおかげである。
当初さきこはいわゆる仮装に消極的だったんだけど、ぼくの去年の経験をいろいろ話しているうちにちょっと乗り気になってきて、その機に乗じてぼくがネットで風車を購入し、これがなかなかカラフルでカワイイ感じの風車だったものだから、さきこのやる気が一段のアップし、この日ランニングキャップに風車を取り付けて走ることになった。
これが物凄い反響だったらしい。
沿道からの声援は「頑張れ、かざぐるまー!」というさきこだけに向けたものだったそうである。大人よりも特に子供の反応が良くて、たくさんの子供たちから声援を受け、ハイタッチをして元気をもらったそうである。沿道の人だけじゃなく、ランナーからもウケが良かったそうで、声をかけられたり、一緒に写真を撮ったりもしたそうである。去年ぼくが矢印マーク(変な表現だが)をつけて走った時以上の反響である。仮装ランを勧めたぼくはまさに「わが意を得たり!」な感である。
※ちなみに応援していて気づいたことだけど、今年はどうも仮装が少なかったようである。例年笑いを誘うような仮装が多くてそれが楽しみだったんだけど、今年は本当に数えるほどだった。どうも大会規約が変わって、派手な仮装は全面的に禁止になったそうである。他のランナーとの接触が危険とかいろいろ理由を付けていたけど、これもテロ対策だろうかと勘繰ってしまうにつけ、日本が置かれている状況は徐々に変わっていったなと思い、今やランニングの衣装でさえ規制されちゃうご時世に哀しいものである。

そんなわけで、さきこの東京マラソンは無事、終了である。幸せなランニングができて本当に良かった。またぜひ風車をつけて参加して欲しいものである。ぼくも矢印マークをつけて参加したいわ。
来年の東京マラソンは2月28日だそうである。さて次は当選するかなー。
 
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物欲ビッグサイト。
いよいよ明後日に迫った東京マラソンだけど、恒例のエキスポが東京ビッグサイトで開催中なので、ランナー受付をするさきこに便乗してぼくも行ってきた。毎年ランナーのために物凄い盛り上がりだけど、今年も例年以上の盛り上がりだった。展示ブースの数が多いからか、ブースの間の距離を広くするためか、今年は開催エリアが2フロアに増えていた。
さきこは東京マラソン限定Tシャツの前でどんなデザインのTシャツを買おうかと散々迷っていた。去年よりもラインナップが増えていて、その数は壮観である。こんなTシャツを着て走れるランナーが羨ましい。いや、一般の人も購入できるのでぼくだって買えるわけだけど、やはり東京マラソンを走らない人が着てもしょうがないかなと思うにつけ、東京マラソンを走れないことが非常に悔しい。ランナーが羨ましい、狂おしいほどに羨ましい。去年はランナーとしてエキスポに行ったこともあり、今年は自分は走れない、なのにエキスポは去年以上に盛り上がっているという事実に打ちのめされた。わー、東京マラソン、出たいわー、がおー!
そんな折、さきこが立ち寄ったスポーツ用品ブースで、あるモノを見つけてしまった。
腕時計である。先日さきこに借りて青梅マラソンを走ったあの時計である。先日も書いたけど、GPS機能というのは走っていて非常に役立つもので、ランニング中にペースやタイムがどうしても気になってしまうぼくには、とても有用なものだった。青梅マラソン以降もずっと購入しようかどうしようか迷っていたけど、その時計が目の前のスポーツ用品ブースにあったのだ。
あぁ買ってしまおうか。そんな物欲と戦っているぼくを見透かすように店員が静かに近づいてきてぼくの耳元で衝撃的事実を囁くのだ。
「今日だけ特別に10%割り引きますよ」
いや、ウソである。分かっている。エキスポ初日に「今日だけ」の特別割引があるわけがない。物欲に囚われているぼくを籠絡せんとする巧妙な罠なのだ。いや分かってるけど、さ・・・でも10%引きは事実である。この後やっぱり欲しいと思っても、金額は変わらないのだ。ちょっと脱線するけど、以前欲しかった某ス○トの腕時計は、きっと時間が経てば値下がりすると踏んでいたけど、結局今でも店頭価格は変わっていない。そう思うにつけぼくが欲しいこの時計も、きっと値下がりせず、時間が経てば同じくらいの金額の新しい商品に入れ替わるだけなのだ。まさに文字通り、チャンスは今しかないのだ。
これほど物欲に囚われてしまったのは久し振りかもしれない。こうなってしまっては、もうダメである。ぼくはこの時計を購入してしまった。さきこがこの日エキスポで買ったTシャツとかポスターとかバッジとかそういう諸々を全部合計しても追い付かないほどの金額をぼくが遣ってしまった。東京マラソンを走らないぼくが一番購入してしまった。いや申し訳ない。
そういえば以前ハワイのホノルルマラソンにさきこが参加した時、走れないくせになんか気後れして元気のないぼくのためにウクレレを買ってくれたけど、あの時ハワイで購入したどんなお土産よりも高かったと思う。ランナーでないのに一番高いものを買ったのはぼくだったという話しで、まさにこの日のぼくと同じであった。いやホント、申し訳ない。

そんなわけで、エキスポでちょっといい買い物をしたぼくとエキスポで明後日の本番に向けてモチベーションが上がってきたさきこは、開催時間を過ぎて「蛍の光」が何度もリフレインしている中、東京ビッグサイトを後にしたのである。さきこが購入したカッコいいTシャツが東京を駆け抜ける。ぜひ頑張って欲しいものである。
いよいよ。いよいよである。

※ランナーを歓迎するエントランス。堪らないね。

※この日の戦利品。物欲を発動して購入した時計が見える。
| 日記 | 12:41 | comments(0) | trackbacks(0)
10000日目の夜景。
何度も書いてもしょうがないけど、昨日はぼくとさきこの交際10000日の記念の日で、会社を早々に退社して山下公園の某ホテルで食事なぞした。寒風吹きすさぶ氷雨の中をテクテク歩いて辿り着いたホテルで、なかなか美味な夕食であった。
そういえば、25周年の記念日もたしか荒天だったな。さきこが体調を崩して、これはもう明らかな身体的異常だということになり、その後の子宮筋腫摘出につながったんだよな。随分昔のように感じる。その後さきこは2回の手術を経て健康体を手に入れたわけだけど、この日もどうも酔いが回りやすくて、途中で気分が悪くなったようである。なんだか不安定な感じである。これからランニングとかもガンガン続けていこうと思うのに、身体が万全でないというのはホント残念である。ぼくなんか、余程のことがなければ体調はいつも万全である。脳みその中の巨大な集中管理室にあるコンピュータのランプがすべて緑色のランプを点灯させている、いわゆる「オールグリーン」状態だから、体調が悪いことが日常化することがよく分からない。25周年の時に誓ったように、どんなにおカネをかけてもいいから健康を手に入れる気持ちを持って欲しいなと思う。まあ心掛けだと思うけど、さきこにはいつまでも健康でいて欲しいと思うわけである。
そんなわけで、さきこの体調を気にしつつ、山下公園や氷川丸の景色を眺め、その向こうのベイブリッジの景色を楽しんだ。思えば、横浜の夜景といえば、山下公園だったんだけど、この10000日の間にみなとみらいの方が夜景がキレイになってしまったな。これも年月の流れを感じさせる話しである。

※山下公園の夜景。

※お祝いの言葉が書かれたデザート。いいねっ!
| 日記 | 12:25 | comments(0) | trackbacks(0)
10000days Anniversary!
今日はついに10000日である。
1987年10月3日から27年以上の年月が経過した。改めて思うと感慨深いものである。あの頃はもはや遠い昔の記憶だけど、この日のことは今でも鮮明に思い出すことができる。いやはや遠くまで来たものである。
あの日から今日まではいろいろあったけど、万事無事に楽しく過ごしてこられたことに感謝である。

今この記事を桜木町の駅前で書いているけど、もはや見飽きるほど馴染んだこの風景は、1987年当時は広大なただの空き地だった。横浜エキスポ開催前で、ランドマークタワーすらまだ建っていなかったと思うと、恐ろしいまでに年月の流れを感じる。この時間の経過こそが人生なんだろうな。ぼくとさきこには子供がいないので、「お父さんとお母さんの若いころはね・・・」などと語る相手はいないのだけど、その分このブログでこれからも思いっ切り書いていくことにしよう。

そんなわけで、今日は10000日。特別な日である。おめでとう!これからもよろしく!
| 日記 | 15:46 | comments(0) | trackbacks(0)
ロード・オブ・ザ・マリッジリング、再び。
以前にも書いたけど、今月はさきこと交際を始めて10000日の記念日がある。1987年から実に28年、よく続いたものである。
それでせっかくの記念日なので、何かお祝いをしたいなーと思い、いろいろ考えてきた。ぼくとさきこは結婚式を挙げていないので、この機に結婚式的なお祝いパーティを開いてみようとか、渋谷のスクランブル交差点にある大型ビジョンに「10000days Anniversary!」なんてメッセージを表示してみよう(大人げないなぁ)とか、海外のマラソン大会に参加して、背中にメッセージを書いてアピールしてみよう(大人げないなぁ)とか、ぼくが個人的にまあいろいろ考えたわけだけど、非現実的というかまあ経済的に不可能ということで、もう少し小ぢんまりお祝いすることにした。
そのひとつが、指輪の新調である。
12年くらい前に結婚指輪的な指輪を作ったのだけど、ぼくにはちょっと馴染みがなくてあまり着けなかったし、技巧的過ぎるギミックが災いして、ぼくもさきこも一部壊れちゃってるという問題もあった。さきこはずっと着けてくれているので、思い入れのある指輪だけど、ぼくは冠婚葬祭の時くらいしか着けなくて、ずっとデスクの引き出しの中に入っているのだ。10000日を機に指輪を新調して、ぼくも常時着けるようにしようかなと思ったのである。

※12年くらい前に購入した結婚指輪的指輪。内側に刻印がある。

さて、現実的な話しになっちゃうけど、今回の指輪の購入代金は、ぼくとさきこがチクチク貯金してきた小銭貯金を充てることにした。さきこが500円玉貯金、ぼくが1円から500円の小銭を貯金箱に入れていたのだけど、これがそろそろいい感じで重くなってきたのである。ぼくのデスクの引き出しに入れっぱなしの指輪も下取りに出して追い銭することにした。
しかし、小銭貯金で指輪を買うという一連の流れには当初から問題、というか精神的障害があった。
貯め込まれてきた小銭はそれ自体が経済的価値のある貨幣ではあるんだけど、これをじゃらじゃらと指輪屋に持っていくわけにはいかないわけで、一旦銀行でまとまったおカネに換金する必要があるのだ。つまり、じゃらじゃらと小銭を持って銀行に行って手続きをする必要があり、とにかく、これが、非常に恥ずかしいのである。
なんて言うのかな、日々貯めてきた細かいおカネに手を付けざるを得ないほど生活が困窮しているように見えてしまうのではないか。いや指輪を現金でポンッと買えない程度には生活に困窮しているという意味であながち間違っちゃいないというか、いやいや小銭って言っても後で書くようにそれなりの量があるわけで、生活が困窮している人が一挙に換金するような量ではないんだけど、とにかく変な風に見られてしまうんじゃないかと思い、恥ずかしいのである。特に平日の真っ昼間にそういう用件で銀行を訪れるオジサンには、そういう視線が向かいがちだと思うし。
そんな奇異な目を向けられないためにも、銀行での行動は細心の注意を要するだろう。とにかく目立たないようにするために、わざわざ会社を休んで、平日の11時に地元の銀行の窓口を訪れた。背中に背負った大きな貯金箱がうっかり傾いてザザザザァァァっなんて音がしないように。貯金箱を窓口で渡す時にうっかり手が滑って床に落としてしまい、大量の小銭がブチマケられるなんて事態も絶対に避けないといけない。

さて銀行で換金してもらう前に、溜まった小銭の重量を測ってみた。体重計に乗せてみると、貯金箱の重量を除いたとしても7.8キロほどもあった。いや、これは重いわ。リュックサックに入れて背負うとヨロめいてしまうほどの重量である。これを無事、銀行まで運び、周囲の客に悟られることなく銀行の窓口で入金ができるか・・・って、大仰に構えていた割に、実際はかなり呆気なく手続きは完了した。挙動不審なほどおどおどしつつ銀行の窓口で差し出された貯金箱を、窓口の銀行員はあっさり受け取って奥に持っていった。小銭を数える専用の機器が、遠心分離機のように小銭を選り分けてカウントするんだけど、さほど大きな音ではなくて、ぼくが恐れていたような奇異な目に晒されることもなく、唖然とするほど呆気なく手続きが完了した。あぁ良かった。
そんなわけで、ぼくとさきこがチクチク貯めてきた7.8キロの小銭貯金は、幾ばくかの現金になって口座に入金されたわけである。

さて、実際に購入する指輪だけど、前回の結婚指輪的指輪を購入した指輪屋のある横浜元町に行くことにした。前回の指輪屋は、そのデザインの方向性が12年くらい前のぼくたちにはお似合いだったかもしれないけど、このくらいの歳にはさすがに相応しくない感じだったので、別の店で買うことにした。また前回の指輪はぼくが指輪を選んだけど、今回はさきこに選んでもらうことにした。シンプルで存在感があり、さきこはとても気に入ったみたいである。前回の指輪も決して細くないものだったけど、さらに太くなった感じである。
ところで前回の指輪には、「2002.12.18」の刻印がある。ちょっと思い出せなかったんだけど、ブログを確認したらすぐに分かった。5555日のゾロ目記念日を祝して購入した指輪だったのだ。昔も今と同じようなことを考えていたんだね。
ともかくも、こうして先に書いた7.8キロもの貯金は、二つで計20グラムほどの指輪に変わったわけである。うん、こう書くとなんかスゴいね。金銭的価値は同じなのに、重量にすると500分の1くらいに変わったことになるわけか。

こうして10000日を巡る指輪の話しは、ぼくとさきこの薬指に新しい指輪がはめられたところでひとつの区切りを迎える。でもよく言われることだけど、10000日と言ってもただの通過点でしかないわけで、この日からまた新しい10000日に向けた日がスタートするわけである。新しい10000日が実りのある幸せな日々だといいなと思うのである。ちなみに次の10000日、つまり20000日記念の日は2042年である。ぼくは生きていれば71歳になっているハズである。

※小銭貯金を体重計に載せてみた。7.8キロ。うん、これは重い。
 
※新しい指輪。シンプルな指輪である。内側に刻印がある。
| 日記 | 15:30 | comments(0) | trackbacks(0)
素晴らしき哉、GPS時計。
先週は青梅マラソンに参加して30キロを走ってきた。
久し振りに参加する大会で、前回の参加では曇空で気温が上がらないところ、ひざ痛もあったりしてヘロヘロになって戻ってきた散々な記憶がある。去年は大雪の影響で大会自体が中止になるほどだったけど、今回は物凄く天気が良くて気温も高く、ランニングにはベストなコンディションだった。だからぼくの走力だけが問われることになるわけである。

前回の記録は忘れっちゃったけど、今回は結果的に3時間19分でフィニッシュすることができた。制限時間は4時間なので、まあ多少余裕のあるフィニッシュだったかな。前半はかなりいい感じで走れて気持ち良かったんだけど、折り返した15キロ辺りからあまりペースが上がらず、最後はほとんどヘロヘロで走っていた。この点では前回と同じだけど、前半の貯金でなんとか記録だけはそれなりだったわけである。
今回はさきこも一緒にエントリーしたんだけど、東京マラソンの1週間前ということで棄権することになった。

さきこが走らないので、この際せっかくなので、さきこが先日購入した某エプソン社のGPS腕時計をぼくが使わせてもらうことにした。GPS機能付きのストップウォッチである。この腕時計が、非常にいいのだ。
スタートからの経過時間はもちろん、GPSを活用して現在の距離や平均ペースなんかも表示してくれる。今までのように1キロごとにラップタイムを記録するために時計のボタンをいちいち押さなくてもいいのだ。これは便利である。いや便利なのは分かっていたけど、使ってみると想像以上に便利だということが分かった。GPSによる距離測定のおかげで路上の距離表示を確認しなくても走行距離が分かるわけで、走りながら距離表示を探さなくていいのは、精神的にかなり楽である。
またキロ表示が出てくる度に、走行時間で割り算を計算して、1キロ当たりの平均ペースを算出しないといけないんだけど、10キロまではなんとか計算できるものの、10キロを超えると距離を表示時間で割り算するのはかなり面倒になる。たとえば13キロ地点が近づいてきたとして、時計は1時間25分を表示していたとして、これが1キロ当たり何分ペースかなんて分かるものだろうか。いやちゃんと計算すりゃ分かるけど、走ってる最中である。
そんなわけで計算能力の弱いぼくは、10キロを超えるとほとんどペースが分からなくなる。キロ表示ごとに記録するラップタイムで何となく把握するしかないわけだけど、今回の青梅マラソンのように後半にがくんとペースが狂った場合は、もはや直近の1キロを何分で走ったかなんてほとんど何の役にも立たないわけである。
今回この時計を着けて走るにあたり、ランニング中のぼくがいかに計算ばかりしていたかを実感した。しかも正確でないばかりか計算間違いのリスクまである計算を走っている間ずっとしていたのである。無駄なことをしていたとまでは言わないけど、いちいち頭を悩ましていることでランニング自体に集中できなかったり、キレイな景色が見えなかったりするのは非常に損だと思った。必要な時に必要な情報が即座に手に入るということの素晴らしさはこれ如何に、である。
しかし、問題もある。
今回のように後半がヘロヘロだと、1キロを走るだけでももう精一杯な感じになってしまい、そうなるともう数百メートルごとに時計を見るハメになってしまう。ついさっきキロ表示を超えたというのに、もう時計をチェックして、あぁまだ300メートルしか走ってない・・・とか思うのは、なんかランナーとして情けない。ぼくが走るべき距離を自分のものにしていない証拠(つまり練習不足)なわけだけど、こういう姿は我ながらランナーらしからぬ恥ずかしい行動だと思う・・・って分かってはいるけど、苦しい走りの中ではもうとにかく早くフィニッシュしたい一心になってしまう。今回も残り4キロ辺りから、時計ばかり見て走っていたな。
そんなわけで、メリットもデメリットもあるけど、ともかく最新の時計のスゴさを実感したランニングだったわけである。

それにしても、ハーフに10キロが加わっただけと思いきや、その距離感は当たり前だけど全然違っていた。来年もぜひ参加したいと思う。問題は天気とか気温だけどね。
さて、来週はいよいよ東京マラソンである。さきこは既に直前の調整に入っている。とにかく気持ちよく走って欲しいなと思う。
そして、冬のランニングシーズンの総決算ともいうべき三浦国際市民マラソンが再来週である。今回のランニングがこの日にどう生きるか、楽しみである。そして、過酷なランニングを思うにつけ、さきこの腕時計を買うべきか悩んでしまうのである。


 
※(左)走る前のぼく。(右)やっと見えた折り返し地点の道路標識。
| Be RUNNER! | 12:44 | comments(0) | trackbacks(0)
嬉しくて泣いちゃうよ。
先日は職場で一緒に働く女性二人と赤坂まで食事に行ってきた。
いやまあいろんな仕事でお世話になっているので、そのお礼とかひと区切りついた仕事の慰労とか職場の愚痴とかそんな感じの、まあ飲み会みたいなものである。ちょっと良さげなフランス料理なぞ食べて、話しに花を咲かせて、最後にデザートが出てきたんだけど、ぼくだけ大皿が差し出され、そこには大きな文字がが書いてあった。

これには驚いた。
最高格付け、おめでとうございます!
いや最高格付けってのは仕事上の話しだから伏せるけど、先日ひと区切りついた仕事の労いをいただいたわけである。この仕事はぼくがメインで担当したものではなく別の部署にリーダーがいたのだけど、結果的にぼくがいろいろ発言して議論を先導してきた部分もあり、そうして得た成果が予想以上に良かったものだから、これを自分のことのように非常に嬉しかったものである。でも公式にはこのようなお祝いをいただく立場にないと思うわけで、どうしてこのことをぼくだけにお祝いしてくれたのか、分からなかった。
しかし彼女たちはこう言うのだ。
「自分の職場でこのことが発表された時、この件で誰が一番貢献しているのかがぱっと分かりました」
これほどの賛辞をぼくはあまり受けたことがない。・・・ってか、あまり褒められないので、こういう言葉には戸惑ってしまう。ホントにそう思ってるのかな?どうせ社交辞令とかじゃないのかな。
しかし、その後もいろいろ話しをする中で、先にぼくが書いたとおり、途中からぼくが発言を増すようにしてぼくが議論を引っ張った部分を彼女たちがちゃんと知っていたのである。これには驚いた。ぼくの仕事なんて目立たないものばかりかと思っていたけど、どうもそればかりではないようである。
嬉しくて、涙が出た。
いやもう歳になると涙腺が緩んでしょうがないけど、分かってくれる方からちゃんと労ってもらえるのは、やはり嬉しいものである。彼女たちとはもう10歳くらい歳が離れてるわけだけど、それでも嬉しかった。
まあ実際はこの仕事の功績は、公式なリーダーのものになるわけで、それは当初からしょうがないと思っていたけど、こうしてちょっとでも分かってくれる方が近くにいるというのは何よりも幸せなことである。そして大きな勇気を抱くことができた。仕事をする上ではとても大切なものである。これからも仕事をする活力をいただいたわけだ。だから彼女たちには感謝、である。
本当はこういう記事は恥ずかしくてブログに書かないのだけど、今回はあまりにも嬉しいので書き留めておく。
※ちなみにこのフランス料理の前には以前から食べたかったオイスターバーで生牡蠣なぞ食べた。美味であった。
 
| 日記 | 12:54 | comments(0) | trackbacks(0)
鉄道マニアじゃない。
仕事の関係で某鉄道会社の整備工場の見学会に同行することになった。この前は某航空会社の整備工場で今回は鉄道会社のそれである。普段のデスクワークから離れて、こういう機会に恵まれるのはちょっと嬉しいものである。しかもぼくは最近鉄道に特に興味があって、鉄道雑誌を見たり、電車の絵なぞを描いたりすることが多いから、この企画への参加は以前から楽しみにしていた。鉄道にマツワるいろんなものが見られるのだろうとワクワクしていたんだけど、それで実際に鉄道に関するいろんなものが見られたのだけど、結論を先に言えば、ぼくの中に大きな感情の起伏が湧き上がって来なかったのだ。淡々たる心情というかね。
工場の中では、駆動部分と切り離されて客車だけになった電車が点検のためにエアコンとかドアとか電光表示とか外されて、ほとんど丸裸になっている状態で並んでいたんだけど、これにも全然ピンとこなかった。参加者の方はみんな写真を撮ったりしていて、まあぼくは仕事を忘れてカメラをパシャパシャ撮りまくるわけにはいかなかったとは言え、電車の写真を撮ろうという衝動にそれほど駆られなかった。どちらかと言うと、工場内部の設備、例えば高い天井とか何十トンもの車体を持ち上げられる巨大クレーンとかに興味が向かって、そういう写真なんかを撮ったりしていた。屋外には整備前や整備後、または廃車前の車両が並んでいたのだけど、なんだろうな、全然感動がなかった。それよりも通常の線路から整備場に引き込まれてくる線路の曲線美なんかに感動したりしていた。また田んぼの中に盛られた土手の上を走り去る電車の風景や踏切の造作なんかにワクワクした感じだった。鉄道マニアの人がどう見えるか分からないけど、まあ整備工場と言えば「マニア垂涎の」世界だろうとは思う。しかしぼくのココロはあまり波立たなかったのだ。
それで思ったのだ。いや、以前から感じてはいたんだけど、この日のぼくが興味を覚えたものを総合的に考えると、やはりこの結論に至るしかない。
「ぼくは鉄道マニアではない」
たぶん、鉄道というよりも鉄道を取り巻く設備や施設に興味があるんだろうな。先ほどの工場で言えば、巨大クレーンとか踏み切りとかである。もっと言えば鉄道を取り巻く風景に興味があるんだろう。その風景にたまたま鉄道車両が入ることもあって、だから車両にも興味があるのだろう。一時期、江ノ電の本を買い漁っていた頃があって、その行為だけ見ると鉄道に興味があるように見えるけど、そうじゃなくて江ノ電が走る鎌倉の風景に興味があり、その一環で江ノ電の車両に興味があるだけなのである。
これは「乗り鉄」や「撮り鉄」のように興味の方向が細分化された鉄道マニアにおいて、ぼくが「鉄道の設備や施設に特に興味がある鉄道マニアである」ということとは根本的に違う。たぶんこれはぼくの中で絵なぞの分野に位置すると思う。絵なぞを描くために鉄道の施設や設備や時に車両が必要だったのだ。鉄道そのものに魅せられたわけではないのである。
思えばついこの間まで貨物列車の造形をいろいろ研究していた。貨物列車の駆動部分の造形を詳しく知りたくて、本牧の貨物列車専用の駅に行ってみようとか貨物列車のNゲージを買ってしまおうかとかいろいろ考えた。でもそれはあくまで絵なぞのためなのである。これは鉄道マニアの一分類に属するという話しではないだろう。
そんなことが期せずしてこの日の見学会で実感した。鉄道マニアではなかったことが何となくちょっと残念ではあるけど、結果として鉄道に関わるのが好きだという点では、結果は同じである。これからも絵なぞに描けるような鉄道を取り巻く「いい風景」を求めて鉄道を追い回すんだろうなと思う。その一環で鉄道雑誌とか読むんだろうし、時刻表を読んで楽しむのだろうし、鉄道を求めて遠征したりするんだろうね。それもこれもすべて絵なぞのためである。ぼくの興味がこれほど絵なぞを中心にしていることは改めて驚きである。
そんなわけで、いろいろ気づきのあった見学会だけど、この日は肝心の絵なぞに関するインスピレーションはまったくなかった。去年も一昨年もそうだけど、冬はどうにも絵なぞが描けない時期である。いつか暖かくなって納得できる絵なぞが描けそうになった時、この日見たいろんなものが役に立つといいなーと思うのである。

※ちなみにこの日撮影した写真は「ブログに載せるな」ということなので、なし。巨大クレーン、良かったのにな。
| 日記 | 12:41 | comments(0) | trackbacks(0)
ニアリーパール富士。
月の軌道ってよく知らない。一番身近な天体なのに、地球をどういう風に回っているとかまったく知らない。満ち欠けの構造は知っているけど、太陽と地球が月に対してどういう位置関係になるとどうなるとかよく分かっていない。そのくせ絵なぞには結構月を描いたりするけど。
そんなぼくでも、2月上旬の満月を毎年心待ちにしている。
この時期の満月は、朝方に西の空に没していくのだ。この時の月の位置と日の出の具合、そして何より富士山の見え具合によって、夜明け時の富士山と月がいい感じに並ぶのである。これを知ったのは3、4年前のことだろうか。
富士山のてっぺんに月がかかるのを「パール富士」と言うそうで、ぼくの部屋から見えるのはパールには程遠いのだけど、空気が澄んでいるこの時期は富士山が見えやすく、日の出が遅いので月がちゃんと見えていて、しかもぼくが自宅で景色を見ることができる時間帯という組み合わせによって、この景色を写真に収めることができるのである。この組み合わせのどこがどうなると、この景色がどう変わるのかは、月の軌道をほとんど知らないぼくにはさっぱり分からない。日の出がもっと早い春から秋の時期、ぼくが眠っている間にもっとスゴい景色が見られるのかもしれないけどね。
でも、ぼくはこの時期のこの景色が気に入っている。
今日は若干霧がかかってボヤけているけど、今年もちゃんと見ることができた。良かったわ。

パール富士と言えば、太陽が富士山のてっぺんに沈む「ダイヤモンド富士」を思い出すけど、これもぼくの部屋からは確実に見える日があるハズである。冬至には富士山のかなり南側(左側)に太陽が沈むし、夏至には富士山を超えて北側(右側)に沈む。3月から4月辺りのどこかでぼくの自宅からもダイヤモンド富士が見えているハズなんだけど、腫れた日の休日に当たったことがないのか、一度も見たことがない。この日が一体何月何日なのかも結構気になっている。

ともかくもそんなわけで、今年もニアリーパール富士が見られた。今年もいいコトありますように。



※庭からの遠景。よく見ると富士山と白い月が見える。

※拡大図。ちょっと時間が経つとどんどん明るさが変わっていく。よく見ると、富士山と月が見える。
| 日記 | 13:46 | comments(0) | trackbacks(0)
几帳面さの勝利。
先日さきこの会社の人でマンドリン楽団の指揮をしている人が演奏会をするというので行ってきた。会場は初台という割とよく聞く地名だったけど、イマイチ場所が分からなくて、田園都市線かなんかかと思ったから、一緒に演奏会を聴きに行くまりこさんとは渋谷で待ち合わせをしたんだけど、さて会場に向かおうかという段になって、初台が京王線で、渋谷ではなく新宿と接続しているということが分かった。つまり勘違いして、新宿経由で行くべきところを渋谷から行けると思っていたということである。
山手線で新宿に出てから行くのがセオリーなんだろうけど、スマホのアプリで調べてみると、渋谷から初台までは電車よりもバスで行くことが推奨されていて、時間がかかるかもしれないけど、時間的にはまだ余裕があったし、渋谷からバスに乗るなんて初めてだったので、バスで向かうことにした。今回はそのバスの車窓の風景の話しである。
バスは道玄坂を上って行って、山手通りに出て、これを北上していく。この辺は渋谷の雑踏からかけ離れた感じの閑静な住宅地の風景である。山手通りの道幅が広いこともあって空が広がり、郊外の住宅地のような雰囲気である。バスは緩やかな坂道を上ったり下りたりしながら道を進む。
車窓から見る遠くの風景に新宿の高層ビルが見えてくる頃になって、ふいに妙に見覚えのあることに気付いた。ぼくは以前、この道を歩いたことがある?
この道をバスで走ったのは初めてなのに、見覚えがあるとはどういうことだろう。勘違いかもしれないと思いつつも、バスが進行するにつれて見覚えがあるかもしれないという思いはどんどん強くなっていき、確信するまでに至った。ぼくは確かにこの道を歩いたことがある。それも雨の日の夕方、傘を差して坂道を下っていた。山手通り脇の路地から雨に煙る高層ビル群を見上げたのだ。
そこまで記憶が確かになりながら、果たしてぼくはどうしてその場にいたのかが思い出せなかった。オボロゲに思い出すのは、会社が借り上げた社宅かなんかの解約とか退去後の状況確認とかそういう用事だったような気もするんだけど、風景の記憶の明瞭さに比べるとその記憶は何とも心もとなかった。
バスはその後初台に到着して、ぼくたちはマンドリンの演奏を聴くことになるんだけど、心の引っ掛かりがどうも気になっていた。
昨日の夜になって、この風景のことをブログに書いたかもしれないとふと思い、ブログを検索してみた。ぼくは2001年からブログを書いているし、オボロゲな記憶とは言え、あの道を歩いたのは今の会社に転職してからのような気がしていたから、ブログに記載されている可能性は高いと思った。
それでブログに書いてありそうな単語として「都庁」で検索してみると、なんと2008年6月5日の記事にあの風景を写した写真が載っていたのである。まさにこれである。ぼくは確かにあの場所にいた。それも2008年6月5日にいたのである。
それにしてもどうしてその場にいたのか。ブログによると「不動産関係の仕事で」と書いてある。やはり会社の借上社宅の解約に絡んだ仕事だったのだろう。でもなー、実際に訪れた社宅の部屋での記憶はもっと暗くなった頃で微妙に時間帯が違うような気もしなくもないんだけどな。
まだモヤモヤが消えないので、今度は会社のデスクに保管してある過去の手帳の記録を探ってみることにした。ぼくの会社の引き出しには入社からずっと手帳が残してあるので、2008年6月5日の予定を見ることができるのである。
そこで今日会社に来てから早速実際に手帳を見てみると、さすが変なトコだけ几帳面なA型である、直帰という形で不動産物件の名前が書いてあった。さらにこの物件名でファイルを検索すると、賃貸借契約書が出てきて、ちゃんと西新宿と書いてあったのだ。これですべてが繋がった。
ぼくが車窓から見た風景は、2008年6月5日に会社の借上社宅の解約手続きに行くために出かけた時に見た風景だったというわけである。
いやはや、長い探究だったなー。でもモヤモヤした記憶がブログとか手帳とか会社で保管してあるファイルとかのおかげで、キレイに解消できた。日頃からチクチクとブログとか手帳を書きつけていたぼくの几帳面さのおかげである。
それにしても、車窓の風景を見ただけでよく思い出せたものである。しかも、実は渋谷から初台に向かう山手通りと借上社宅がある山手通りとは初台を挟んで反対側にあり、つまり正確には車窓の風景はぼくが過去に歩いた道とは違うものである。たぶん、似たような風景に記憶が刺激されたんだと思う。デジャヴのような既視感を脳みそが感じたんだろうね。
とは言え、今回はモヤモヤが解消された点でぼくの几帳面さの勝利である。ブログにはこれからもどうでもいいような心の小さな機微を書き、手帳にもチクチク書き付けていこうと思う。これがひょんなことで記憶のモヤモヤを解消する最後の武器になるかもしれないからね。

※過去ブログ:新宿旅情。 http://octaveup.jugem.jp/?eid=1310
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