「シュンスケニウムの原子量」の大統一バージョン
基本的人権、歩行の自由。
今だから話せるけど・・・っていや大した話しじゃないんだけど、実はつい先日までウオノメに苦しめられていた。三浦国際市民マラソンの後からだから、もう1か月以上もずっとウオノメに苦しめられていたことになる。 ウオノメってのはタコみたいなもので、皮膚にできる固い突起のことを言うそうなのだけど、タコは皮膚の外側に突起するのに対し、ウオノメは内側に突起するんだそうな。内側に突起したウオノメは圧迫されると皮膚の内側にある神経も圧迫するので、時に痛みを生じるのだそうである。ぼくのウオノメは左足の裏側にできてしまったので、歩くたびにウオノメに体重がかかるので、物凄く痛い。足を庇いながら歩くんだけど、ヒョコヒョコ歩きで全然機敏に動けないばかりか、変な筋肉を使うようで足の筋が痛くなっちゃったりした。 そんな状態なので、ランニングなんてとてもできない。4月上旬の横浜ロードレースはこのために辞退するハメになったのである。 市販されているウオノメ治療薬もいろいろ試してみた。ジェル状の薬剤を患部に塗布するタイプやウオノメを囲むようにドーナツ状の緩衝材の付いたバンソーコーみたいなタイプなどである。これを2週間ほどずっと施していたんだけど、快復の兆しは全然見えなかった。靴が悪いのかと思って靴を変えたりしたけど、これも効果なしだった。このまま走れなくなっていくのかと絶望的な思いに囚われていた矢先である。 コロッと治っちゃったのだ。いや、ここはポロッとと言うべきか。(どっちでもいいか) なぜか・・・。いや真相は未だにナゾなのだ。今後のためにもどうして治ったのかを知りたいところなんだけど、確かなことは分からない。 ただこの日の経緯を考えると、ヒントみたいなものを見出すことができる。 この日の朝、ぼくは出勤の支度をする中で、ウオノメに薬剤を塗布して、その上からドーナツ型の緩衝材の付いたバンソーコーを貼った。これはもうほとんど毎日のことなのだけど、ぼくは身体が硬いので足の裏側に薬剤を塗ったりバンソーコーを貼ったりするは結構大変な作業なのである。この日もこの作業を何とか終え、着替えて家を出た。しかし、家を出てみて分かったことだけど、ウオノメがいつも以上に痛いのだ。前日までは歩いててもこれほど痛くなかったのに、この日はどうしたことか? 理由は単純で、ウオノメの上に緩衝材が乗った状態になっちゃってたのだ。緩衝材でウオノメを囲うように貼らなければならないバンソーコーがズレちゃったというわけである。しかしこれは大変なことである。ウオノメの上にさらに突起があることになるので、足を踏み出すたびにモロにウオノメに当たるのである。これは痛い。こんな状態で会社まで行くことは不可能である。いっそバンソーコーなんてない方がマシである。 そう考えて、ぼくは駅に到着すると人通りを避けて物陰に隠れ、急いで靴を脱いで、靴下を脱いで、バンソーコーを剥がそうとした。しかしバンソーコーはなかなかの粘着力で、なかなか剥がれない。電車の時刻も迫っているので、ここはかなり強引にベリベリっと引っぺがした。足裏には何も貼られていない状態になり、これでとりあえず、ウオノメにプレッシャーはかからないことになった。歩いてもウオノメが痛いことはなかったので、とりあえず安心した。 しかし妙だった。痛みがなさ過ぎた。いや完全に消えたわけではないけど、でもいつもよりも痛くないような気がした。 会社に到着してからはそんなことはコロッと忘れて、仕事をしてたんだけど、夕方頃にふと思い立って、誰もいない会議室に入ってそっと靴と靴下を脱いで見てみたのである。 するとそれまで硬い皮膚で覆われていた部分がまったく消えていたのだ。その代り、赤い薄皮のような皮膚になっていた。ウオノメが皮膚ごと剥がれちゃって、その下にできていた薄皮が露わになったような感じである。どこかで皮膚が剥がれたのだろうけど、どこで剥がれたのか。靴下の中にも剥がれた皮膚は見当たらなかった。そこで思い出したのだ。朝バンソーコーをかなり強引にベリベリっと剥がしたわ。 きっとウオノメとその周辺の皮膚はその時バンソーコーと一緒に剥がれたのだろう。バンソーコーは捨てちゃったけど、もし手元にあればマジマジと見てみたいものである。 それにしても、ウオノメの下に薄皮ができていたということは、薬は効いていたということだろうか。 ともかくもこうしてぼくのウオノメはバンソーコーを剥がす時にポロッと剥がれてなくなったわけである。 いやもう治ったことがとても嬉しい。今まで苦しんでいたことから完全に開放されるのである。これでもう左折する時に気を遣わなくてもいいし、路面にある視覚障害者用の点字ブロックを不用意に踏んで、それがウオノメを直撃して悶絶するなんて心配もしなくていいのである。何の憂いもなく歩けるというのは、なんて自由な世界なんだろう。そして足の心配がなくなったので、ランニングに復帰できる。これも大きな喜びである。ちょっとサボり期間が長くなったけど、これからまた定期的に走っていきたいと思う。 さらば、ウオノメ。もう戻ってくんな!
| 日記 | 17:56 | comments(0) | trackbacks(0)
誕生日プレゼンツ。
先週はぼくの誕生日だった。既に書いたけど、誕生日と言っても最近は全然嬉しくなくて、むしろ歳を追うごとに苦痛にすらなっているんだけど、それでも嬉しいことはある。いろんな人から祝福いただくことである。某SNSでは友達に登録されている人に誕生日のお知らせが行くそうで、この日、友達登録している方から非常に嬉しいお祝いの言葉をいただいた。 会社に行くと何人かの方からお祝いの言葉をいただき、中にはプレゼントと称してお菓子とか飲み物をくれる人がいた。去年もお菓子をいただいたけど、なんだろうな、ぼくが仕事中しょっちゅうお菓子を食べてると思っているのだろうか。チョコとかクッキーとか嬉しいけど、ぼくは仕事中はほとんど食べないんだけどね。(自宅に持ち帰って美味しくいただいた) ※今年はこんなにいただいた。 また、まりこさんからは毎年何かしら頂戴するので恐縮なんだけど、今年はスゴいぞ、「パース定規」をいただいた。 パース定規とは絵なぞを描く際にパースが簡単に引けるという定規で、いちいち消失点を打たなくても二点透視法のパースが描けるのである。いやぼくもネットでその理屈を知っただけなんだけど、少なくとも今までのように消失点を打つためだけに紙を繋げる必要はなくなる。たとえばこの前書いたベンチの絵なぞも、実際にはB5サイズでも余るほどの小さな絵なぞなんだけど、消失点を打つためだけにA4の紙を2枚繋げてA3の紙にして描いている。今後はこういうことがなくなって、小さな紙でも正確な二点透視法のパースが引けるのである。 実は世界堂で売ってないか店員に聞いたことがあるんだけど、売っていないと言われたことがある。パース定規でパースを引くことが設計用の文房具を数多く扱うこの店の何らかのポリシーを侵すことだったのかもしれない。実際に、パース定規の使い方の冒頭には「まず適当なパースを引きます」的な表現があって、つまりこのパース定規とは理論に裏打ちされたパースが引けるというよりも、「それっぽく見えるパース」が引ける中途半端なツールであるわけで、この辺りが店のポリシーに合致しないのかもね。ぼくもパースは理論がちゃんと分かった上で使えるようになりたいけど、その一方でとにかくパース的な絵なぞを描くために適当でも中途半端でも構わないのでパースを引きたいという思いもある。この思いのせめぎ合いに「より簡単に」という要素でバランスを取ったのがこのパース定規だろう。いや簡単ってもネットでの情報で、まだ実際に使っていないので、その簡単さを実感してないけどね。 そんなわけで、誕生日プレゼントをくれた方々に改めて感謝、である。パース定規を選定してくれたまりこさんに大感謝、である。 またこれでちょっとでも絵なぞが上達したらいいなーと思う。 ※参考までに先日描いたベンチの絵なぞ。 ※ちなみに、まりこさんがくれた誕生日プレゼントには、パース定規の他に「4月15日生まれってこんな人」的な占い本(?)が同梱されていたんだけど、ぼくの性格を「情熱的」とか「友達少ない」とか「自分の目標に精力的に邁進する」とか「邁進するあまり家族との交流がおろそかになる」とかもういろいろ書いてあって、面白くないというか面白いことに何となくぼくのことを言い当てているような気がした。「この占い、当たってる〜」などと言うつもりもないけど、さきこが言うにはまさしくぼくのことなんだそうな。うん、そんな気がする。 ちなみに会社には同じく4月15日生まれの方がいるけど、この人はあまり情熱的でもないし、友達は多いし、過度に精力的な感じもしないし、家族もちゃんと大事にしているようである。4月15日生まれって言ってもいろんな人がいるのだと思うにつけ、この本の記載はどういうことなのだろうか。 このナゾを解明するただひとつの答えは、この本の著者がぼくを知っていて、4月15日生まれの人物像をぼくに設定して書いているということである。うん、きっとそうだ・・・ってか、だとしたら、友達少ないなんて失礼しちゃうわ!と思いつつ、それにしてもまりこさんもなかなか面白いプレゼントのセレクトをするなーとちょっとニヤリとしてしまう宵なのだった。
| 日記 | 12:40 | comments(0) | trackbacks(0)
コンサートは、突然に。
先週の金曜日は会社にお休みをいただいて、1日ひとりでゆっくりしようかなーと思っていた。 ゆっくり寝たり、テレビを観たり、絵なぞを描いたりしようかなーと思っていた。 しかし、これに先立つ前日に、ぼくのiPhoneが受信した1通のメールによって。そんな予定はがらりと変わってしまった。そのメールとは某NHK交響楽団から来る演奏会の案内メールなんだけど、メールの件名にはちょっと驚きの文字が並んでいた。 ラフマニノフ、ピアノ協奏曲第2番、空席、若干云々・・・。 ここれは・・・!いや、これは行くでしょ!・・・って思ったけど、開催日が翌日、つまり休もうと思っていた日だったのだ。どうしようかなーと思ったけど、さきこもきっと行きたいだろうし、ここは「ゆっくり過ごす1日」を後回しにして、渋谷まで行くかな。そういえば、急ぎではないけど、渋谷の近くの青山でちょっとした用事があるんだった。これをついでに片付けられるかな。 さきこに連絡すると案の定「行きたい」というのでチケットを予約。チケットは最寄りのセ○ンイ○ブンで受け取れるそうで、地元にセ○ンイ○ブンがないぼくは、翌日に渋谷までの道中でゲットすることにした。 ところで青山の用事というのは、実は自転車の試乗である。以前書いたけど、新しい自転車を買おうかと迷っていて、某ブランドに決めたものの実物を見ることができなくて悩んでいたら、青山にある自転車屋に試乗できるモデルがあるとのことだった。自転車を買うのはさほど急いだ話しではないけど、うじうじ悩んでないでスパッと決めちゃいたい思いもあって、その点ではN響コンサートに行く前にちょろっと立ち寄れるのは都合が良かった。 自転車の試乗の話しはまたどこかで書くと思うけど、なかなかいい感じの自転車だった。青山の周辺を30分ほどサイクリングしたら、スイスイ走って思わず会社の近くまで来てしまったわ。 試乗を終えて渋谷に向かおうとしたところで、雨が降り始めた。もともと雨が降るかもしれないと言われていたので、驚かなかったけど、渋谷に来てみて驚いた。ほとんど土砂降りの様相である。 時刻は開演2時間前である。ここまで何も考えずに来てしまったけど、実はこの時点でセ○ンイ○ブンからチケットを受け取っていないのだ。どこかで早くチケットを受け取らなければ。 しかし渋谷駅周辺のセ○ンイ○ブンは、駅から離れている。駅を出て外をちょっと歩かないといけないのだ。それでこの雨である。土砂降りの雨の中では数秒でずぶ濡れである。しかもこの日は大事にしていた本革のバッグを背負っていて、雨対策のレインカバーをしてあるとは言え、土砂降りの中で絶対にバッグが濡れないとは言えず、できれば雨の中を歩きたくなかった。いや、そもそもこれからオーケストラの演奏会に行くってのに全身ずぶ濡れってわけにはいかないだろう。 iPhoneの地図アプリによると、渋谷駅周辺のセ○ンイ○ブンはどこも駅から離れているようである。ぼくが知っているセ○ンイ○ブンはマークシティの近くの店である。ここも駅出口から100メートルくらいは離れている。後で思い出したけど、実は駅の出口の目の前にもセ○ンイ○ブンはあったハズである。この時は思い出せなかったので、とにかく駅出口から100メートルの店を目指したのだ。 そして、雨の勢いがちょっとだけ弱まるタイミングを計って駅を飛び出した。雨の勢いが弱かったとは言え、走ると前方から雨粒を受ける形になって、みるみるうちにずぶ濡れになるのが分かったけど、飛び出した以上後戻りはできない。ぼくはセ○ンイ○ブンに向かってたったか走り、なんとか店に辿り着くことができた。やはりずぶ濡れになってしまったわ。 店でタオルとビニール傘を購入して、レジでチケットをプリントアウトしてもらった。これでひと安心である。 ちなみに店を出ると雨はかなり小降りになっていた。そのうち先ほどの土砂降りがウソのように止むんだろうな。 さきこと合流して、NHKホールに向かい、チケットを差し出して無事席につくことができた。 初めて生で聴くラフマニノフのピアノ協奏曲はなかなか良かった。ピアノの超絶技巧は、CDやDVDで聴いたり見たりするよりは生で見た方が感じられる迫力が違う。第二楽章、第三楽章は馴染みが薄かったけど、でもとてもいい演奏で満足である。さきこはぼくよりも満足していたと思う。N響コンサートにはまた行きたいな。 そんなわけで、休暇の一日は試乗の自転車でサイクリングして、雨の中を猛ダッシュして、優雅にピアノ演奏などを聴くという波乱万丈なものになった。 そして自転車である。この日乗った自転車はやはり素晴らしいパフォーマンスだった。さてこれからぼくは自転車をどうするのだろうか。
| 日記 | 12:52 | comments(0) | trackbacks(0)
変わる自分、変わらない自分、変えられない自分。
今日はぼくの4●歳の誕生日である・・・が、もはやこの歳になると、あまりめでたい感じはしないかな。もうアラフォーとは言えない歳になっちゃったしな。
「40歳代になると仕事も遊びも充実して云々」とか「一番楽しいのが40代云々」なんてよく聞くけど、いや一番楽しかったのは20代、いやいや10代も結構楽しかったなーと思うわけで、そういうぼくにしてみると、ここ数年は誕生日と言われても全然ココロ踊らないのである。
以前にも書いたことだけど、精神的に成長していないからだと思う。それこそ、10代とか20代から基本的に成長していないから、実年齢との乖離を感じてしまうのだろう。ぼくが思っていた40代ってもっと大人、落ち着いたオジサンというイメージだけど、ぼくの中に「落ち着き」の要素なんてほとんどないしな。たとえば、最近いろんなテレビ番組で見かける船橋市の非公認キャラクター「ふなっしー」は、その言動からどうもぼくと同世代と推察されるけど、その年代からは想像できないほどの高いテンションでの弾けっぷりにも非常にシンパシーを感じるんだよな。彼もオトナになりきれていないのだろう。
でももうしょうがないと思うのだ。
ぼくは「30代までにこれをやれ」とか「40歳になるまでにしておくべき100のこと」とかそういう系統の本は読まないのだけど、それでもどこかで読みかじった本の中に「30歳までは状況に応じて自分を変えて変化し続ける必要があるけど、40歳になったら逆に変わらないことが求められる。変われることと変われないことを明確にすることが求められる」なんて書いてあって、ふーん、そんなものかとも思ったものだけど、その観点で言えば、ぼくのこの大人になり切れない部分はもはや変えられないものとして受け入れるしかないのかもしれない。それで人生が大きく失敗したとしてもしょうがないのかもしれない。
もちろん、変えたいところも変えるべきところもあると思っている。そういう峻別をしていこうと思っている。そんな1年がどういうものになるか、ちょっと楽しみである。
いずれにしても今日が誕生日。この1年をまた楽しみたいと思う。
※誕生日は文字通り、自分が生まれた日というわけで、それはまさに母親が頑張って生んでくれた日であるとも言えるわけで、つまり誕生日とは自分の親に感謝する日であるとの意見がある。まさしくそう思う。誕生日というと、プレゼントをもらえたり、ケーキが食べられたりするので、あたかも「主役は自分」と錯覚しがちだけど、真の主役、祝福されるべきは親、特に母親であろう。
そういうわけで、ありがとう、お袋さん。
| 日記 | 12:40 | comments(0) | trackbacks(0)
怒涛の物欲バタフライ。
最近どうも体調不良でランニングもサイクリングもご無沙汰な感じである。練習もできないので、3月の板橋シティマラソンと4月の横浜ロードレースを辞退してしまったほどである。過去に例のないほど、運動ができなず身体がナマっている日々である。
でも気持ちとしてはランニングもサイクリングもしたくて、動きたいのに動けないギャップが結構辛かったりするんだけど、その満たされない欲求を解消するために、ランニングやサイクリングのイベントに参加している自分を夢想したりしている。次のランニングではこんな走りがしたいとかサイクリングでこんなところを走りたいとかね。
この前の自転車仲間との宴会も運動できないぼくにはとても刺激的だった。この宴会で夢想に任せて膨張してきたサイクリング企画を実際に計画できた。5月の箱根ヒルクライムと8月の八丈島サイクリングである。どちらも決してユルいサイクリングではないので、今から徐々に準備しておかないと後で大変な目に遭ってしまう。特に来月の箱根ヒルクライムはナマり切った脚力を少しでも復活させておかないと最悪の場合、自転車を押して上るハメになるだろう。
サイクリングの企画を夢想するというと、夏のチャレンジサイクリングもそうである。今年は伊豆を一周してこようかと思っている。熱海を出て、下田から西伊豆に入り、土肥温泉や大瀬崎を経て沼津に至るコースである。熱海に戻らないので厳密には一周ではないけど、今の脚力で熱函道路の峠道を走るのは不安を通り越してむしろ危険である。ぼくの脚力の状況を見て無理のない安全なサイクリングをしてきたいと思う。
無理のない安全なサイクリングを考えていると、次第に不安なことが出てくる。自転車のパーツの老朽化である。
ぼくの自転車は2007年8月に購入したので、今年で8年目である。フレームはクロモリなのでまだまだ全然現役なんだけど、問題はホイールである。
以前メンテナンスしている時にホイールを自転車から取り外し、両手で支えてクルクル回してみると、小さな異音というか振動を感じた。ジャリジャリする感じで、まるで砂でも挟まっているかのようだった。たしかに海に行くことは多かったので、砂を拾ってきちゃうこともあるかなーと思っていたんだけど、ある時これを自転車屋の店員さんに話したところ、「それはもしかしたらベアリングがヘタってるのかもしれませんね」と言われた。どうも長年使っているホイールは、駆動部分にあるベアリングが摩耗して円形を保てなくなるんだそうな。ベアリングがスムーズに回転してくれないと当然走行にも影響が出る。さてどうしたものかと思いつつ、まあ数個のベアリングがイカれたところで物凄い重量の巨漢を乗せて物凄い運動エネルギーで回転しているんだから、ぼくが体感できるほどの影響が出るには及ばないだろうと思って放っておくことにした。
しかし、さらに悪いことに、ある時読んだ雑誌かネットの記事に、ホイールの経年劣化によりスポークがホイールの内側に飛び出してきちゃうようなこともあるなどと書いてあった。長いこと走っていると路面のデコボコがホイールとスポークの接合部分にストレスが溜り、スポークがホイールを突き破っちゃうそうなのである。もちろん簡単にそうならないような処理が施してあるけど、経年劣化によりそういうことも起こりうるのだそうな。そうなると、タイヤの内側に尖ったスポークが飛び出る形になり、内側からパンクしてしまう。いくらパンクを修理してもそうなってしまってはもうどうしようもなく、走行不能になるというわけである。
8年分の走行でデコボコ道の振動がホイールにストレスを与え続けているのは容易に想像がつく。ロングライドでは自転車に支障が出てもすぐにリタイアできるわけではない。公共交通機関がある場所なら、何とかバスや電車に乗って帰ることができるけど、電車やバスがある場所ばかりではないのだ。そう、伊豆一周サイクリングにおいて、西伊豆には電車が走っておらず、またバスも土肥温泉から沿岸沿いは走っていないのである。電車もバスも走っていないところで、もしスポークがタイヤを突き破ったら・・・。
そんなわけで、不安を少しでも解消しようと、ホイールを新しくすることを検討することにした。
あまりにも安物はどうかと思うけど、幸い数千円から数万円の範囲でいろんなモデルが出ているので、好きなものを選ぶことができるのだ。今年はホイールを変えて自転車をちょっとリニューアルしようかな・・・あ、そういえば、自転車のサイズがぼくに合っていないと常々思っていたので、ステムを交換して短くしてみようか。自転車に乗る時のポジションが少し楽になるかもしれない。
そんな改良をしてみようかなと思っていたのである。
しかし、である。
まさに天からのお告げというべきか、ぼくが考える自転車改良計画を根底から覆すような発言がさきこからあったのだ。
「安くないホイールを買うくらいなら、自転車を買い替えちゃったら?」

驚天動地な発言である。
ぼくは今までそんなことを1ミリたりとも考えていなかったのに、さきこはいとも簡単にその前提をひっくり返しちゃったのである。いや、ぼくも今の自転車がぼくの身体にフィットしていないことは分かっていて、新しい自転車があったらなーと思うことはあったよ。でもそれは夢の世界の話しで、宝くじが当たったらどうする?などを考えるのと同じような話しだったのだ。
そんな夢物語がさきこの言葉で唐突に現実味を帯び始めたのである。
じじじじじじ自転車を買う?????

いや、貯金を切り崩せば買えないことはないけどさ。またそんなキリギリス的な刹那的な散財をしてもいいのだろうか。高い買い物をして後で後悔するなんてことはないのか・・・。こんなおカネの使い方をしているからいつまでも貯金が貯まらないのだ。
しかし、ぼくのココロは踊っていた。念願の新車がついに手に入ることになる?そんなこと考えちゃダメだと思う一方で、どのメーカーにしようとかどんな色にしようとか考えている自分がいる。あぁつい先刻までまったく考えてなかったことなのに、怒涛の展開である。いや、さきこはホントに本気なのか?

思えば、当初ぼくはホイールが欲しかっただけなのだ。まあ3万とか5万とかそういう買い物のハズだったのだ。それが、さきこのひと言で情勢が大きく変わってしまった。10万や15万、いやそれ以上の話しになってきている。まるでアマゾンの森林に棲む1匹の蝶の羽ばたきが、いろんな影響で増幅され、フロリダに上陸する巨大なハリケーンの原因になってしまう「バタフライ効果」を生で見ているような感じである。ハリケーンと言えば、たしかに小さな羽ばたきが巨大なハリケーンに成長し、その巨大な渦に取り込まれグルグル翻弄されているぼくが目に浮かぶようである。
果たして自転車を買うのか。8年もの苦楽を共にしてきた愛車こてつ号を売りに出すなんてできるのか?結局ホイールとステムを交換するだけに留まってしまうのか?夏の八丈島や伊豆半島でぼくはどんな自転車に乗っているのか。
ランニングやサイクリングを夢想するぼくの脳みその中で、また新しい夢想が強力にぼくの思考を支配するのだった。
| 自転車日記 | 12:58 | comments(0) | trackbacks(0)
186メートルの悲喜こもごも。
先日開催された横浜マラソンの距離が問題になっている。
横浜マラソンで走る42.195キロは日本陸連が認める公認のフルマラソンの距離だったそうなんだけど、実際に大会の当日に専用の機器で測量したところ、186メートルも短かったことが分かったんだそうな。つまり公認コースではなかったということである。
原因は事前にきちんとした測量ができなかったこと。横浜マラソンは途中から高速道路を走るコースなので、大会当日でないと通行止めができず、これにより当日でないときちんとした測量ができなかったというわけである。測量とは自転車に搭載した専用の機器を使うそうで、つまり大会当日にランナーに先立って通行止めされたコースを走ってみたら、距離が足りないことが分かったということだろう。
実行委員の人が記者会見で謝罪する映像が夜のニュースにも朝のニュースにも流された。某巨大掲示板にもニュースとして掲載されていた。そして必ずコメントとして「なお、参加費の返金には応じないとのこと」が付け加えられた。
今回の件で、ぼくは非常に違和感を感じている。
マスコミの扱いが酷いと思う。まるで不祥事を起こして社会を大混乱に巻き込んだ企業の謝罪会見のような扱いである。頭を下げてうなだれる姿を再三テレビで映すことにどういう意味があったのだろうか。しかも「返金しない」ことがあたかも図々しいかのような言いっぷりである。世の中の人ってイジメたり、叩いたりする対象がいないとダメなほどココロが荒んでいるんだろうかと思うほどである。
いや、もちろん距離が短かったのは運営側としてダメである。これはもちろん異論がない。高速道路が通行止めできないので、事前に測量ができないことが分かってるなら、最初から公認コースなんて言わなければいいのだ。公認コースなのとそうでないのとでビックリするくらい大きな影響があるとは思えない(小さな影響はもちろんあるとは思うけど)。その意味では、もっと慎重に事を進めるべきだったとは思うし、何か気が急いていたんじゃないのかなーという感じさえする。長く続くランニングイベントなんだから、もっと慎重に進めるべきだったと思う。
でも、公認コースじゃなかったとして、これで大きな支障を来たすような人はどれほどいるのか。
この大会で世界記録とか日本記録とかが出ていれば話しは別である。これを書き替える作業が必要だし、ランナーにも大きな心的ダメージがあると思う。でも、一部のエリートランナーを除けば、186メートルなんて誤差でしかないだろう。
測量には自転車を使うそうだけど、その自転車は道路上のどのコースを辿るのか。そのコースの線上は厳密に42.195キロかもしれないけど、その線より外側や内側は数メートル単位で誤差が出るはずだし、給水や給食を受けるためにコースを斜めに横切るような場面があれなこれも数メートル単位の誤差に繋がるのである。
ぼくに言わせれば、42キロもの長距離を走るランナーにとって、厳密な記録を狙わない限り186メートルなんてほとんど差がないみたいなものである。そしてぼくが観戦した中では、それほどの厳密さにコダワるランナーは圧倒的に少なくて、誰しもが自分のペースでランニングを楽しんでいたハズである。ほんの186メートル短かったことで、それまで走ってきた42キロが無駄になると考えるランナーなんているものだろうか。
ぼくが毎年冬になると走っている某ハーフマラソンのイベントの距離なんてもっと酷い。1キロ当たり6分で刻んでいるハズなのに、後半の18キロ、19キロ辺りになると、1キロの距離が自覚できるくらい変わるのだ。それまでの1キロよりもはるかに長くなるのだ。これはハーフマラソンの後半で走力が落ちてきたとかそういうのを差し引いても確かな事実である。これだって厳密に言えばダメなことだろうけど、ランナーはこれを特に問題にしたりしない。ハーフマラソンの距離が21.098キロだろうが21キロだろうが、いや実は22キロくらい行っちゃってたとしても、ギャーギャー騒いだりしない。ましてや参加費を返せなんて1ミリも思わない。
ランニングイベントなんてそういうものなのだ。いや、ぼくレベルが言い切っちゃうこともないけど、そういうもんだと思っている。
だから、実行委員会がずらっと並んで首を下げている姿に違和感を感じ、参加費返還なんて言ってるのを聞いて憤っちゃったりするのである。
あの大会は確かに準備段階でイケてない部分はあったけど、とてもいい大会だった。新しく生まれ変わったランニングイベント、いわば新参者のイベントにしては、他と比べてもまったくヒケを取らないほどの大会だった。
いろいろとバッシングがあるかもしれないけど、これに負けずに頑張って欲しい。そしてコースを見直して今度こそ胸を張って「測量に誤差なし!」と言い切って欲しい。まあぼくは公認コースかどうかなんて気にしないけどね。
今回の教訓をぜひ次に役立てられるようポジティブに取り組んで欲しいものである。そして願わくば、ぼくを走らせて欲しいなーと思うのである。
| 最近のニュースから | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0)
今年のサイクリング計画。
先週は久し振りに自転車仲間とサイクリングの予定だった。以前まで毎年恒例にしていた三浦半島を走るサイクリングなんだけど、今回は春の不安定な天候に翻弄されて、当日は雨が降るのか降らないのかはっきりしない天候で、気温も低かったこともあって、残念ながら中止することにした。結構前から楽しみにしていたので、ホント残念である。
それで、メンバーとはサイクリングではなく飲み会をしようということで、戸塚に集まって楽しくお酒を飲んだ。17時前から飲み始めたのに、気づいたら23時を過ぎていて、いやもうどんだけ喋って飲んだんだと思うわ。ちなみにそんなに長居したのに、話した内容はあまり覚えていない。(翌日は酷い二日酔いで、午前中はほとんど具合が悪くて寝ていた)
飲み会の中でちゃんと覚えている話しが、サイクリングの日程である。酔っていてもこれだけはちゃんと決めてくる辺り、やはり集団でサイクリングすることに渇望していたんだと思う。
5月のゴールデンウイークと8月のお盆休みにサイクリングに行くことになった。5月は箱根のヒルクライムである。小田原を出て芦ノ湖までのサイクリングである。コース設定などはぼくの企画ではないので、どういうコースになるか、ちょっと不安だけど、楽しみである。まあ足がかなりナマっちゃってるので、どうなるか分からないけどね。また8月のサイクリングは八丈島である。できれば金曜日の夜に竹芝桟橋に集合して、船で行きたいものである。八丈島は以前にも行ったけど、あの雄大な光景をまた見られるのは嬉しいし、叶わなかった八丈島一周にもチャレンジしてみたい。八丈富士も晴れ渡ってるといいな。うん、きっと楽しいサイクリングになると思う・・・晴れれば、ね。
それにしても、コースの選定のためにぼくは2月の終わりくらいから検討資料を作ってきた。候補は八丈島の他に、宮古島があった。さきこは宮古島が大本命だったようである。そりゃ、過去2回も行ってて一回も自転車で走ってないもんな。ぼくもクルマで走ったけど、あれはクルマやランニングではなく、自転車で楽しむコースだと思う。
ともかく、自転車仲間とのサイクリングの日程が決まったので、プライベートの旅行を考えようと思う。いや、また宮古島行っちゃおうかなとか、さきこが一度も行っていない松江・出雲・米子に行ってみようかなとか考えている。出雲にはサンライズ出雲で行きたいとかね。さきこの体調のこともあるので、無理のないコースを考えないとな。
そして、ぼくの個人的な企画、夏のチャレンジサイクリングである。今年は伊豆半島を一周しようかと計画中である。これもかなり負荷の高い企画だけど、ぜひやり遂げたいと思っている。
今年の計画が徐々に動き出している。
おカネはないけど、楽しむことと挑戦することは忘れないようにしたいなと思う。
| 自転車日記 | 12:32 | comments(0) | trackbacks(0)
社長賞。
社内にはいろいろな表彰制度があるけど、社長賞という表彰制度を持っている会社は割と多いと聞く。文字通り社長から直々に表彰されるもので、大きな会社だと会ったこともないような雲上の方から直接褒められるわけで、モチベーションアップの効果は決して低くない表彰制度である。
ぼくの前の会社にも今の会社にも社長賞がある。
前の会社では、表彰の事務局をやっていて、営業が何億円の受注をしたとか、生産現場で効率化に取り組んで大きな費用効果を生んだとかそういう話しをまとめていた。当時は社会人経験がほとんどなかった頃なので、表彰される内容のほとんどが理解できなかったけど、社長から直々に褒められるんだからとにかく相当スゴいことなんだということは分かっていた。そして、これほどのモチベーションアップの効果があるものだから、受賞するのは営業とか生産現場などで、管理部門が受賞されることは残念ながらほとんどないということも分かっていた。いや、制度の性質上これは当然のことである。もっと言えば、社長賞を取りまとめている管理部門が受賞するってことは、自分で自分を褒めるような変な構図になるわけで、バランスを欠くのである。だから、ぼくが社長賞を受賞するようなことは絶対ないと思っていた。褒められたければもっと別の方法があるとも思ってたので、期待すらしないのが当然とも思っていた。
社長賞を社員のモチベーションアップに利用しようというスタンスは、前の会社よりも今の会社の方がより強い側面があって、ほとんどお祭り騒ぎになるその表彰式では、営業や企画部門などの花形部門が檀上を独占する形になっていた。ぼくは表彰の事務局じゃないけど、社長賞表彰を含んだ全社的な式典の事務局なので、社長賞表彰など次々にこなしていく式次第の一部くらいにしか思っていなかった。
それが社長賞である。
さて、ここまで引っ張ったのでほとんど明らかだと思うけど、そうである、ぼくが社長賞を受賞することが決まった。しかも、最高位の金賞である。
いや、スゴい。これはスゴい。社長賞の権威が今回だけ低められたとか、営業や企画部門の人が今年だけダメダメだったとか、いろいろ考えたけど、確かに社長賞である。明日の式典の中で受賞されるのだ。エイプリルフールじゃないよな。
受賞の理由は、当然、本社移転である。もちろん、ぼくの個人賞ではなく、プロジェクトチームとしての表彰である。本社移転と言えば、億単位でおカネが動いた大きなプロジェクトだったので、その規模を考えれば社長賞に相当するのは順当かもしれないし、先に書いたようにバランスを考えれば、実質的にぼくが進めたプロジェクトではあるものの、チーム受賞にした方がいいのも理解している。こういう仕事が社長賞相当なのだという告知効果もあるんだろうね。その辺は長い社会人経験の中で分かっているから、そのうえでこうして社長賞をもらえるのが嬉しいのである。
思えば吹奏楽コンクールでも受賞したことのない「金賞」である。ちょっとドキドキしてきた。明日の式典の中の受賞式でぼくの名前が呼ばれる。コメントしてくれと言われているけど、さて何を喋ったものか。当日の式典全体の司会進行はぼくで、社長賞表彰の前から200人以上の社員を前にしてベラベラ喋るわけだけど、社長賞受賞者としてコメントするのはまた別なわけで、いやホント緊張するわ。
ホントはもっと落ち着いて、そう式典での受賞が終わった後に書くべきブログだったかもしれないけど、社長賞にかける思いを連綿と紡いできたぼくだから、少しフライングだけどこうして書かせていただいた。
明日はどうなるかな・・・。
| 日記 | 20:23 | comments(1) | trackbacks(0)
夢想の地平面
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