「シュンスケニウムの原子量」の大統一バージョン
怒涛の九連休。
長い連休が終わった。この連休のおかげで生命の洗濯ができたというか、非常にリフレッシュできた。
こうしてまた仕事の日々に復帰できるのも、この長い休みのおかげである・・・と思うにつけ、このブログを始めた頃は、ストレスフルな毎日から常に逃避したくて、たまに現れる連休がとても楽しみだったし、連休の終焉は世界の終焉くらい絶望的なことだと思っていたものだけど、最近はさほどそういう気持ちは起こらなくて、逆に「休み過ぎると仕事に復帰できなくなっちゃうから、連休は長過ぎない方がいい」とすら考えるようになり、「これがオトナになるってことなのかなー」と思ったりするのである。

さて、そんな連休のデキゴトである。
今回は書くべきことがあまりにも多いので、まずは簡単に列挙してみる。

9月18日(金)会社終わりにガ○ダム展。
9月19日(土)さきことサイクリング。
9月20日(日)会社の自転車仲間とサイクルイベント。
9月21日(月)終日お絵描き。
9月22日(火)旅行の準備と夕方からランニング。
9月23日(水)〜25日(金)小豆島旅行、サイクリング。
9月26日(土)普段の土曜日。
9月27日(日)普段の日曜日、夕方からランニング。

最後の2日間は普段通りに過ごしたけど、他の日はなかなか充実の日々である。
「連休」と書いてありつつも初日が金曜日から始まっているのは、まさにぼくの濃厚九連休は、金曜日の夜から始まったからである。
この日は、会社が終わってから同僚と六本木にガ○ダム展に行った。ぼくはガ○ダム好きなのだ。
この手の展示会では、いろんな見方があるものだけど、ぼくは原作者の描く原画の筆致に甚く感動した。繊細かつ力強い・・・って書くと陳腐な表現だけど、それはぼくには到底及ばない境地で、ほんの一歩でも数センチでも近づきたいと思った。会社の同僚は、それぞれプラモデルとか動画とか、別個のものに見入っていたけど、ぼくはずっとエンピツで描かれた迫ってくるような力強いタッチに魅せられっぱなしだった。

その翌日はさきことサイクリング。このサイクリングでぼくの新しい自転車が実質的にデビューすることになった。名前も決まっていないこの自転車は、以前も書いたとおり、非常に高いパフォーマンスを見せてくれる。今まではキツかった坂道もどんどん上っていけるし、速いスピードでも楽にペダルを回していられる。同じ自転車なのに、こてつ号とここまで違うのか。コイツはぼくの可能性をまた一段と広げてくれる感じである。

そんな自転車に乗って、翌日のサイクルイベントに参加した。東京の中心部を50キロほど走るサイクリングである。去年までは新宿都庁前からスタートして、神宮外苑でフィニッシュするコースで、とにかく自転車の渋滞が酷く、特にスタート直後はほとんど歩いた方が早いほどの渋滞で、毎回辟易したものだけど、今回は東京ビッグサイトがスタート・フィニッシュになったために、スタート直後から快適に走ることができた。
去年も会社の自転車仲間で参加したんだけど、メンバーの走力の関係で、フィニッシュすることができなかったので、今回はぜひフィニッシュしたいと思っていた。今回は男性だけの参加なので、気負わなくても難なくフィニッシュできるとハズなんだけど、それでも50キロを走り抜いて、フィニッシュゲートをくぐることができたのは嬉しかったな。
イベント後にメンバーと別れて一人で品川駅に向かったんだけど、何度か走ったことのあるこの道を新しい自転車で走ることができて、ただそれだけで感動した。注文から4か月以上も待ってやっと手に入れた自転車であることを改めて実感しちゃったのだ。

こうして2日連続でサイクリングにでかけたぼくは、その翌日はぱったり動くことをやめ、ずっとデスクに向かって絵なぞを描いていた。一日中運動していたかと思うと、一日中自宅から出ないで作業をするという両極端さがぼくの休日の過ごし方である。
今回描いた絵なぞは、某SNSのプロフィールページに表示するカバー画像である。
このSNSのカバー画像は横にとても広い画像サイズなので、ぼくが描く絵なぞも横に長くしないといけない。そのため、2枚の画用紙を繋げて後でスキャナで取り込んで、画像編集ソフトで2枚の絵なぞを繋げないといけないのである。今回はこれにかなり苦労したね。以前にも続き絵なぞを描いたことがあって、その時も絵なぞの接続に苦労したけど、今回はそれ以上だったかな。それでも何とか見られる程度には手動で繋げてみた。ここまでやってやっと完成するってのは、なかなか感慨深いものである。ちょっと嬉しかったかな。
以前から描きたいと思っていた構図やモチーフだったので、嬉しくも肩の荷が下りた感じもした。

そしてついに小豆島旅行が目前となってくる。
前日はその準備を進めつつ、近くをちょろっとランニング。ランニングもままならない日々だったから、ちょっと新鮮だった。ただこの体たらくで11月中旬に金沢マラソンを走らないといけないというのはかなり不安である。しかも実は10月半ばまで平日の夜や休日にランニングしにくい状況が続く予定で、つまり10月中旬から11月中旬が実質的にぼくが練習できる期間なわけである。ホントに大丈夫だろうか。

さて、そんなわけで今回の夏休みのメインイベントである小豆島旅行である。
結論から言ってしまえば、サイクリング旅行としてはあまり満足のいく形で終わらなかった。直前の天気予報に反して天候不順が続き、急きょ現地で予定変更を余儀なくされたのである。まあ予定変更も旅の醍醐味なわけで、逆にそういう状況を楽しむつもりで過ごした。小豆島でも予定を変更して立ち寄った高松でもいろいろ発見があり、また一部サスペンス的要素の含みつつ、旅を満喫してきた。その詳細はまた別途書こうと思う。
ともかくいろいろあった小豆島旅行を終え、羽田に降り立つわけである。

この時点でぼくの夏休みはまだ2日残っていたけど、来週から始まる仕事の日々に備えて、気持ちを切り替えつつ、身体を休めるようにした。まあ身体を休めるには2日は長過ぎて、ちょっとダレちゃったけどね。そうそう、最終日である日曜日は、某FM局が一日中特撮ヒーローものの主題歌をかけ続ける企画をやっていて、懐かしさのあまりこれに聞き入っていたら、いつの間にか日が沈んでいて、ぼくの夏休み最終日はあっけなく幕を閉じちゃったんだよね。
ちなみにこのFM局の企画は、祝日を中心に数か月に一回ほどのペースで放送され、その企画の内容にもよるけど、個人的に非常に楽しみにしている。今回は特撮ヒーローの主題歌ということで、これはもうぼくのハートをズバンと打ち抜く企画で、ずっとラジオを流していた。そしてお気に入りの曲が流れると、物凄い勢いで鳥肌が立つのである。感動が一瞬で身体を駆け抜けるというか、ね。
いろいろ感動したけど、今回はその中でも特撮ヒーローの主題歌を歌う歌手の男性の話しに非常に感動した。昭和年代のヒーローの主題歌を歌っていた人と言えば、既に老齢である。亡くなっている人も少なくない。この方もかなりの高齢で、実は過去に脳梗塞になってしまい、ほとんど生死の狭間をさまよったこともあるそうである。しかもそういうことが何度かあり、余命宣告を受けたこともあれば、「今夜が山」なんてこともあったようである。しかし、この人は歌手として何度も復活してきた。彼の心にあったのは「ヒーローの主題歌を歌い続け、愛とか勇気とか奇跡を叫び続けてきた俺が、こんなことでくたばってたまるか」という思いだったそうである。まさにその人こそ無敵のヒーローである。この言葉に甚く感動した・・・ってか、こうして書いてるだけで感動して震えてくる。この長い夏休みの中で最後にこういう感動を得られたのは良かったかもしれない。うん、いい夏休みだった。

さて、九連休が終了し、仕事の日々が始まった。
シルバーウイークなんて言って散々盛り上げてきたけど、今回のような暦の並びになるのは、11年も先なんだそうな。ほとんどが2週連続の三連休になるようである。まあそのくらいがちょうどいいのかなと思いつつ、ほとんど稀有な暦の並びで得た夏休みは、結局のところいい夏休みだったなーと思うのである。

※会社の自転車仲間とサイクリング。

※2枚繋げて描いた絵なぞ。

※小豆島の曇天の下で。
| 日記 | 12:48 | comments(0) | trackbacks(0)
帰宅。
小豆島旅行から昨日無事に帰宅した。
いや今回は天気に翻弄された旅行だった。ぼくは旅行とかランニングイベントとか、楽しみにしているイベントで雨に遭うことの多い人だけど、今回は当初の天気予報に逆行する形で大きく天候が悪化したために、当初の予定を大きく変更した旅行になった。ここまで予定が変わった旅行も珍しいんじゃないかというほどの変更っぷり。当初から検討を続けてきたぼくの予定がここまで跡形もなく変更されるのは初めてじゃないかな。
でも、予定を変更したからこそ楽しめたところもあって、まあこれが旅行なんだろうなと思いつつ、とにかく大変な旅行だった。
でも度重なる予定変更の憂き目に遭っても、怪我や事故がなかったのは良かった。
そんなわけで、テンテコマイな旅の様子はまた別途書こうと思うけど、とにかく盛りだくさんで書き上げられるか今から心配だったりする。取り急ぎこの旅で撮影したぼくとさきこの写真である。
| 日記 | 11:21 | comments(0) | trackbacks(0)
旅立ちの朝。
旅行に出かける朝はたいてい5時とか4時に起きる。
今日も4時に起きて、シャワーを浴びて、バッグの中身の最終チェックをして、あとは出発の時刻を待つばかりのヒトトキをこうしてブログをシタタメて過ごしているわけである。そうである。今日から小豆島サイクリング旅行である。数か月間いろいろ検討してきた旅行がこうして実現するわけである。
天候はまあまずまずといったところか。雨の予報はないようだけど、すごく晴れるということもないみたい。青空のもとで瀬戸内海を臨むなんて光景は難しいようである。まあいいけどね。ちなみに旅行の翌日辺りから天候は悪化するようである。これが何かの影響で早まらないことを祈るばかり。
そんなわけで、そろそろ出発である。
楽しいサイクリングになるといいな。
| 日記 | 04:49 | comments(0) | trackbacks(0)
レンズマンの休息。
明日から連休である。しかも有給休暇を組み込んで連続で9日の休みである。いやもう9日も会社に行かないと、仕事連休明けにモードに戻れるか逆に不安なくらいである。ぼくとしては、五連休とか九連休とかよりも、三連休が月に2回くらいある方がちょうどいい感じなんだけどね。
今回の連休はかなり長いとは言え、旅行などの予定が決まっているのは、半分程度で残りの半分は何も決まっていない。そろそろランニングも始めないといけないし(来月早々に会社の関係で駅伝大会があるしな)、新しい自転車にもたくさん乗ってあげたいと思う。絵なぞも描きたいし、もっと優先しないといけないことも結構あったりするので、まあこのくらいの余裕があった方がいいのかもしれない。
それにしても、連休と聞くといつも思い出すことがある。いつも思い出すので、一回くらいはブログに書いているかと思って自分のブログを検索してみたけど、なんと一度も書いていないことである。
マンガ「レンズマン」である。
1930年代のSF小説を漫画化した、それでも今から30年くらい前のマンガである。もちろん原作は外国人で、某サイトによると「スペースオペラ」と言われるジャンルのSF作品の発展には「レンズマン」なしには語ることはできないとも書いてあった。マンガの方は、この原作に基づいて描かれたものである。ぼくが当時入っていた施設の職員の人が、この作者と友人だというので、ぼくの話しが出て、一度サイン本をもらったことがあったな。
物語の内容としては、超常的な能力を宿したレンズを託され、その能力をもって銀河の平和を守るレンズマンの活躍を描いた作品で、その物語の世界では、レンズマンになるために特別な訓練を受け、「銀河の大いなる意思」に認められる必要があり、誰でもなれるものではないらしい。物語は主人公がレンズマンになるべく銀河の大いなる意思と接近遭遇し、手の甲にレンズを宿し、銀河パトロール本部のある地球に帰還するところから始まる。銀河パトロール本部に帰還した主人公は、しばしの休息を許され、その後銀河の平和を揺るがす犯罪組織との対決に向き合うのである。
ぼくが特に記憶に残っているのは、晴れてレンズマンになって、銀河パトロール本部に戻ってきてから、満身創痍で伏せっている主人公のもとに銀河パトロール長官が訪ねてきて、労いの言葉をかけるところである。
主人公に銀河パトロール隊所属のレンズマンとして配属を命じた長官は、主人公にこう言うのだ。
「まあ、今週はゆっくり休みたまえ。来週からはレンズマンとして休みなく働いてもらうからな。はっはっは」

これを見て、ぼくは衝撃と共に大きく落胆した。
これからカッコいいヒーローの活躍を見られるというところで、いきなり「休みはない」と宣告されちゃうのである。苦労してレンズマンになって、これからヒーローとして活躍するのに、休みなしとは。
「うえー、休みなしで働くヒーローだったら、ぼくはヒーローでなくてもいいや」
ぼくが特別にぐうたらだったというわけではない(と思う)けど、ヒーローとは「働くこと」であることを初めて認識した少年に、この言葉は重すぎたかもしれない。ぼくはマンガの第1巻のほんの数ページで、このヒーローへの魅力をなくしてしまった。
マンガを読み進めていくと、ほとんどブラック企業の社長のような一言とは裏腹に、主人公は結構気楽にやっていてその点では安心したんだけど、一方で「こんな気楽にやってるけど、マンガに描いてないだけで、休みなく働いてるんだよな、この人」って思ってしまうのだった。
あれはぼくが十代初めの頃のことなので、未だに覚えているということは、当時相当インパクトのある言葉だったんだと思う。

だから連休を前にすると、どこからか声が聞こえてくるのだ。
「まあこの連休はゆっくり休みたまえ。連休明けからはサラリーマンとして休みなく働いてもらうからな。はっはっは」
はっはっは・・・じゃねーよ!
明日から連休である。レンズマンに比較したら物凄く失礼なくらいぼくの仕事は大変じゃないし、実際に有給をガンガン使って休みまくっているけど、でもあの長官の言葉は覚えておこうと思う。そういう覚悟が、特に連休前は必要なんだと思うのだ。

※ところで先に書いたとおり、「レンズマン」はスペースオペラ作品の発展に大きく寄与したそうで、ぼくはこの手のジャンルに自分でも意外なほど疎くてよく分からないけど、スペースオペラとはたとえば「スターウォーズ」のようなものである。宇宙にある惑星をワープ航法などでビュンッとひとっ飛びするような世界観である。砂の惑星とか雨の惑星とか、普通に考えれば北極から南極まですべからく雨とか砂とかあり得ないだろって惑星が次々に登場する話しである。そう考えると、レンズマンをいわば元祖にして、スターウォーズや銀河鉄道999ができたと思うと、なんかスゴいね。
| 日記 | 18:51 | comments(0) | trackbacks(0)
落選という「結果の平等」。
今日は毎年恒例の東京マラソンの抽選結果の発表である。
うん、そう、落選である。もうホントに恒例行事である。
まあ厳密にはあと1回、二次募集の抽選が残っているけど、これもあまり期待できないかな。
毎年恒例で抽選があり、ほとんど毎年恒例でハズれているわけだから、もうドキドキもワクワクもなくなればいいのに、毎回この時は朝からソワソワしてしまう。ゲン担ぎのつもりか、「この話題には触れないようにして当日を迎えてみよう」とか「結果通知のメールが来たからと言って、浅ましく飛びつくのではなく、少し時間が経ってから見るようにしてみよう」などと試したりしたんだけど、どのゲン担ぎの効果を発揮する前に破られてしまった。この日を待ち侘びるあまり、さきことの会話でつい話題にしてしまったし、メールが来ても飛びつかないようにしようと思ってても、メール着信の通知が来たのを見てそんなことは忘れ、思わずスマホに飛びついてチェックしてしまった。
会社の同僚たちには毎度のことだけど、「今日は私事ですが、東京マラソンの抽選結果発表がありますので、当選していても落選していても非常にウザい振る舞いになりますので、ゴメンなさい」とあらかじめ断っておいた。
とにかくまあ、今年もドキドキしながら結果を待ち、見事に打ちのめされたわけである。
それにしても、他のランナーはぼくのようにドキドキしないのだろうか。心中穏やかにこの日を迎え、恭しくメールをチェックして「あら、当たっておりましたわ、ほほほ」なんて言うのだろうか。よほどマラソンに慣れていない限り、当選した直後から当日に向けて練習計画を見直さないといけないだろうし、あの盛り上がりを思えばテンションもギュンギュン上がるハズだろうから、その分水嶺となるこの日をドキドキしないで迎える人なんていないんだと思う。
30万人の人が夢をもってこの日を迎え、うち9割以上が夢砕かれるのである。いや、考えてみると壮絶な世界だな。

日本人はとかく「結果の平等」を求めようとするそうな。ぼくもそういう部分があって、「これほど当たらないなんて不公平だ」なんて思ってしまう部分がある。しかし欧米では「機会の平等」こそ担保されるべきで、結果はどうしようもないという考えを持つ傾向があるそうである。その点では、欧米的な機会の平等はきちんと担保されてはいると思うけどね。ちなみに、自然災害が多い国土で、そのために原始的なアニミズム信仰が根強く残っている日本人こそ、どうにもならない、または時に理不尽過ぎる「結果」の方に平等を求めるよりも、これと対になる「機会」の方に平等を求める気質になりそうだと思うけどね。
ともかく、この残念過ぎる思いが、「不公平だ」なんて思う不満に繋がっていくのはもはや止めようもないような気がする。そう思うにつけ、いっそ東京マラソンを年2回にしてしまえばいいにと思う。ここまで盛り上がって、経済効果も高いイベントなんだから、収益の倍増を狙って年2回の開催にすればいいのだ。そうすれば、当選の確率も2倍になるわけで、ランナーも喜ぶし、事業者や東京都だって喜ばしいことなんじゃないかね。たとえば「東京マラソン・春」とか「東京マラソン・秋」とかね。
・・・いや、ランナーが春と秋のどちらかしか参加できないということでなければ、結果が公平に近づくことはないか。運のいい人は春と秋の両方に当たったりするもんな。いや、それであれば2デイズというパターンはどうかな。いや2日連続で東京都の交通を麻痺させるのはリスクが大きいか。うーん、なかなか結果の平等に近づけることはできないかな。
そうなると、ぼくも無我の境地というか、「抽選という機会が平等に与えられたことに感謝する」なんて聖人みたいな発想にならないとダメか。

ともかく、そんなわけで、ぼくの東京マラソンは、2回目の抽選を終え、今回も落選だった。11月頃の二次募集に期待しつつ、そろそろ東京マラソン以外のランニングイベントにも目を向けていこうかな。そういえば、横浜マラソンも京都マラソンも抽選結果がこれから発表になるハズである。
| 日記 | 14:05 | comments(0) | trackbacks(0)
通学ラプソディ。
ある朝、会社に向かうために自宅を出たぼくは、マンションのエントランスで上階から降りてきた女子中学生と鉢合わせして、彼女に続いてマンションを出る形になった。ぼくが家を出る時間に学生と出会うことはあまりないので、ちょっと意外だった。そのまま彼女の後を追う形で歩いていくのかと思ったら、マンションの敷地を出たところで、彼女は右に曲がって別の方に行ってしまった。
そこでふと思った。
「どこの中学校だろう?」
時間は7時である。中学生の通学時間にしては少し早い。部活の朝練かもしれないけど、運動着の入ったバッグを持ったりしてないし、頑張って部活やってマス的な感じはしなかった。しかし彼女の背中に何か感じるものがあって、どこの中学校か気になってしまったのだ。そう、ぼくの自宅はどこの中学校の学区に入っているのだろう。
ぼくには子供がいないので、小学生とか中学生のことにはあまり興味がない。彼らを見ても、遠い過去の自分に存在した記憶を呼び覚ます鍵くらいにしか思わない。ぼくくらいの年齢だと小学生や中学生の子供がいて、子供の教育のことなんかに日々頭を悩ませたりしてるのが一般的なのかもしれないけど、ぼくにはそういうことがまったくないので、ずっと気にもしてこなかった。
だからこの機にちょっと調べてみようと思ったわけである。
ぼくの自宅から最寄りの中学校と言えば・・・と考えてみると、たぶんあの中学校だろうと当たりはつけられた。ただホントにその中学校なのか分からないし、マンションを出ていった彼女の背中には、何かこう強い思いみたいのを感じたのが気になった。中学生の朝と言えば、もっとだっら〜んとした感じだと思うし、ぼくもそうだったけど、スタスタと歩いて行く彼女の姿にはそのまま会社に行って仕事でもしてきそうな雰囲気すらあったと言っていい。
そんなわけで、中学校の学区を調べてみようと思ってスマホで教育委員会の学校学区のサイトを見てみた。そこには市内の中学校が表になって並んでいて、隣の欄にはその中学校の学区になる住所が記載されていた。だいたいこんな感じである。

○○中学校:△△小学校の区域全部、□□小学校の区域のうち☆☆町一丁目1番から20番まで、▽▽町二丁目20番から49番まで

つまり中学校の学区は、小学校の学区を準用してこれに多少アレンジを加えている感じである。中学校と小学校の立地が違うので、小中学校を同じ学区にしてしまうと不当に通学路が長くなってしまうからだろう。
だからまず、小学校の学区を探してみた。
これはすぐに見つかって、やはり予想通り、自宅から最寄りの小学校だった。とは言え、近いとは決して言えない距離である。毎日歩いて行くにはちょっと覚悟がいる距離である。ここに6年間通い続けるなんてスゴいよなーと思う。
次に、中学校である。上に書いた通り、小学校の学区を準用しているので、分かりやすいかなと思ったんだけど、これがかなり意外な展開だった。当たりをつけた中学校に、ぼくの住所だけが乗っていないのだ。「ぼくの住所だけ」というのは、つまりぼくの住所の地番だけが除かれていたということである。上に書いた例で言うとこうなる。

・ぼくの自宅住所:○○町一丁目23番

・その中学校の学区:○○小学校の区域のうち○○町一丁目1番から22番・24番から30番

分かるだろうか。つまり、ぼくの自宅住所の地番だけが、その中学校の区域から外れていたのである。これはどういうことだろうか。
では他の中学校の学区はどうだろうか。スマホでズラズラと長いテキストデータを見てるので、なかなか見つけられなかった。もしかして、ぼくの自宅だけどこの中学校の学区にも所属していないのかもしれない?なんて思いつつも、やっとぼくの住所を表示している中学校を見つけることができた。
しかし、その中学校の名前は、聞いたこともないものだったのだ。
いったいこの中学校はどこにあるのか?さらにネットで調べてみると、また驚くべき事実である。あまりにも遠いのだ。これは中学生が3年間を徒歩で歩き通すには、なかなかシビれる距離である。その中学校の近くには大型スーパーとかファミレスがあるんだけど、たとえばぼくはこのスーパーやファミレスに徒歩で行ったことはない。行く時は必ずクルマを使ったものである。中学校はさらにその先である。これは遠いわ。
それにしても、どうしてこういう区分けになったのだろうか。
冒頭に書いた当たりをつけたという中学校でさえ、徒歩で行くにはなかなか厳しい距離である。しかし近所はほとんどその中学校に行くのである。なのに、ぼくの住所だけが別のさらに遠方の中学校に行くわけである。

ぼくが中学生の頃は、自宅から学校まで割と近かった。徒歩6、7分程度で正門を通ることができたから、何十分もかけて登校してくる人が、ちょっと気の毒でもあったし、その反面で少し羨ましくもあった。長い通学路を歩いてくるという、ぼくにはないステータスに単純に憧れた部分もあると思う。
その長距離通学者の中に、当時ぼくの好きな人がいた。
彼女は学区の中でも一番遠いところにある町に住んでいた。自宅から坂をちょっと上って尾根道に出て、そこから長い下り坂を下りて、平坦な道を延々と歩いて登校するのだ。朝ぼくがまだ眠っている間に彼女は自宅を出てテクテクテクテク歩き通し、ぼくが起床して着替えて支度をして家を出て、ちょうど学校に着いた頃に彼女と会うわけである。そんな居住環境の違いに、恋愛がなんだかよく分からなかったぼくは何かを感じたんだろうね。
そしてぼくのマンションから出ていく中学生。この後姿に遠い昔のことを思い出しちゃったのかもしれない。ぼくが中学校の学区を調べてみようと思ったのは、背中に湛えた「覚悟」みたいなものに共通点を感じたからかもしれない。

さて、そんなわけでぼくの住まうマンションは、学区内の中学校の中ではかなりの「僻地」にあることが分かったわけだけど、実際にネット地図で距離を測定してみた。
ちなみにぼくが高校生の頃、最寄りの駅から学校までの距離も、かなりなものだった。途中の坂道も含めれば20分以上は歩かされたものである。その距離を比較してみた。
まずぼくの高校。最寄りの駅から学校までの距離は、1.4キロ、徒歩18分と出た。まあスタスタと歩けばそのくらいの時間で行けるかもな。高校時代のぼくはタラタラ歩いてたもんな。ともかくなかなかの距離である。ぼくもさきこもよく通い続けたものである。
そして、今の自宅マンションから学区内の中学校までの距離である。1.9キロ、徒歩24分。
ほとんど2キロ。これはスゴい。女子中学生の足では、30分近くかかる距離じゃないだろうか。これを毎日ずっと続けるというのは相当の気合いである。ぼくが彼女の背中に見た「覚悟」は、一度自宅を出たら、学校まで30分間歩き続けないといけないという思いから来る覚悟だった。これは高校時代のぼくでも敵わない。
それにしても、ぼくの自宅が中学校の学区では図らずも「僻地」になっているのは、ちょっとうれしいね。なんか中学時代のあの子と立場が同じになったかのような感じがする。そう、ぼくには子供がいないので、通学に苦しんでいるわが子の姿を見ることはないのである。ただこの状況にココロがじんわりと温まるのを感じるばかりである。

※その後会社で確認したところ、先ほどの市内中学校の学区を地図に落とし込んだ画像がヒットした。思ったとおり、ぼくの自宅は僻地も僻地、この中学校でもっとも遠いエリアになっていた。ぼくのマンションよりもさらに遠いのはほんの数軒である。いや、ホント大変だわ。
それで、ぼくの中学校やさきこの中学校や姪・甥の中学校など、いくつかの中学校を見てみた。市内の南側ではさらに広い学区があったりして、ほとんど数駅分の距離を通学しないといけなさそうなところもあった。市街化調整区域では人は住まないだろうから、問題はないんだろうけど、いやはやホントご苦労様、である。
| 日記 | 21:50 | comments(0) | trackbacks(0)
週末筋肉痛。
新しい自転車を手に入れた最初の週末である。さてぼくは手始めにどこに行こうか・・・とワクワクしながら週末を迎えた。いやそりゃサイクリングでしょう。自分の自転車を試すためにも、ここはサイクリングである。それが自転車が納品された先週からのほとんど当然の成り行きである。
しかし、結論から先に言えば、結局自転車には一切乗らないでこの週末を終えてしまった。これはどういうわけか。
当初は、さきこと鎌倉・葉山の方に行ってもいいなとか、一人でちょっと厳しめのコースを走ってもいいかなー、思い切って箱根とか行っちゃう?なんて思っていたんだけど、実は土曜日に会社の関係で出かけるハメになってしまったのだ。まあ仕事みたいなものである。
この会社の関係で出かけた先というのは、某所にある農園である。会社がほとんど道楽で数十坪の土地を借りて農業のマネをしているという場所である。いや、こう書くと道楽で土地を借りる奇妙な会社のようだけど、担当部署にはちゃんとした理屈があるれっきとした企業活動であることは言い添えておく。どういう経緯、理由、目的であれ、ぼくはほとんど会社の命令で農園に行くことになったのだ。
さて、その農園は土地がいいのか、ちょっとメンテナンスしないとすぐに雑草が伸びてしまう。実はぼくはこの農園には何度か来ていて、前回にこの農園に来たのは、寒々しい夏の雨がポツポツと降っていた3週間ほど前のことだけど、その時にも除草したのに見事に復活していた。いや、伸びるのが早いなー。
そんなわけで、ぼくは他に数人来た社員と一緒に、鎌を片手に雑草の除草作業に勤しんだわけである。午前中から始めて3時間ほど、黙々と除草作業。いやこれは大変だわ。
作業を終えて帰宅するももう疲れ切っちゃって、サイクリングに行けるほどの体力が残っていなかった。この日はもうこれ以上身体を酷使できなかった。
でもまだ翌日がある。日曜にサイクリングすればいいか・・・と思ってたけど、うん、甘かったね。物凄い筋肉痛に襲われた。普段使わない筋肉を酷使して作業していたので、腰から背中、腿の裏側辺りが酷い筋肉痛になってしまった。屈んだり前傾姿勢になったりするのも辛いほどである。これではとてもサイクリングなんて行けない。
そんなわけで、せっかくの週末、せっかくの晴天なのに、自転車に乗らないまま終えることになってしまった。
本来なら自転車をいろいろ調整したり、こてつ号と性能を比較してみたりと、そうこの時期が一番楽しい時期だと思うんだけどね。ごめんよ、自転車。←まだ呼び掛けるべき名前を持たない。
では、今週末はどうか。
ぼくが自由に自転車を乗り回せるチャンスは一回だけ、土曜日だけである。実は翌日の日曜日には、サイクルイベントがあるのだ。毎年参加している東京シティサイクリング。今年から「BikeTokyo」などと改称されたそうだけど、この大勢のサイクリストが東京の中心地を走り回るというイベントに参加してくる。この時までには、自分のポジションにちゃんと修正しておきたいな。
そして、この週末を終えるといよいよ旅行である。新しい自転車で初めての飛行機輪行、初めての香川県上陸である。いや、雨が続いていたとは言え、秋のサイクルイベントに向けてばたばたしちゃうのも、思い返せば自転車の納品が遅かったからだよなーと、済んだことなのにまたイライラしちゃうわ。
まあ焦らないことである。
今や自転車を手に入れた以上、これから嫌というほど乗れる日が来るはずである。9月の連休を前にまたワクワクしてきた。
| 日記 | 11:47 | comments(0) | trackbacks(0)
失われたナツヤスミを求めて。
去年の話しだけど、ぼくはさきこと夏休みを過ごしていなかった。
ぼくは9月頃に夏休み的な連休を予定していたんだけど、これがさきこの予定と合わず、またこの夏休みと連結して連休にしようとしていた週末に急きょ出張が入ってしまい、ぼくだけ島根県に出かけるという展開になり、しかもせっかくの出張だからここはひとつ、自転車を持って行こうということで、空いた時間で現地を走り回っていたわけで、つまり結果として、さきことの旅行に行けないばかりか、会社から言い渡された出張にカコつけてサイクリングを楽しんできたという、何となく不誠実な展開になってしまったのだ。
だから、今年の夏休みはちゃんと取得する。ちゃんと休んで、旅行に行くことを念頭に置いていた。
今年の9月は数年に一度のシルバーウイークで、暦の並びから週末と祝日で5連休になる。その後2日の平日を挟んで次の週末が来るので、この平日を休みにすれば5連休に休み2日を追加、さらに週末2日で、9連休もの長期休暇が実現するのである。
きゅ、9連休なんてほとんど年末年始休暇みたいなものである。これはいいわ!ぜひさきこと旅行に行こう。

さて、どこに行ったものか。
いや、9連休を旅行で埋めるほどの予算はないので、せいぜい2泊3日程度の旅行である。もちろん国内だし、もちろん自転車を持って行く。ここ最近続いているサイクリング旅行である。
だから行きたい場所は、最近話題の金沢とか京都とかではなく、自転車で走って楽しいところということになる。金沢には11月に金沢マラソンへの参加のために行くことが決まってるしね。
日本地図を広げて、さてどこに行こうかと検討した結果、今年は小豆島に行くことにした。
瀬戸内海に浮かぶ香川県の島である。以前観たテレビ番組で、小豆島をサイクリングする企画があって、なかなか面白そうだと思っていた。海の景色はキレイだし、醤油やオリーブが名産で、なかなかキツいヒルクライムもできそうなサイクリングコースである。以前から行きたいと思っていたけど、ここでついに小豆島サイクリングが決定したのだ。
問題は交通の便である。小豆島へのアクセスはいくつかの方法があるけど、関東からのアクセスで一般的なのは、新幹線で岡山から船で行くか、飛行機で高松空港を経て、高松市街から船で行く方法である。自転車への負担を考えると新幹線がいいと思うんだけど、ここはせっかくの旅行なので、飛行機で行くことにした。これにより、自転車、電車、飛行機、船を駆使して、陸路・空路・海路で現地に向かうことができるのである。うん、なんかスゴいわ。
所要時間もそれなりにかかる。新幹線では正味7時間くらい、飛行機で行く今回でも6時間ほどはかかる。物凄く遠いわけでもないのに、なかなかの大変な旅程である。
さてさて、どんなサイクリングになるのやら。

ちなみに、ぼくが楽しみにしている旅行はコトゴトク雨を降らせるという、性悪な人外の存在がいるけど、念のために言っておくけど、雨でも全然ヘッチャラである。現地でレンタカーを借りて、小豆島だけでなく、高松市街も見て回って来ようと思っている。実は高松は行ったことはないけど、個人的には日本の中でもっとも安全な場所ではないかと思ってて、密かに老後の居住地にしようと画策しているところでもあるのだ。いや、行ったことはないんだけどね。
だから雨でも全然平気である。コーヒー屋にでも入って、ぼーっとしながら街並みの観察でもしようと思っている。
そんなわけで、失われたナツヤスミが年を超えてやってくる!
| 日記 | 13:05 | comments(0) | trackbacks(0)
台風。
4日くらい前に太平洋上に急に発生し、そのまま北上して東海から関西辺りをかすめてそのまま突き抜けていった台風18号は、そのコースを考えると通常なら関東への影響は小さいだろうと予想されていた。しかし、台風に伴って北上した湿った空気を含んだ長い雲が関東地方を南から一直線に北上し、これが大雨を降らせて様々なところで思わぬ影響が出ている。この影響は台風が日本海に抜けて勢力が減退し、熱帯低気圧に変わった今現在も続いているほどである。
実は昨日はぼくの会社の社内イベントで、新宿でボウリング大会だった。しかし折からの大雨で、たとえ小康状態の時にボウリング場に行けたとしても、その後の大雨による交通ダイヤの乱れがあった場合、大勢の社員が新宿で立ち往生なんてこともあるかもしれない。この状況なら本来は早めの帰宅を促すべきところであるのに、逆に大雨の中で社内イベントを優先するなんて甚だ本末転倒な話しなので、ここは苦渋の決断ということでボウリング大会を中止することにした。
なんかこう自分で進めてきた企画を自分の意思で中止に追い込むというのは、いや仕事のレベル的の大小にかかわらず、なんて言うか惜しい気もしつつ、誰にも手を付けられてない状態で仕事を終えられる点で一種の充足感みたいのを感じている。まあ仕事は「段取り9割」と言われてるから、イベント当日なんてぼくにとってほとんど終わった仕事なわけで、それが中止になったとしても、妙な達成感だけは感じられているんだけどね。
そんなわけで、妙な充足感とか達成感を得たぼくは、その影響なのか、中止を急きょ決定した責任もあって、雨の中一人でボウリング会場に向かった。中止の連絡が行き渡っていない人が直接現地に来るかもしれないからだ。まあ実際は誰も来なくて、そりゃ外出中の人にもメールなりで連絡が行くよなーと思いつつ、豪雨の中を新宿駅に戻っていったのである。
幸い電車には大きな混乱は生じていなくて、ぼくは「新宿で来ない電車を待つ悲しいビジネスマン」の姿をさらすことなく、湘南新宿ラインに乗って帰途に就くことができた。台風と新宿と言えば、以前から何度もテレビで放送されてきた場所である。電車が動かなくなっちゃって、夜も10時を過ぎて、どこに行くこともできずに駅前で立ち尽くす人々の映像が、夜のニュースに流れるのを何度も見てきたから、もしかして今回はぼくがその中の一人になってしまうかも?と焦りと半ば期待(?)する思いもあったんだけど、幸い、そう、幸いなことに電車はちゃんと動いていてくれて、ぼくを横浜へ運んでくれたのである。
ところで、その横浜では全市的に降雨量が危険なレベルまで上がっちゃったみたいで、各所でがけ崩れを恐れた避難勧告が出る事態になった。ぼくの住む区では、ぼくの自宅前の崖も含め、崩落の危険はなさそうで、だから避難勧告は出なかったんだけど、区をまたいだ自宅のすぐ裏の山では、いくつかの箇所で避難勧告が出ていた。気象現象が局地的に極端化する傾向がある中、避難勧告によって体育館に集まり、不安な夜を過ごすという図は、もはや自分にも起こり得る一歩手前まで来ているということである。いやはや怖いことである。
こうして台風とその影響による大雨の夜は更けていき、翌朝である。
雨は依然として強く降っていた。雨足こそ前日ほどではなかったけど、普通に雨が降っていた。台風一過の清々しい青空が見られなかったのは残念である。
週末には少しは天気が回復してくれるかな。秋晴れの晴天をぼくはまだ見ていない。
| 日記 | 12:37 | comments(0) | trackbacks(0)
自転車屋は悲劇的に喜劇的な電話をかける?
先日のブログに書いたとおり、物凄く長い時間をかけてぼくの自転車は納車ということになったんだけど、その顛末の中で重要な役割を演じたのが、言うまでもなく自転車屋さんである。ホント長いことお世話になったものである・・・ってか、そんな好意的な感想はなくて、なぜなら彼らと話しをする時は、いい知らせの時よりも悪い知らせの時の方が多くて、ぼくは自転車屋さんから電話がかかってくることに恐々としていたからだからだ。だからブログの表題も某ミステリー小説の題名からいちいち拝借していたわけである。
ある時は自転車メーカーからの連絡で自転車の納期が遅れるとか、ある時は塗装屋の作業遅延で納車が遅れるとか、塗装屋がダメダメな塗装をしてきたとか、である。電話がある度に、今度はどんなネガティブ情報がもたらされるのかと思い、憂鬱になったものだけど、さらにぼくをネガティブにするのは、逆にこちらからの電話がほとんど繋がらないということである。ぼくが落ち込むのは、突然の電話でネガティブ情報を聞くからであって、それなら逆に率先してこちらから電話してやろうと思うんだけど、これがなかなか繋がらないのだ。電話するとたいていは電話中で「ツーツー」という話中音が聞こえる。これにめげずに何度も電話して、何度も電話中になって、その後で唐突にコールが始まったかと思うと、今後は電話に出ないのである。20回コールしても30回コールしても電話に出ない。
長電話のくせにかかってきた電話には出ないってどういうことだろうか。殿様商売的な態度かもしれないと思うと、イライラが募るばかりである。特にネガティブ情報がもたらされた後なんかは、ホントこの店から自転車買うの辞めようかとも思ったものである。
しかし、この電話が繋がらない顛末には、驚くべき真相が隠されていたのだ。

それが分かったのは、自転車を受け取る日、先週の土曜日である。
自転車のチェックを終え、追加パーツの代金も支払って、自転車を引いて店の外に出し、晴れて受け渡しという段である。ある女性店員が他の店員と話している声が聞こえたのだ。
「あのー外線ってこのボタンでいいんですかー?」
外線のかけ方も分からないとは、新人だろうか?と思ったんだけど、その女性店員の電話での口調やその他の事務作業を見る限り、手慣れた部分も垣間見れて、電話のかけ方も分からない新人とは思えなかった。
そこでぼくが聞いてみたのだ。
「そういえば、先週の平日に休みが取れたので、準備ができていれば自転車を受け取ろうかと思って電話したんですよねー」
実は、受け取りに先立つ水曜日に急きょ会社を休めたので、自転車を取りに行っちゃおうかと思ったのである。ちょうど天気もいいし、追加パーツの取り付けさえ済んでいればあとは引き取るだけだからである。いいタイミングだったんだけど、事前に確認しようと電話してみると、また長いこと電話中で、その後やっとコールしたかと思うと全然電話に出なかったのだ。1時間くらいネバってみたんだけど、面倒になってやめちゃったのだ。
店員はそんなぼくの問いにこう答えたのだ。
「いや、電話なんですが、実は壊れてたんですよ。つい先ほど業者に直してもらったところなんですよ」
え?どういうこと?
「いやどうもね、かかりにくかったり、電話してても突然切れちゃったり、いろいろと不具合があったんですよね」
あぁ、つまりぼくが電話をかける時のあの状況である。電話に出なかったり、話し中だったりしたのは、殿様商売的な態度ではなくて、単に電話が壊れていたってことだったのである。
なんてことだろう。ぼくが気を悩まして憂鬱やイライラに拍車をかけていたのは、単純に電話が壊れていたことに起因しているのである。
そしてさらに言えば、その電話はぼくが自転車を受け取りタイミング、つまりぼくからも自転車屋さんからも「今後はもう電話をかけない」状況で、電話が直ったわけなのである。最悪なタイミングである。ここまでくるとこの展開はもはや悲劇的を通り越して喜劇的とすら言ってもいい。
ぼくが自転車屋さんを後にするその後ろで、すべての元凶だった電話が直るという喜劇的展開。いやもう誰かが面白がってやってたとしか思えないじゃないか。

そんなわけで、結局は自転車屋さんは悪くないという話しでこの顛末が幕になるのである。
うん、喜劇としてみればなかなかいいストーリーテリングである。事情を知らずにその芝居に参加していたぼくは単純に悲劇的だけどね。
| 自転車日記 | 16:08 | comments(0) | trackbacks(0)
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