先週末はさきこのランニングイベントがあった。この時期にランニングイベントというのは少し珍しい。日に日に暑くなっていく中、ランニングには少々危険な季節になってきた。北海道とか富士山とか、この時期でもまだ肌寒いところでは、性懲りもなくランニングイベントがあったりするけど、関東近辺ではほとんど開催されることはないのである。
しかし、そんな中、今回さきこが参加するランニングイベントはなかなかシビれるものだった。
横浜を出発して、国道1号線をひた走り、箱根湯本まで行こうというのである。その距離、なんと60キロ。
さすがに日中に開催するのは狂気の沙汰を超えて、ほとんど自殺行為なので、気温の落ち着いた夜に走るそうである。つまり、夕方からスタートして、比較的涼しい夜を通して走り続け、日が昇る明け方にフィニッシュする形である。いや、それにしたって、この時期に徹夜で60キロを走るのはそれだけで充分、狂気の沙汰だけどね。
さきこはこのイベントをどこで探してきたのか、非常に楽しみにしていた。やる気満々だった。しかし練習の方はまったくと言っていいほどできていなかった。特に本番直前は、雨が降ったりして思うように練習できなかったようである。しかも数週間前からはネコが自宅にやってくるということで、その受け入れのためにバタバタしていたし、果たしてネコがやってきた以降はネコを置いてさくっと走りに出かけちゃうこともできなくて、ただネコを撫でまわすような自堕落な生活になってしまい、つまりそんなわけで、ランニングはまったくできなかったのである。
そんな状態で10キロくらいならともかく、フルマラソン以上の距離を走って大丈夫だろうかと、ぼくはとても心配だった。ここで無理することで、小康状態の腰痛が出てきたりしないだろうか。いや、それどころか新たに他の部位を痛めることにならないだろうか。
そんな不安を持て余す中、ついに当日を迎えてしまった。梅雨の季節だったけど、とりあえず天気は悪化しないようで、ひとまず雨中ランニングだけは避けられそうだった。各地で豪雨の被害が出ている中、雨が降らないというのはちょっと嬉しい展開である。気温もさほど高くならないとの予報なので、ゆっくり無理せず走れば、もしかしたら楽しいランニングになるかもしれない。
ちなみに、このイベントをさきこと一緒に走ることになっていたまりこさんは、開催日を1日間違えていたみたいで、実家で寛いでいた。あまりに寛ぎ過ぎて、ぼくたちからの連絡に一切気づかず、スタート直前になっても現地にも現われないばかりか、変な想像がひとりでに増大してしまった。一人暮らしの彼女だから、自宅で何かあったのかもしれない、急に倒れて身動きができなくなってしまったとか、何か変な事件に巻き込まれてしまったんじゃないかとか。
幸い、スタート直前になって電話が通じたので、さきこは予定通り、イベントのスタートと共に走り出していったけど、あと少し連絡が取れなければ、イベントなんかに参加してる場合じゃないわけで、ここは本人の自宅まで行ってみるしかあるまいということになっていた。その場合、警察や管理会社にも連絡しないとなーとか、こりゃ長い夜になりそうだなどと、止めどなく膨らむ悪い想像を押し止めるのが大変だった。それだけでもう疲れちゃったよ。
※スタート地点にて。夕陽をバックに。
とにかく、まりこさんの無事が分かったので、ぼくは安心してさきこを見送ることができた。
ランナーが走り出していき、さきこを見送ってから、ぼくは自転車屋に行って買い物などしつつ、ふと思い立って、国道1号線を走ってみることにした。うまくすればさきこに追いつくかもしれない。一人で夕食を食べる前に、さきこを応援することにした。
道路は渋滞していたけど、スタートから40分ほど経過した辺りの権太坂で最後尾に追いつくことができ、権太坂を下ったところで早くも補給食を食べているさきこを捉えることができた。少し先のコンビニにクルマを停めて、さきこを迎えることにしたんだけど、他のランナーは早くも歩いている人なんかもいて、こんな状態で箱根湯本まで行けるのだろうかとこちらが不安になるほどだった。まあ、タイムや順位を競うレースじゃないからいいんだけどね。さきこもスタートからまだ10キロ弱の地点とは言え、無理せず歩いたり走ったりしつつ、箱根までのロングランを楽しんでいるようだった。
※権太坂をクルマで追いかける。既に歩いている人もいた。
ここでさきことはしばらくのお別れ。さきこは戸塚方面に向かって走っていき、ぼくは食事を摂って帰宅後、早めに就寝することにした。ネコもいない、さきこもいない部屋で過ごすのは何だか不思議な感じである。ぼくが和室の布団ではなく、ベッドで寝るようになって1年以上が経つけど、さきこが不在の夜を過ごしたのはたぶん初めてだったからだろう。
だから夜中3時に起きた時に隣のベッドにさきこが寝ていないことが分かった時には、「まーた夜更かししてテレビとか観てるな」と苦々しく思ったものである。すぐに思い出して、「いや、さきこは今走ってるんだ!迎えに行かなくちゃ!」と飛び起きた。
出かける準備をして4時頃にクルマに乗る。電話してみると、さきこはまりこさんと一緒に、50キロ手前辺りを走行中のようである。既に相模川を越え、大磯を超えた辺りを走っているようである。電話の声は楽しそうだった。まりこさんと無事に合流できて、楽しくお喋りでもしながら走ってるのかもしれない。断続的に歩いたり走ったりしてるのだそう。
ぼくはクルマに飛び乗って、一路箱根湯本を目指した。
まだ夜の明けない道はかなり空いていて、気持ちよく走ることができた。国道1号線から新湘南バイパスを経て、国道134号線から西湘バイパスへ。できればフィニッシュ地点前に走るさきこを捉えたいと思った。
小田原で再び電話すると、既に小田原を超えて、残り3キロほどのところを走ってるそうである。おお、何とか間に合ったか。
箱根に向かう道を走っていると、何人ものランナーを見かけた。みんな、大会事務局から配布されたリフレクター付きの黄色いタスキを肩から下げていた。このタスキをかけた人がイベント参加者なのである。そういえば、西湘バイパスに入る直前の国道134号線を走っている時にも、黄色いタスキをかけたランナーの集団を見かけたな。あれは大磯の手前だからまだ20キロ以上も残ってる場所だったハズである。さきこからかなり距離が離れているけど、あれが最後尾だったのかな。
ふと前を走る集団の中に、さきこを見つけた。
面白い光景である。昨日さきこと別れたぼくは夕食を食べ、自宅でまったり過ごし、就寝してぐっすり眠った後に起床して、クルマではるばる箱根まで来たのである。その間、さきこはずっと走ったり歩いたりしていたわけである。なんだか不思議な気持ちになった。さきこの隣にまりこさんがいた。あぁ、良かった。事件に巻き込まれたかもなんて変な想像を膨らませていたのが、遠い過去のようである。
ほとんどクルマの通らない道の交通の邪魔にならない場所にクルマを停めて、さきこを追いかけ、声をかけた。
さすがに疲れていたようだけど、でも楽しそうに走っていた。足も腰も痛いけど、走れないほどではないようである。まったく練習していないのに、よくここまで走れるものである。でも安心したわ。当初懸念していたように、このランニングで無理がたたって変な不調をきたすんじゃないかと思っていたからね。
※小田原過ぎでさきこを発見!
再びクルマに乗り込んで、箱根湯本のフィニッシュ地点に向かう。少し急な坂道を上り、これを超えると、小田急・箱根湯本駅特徴のあるデザインの駅舎が見えた。おお、あれがフィニッシュ地点である。横浜から延々60キロを走った先にあるフィニッシュである。それを見たランナーたちは、重い足を引きずるようにして再び走り出した。まさに満身創痍の状態で、ここまで辿り着き、ついにその終わりが見えたのである。これは応援するぼくでも感動してしまうわ。思わずクルマの中から「頑張れー!」とか「お疲れさまー!」とか言っていた。
フィニッシュ地点は、かなり簡素なものだった。いや、よくあるランニングイベントのようなフィニッシュゲートのようなものはなく、ただタイム表示の機器だけが置いてあるだけであった。事務局の人がガスコンロなんかで味噌汁を作ったり、冷えたビールを手渡していたりした。知らない人から見れば、早朝5時頃の陽の昇り切っていない時間帯に、ビールを飲む人たちってのはかなり奇異に映っただろうな。
※フィニッシュ目前。さきこが走ってきた!
こうしてさきこは60キロを走り切り、無事フィニッシュすることができた。いや、ホントまともに練習していないのに、よく走れたものである。途中合流したまりこさんもお疲れさま!
長い戦いを終えて、しばらくフィニッシュ地点の周辺でゆっくりしていたんだけど、制限時刻の6時を超えて、フィニッシュする人も少なくなってきたし、フィニッシュ後のランナーも続々と引き上げて行ったので、ぼくたちも荷物をまとめて帰ることにした。
クルマを近くまで乗りつけて、満身創痍で足を引きずるさきこを乗せて、西湘バイパスから帰途に就いた。
地元まで戻ってきていわゆるスーパー銭湯に入ったところで、ぼくも眠気に襲われて少しうたた寝をした。いや、ぼくも朝4時から頑張って走ったものである。
※フィニッシュ後のさきこ。お疲れさま〜〜!
今回のランニングイベントはタイムや順位など一切コダワらないのだけど、参考までにさきこは午前5時20分過ぎにフィニッシュした。つまり11時間20分程度でフィニッシュしたことになる。まあ、10キロを2時間弱で走ったことになる。途中で1キロ走っては1キロ歩くを繰り返したり、これを2キロ走って1キロ歩くに変えたりして、あまり気負わなかったことが完走の秘訣かもしれない。とにかく60キロを踏破することを目指し、見事達成したわけである。
ぼくもなんだか興味が湧いてきた。来年は参加してみるかな。ぼくはフルマラソン以上の距離を走ったことがなくて、さきこが過去に走ったチャレンジ富士五湖に出てみようかと考えたりもしたけど、こちらの方が少しハードルが低そうである。初めてのウルトラマラソンにはちょうどいいかもしれないね。
ともかくも、さきこはよくやった。頑張った。今はとにかくゆっくりして欲しい。
そして、ぜひ来年はぼくと一緒にフィニッシュして欲しいと思うのである。