かなり迷った。
朝の米子市街はどんよりと曇っていて、明け方まで降っていたであろう雨は路面に水たまりを残していた。天気はゆっくりと回復する感じだったけど、回復の途上で小雨がぱらっと降るくらいは充分あり得る状況である。どうしたものか。もはや青空の下で爽快なサイクリングはできそうもない。このままサイクリングを中止して、市街のコーヒー屋かなんかで飛行機の時間までブログでも書いて過ごすか。近くの温泉でも行ってゆっくりしているか。松江や米子も含めて観光地に行くにしてもあらかたの観光地には既に行っているので、サイクリングの代わりになりそうな有意義な過ごし方はできそうもなかった。
ホテルのエントランスを出て、空を見上げて動くに動けず立ち尽くしていた。はてさてどうしたものか。
それでも北海道での過酷な雨中サイクリングのことを思えば、最悪のコンディションというわけでもないのだ。雨と霧の中、知床峠を超えたことを思えば、天気が回復基調なのはまだマシな方である。そうである、いっそあの時のようにドロドロになって走ってしまおうか。
ぼくは決意した。サイクリングを敢行する。
しかし安全に充分配慮する必要がある。そこで路面が濡れている市街の道は走らずに、大山の麓までは電車で行くことにした。迷ってる間に多少の時間ロスもあったしね。
ぼくは部屋に戻って、だぶだぶのTシャツを脱ぎ、身体にぴっちりフィットしたサイクルジャージに着替えた。昨夜からぼくを惑わせていた悩みが消え、気持ちが完全にサイクリングモードに切り替わった瞬間である。
米子駅まで水たまりを避けつつ自転車で進み、一旦バラして輪行態勢にする。ここで30分ほど電車を待って、山陰本線を東に向かう。30分ほど走って、山陰本線で最古の駅舎という御来屋駅で下車。再び自転車を組み立てる。湿った路面に自分の影がうっすら見えることにふと気づいた。薄雲の隙間から日が差している。見上げると遠くの空に青空が垣間見れた。おお、これはいい感じで回復してるじゃないか。少し気を良くして、ぼくは自転車にまたがりペダルを踏み込んだ。サイクリングがスタートした。
※山陰本線。正確には電車ではなく、気動車だね。
※ここからサイクリングスタートである。
数百メートルほど山陰道を走ると道はすぐに左に折れ、ぐるっと回って山陰道をまたぐ形で超え、南側に聳える大山に進路をとる。天気が回復基調とは言え、大山は麓辺りまで霧に覆われ、そのまま空まで厚い雲に覆われていた。路面は乾いているので走りやすかった。そういえば、アスファルトもキレイで非常に走りやすい感じ。クルマの通りもほとんどない。今回は秋頃に開催されるサイクルイベントと同じコースを走ることにしたんだけど、こんないい道なら楽しいイベントだろうなー。
でも坂の傾斜の緩急が結構激しい。斜度自体はそれほどでもないのだけど、緩やかな坂道が急にキツくなったりすると、気持ち的にちょっと堪えるものである。富士スバルラインのように緩急がさほど大きく変わらない道だと、多少キツくても気持ちを維持できるんだけど、こういう坂道の方が気持ち的には大変だわ。
少し上ったところにあるゴルフ場を過ぎると、クルマのとおりは完全になくなった。先ほどのクルマはすべてゴルフ場を目指していたんだね。それより上にはクルマがまったく来ず、非常に静かな中をキコキコ走る感じになった。
静寂の中、鳥の鳴き声を聞きながら走っていると、「キョエエエエー!」なんてケタタマしく鳴く声が聞こえ、沿道の切株の上にキジが見えた。おおお、キジを見るなんて珍しいな。
高度が上がるにつれて、路面が濡れてきた。山にかかる霧が低くなってきた。10キロ付近までは、牧場や農場を営む民家も見えていたけど、大山の中腹付近を周回する大山環状道路に出てからは森の中を走る感じになった。依然としてアスファルトは走りやすいんだけど、小さな葉が落ちていて、これがタイヤやフレームに貼り付いたりする。ここまでキレイな身で走ってきたけど、いよいよドロドロな感じになってきた。さらに斜度も一段とキツくなる。やっとヒルクライムっぽくなってきたかな。
大きな木々の枝葉が道路を覆うほど張り出す暗い道を走っていると、なんだか嫌な予感がしてくる。特に今回のような湿気の多い森の中では、ヒルが出てきたりしないかな。張り出した枝葉から下を通るぼくをめがけて落ちてきたりしないかな。そういえば、数年前にさきことヤビツ峠に行った時にゲリラ豪雨に遭い、木の下で雨宿りしていたらさきこの足にヒルがくっついていたことがあったな。あれはホントに気持ち悪いものだった。今回もぼくの体温や呼気中の二酸化炭素や自転車が走る振動なんかでぼくの接近を感知したヒルが、枝葉からうねーっと身をよじらせて、ぼくが通過するのに合わせて落ちてきたりしないだろうか。うへー気持ち悪いわー。ヒルから身を守るためにも、ここは苦しくても止まったりせず、走り続けるしかないのだ。かなりキツくなってきた。
※菜の花畑の脇を通る。
※分かりづらいけど、標高500メートル地点。
※既に結構な斜度の坂道なんだけど、遠くにさらに斜度がキツくなる坂が見える。
※何とか800メートル地点を通過。
しばらく進むと視界が開け、目の前が真っ白になった。
大山のスキー場のゲレンデに出たようである。晴れていればゲレンデから雄大な大山を見上げることができるのだけど、この日は濃い霧のために真っ白だった。既にネット上の地図で調べていたので、スキー場に出るということは、ゴール地点の大山寺まであと少しということが分かった。
※いい景色なんだろうけど、真っ白で何も見えない。
宿泊施設や土産屋が立ち並ぶようになり、ここで自転車を降りた。気温は16度。サイクルジャージ1枚ではさすがに寒い。
暖かい缶コーヒーを飲んで、持ってきたレインウェアを着た。ここから参道を通って大山寺やその奥にある大神山神社に向かうことにする。自転車を押して参道を歩いた。
大きな駐車場があるためか、観光客は非常に多かった。バスツアーのお客さんなのか、オバちゃんの集団が方言丸出しで世間話をしながら傾斜のある参道を歩いていた。霧に覆われていたからか、森の中の寺や神社は何となく厳かな感じである。神社までは石が敷き詰められた長い参道で、雨に濡れて非常に滑りやすかったな。
※大山寺と大神山神社の前で。厳かな雰囲気である。
※人懐っこいネコがいた。
※霧で何も見えない。ちなみに晴れていた時の景色がコレ。
その後、食堂で名物の大山蕎麦を食べ、再び出発である。
濃い霧と濡れた路面の中、坂道を下る。いやこれは怖い。路面がキレイなので、自転車は安定して走っているけど、油断は禁物である。スピードがどんどん上がって、最高で時速50キロにまでなった。
坂道を下り始めてほどなく、広い牧場の敷地に入った。天気が良ければ立ち寄りたかった場所である。広大な牧場の向こうに大山が聳えているのが見えるハズなんだけど、やはり霧に覆われて真っ白だった。
下ってきて気づいたのは、坂を上ってくるサイクリストの多さである。先ほどまでは誰ひとりとしてサイクリストを見かけなかったのに、下り坂では合わせて10人程度のサイクリストを見た。ぼくが上ってきた道はあまり景色が良くなかったけど、この坂道なら牧場の牛を見たり、晴れれば大山も見れるので、楽しいヒルクライムができそうではあるな。
中腹より下は路面が完全に乾いていて、非常に走りやすかった。牧場なんかもあって視界が広いので、楽しいダウンヒルだった。
※牧場の近くにて。牛がたくさんいた。
さて、目的の大山ヒルクライムを終えて、ぼくはとても満足した。出張サイクリングももう終わりである。
米子市街に戻り、ホテルで荷物整理をして、米子空港に向かう。駅近くにアーケード商店街があって、何気なく中を歩いたんだけど、どういうわけか画材屋が3軒もあった。地方の商店街に画材屋が3軒もあるなんてなんだか珍しい感じ。もし米子の事業所に転勤になっても画材には困らなさそうである。
空港への道は風との闘いだった。既に50キロ近く走ってきたので、ちょっと疲労が溜まっていて、向かい風を走るのはキツかった。
それにしても、サイクリングを敢行して良かったわ。鳥取に研修が決まって以降、とても楽しみにしていた。天気に悩まされたけど、今回まずまず予定通り走れたので良かった。大山を巡るサイクリングは、サイクリングコースとしても秀逸である。機会があったらさきこと一緒に走りたいものである。
※帰りの飛行機にて。遠くの雲の上に大山が見える。
こうして天気に悩まされたサイクリングを無事終えて、ぼくは飛行機に乗る。
次のサイクリングは富士ヒルクライムである。できれば去年の記録よりも短い時間で走りたいものである。そして夏には伊豆半島一周サイクリングである。ぼくのサイクリング計画はまだまだ終わらないのだ。
でも、その前に落ち葉や何かでドロドロになった自転車を洗車しないとね。