オクターブアップ!

「シュンスケニウムの原子量」の大統一バージョン
遠いフィニッシュゲート。

先週末は横田基地内でランニングイベントがあって、さきこと参加してきたのだけど、結局のところ、完走せず10キロ地点でリタイアすることにした。正月の風邪は治った感じではあったものの、まだ病み上がり状態だし、翌週から会社を休めない行事が目白押しなので、ここは大事を取ることにした。さきこもインフルエンザによる休養でほとんど身体を動かしておらず、このため10キロの手前辺りから体力の限界を感じていたようである。1週間も会社を休んじゃったのだから今週以降はなかなか休めないだろうし、その点では安全を見てリタイアしたのは正解だったろう。
それにしても、今回たまたまコースが変更になってくれて良かったわ。
今までのコースレイアウトだったら、途中リタイアしてもスタート地点まで戻るのが大変だったけど、今回たまたまコースが大幅に変わって、10キロほどのコースをおおよそ2周する形になってくれたので、1周目を終えた10キロ地点でリタイアすることができた。コースが変わるのはなんだかなーと思っていたけど、ぼくとさきこにとっては結果的に非常にありがたいことだったわけである。

 

ところで、今回どうしてコースが変わったのだろうか。
前回のブログでは、去年選出されたアメリカの新大統領・トランプ氏の突飛で強硬な指示によるもの、これはニュースでもたびたび話題になるけど、そんないわゆる「トランプ効果」の現われか?なんて書いた。。なんせ、トランプ大統領が初来日した際に降り立ったのが、どこあろうこの横田基地だったわけだからね。まさに日米関係の地理的接合点ともいうべき横田基地だから、何らかの戦略的拠点に位置づけようという彼の思惑が働いたのかもしれないし、そんな場所でランニングイベントのようなピースフルなイベントがあることを「ナンセンス!」なんて言って、彼は快く思わなかったのかもしれない。
または、昨今緊迫しつつある朝鮮半島情勢に鑑み、某国からいつミサイルが飛んでくるか分からないとか半島の某二国が急激に関係悪化させて、すわ武力衝突か?!なんてこともあるかもしれないわけで、それを思えば、ランニングイベントのようなピースフルなイベントをやってる場合じゃないということかもしれない。
しかし、会場に着いて分かったのは、敷地内に工事中のエリアがいくつかあったこと。どうも敷地内の施設などを建て替えてるようだった。このため今まで使えていた施設が使えなかったり、走れていた道が通行止めになっていたりした。そう、ランニングコースが変わったのは、大統領の気まぐれでも朝鮮半島情勢の緊迫化でもなくて、単純に敷地内が工事中だからみたいである。勝手に妄想を暴走させてしまったわ。

 

それにしても、敷地内の工事が終わったらどうなるのだろう。今までのコースに戻るだろうか。または今回のコースがしばらく続くのだろうか。
1周しか走っていないけど、今回のコースはとにかく狭い。ランナーがせめぎ合って走る感じがまるまる1周分、なんと10キロほども続くのである。今までは広大な滑走路なんかを見ながら、他のランナーに進路を邪魔されることなく走れていたけど、今回は他のランナーに気を遣わないといけなくて大変だった。
また、ランナーの気持ちとして、「1周目」「2週目」という看板が精神的にキツい。1周目の段階で「もう一度ここに戻ってこなきゃいけないのか」という気持ちになる。これが来年も続くのは嫌だなあ。しかし一方で、今までのコースは広大がゆえに、はるか遠くまで見渡せて、そこにゴマ粒よりも小さく見えるランナーの姿を見て「あぁあそこまで行かなきゃいけないのか」という気持ちになり、これも結構キツいものがある。どちらも一長一短なんだけど、「米軍基地に来た」という稀有なトリップ感は去年までのコースの方が大きかったかな。工事が終了したら、ぜひ元のコースに戻してほしいものである。

 

さて、今回はリタイアに終わっちゃったけど、これから続くランニングイベントはぜひリタイアせずに行きたいものである。来週は羽田空港近くの城南島で10キロのイベント、来月は地元で10キロ、そして3月は三浦半島でハーフマラソンである。このハーフマラソンはぜひとも頑張らないとな。
風邪のせいでなかなかランニング練習ができなかったけど、そろそろ気合いを入れて走り始めないと。今回のように「来年もイベントに参加して前年の雪辱を晴らさないと」なんて気負わないといけなくなるからね。
ランニングシーズインはいよいよ佳境である。

 

※(左)晴れてくれて良かったわ〜。(右)精神的にじわじわくる看板。

※リタイアして時間が余ったので、売店で肉などを買ってみた。

これが激烈に不味い。硬いし変な臭いがする。まさか石炭で焼いたりしてないよな。

※来年も来て、今度こそはちゃんと走るぞー!

| Be RUNNER! | 12:53 | comments(0) | trackbacks(0)
近況。

さきこのインフルエンザは、発症の初めに高熱が出て以降、咳などの症状が残ったものの、劇症化することもなく、落ち着いてそのまま収束した。先週の金曜日から会社に出勤していつも通り仕事をしたそうである。
ぼくの方も大阪出張中に喉が痛くなった以降、風邪薬が効いたのか、症状が和らいでいき、そのまま治っちゃった感じである。
明日は今年最初のランニングイベントで横田基地を走るのだけど、さすがに病み上がりだから棄権しようかと思っ・・・ていたのだけど、先ほど大会要項を見てみたら、去年とコースがガラッと変わっていることに気付いた。さきこは走るつもりだそうだけど、コースが変わったとなれば、これはぼくも走らなくてはイカンだろう。しかし、どうして今回からコースが変わったのだろうか。これが俗にいう「トランプ効果」というヤツか。いや、朝鮮半島情勢が不穏な状況で、いつスクランブルがかかるか分からないからいつでも滑走路を使えるようにするためにコースを変えたのか。興味が湧いてきたので、ここはひとつ頑張って走ってこようと思う。

 

近所のコンビニエンスストアが奇怪な事態になっている。
駅近くのスリ〇エフが閉店してロ〇ソンに変わるのだそうな。数年前にスリ〇エフはロ〇ソンと合併していて、ここにきて看板をスリ〇エフから「ロ〇ソン&スリ〇エフ」と変えるんだそうな。来週から2か月弱ほどの改装工事が始まる。
奇怪なのは、このスリ〇エフの道路を挟んだ向かいにあるのが、ロ〇ソンだということである。つまり、このままだと道路を挟んでロ〇ソン&スリ〇エフとロ〇ソンが並立することになるわけである。
しかもさらに奇怪なのは、この道路を挟んだロ〇ソンも来週から改装工事に入るんだそうな。店名が変わるとかいうわけじゃなくて単純な内装変更だそうで、期間は10日ほどなんだけど、つまりロ〇ソンが改装工事を始める来週からの10日間は駅近くにコンビニが存在しなくなるというわけである。駅近くには他にコンビニはないので、まさに完全なるコンビニロス状態に陥るわけである。駅前の商店街のスーパーも去年10月くらいに閉店しちゃったし、自宅界隈で食材や生活用品を買うことができなくなってしまう。いやはや、なんとも奇怪な状況である。
それにしても、最近ではライフラインのひとつとさえ言われるコンビニが、店の都合で10日間とは言え、サービスが停止するというのは、極めて奇怪である。他のコンビニと比べてロ〇ソンには以前から店舗戦略に違和感を覚えていたけど、これほど顕著に違和感を感じるのは初めてだわ。さて、来週からどうなるのやら。

 

先週かなりのめり込んで制作した知床チャレンジの本が製本されて自宅に届いた。本文の余白部分とか写真の解像度とか不安な部分が大きくて、とりあえず製本に出したものの、きっとびっくりするくらいダメな仕上がりで、もう一度制作し直しなんだろうなーと期待しないでいたら、意外なことに全然問題のない、良い出来栄えで本が届いた。いくつか修正点があるものの、余白部分も写真の解像度もまったく問題なかった。これで知床チャレンジでやり残していたことをすべて終えることができた。本当の意味で知床チャレンジが終了したとも言える。いや、長かったなー。
保管用にもあと数冊を制作しておこうと思う。ちなみに、ブログを読んでくださる方にもお分けできればと思うけど、どうだろうなー、興味がある人なんているのだろうか。このままウェブ上にテキストとして一切残さないというのもなんだか寂しい感じもするけどね。

※完成した知床チャレンジの紀行記。京都チャレンジと並べてみた。

| 日記 | 22:10 | comments(0) | trackbacks(0)
プリンタの不具合は亡霊の仕業?

ぼくが毎年ワード文書で作成している年賀状がどういうわけか印刷できなくなった事象は、年の初めからなんだか冴えない感じだったけど、その影響は実は年賀状にとどまらなかった。今回の短い年末年始休暇の中で、ぼくは一昨年の夏に実施した知床チャレンジの紀行記を書籍化する作業をすることにしていたのだ。まとまった休みでもないとなかなか手がつかないと思い、ちまちま作業するのではなく、この年末年始休暇に一挙に仕上げてしまおうという目論見だったのだ。しかし、今回のワードの不具合、印刷はおろか、その前段の印刷設定をしただけでフリーズするという事象の前に、紀行記の作成も諦めざるを得ないと思われた。
原因はまったく分からなかった。このプリンタで去年まで問題なく印刷できていたし、つい先月までこのプリンタのスキャナ機能を使って絵なぞをパソコンに取り込んだりもしていた。ソフト的にもハード的にも、プリンタとパソコンの接続に問題があるとは思えなかった。かなり昔に購入した古いバージョンのエクセルやワードを使っているからかと思い、以前から導入しようかずっと悩んでいたOffice365を購入して導入してみたんだけど、常に最新バージョンであるOffice365のワードですら、パソコンをフリーズさせたので、ぼくはもうがっかりだった。
使用しているアプリケーションの問題でもない。OSのバージョンの問題でもない。ケーブルの接続やデバイスの認識の問題でもない。ちなみに、デバイスマネージャーのテストプリントやメモ帳の印刷なんかは問題ないのだ。なぜかワード、エクセルの印刷周りがうまくいかないのである。

 

なぜだろうとずっと考えていて、もう諦めてパソコンでネットなんかを見ている時だった。ふと思いついたことがあった。
実は一昨年くらいに、A3のスキャナがどうしても欲しくて、某ブ〇ザー社の大型複合機を購入したことがある。この複合機は巨大さゆえに使い勝手が非常に悪く、しかもスキャナの機能がびっくりするほど低レベルで、ぼくの絵なぞを取り込むのにまったく役に立たない機械だということが分かり、購入した1時間後には中古品として売却することを検討しているというアホみたいなデキゴトがあったのだけど、その複合機のドライバソフトをパソコンにインストールするにあたり、一緒にインストールされたいわゆる便利ツールみたいなソフトがずっとパソコンに残ったままになっていたのだ。複合機は売却してもはや跡形もなくなったにもかかわらず、パソコン上には便利ツールが残っていたわけである。対象となる複合機が存在しないのだから、パソコン上に残っていたとしても何ら悪さをするわけではないだろうと思っていた。
もしかして、こいつのせい・・・?
確かにこの便利ツールは、アプリを起動しているわけでもないのに、パソコンのシャットダウンを邪魔するようになっていて、それがいつの頃からかは分からないけど、少し気にはなっていたのだ。
この便利ツールをアンインストールしてみるか、と軽い気持ちでアンインストールしてみた。そして再起動してワードを立ち上げて、印刷設定のアイコンをクリックしてみる。ここでいつもフリーズしてしまうのだ。
しかし、フリーズしなかった。印刷設定の画面が開くのだ。試しに年賀状のファイルを開けてみて、印刷設定ボタンを押す。これもちゃんと開く。ついでにプリンタに年賀状を差し入れてみて、印刷開始ボタンを押す。なんと印刷が始まったのだ。
おおーっ!印刷ができたー!そうか、不具合の原因は、某ブ〇ザー社のアプリだったか。今となっては跡形もない機械の亡霊が今回の不具合の原因だったわけである。某ブ〇ザー社は仕事でもお付き合いさせていただいていて、いい取引先様なんだけど、ぼくのプライベートにおいては、ホントに酷いメーカーである。

 

しかし、試しに印刷してみた年賀状がプリンタから出てきたのを見て、ぼくはまたがっくりきてしまった。
全然印刷できていないのだ。おそらく印字ヘッドがおかしくなっているのだろう。赤青黄の三原色がまるでバーコードのようにカスれた線になっているだけだったのだ。写真や文字などはまったく見る影もない。これはなんだろう、機器の老朽化だろうか?スキャナは毎月のように使っているけど、印刷は年に1回の年賀状の時くらいしかないからなー。使用し過ぎの逆で使用しなさ過ぎでイカれちゃったのかな。せっかくパソコンからの印刷指示はうまくプリンタに届くようになったのに、肝心のプリンタの印字部分が使えなくなってるとは思わなかった。
これでは、先ほどの某ブ〇ザー社の便利ツールの件がなかったとしても、年賀状は印刷できなかった。どちらにしても年賀状は市販のものになっていたわけである。

しかし、印刷ができるようになったことで、滞っていたもうひとつの作業ができるようになる。
知床チャレンジの紀行記の制作である。

 

しかも、手元には今回の一連のドタバタに紛れて購入しちゃったOffice365のワードがある。最新のツールを使って作業することができるのだ。
そんなわけで、この三連休は知床チャレンジの紀行記の書籍化に向けた作業を精力的に進めた。いろいろあったけど、先ほど駆け込みで入稿するところまで行くことができた。写真の解像度が低すぎたとかワードの余白設定が意外に広すぎたとか後になって気づいたことも多いのだけど、まずは1冊だけ試しに印刷してみようと思う。
納品された書籍を見て、いくつか修正する気持ちが残っていたら、追加で2、3冊印刷してみようかなと思っている。欲しい人がいれば差し上げようと思っている。
知床チャレンジから1年半くらい時間が過ぎてしまったけど、ずっとやり残していたことができて良かったわ。

 

※ちなみに、さきこのインフルエンザは処方してもらった薬が効いたのか、熱があがることもなく、今のところ安定している。悪化しなくてホントに良かった。しかしぼくはこの状態に勝手に安心して、書籍化の作業に没頭してしまった。さきこがまだ苦しんでいるにもかかわらず、部屋に閉じこもって何時間も作業してしまった。書籍化は一歩進むことができたけど、これには非常に反省している。本当に申し訳ない。

| 日記 | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0)
発症前夜。

度重なる大阪出張でのXデーは、ひとまず問題なく終了しそうな状況である。まだまだ残務処理はあるものの、大きな山をトラブルなく乗り越えることができた。いや、ホント良かったわ。安心した。
さて、そんな大阪出張の中で、ぼくの身体にちょっとした変化があった。喉の痛みである。水を飲むのが辛いほどの痛み。唾が喉を通るのでさえ痛い。これはどうしたことか。ホテルの室内が乾燥していたからだろうか。いや、まさか風邪の初期症状ではあるまいな。
風邪は初期症状のうちに対処する方がいい。風邪かな?と思った時に風邪薬を飲むのである。風邪になってしまってからでは、市販の薬はほとんど効果がないだろう。
しかし、ぼくは出張中で、風邪薬など持ち合わせていなかったので、会社近くのドラッグストアで購入することにした。風邪薬でも喉の痛みに特に効くものがいいかな。ぼくはいくつかの風邪薬を見比べて、主成分の量が一番多そうなものを選んでレジに持っていった。すると、白衣を着た女性の店員さんがぼくに声をかけてきたのだ。
「風邪ですか?」
「そうですね、喉が痛くて大変なんです」
ぼくがそう答えると、その店員さんはぼくが買おうとしていた風邪薬を見てさらに続けた。
「熱とか咳とか他に症状はないんですか?喉だけですか?それなら風邪薬じゃなくて、もっと喉に効く薬がありますよ」
そう言って店員さんは、風邪薬の陳列棚から別の箱を持ってきた。喉の炎症を抑える薬だそうである。
「こちらの方がおススメです」
白衣を着た女性の店員さんのネームプレートを見ると手書きの丸っこい字で「副店長」と書いてあった。そうか、この人はこの店の副店長さんんか。そんな彼女がぼくに勧めてきた薬は、喉に直接薬剤を吹き付けるスプレータイプのものだった。飲み薬ではなく、炎症を直接抑える薬というわけである。
うーん、どうなんだろう、これって効果があるのかな。風邪の初期症状であれば、喉の炎症を直接止めるのではなくて、やはり風邪薬を投入した方が効き目があるんじゃないのかな。目的は風邪を治すことであって、喉の炎症を抑えることではないからな。しかし、副店長になるほど経験のある人が勧めてくれる薬だし、しかもぼくが買おうとしていた薬が1800円ほどなのに対し、スプレータイプの薬は900円ほどである。大阪の商売人がその利を捨ててまでぼくに勧めてくれるのだから、やはり効果はあるのだろう。ぼくは副店長の勧めてくれたこの薬を購入することにした。これで喉の痛いのが和らげばいいが。
しかし、期待とは裏腹に結果的には、喉の痛みは解消しなかった。スプレーをすると一時的にハッカの香りと共に喉がスーッとして楽になるのだけど、痛みが完全になくなるわけではない。しかも水を飲むとせっかくスプレーしたハッカが一緒に流れていってしまう。これではほとんど意味がない。ハッカを喉にとどめておかないと。
まさかハッカだけというわけではあるまい。ちゃんとした薬効成分にハッカ味を加えているだけだよな。ハッカエキスに900円も払ったなんて、どんな悪どい商売なんだ。白衣を着た女性の副店長さんの仮面の裏側に悪どい大阪の商売人の顔が隠されていたなんてことじゃないだろうな。
それでも、このハッカスプレーは一時的でも喉が楽になるので、気持ち的には随分楽になった。とにかくこれでしばらく様子を見ることにして、大阪の事業所に出社したわけである。
冒頭にも書いたように、とりあえず大きな問題はなく、午前が過ぎていった。
その時、さきこからメッセージが入った。さきこはこの日調子が悪くて朝から病院に行っていた。そこで医者からこう言われたそうである。
「インフルエンザ」

 

イ、インフルエンザか?!
おお、なんてこった。さきこがインフルエンザにかかってしまった。昨晩は発熱が酷くて一時は39度ほどまで上がってしまったそうで、それを知ってぼくはびっくりした。ぼくがXデーでバタバタしていた頃、さきこ自身にとんでもないことが起こっていたわけである。インフルエンザを発症した以上、この日は会社には行けない。幸い翌日から三連休なので、そこでゆっくり養生するしかないだろう。さきこは予防接種を受けているので、予防接種に含まれる型のインフルエンザであれば2、3日で落ち着いてくるハズである。
さて、次の問題はぼくである。ぼくはインフルエンザにかかっているのだろうか。
そう、この喉の痛みはインフルエンザから来るものなのか。ただの風邪なのか。ぼくも予防接種は受けているけど、おそらく同じ型の予防接種のハズなので、さきこが発症した以上ぼくも発症するリスクはあるだろう。そもそもぼくの身体にインフルエンザウイルスがいるのか。
インフルエンザの潜伏期間はだいたい2日程度である。さきこが発症したのは劇症化した日の前日だから、その2日前というと1月2日、箱根駅伝を観て夕方前にランニングに出かけた日である。そうか、あのランニングコースのどこかでインフルエンザウイルスを拾ってきてしまったか。だとすれば一緒に走っていたぼくも、ウイルスを取り込んでいるだろう。ぼくの身体にもインフルエンザウイルスが存在しているようである。
そうであれば、ぼくはいつ発症するのだろうか。幸いにして、喉の痛みはハッカスプレーのおかげか、悪化することなく、逆にゆっくりと治まりつつようである。この症状こそが、予防接種で抑えられたインフルエンザだったのか。それとも喉の痛みは別モノで、これからインフルエンザがぼくの身体で猛威を振るうのだろうか。
うーん、これからぼくが39度もの高熱を発するようになるなんて、想像しただけで嫌だなー。きっと熱にうなされて「ううー死ぬー」とか言うんだろなー。地獄のような数日を過ごすことになるんだろうなー。
しかし、一方でなんだかワクワクする気持ちもある。今まで発症すると分かっていて発症したインフルエンザがあっただろうか。これから高熱が出ると分かっていて高熱が出たことがあっただろうか。さきこがインフルエンザを先行して発症したおかげで、ぼくはなんだか稀有な経験をしようとしているように思えるのだ。
身体の免疫がインフルエンザウイルスの増殖速度に追いつかず、これを止めるために本気になって対処する身体反応が発熱をはじめとする諸症状となって現われる。どうせ死ぬ思いをするのであれば、せっかくの機会なので、その変遷をぜひ見届けてみようと思う。
この感覚はなんだろうな。あえて似ているとすれば、映画「エイリアン3」で主人公にエイリアンの卵が宿ったことを知った時のような感覚だろうか。あの忌まわしいエイリアンが、あろうことか自分の身体に宿ってしまった。いつか自分の身体から新しいエイリアンが誕生するわけである。あの時の主人公の感覚はワクワク感とはまったく異なるものだけど、なんだか共通する部分を感じてしまう。
さて、ぼくはこの数日間でどう変化するだろうか。手元の武器は、大阪で手に入れたあのハッカスプレーのみである。

| 日記 | 09:34 | comments(0) | trackbacks(0)
遠いサイクリング。

先にも書いた通り、ぼくは既に大阪に来ている。今日、明日と問題なく終われば、大阪絡みの巨大プロジェクトはまずは終了ということになる。5月くらいからずっとこのプロジェクトに対応してきたからなーなんだか感慨ひとしおである。
それで、そんな感慨に浸りつつも魂の解放のためにぼくは大阪でのサイクリングを予定していた。プロジェクト絡みでは最後の出張になるだろうこの週末に「暗峠ヒルクライム」を予定していたのだ。この機を逃したら、当分大阪に来ることはないだろうから、まさにラストチャンスなわけである。
大変なサイクリングになることは分かっていた。大阪の自転車屋に相談してみても、この時期に軽い気持ちで挑戦するのは逆に危ないんじゃないかと思わせるような口振りだった。
だから、まあ当日の天気が良くて、気温も低くなり過ぎなくて、これで路面の凍結がなさそうなら挑戦してもいいかなーと思ったわけである。
しかし、当日の天候は曇り。前日はどうも雪が降る予想らしい。雪でも雨でも濡れた路面は凍結しやすく危険である。行き慣れた道ならまだしも、初めての道、しかも行けるか分からない道である。
うん、これは中止だな。
後ろ髪引かれる思いだけど、天気には勝てない。ここは勇気をもって中止にすることにする。
いやまあ、先日ブログにこのことを書いた時からそんな気はしていたんだけどね。全知全能の人外の存在は、ぼくが楽しみにしているイベント当日の天気を悪くすることを楽しみにしているようだからね。
まあ大阪出張はこれで最後というわけではないだろうから、またの機会に譲ることにしよう。
そんなわけで、ぼくの暗峠体験記は、しばらくお預けである。悪しからず。

| 自転車日記 | 13:21 | comments(0) | trackbacks(0)
新年始動!

箱根駅伝を走る大学生ランナーの雄姿に触発されて、2日は権太坂をランニングしてきた。自宅からの周回コースで12キロほどなんだけど、これがかなり疲れたわ。さきこは数週間ぶりのランニングだったので、疲れるのも無理ないけど、つい先々週までジムでトレーニングしていたぼくが10キロほどで疲労困憊になり、しかも翌日から若干の筋肉痛になるというのは、どういうことだろう。重いウエイトを持って筋トレしたり、その後間髪を入れずに30分ほどランニングすることの成果がまったく出ていないじゃないか。もっとキツいトレーニングをしないとダメなのかな?

 

例の大阪のプロジェクトの関係で4日から仕事が始まるので、3日の夕方に自宅を出て、大阪に向かった。旅行や帰省のためか新横浜も新大阪も人が多かったな。特に小さい子供は、里帰りがよほど楽しかったのか、そこここでワンワン泣いていたわ。優しいおじいちゃんやおばあちゃんと別れるのが寂しいのかな。
ちなみに、つい2日ほど前から喉が痛い。唾を飲み込むのさえ激しい痛みである。これは乾いた空気に喉が枯れちゃったとかそういうことではないかもしれない。つまり風邪かもしれない。いや、このタイミングで風邪はマズい。やっと巨大プロジェクトがひとつ終了して、もうひとつに取り掛かろうという時に、ふいっとお休みなぞいただいてしばしのフリーダムを満喫しようと思っていたのに。ここは全力で治さなければ!

 

年末の回顧録を読んださきこから「キャンプのことが書いていない!」と指摘され、さきほど追記をした。また仕事でも大きなデキゴトがあって、これも追記することにした。
そんなわけで早くも新年が始動した。初っ端からバタバタしてるけど、今年はどんな1年になるかな。

| 日記 | 12:45 | comments(0) | trackbacks(0)
新年明けまして。

2018年が始まった。今年も「オクターブアップ!」をよろしくお願いします・・・って新年初日から問題発生である。
なんと年賀状が一枚も作成できていないのだ。
年末まで仕事関係でバタバタしていたからね。なかなか時間が取れなかったわけで、大晦日の夜くらいには気合いを入れて作成しようと思っていた。
しかし、問題は予想外のところから現われた。プリンターが反応しないのだ。いや、先月まで絵なぞをスキャンしたりしてガンガンに使っていたのになぜだ。年賀状を作ったワードがプリンターを全然認識してくれない。試しに、オフィス365を導入して、最新バージョンのワードで試してみたけどダメである。
大晦日が暮れていく中、やむを得ず市販の年賀状にすることにした。残念である。

 

元旦は、早朝から起き出して鎌倉までサイクリングである。これは毎年のことだけど、今年も寒かったなー。日の出前の一番気温が下がるタイミングで自宅を出たからね。でも、おかげで混み合う前の鶴岡八幡宮でお参りすることができた。
由比ガ浜まで行って、海を見てココロを癒し、帰宅することにした。帰りのサイクリングは日が出てきたこともあって、暑いくらいだったわ。

 

去年の回顧録をさきこが読んでくれて、どうだった?と感想を伺うと
「キャンプのことが全然書いてないじゃん!」と言われてしまった。去年はぼくとさきこにとって「キャンプ元年」との言える年だったのに、そのことにまったく触れていないのは何事かというわけである。うん、たしかにそうだな。
仕事関係のことでも書いておきたいことがあったし、ここはひとつ、追記をしておくことにしよう。また明日から大阪なので、その移動中にでも書いてみようかな。
そう、明日から大阪である。世の中が正月ムードから脱し切っていないにもかかわらず、ぼくは仕事の関係で大阪に向かう。そして暗峠のサイクリングである。いや、天候のすぐれない大阪で、果たしてサイクリングなんてできるのか?
ここ2日くらいで早くもダレてきた気持ちがなんだかちょっとだけシャンとした感じである。

 

※元旦サイクリング。鶴岡八幡宮はまだ空いていた。

※少し前の絵なぞになるけど、戌年ということで。

| 日記 | 07:57 | comments(0) | trackbacks(0)
2017年回顧録。

今年の年末はホント、殺人的な忙しさで、ただでさえ「師走の忙しさ」なんて言われてバタバタしているのに、ぼくはさらに輪をかけてほとんど全力疾走している感じである。こんな年末年始は未だかつてない。思えば今年は仕事の環境がいろいろ変わった年だけど、この年末年始はまさにそれを如実に現わしている感じである。
さて、年末である。今年も回顧録を書いておこうと思う。

 

■去年からの申し送り
「来年への抱負」というこで去年の回顧録にいくつか書いている。
まずランニングでは、横浜マラソンやホノルルマラソンに参加したいと書いていた。特にホノルルマラソンはさきこと交際を始めて30周年になる記念として行ってみたいと思っていた。
サイクリングでは、恒例のチャレンジサイクリングと去年から参加を始めた富士ヒルクライムのこと。
仕事では環境が変わりそうな予感を書いていて、この予感が年が明け、年度が変わりどうなったか。
絵なぞではコンスタントなお絵描きの継続と2回目となる画集の作成である。例年寒い時期は絵なぞが描けなくなるので、この時期を狙ってこれまで描いてきた絵なぞをまとめてみてはと思ったのである。
そして交際30年を迎えるさきこ、年明け早々に胃の一部切除の手術を受けるお袋さんの体調の懸念である。
最後にネコネコライフである。去年家族として迎え入れたコウくんとフクくんのその後のことである。
では、ひとつひとつ書いてみたい。

 

■ダイエット
ぼくがダイエットを鋭意継続しているのは、周知の事実である。ブログにも何度も書いてきたし、そもそもランニングやサイクリングは、すべてダイエットのためである。しかしその効果は未だにまったく見えていない。それどころか、体重は徐々に増加傾向である。これは一体どうしてなのか?
ダイエットの本なんかを見ても、食事に気を付けて、かつ適度な運動があれば大抵の場合、ダイエットは成功するように書いてある。ぼくの場合、たしかに食事は炭水化物が多いかもしれないけど、それでも昼ご飯に日替わり定食大盛りを食べて、夕食にラーメンとビールを飲むような人に比べたら、遥かに健康的な食生活のハズである。ぼくはどうして痩せないのか。これは本当にナゾだった。
ぼくの痩せない現状をさきこも同じように不思議に思っていたようで、いずれにしても今までのようにダイエットの一般的なセオリーを踏襲するだけではぼくは一向に痩せないと思ったようである。そこで今年は、ついにパーソナルトレーニングに踏み切ることにしたわけである。
最近よくコマーシャルに出ているようなパーソナルトレーニングはかなり高額なので、少しお財布に優しいジムをさきこが探してきてくれた。それでもかなりの金額である。さきこの自転車をフルメンテナンスして車体のカラーリングをし直してもお釣りが来るような、いやいっそ新しい自転車を買ってしまえるくらいのおカネだった。
4月から週1回程度のジムでのトレーニングと食事指導である。
食事指導はなかなか徹底していた。しかし食べられないものはさほど多くはなかった。もちろんパスタやラーメンやご飯のような炭水化物はNGだったし、当然ながらジャンクフードもNGだったけど、意外に苦労した感じはしなかった。
逆に筋トレはキツかった。ランニングをしていたからそれなりに筋力はあるんだろうと思っていたけど、それはまったくの幻想で、実際には筋力があるのは下半身だけで、上半身は壊滅的に筋力不足だった。腕立て伏せすら満足にできないほど上半身の筋力は衰えていたのだ。そんなぼくにトレーナーは鬼軍曹のようにキツい筋トレを強要し、ぼくは連日筋肉痛に悩まされた。
しかし効果は予想よりも早く現われた。体重が減少し始めたのである。いや、これは嬉しかったわ。炭水化物を摂らないとしばらくして身体の防衛本能から体重減がストップするんだけど、そんな停滞期もありつつ、着実に体重は減っていった。結果的に10キロほど減量することができた。
これはパーソナルトレーニングによる筋トレと食事制限だけでなく、制限された中でいろいろ工夫してダイエット食を作ってくれたさきこのおかげでもあった。ぼくが飽きないように毎日味付けを変えて、食卓に提供してくれたのだ。これはホントにありがたいことである。
このパーソナルトレーニングとこれに伴う体重の減少は、今年もっとも特筆すべきことである。
体重が減り始めるとウレシイもので、ぼくのモチベーションは高くなった。鏡に映るぼくの顔はなんだかほっそりしてきたし、会社の同僚からも「痩せた?」なんて言われるし、スーツのズボンはぶかぶかになってしまった。この変化にはかなり驚いた。そうか、ぼくに必要だったのはより徹底した食事制限と筋トレだったのか。
こうして半年ほど経ち、そろそろ体重減が10キロを超えるかどうかという状況になった頃、パーソナルトレーニングの期間が終了することになった。
またちょうど同じ頃に、食事制限から来ると思われる体調の変化が無視できないほど顕著になってきた。特に慢性的な倦怠感と蕁麻疹である。病院に行くと「食生活の変化やストレス、疲労が原因」なんて言われて、実際このすべてが当てはまるような生活をしていたので、このまま食事制限を続けることに不安を感じ始めてもいた。
そんなこともあり、パーソナルトレーニングが終わり、定期的な筋トレの機会がなくなった途端、体重はまた増え始めてしまった。いわゆるリバウンドである。
往年の体重まで戻ってしまったわけではないけど、体型はすっかり元通りである。せっかくさきこが大枚叩いてくれたのに残念である。しかし、無駄ではなかった。ぼくは何をやっても痩せられないのではないかと不安だった時期に比べれば、やれば痩せられることが証明できたのである。問題は倦怠感と蕁麻疹である。急激に体重を落とすのではなく、少しずつ痩せていければいいのかもしれないね。
そんなわけで、今は多少の炭水化物を摂取するようにしつつも、会社でのランチはサラダとささみ肉のみで夕食も野菜と動物性たんぱく質を中心としたものである。また週末には近所のジムにも行くようになり、週1回の筋トレを再開させた。筋トレの後は再び筋肉痛に悩まされる生活である。
これが今後どういう結果になっていくか。まだまだぼくのダイエット生活は続いているわけである。

 

■ランニング
結論から言えば、ホノルルマラソンには参加できなかった。いや非常に残念である。
冒頭にも書いたとおり、12月は殺人的な忙しさで、それは数か月前から分かっていたことだったので、ここでホノルルマラソンのために数日間の休みを取ることで自分で自分の首を絞めるようなことはしないことにして、ぼくはホノルルマラソンを比較的早期に断念することにした。
思えば、ホノルルマラソンは今年で45回目だそうで、いわゆるキリのいい大会だったから、同じようにアニバーサリーだったぼくとさきこには打ってつけの舞台だったんだけどね。ホント、残念である。
ぼくがホノルルマラソンに参加できるのは一体いつのことだろうか。
また、開催時期を10月に変更して1年半振りに開催されることになった横浜マラソンは、残念ながら地元枠の抽選も一般抽選も当選できなかった。前回の横浜マラソンに参加したぼくは、数週間前に足を痛めてしまったために、満足に走ることができず、後半はリタイアのことばかり考えて走っては歩きを繰り返すハメになったんだけど、だから今回はぜひ当選して雪辱を晴らしたかった。落選は非常に残念である。
しかし、横浜マラソンは開催されなかった。
折からの台風がちょうど開催のタイミングで関東を直撃することになり、安全を考慮して大会運営者が中止を決定したのである。これは横浜マラソンのスタート時刻から24時間を切った前日夕方のことである。これには驚いた。そして同時に感動もした。イベントを安全に運営するためには、時に大きな決断をしないといけない時があるのである。リスクを前にしては臆病になってはいけないのである。ぼくはさきこと外出をしていて、遅いランチを食べながら「横浜マラソンの参加者は今頃、パシフィコ横浜でランナー受付とかしてるのかなー」なんて話していて、まさにその時に中止の報を知った。いやはや驚いたわ。
さて、この他のランニングというと、久し振りの参加になるハズだった山梨・勝沼でのランニングイベントでは、かなりの豪雨が予想され、先のダイエットの関係で疲れやすくなっていたぼくは風邪などひいてはいけないと不参加にすることにした。
しかしダイエットの効果はそれなりに出ていたみたいで、梅雨の頃に参加した駅伝大会の5キロ走では、猛暑にもかかわらず、速い記録を出すことができた。また、11月終わりの丹沢湖でのハーフマラソンでも1キロ当たり平均6分、速い時は5分半くらいのペースで走ることができた。
ダイエットの成果はランニングでも結果を残してくれていた。

 

■サイクリング
もっとも大きなデキゴトは何よりも落車のことである。
5月のことである。近所をサイクリングしていた時、あっと思った瞬間、ぼくの身体は宙に浮き、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。路面の大きな出っ張りに乗り上げてしまったのである。幸いにして交通量が少なかったので、後ろから来たクルマにひかれることはなく、打ち付けた肘に擦過傷ができ、肩は軽く脱臼した。ほんの一瞬のデキゴトだった。ああ、交通事故ってこういう風に起こるんだなーと思い知った。自転車はちょっとハンドルが曲がってしまったけど車体には問題なく、擦過傷と脱臼の方は、完全に治るのに数か月を要した。擦過傷が治りにくいのは知ってはいたけど、曲げ伸ばしする部分ということもあって、治りが遅かったし、傷跡がシミのようになってしまった。通っていたパーソナルトレーニングでは、肩や肘が痛くて重いウエイトを持ち上げることができなくて、そこだけ筋トレできないのが歯がゆかったな。
ダイエットの効果と言えば、サイクリングでも顕著に現われた。もっとも大きかったのは、6月の富士ヒルクライムである。去年は3時間を超えて、制限時間の十数分前にフィニッシュしたんだけど、今回はこれを40分以上短縮してフィニッシュすることができた。傾斜のキツい部分では、時速7、8キロしか出なかったところが、一貫して時速10キロ超、一般的な傾斜でも12、3キロで走ることができたのだ。筋力アップのおかげか、減量のおかげか分からないけど、先に書いたパーソナルトレーニングのおかげであることは確かである。
また10月に参加した丹沢湖を周回するサイクリングでも、丹沢湖手前の劇坂を割と楽に上ることができた。確実に走力はあがってくれたわけである。
そんな走力アップ、脚力アップの状態で臨んだ今年のチャレンジサイクリング・伊豆半島一周サイクリングは、それでも過酷な道のりだった。いや、未だかつてない過酷さであった。これに匹敵する思い出は、5年くらい前の野辺山チャレンジだけど、いやあれは一泊二日だったからな。今回は二泊三日、そのすべてで過酷なアップダウンの連続に晒されたわけである。関東のサイクリストなら一度は経験したい伊豆半島一周だけど、いや、ぼくにはまだまだ到底敵わない世界である。それでも無事完走を果たすことはできたのは良かったけどね。
天気も良かった。おかげでキレイな海の景色を満喫することができた。これはホントに良かったわ。
だけど、もう一度走ってみたいとは思わない。サイクリングを10年ほどやっていて、「もう二度と走りたいと思わない道」なんて初めてである。しかし、6年ほど前の京都チャレンジの時と合わせて、静岡県の海岸線はすべて走破したことになる。辛かったけど、非常に意味のある、そして美しいサイクリングだった。二度と自転車では行かないけどね。

 

■絵なぞのこと
去年の申し送りのとおり、2回目となる画集を制作した。前回と比較して短時間に多くの絵なぞを描いたために、掲載量は大幅に増えた。手違いで2枚ほど掲載を忘れちゃったのが心残りで、正式版をもう一冊作っておくかなーとか思っている。
さて、今年何より問題なのは、冬の描けない時期が春になっても夏になっても終わらず、結局9月までまったく描けなかったことである。いや、今までの記録を大きく更新した描けない年となった。
これにはホントに焦った。しかし仕事も忙しかったので、なかなか絵なぞの時間も取れず、いや、時間が取れたとしても絵なぞに集中できず、時間ばかりが過ぎていった。
9月に1枚の絵なぞが描けた時には、かなり嬉しかった。しかも某お絵描き専門SNSでも評価が高く、これもとても嬉しかったな。その後なんとか毎月1枚の絵なぞを描くことが続いている。
上手いとか下手とかそういう問題じゃなくて、頭に描いていたイメージを紙上に表現できるというのはただそれだけで嬉しいものである。年明けからまた描けない日々が来るのかもしれないけど、それでも足掻きつつもがきつつ、お絵描きは続けていきたいと思っている。

 

■仕事のこと
去年からその予感はあったのだけど、今年4月からぼくの仕事上の立場が変わって、それなりに責任のあるポジションになった。いや責任という点では、今までもそれなりの責任があったけど、今回は正式に責任を負わされるポジションになったというわけである。また人事異動や同僚の退職、退職したかつての同僚が再入社したり、人員の不足した自分の部署に人が欲しいと訴えたら、結果的に3人もの異動や新人採用があって、とにかく仕事周りは変化が著しかった。この変化や新しい上司との関係が目下のところぼくのストレスの根源になっている。昇進したり栄転したり、人事異動があったりするとメンタル的なストレスが増大すると言われているけど、ホントそのとおりの状況になったな。
またポジションは変わったものの、仕事内容には大きな変化はなくて、これが年末のばたばたに繋がってもいるわけである。

 

■さきこのこと
もっとも気になるのは、一向に改善の気配を見せない腰痛や肩こりである。ぼくはあまり肩がこらないので、さきこの辛さが充分分かっていないし、ホントに辛いなら病院に行って治してくればいいのにとも思うのだけど、なかなか行動に移さないので、なんだかなーな感じである。いわゆる鍼灸院などでは、完治させてしまうとおカネが入ってこなくなるので、完全に治すようなことはないみたいなウワサも聞くけど、本気で治したいなら病院でそう主張して、ちゃんと治してもらえばいいのになといつも思っている。
さきこもさすがに現状がマズいと思ったのか、肩こり・腰痛対策に何やら始めたようえある。しかも今回は三日坊主に終わらずここ数週間は続いているようである。それが何かはまだ言えないのだけど、ぜひ続けて自身の体調が少しでも改善するようにしてもらいたいものである。

 

■お袋さんのこと
去年の申し送りにも書いたけど、お袋さんは今年初めに胃を一部切除した。一昨年にも胃壁内のできた腫瘍を切除したのだけど、これがどうも完全に治っていなかったようで、再び病巣が拡大、大きくなり過ぎたので、今度は胃ごと切除することになったのである。手術については、お袋さんにはかなり抵抗感があったようである。しかし、場合によってはがん化するかもしれない状況なので、今後のために切除することを決意した。
あれからもうすぐ1年になるけど、現在はほぼ問題なく過ごせている。当初はメンタル的にいろいろあったけど、身体が順調に回復している状況を見て、気持ち的にも安心した感じである。いや、良かったわ。胃がなくなった分、食べる量もかなり少なくなるのかと思ったけど、今では日曜の夜、既に自身の夕食が済んでいるにもかかわらず、さきこが作ってくれた鍋をついばみに家にやってきたりしている。これからも元気に長生きして欲しいものである。

 

■ネコネコライフ
去年家族として迎え入れた2匹のネコ、コウくんとフクくんだけど、順調に成長している。二人はホントに仲良しで、コウくんもフクくんも楽しそうに遊んだりしている。ぼくが高校時代に飼っていた兄弟ネコは時に互いに「シャーッ」とか「フーッ」とか言ってたものだけど、コウくん、フクくんが相手を威嚇したりするのは一度も見たことがない。
今年のトピック的な話しとしては、フクくんの脱走問題だろう。庭に出してあげるとどうも隣家の庭が気になるようで、しかも両家ともイヌを飼っていることもあって、これに興味津々なのだ。そしてついにフクくんは隣の庭に侵入を果たしてしまう。いろいろ脱走防止策を施しているのだけど、フクくんはこれをものともせずに、乗り越えて目的を果たしてしまう。脱走防止策のために安からざるおカネを投下しているのだけどね。
しかし、そんなネコたちだけど、冬はぼくの膝の上が大好きである。膝の上に乗せると、1時間でも2時間でも乗っている。これがもう至福の瞬間である。実は今このブログ記事も、コウくんを腿の上に乗せて書いている。腿の上に独特の重みと温もりを感じながらブログを書くというのは、幸せの極みである。
来年もぜひ元気でいて欲しいものである。

 

■来年の抱負
今年も無事に回顧録を書くことができた。昨日まで仕事の関係で大阪にいたので、どこまで書けるか心配だったけどね。
さて、2018年の抱負である。
まずダイエットである。現在の筋トレや食事制限を今後も続けていこうと思う。パーソナルトレーニングを終えて以降、なかなか体重が減らない日々だけど、筋トレと食事制限、ランニングなどの有酸素運動がきっとぼくを痩せさせてくれると信じて、来年も継続していこうと思う。
またランニングやサイクリングも続けていく。ランニングでは、また東京マラソンや横浜マラソンに出られたらいいなーと思うし、サイクリングでは年1回のチャレンジサイクリングに出かけたいなと思う。来年は北海道か紀伊半島のサイクリングに行きたいかな。
絵なぞは、とにかく多くの枚数を描けるようにしたい。紙に絵の具でピトピトするのもいいけど、そろそろデジタル画を描けたらいいなーとも思ってる。安物でもいいので、機材をそろえてみるか?
さきこもお袋さんも体調管理に気を付けて、元気でいて欲しいものである。さきこは肩こり・腰痛解消に向けた取り組みがどのように実を結ぶかを期待して、サポートしつつ見守りたいと思っている。
そしてネコたちのこと。ぼくにかけがえのない癒しをくれるこの2匹のネコたちとの楽しい生活を送っていけたらいいな。ただ先に書いた通り、フクの脱走だけは何とか対策を講じないと。
あと仕事な。いや、生活のためにはしょうがないのだけど、少しでもストレスのない楽しい仕事ができたらいいなーと思っている。そのためにできることはやっていきたいと思っている。
そんなわけで2017年もそろそろ終わりである。
2018年がどんな年になるか、楽しみである。

 

★追記

年が明けてしまったけど、書き切れないことがあったので、2点ほど追記する。

 

■仕事のこと
今年はぼくの仕事上の立場が変わったり、周囲の環境が変わっりと、例年になく大きな変化の年だったのだけど、異なる次元の大きなデキゴトがあった。
会社の同僚の死である。
彼とは担当が完全に異っていたので、同じ仕事をしたことはないのだけど、組織上同じ組織に所属していた時期もあり、デスクを並べて仕事をした仲間だった。その後組織が変更になり、別の本部になってしまったけど、実は出身の大学や学部が同じということで、話しの合う数少ない同僚だった。
そんな彼が、突然死去したのである。
死因は心筋梗塞のようなものだそうで、睡眠中に心臓に異常停止してそのまま亡くなってしまったそうである。
これはショックだった。仕事上の重要なポジションを失ったこともそうだけど、彼とは同じ法学部としていろいろ法律的な話しもしたし、法律にまつわる冗談みたいな思考実験をたくさんやって、本気で話しができる仲間を得たと思っていたのだ。ゆっくり時間をかけて本当の友達になるかもしれない予感さえあった。それがもはや叶わない。物凄い喪失感である。
通夜や葬儀にも参列したけど、この物凄い喪失感を前に嗚咽が漏れるのを抑えられなかった。
「お前、何やってんだよ、死んでんじゃないよ」
遺影に向かって呟くと涙が溢れて止まらなかった。
ここまでショックを受けるのも、ぼくが人の死に対して多くの経験がないためだろう。仕事の関係で葬儀を手伝うことはあって、段取りや振る舞いは分かっているつもりだけど、自分のこととして死をきちんと向き合っていなかったんだろうな。いや、親族が今もなお健在である現状では、別に責められることではないけどね。
彼の死は未だに受け入れられない。感覚としては、彼は長期休暇で会社に来ていないだけといった感覚である。休暇が明ければ、またいつものように出社するんじゃないか。長身だった彼と同じ背丈の社員が歩いていたり、一瞬だけ彼の口調みたいな声を聞いたりすると、ふと顔を上げて周囲を見回してしまう。まだ彼がどこかにいるかのような気がしてしまうのだ。

※それにしても、仕事の関係の記事を書いていて、彼の死について書き忘れるとは何事かと言いたいわ。これで「ショックだった」なんてホントに言えるのかいな。いや、言い訳させてもらうと、回顧録を書く時間の制約や効率よく記述を進めるために、去年書いた内容に則して項目立てしたことが起因していると思うんだよね。うん。

■キャンプのこと
つい数日前に2018年の年賀状を書いていて、ふと思ったことは、「例年と比較して年賀状に掲載する写真の数が少ない」ということだった。いつもなら、ランニングイベントででかけた先で写真を撮ったりしているし、旅行もそれなりに行ったりしているので、意識をしなくてもぼくとさきこの写真はどんどん貯まっていったものだけど、写真の少ない今年はどうも変だった。
そこで「何かを忘れている」と思わないところが、ぼくのウカツなところである。
そう、キャンプで撮った写真をまったく考慮してなかったのだ。
今年はぼくとさきこにとって「キャンプ元年」との言うべき記念の年である。以前からやりたいと思っていたキャンプをついに始めることができたのである。
いつ起こってきてもおかしくない大地震に備えて、キャンプ用品を使えるようにしておくことはサバイバルのうえできっと役に立つハズである。大地震が来て、周辺の学校の体育館で雑魚寝を余儀なくされる生活を少しでも快適できるかもしれない。特にぼくはクルマを持っていないので、東日本大震災の時に現地の人が車中泊をしたようなことはできないのである。
キャンプを始めるためには、かなりの先行投資が必要である。テントやそこに敷くマットや寝袋、ランタンや食器や焚火ツールなどなどである。以前友達とバーベキューに行ったりすることがあって、バーベキュー用具はそれなりに揃えていたところだったけど、かなり年数も経っていたし、もっと便利なツールがたくさん出ているので、かつての道具はほとんど流用せず、現在所有しているキャンプ用品の3分の2くらいのツールは新規で購入することになった。流用してるのは、折り畳みのテーブルやチェアくらいじゃないかな。
さきこの持論である「多少高くてもいいものを買って長く使う方がいい」という基本思想のもとキャンプ用品を購入したので、かなりの出費になってしまった。しかしそのおかげで、現場においてツールが安物過ぎて使いづらいとか用をなさないなんてことにはならないで済んだ。高いものには高いなりの理由があるというわけである。
徐々に道具を揃えつつ、5月にデイキャンプ、7月以降3回ほどキャンプに出かけた。初の泊りがけのキャンプとなった7月は、夜半から大雨に見舞われるという散々な体験をしたけど、これで天候に対する耐性がついたのか、多少の天候不安でも気にすることなく9月、11月とキャンプを敢行した。特に11月はだんだん慣れてきたこともあってか、非常にココロ癒される時間を得ることができた。普段の生活では絶対に経験できない癒しの時間である。肌寒い中で熱いコーヒーを飲むというのは、とてもいいわ。逆にキャンプシーズンなんてよく言われる夏は、あまり快適とは言えないかもな。よっぽど高地にでも行かない限り、暑さや虫に悩まされることになるもんな。
そんなわけで、2018年もキャンプを楽しみたいと思っている。特に暑くなる前、3月・4月くらいに1回、ゴールデンウイークに1回、秋に3回くらいは行きたいかな。いろんなキャンプ場を巡ってもみたいと思っている。
また、焚火にココロの癒しを求めているぼくだけど、ただ薪を燃やすだけでは非生産的というか二酸化炭素を排出しているだけなので、ダッチオーブンで料理を作る・・・とはいかないまでも、やかんでお湯を沸かすくらいのことはしたいと思っている。これでいちいちバーナーを使わなくても、いつでも熱いコーヒーやコーンポタージュが飲めるからね。

そんなわけで、2017年回顧録に2点を追記した。これで2017年のトピックは書き切ったかな。忘れてないよな。新しい年が既に始まっていて、気持ちはそちらに向けたいからね。

| 日記 | 13:56 | comments(0) | trackbacks(0)
大阪におけるエゲつなさの度合いとは。

「ホント、エゲつないですよ」
自転車屋の店員さんはそう言った。
「いや、ホント、並の自転車乗りではまったく歯が立たないですよ」
続けて彼はそう言った。
さて、どうしたものか。行くべきか、行かざるべきか。ぼくは悩みつつも、「そう言えば、『エゲつない』というのはたしか関西弁だったかな?言い慣らされた慣用句みたいなものだから、実際はぼくが思うほど”エゲつない度”は高くないのかもしれないなー」などとぼんやり思っていた。

 

昨日からの大阪出張は、今日がもっとも大事な日で、まさにXデーの最高潮の日だったわけだけど、まあいろいろあった割には結果的には問題なく推移しており、「ほぼ7、8割は成功」と言ったところである。もちろん油断は禁物で、どこでどんなハプニングが起こるか分からないわけで、それこそ油断している時こそ心臓が飛び出るようなハプニングが起こるものなんだけど、とにかくまずはスペシャルXな日は終了したわけである。
明日は最終確認と追加依頼を整理して、年内の仕事は終了である。年明けにまた大阪に来て、様子を見て問題なければ今回の仕事は完了ということになる。そして仕事が完了した瞬間、ぼくはフリーダムを得る。そう、ここ大阪の地で。
このフリーダムをどう過ごすかについては、ブログでも書いたことがあったかな。できれば一日長く大阪に滞在してサイクリングに行ってみたいと思っている。大阪で自転車に乗ったことは一度もないので、この機会に大阪の街を走ってみたい。そして向かう先は、暗峠である。ここは大阪と奈良の県境なので、厳密に言えば大阪をサイクリングしたことにはならないのかもしれないけど、そう何度も来られるわけではない大阪なので、一度は経験しておきたい暗峠にぜひチャレンジしてみようと思ったわけである。
いや、自信は全然ない。そもそも坂道がそんなに好きなわけじゃないので、思いがそれほど強くもないのだけど、以前読んだ自転車にまつわる小説で、この坂道のことが出てきたので、どんなものかを見てみたいという単純な興味なのである。
もちろん、ぼくの脚力では全然歯が立たない可能性も高い。いやむしろその可能性が高いのだけど、別にそれでもいいのだ。歩いてでも峠を越えてそのてっぺんに至り、そこで写真なぞ撮りたいと思っている。もちろんその場合にはつまらない見栄なぞ張らず「歩いて上りました」とコメントするつもりである。
とは言え。自転車乗りとしては、1ミリの可能性でもいいので、自転車で上りたい。そのためにいろいろ調べてみている。しかしネットの情報で「暗峠」を検索しても、「全然歯が立たなくて歩いて上りました〜」なんて人はいなくて、こういう体験記みたいなのはやはり自分の脚に自信のある猛者たちが多少の自慢も含めネットにアップするわけで、つまり最初からぼくとは世界の違う人たちの体験記だから貧脚のぼくにはまったく役に立たないのである。
そこで観光協会に電話してみた。
いや思えば、ぼくは観光協会によく電話する。高校生の頃に、所属していた吹奏楽部で合宿に行くことになり、どこに行けばどんな合宿所があるのかさっぱり分からない中、高校の校舎内にあった公衆電話で山梨の観光協会に電話したことがあった。いや、常識的に考えて吹奏楽部の顧問の先生に聞けば、一発で分かっただろう情報だし、むしろその方が良かったんだけど、どういうわけかぼくは「分からないことは観光協会に聞く」という不思議な習性がある。ちなみにさきこと高松にサイクリング旅行に行って大雨に降られた際も、サイクリングに代わる何かを求めてぼくは駅前の観光協会事務所に向かったもんな。ともかく、今回も暗峠のことを聞くために奈良県の観光協会に電話したわけである。
しかし奈良公園とか東大寺とか観光名所のことを聞くのと違い、あまり有用な情報は得られなかった。まあ、分かる人にしか分からない情報なのかもしれないね。
そんな時、ランチタイムにフラフラ歩いていて見つけたのが、自転車屋である。ロードバイク専門店というわけではなくて、ママチャリ的な自転車も販売しているのだけど、それでも何台かのロードバイクが陳列されていたし、ロードバイク用のパーツも売っていて、さらに店の奥には作業エリアもあったりするので、きっと暗峠のことは分かるだろうと思い、店員さんに声をかけてみたのだ。

 

「ホント、エゲつないですよ」
冒頭の言葉はまさにその時に返ってきた言葉である。
今にして思えば、店員さんはこてこての関西弁というわけではなかったのかな?本来なら「いや、ホンマ、エゲつないでっせ、知らんけど」とか言うのがホントの関西人なのかな?知らんけど。
いや関西弁がどうのとかは置いておいて、ともかく厳しい坂であることは分かった。そこでさらに聞いてみた。
「坂の最初の方で『こりゃダメだ』となったら歩いて上れます?」
地図上では坂の上り始めから頂上まで3キロほどの道のりである。急坂を3キロ歩くのはそれでもやはりキツいのかもしれないけど、数時間かければ歩けない距離ではあるまい。
「いや、まあ、できなくはないですけど・・・」
店員さんはそう言ってさりげなくぼくの身体に目を移した。ぼくの決してアスリート的とは言えない体型を見て、どう答えようか言葉を選んでいる感じである。うん、なるほど、まあ言いたいことは分かったわ。

 

ネットだけではなく、観光協会や自転車屋の店員さんなどナマの声を参考にしてみようと思ったのだけど、結局のところ誰の意見も参考にならなかった。しかし、幸いにしてこの時期でも相当の悪天候でない限り雪は降らないし積もらないそうである。危険なのは凍結なのだそうな。ところどころで路面が濡れている場合があり、これが凍結すると危ないということである。うん、それが分かれば充分である。
いろんなヒヤリングを経て、冷静に判断して、今のぼくには敵わないということが分かれば、リスクを負ってまでチャレンジすることもないのだけど、今の段階ではどのヒヤリングでもぼくのモチベーションを下げることにはならなかった。いやそれどころか、ちょっとだけ楽しみな度合いが増えちゃった感じである。
時間と体力が許す限り、そう、あと仕事がキチンと片付くことが前提だけど、ぜひ行ってみようと思う。それで最初から歩くハメになっても、いやそれどころか途中で引き返すハメになっても、チャレンジしてみようと思うのだ。

 

ちなみに、そもそも天気がどうなるか分からない。今のところ週間予報では曇りの予想で、前後の日は雨マークも見受けられるので、決して楽観的な状況ではない。雨が降って中止なんてことだって充分あり得る状況である。そしてさらに言えば、ぼくが楽しみにすればするほど雨を呼び込む可能性も高くなるといういつものジンクスもある。こうして楽しみにしてることをブログで表明しちゃってる時点で、万能なる人外の存在がいつもの茶目っ気で雨を降らせる可能性は高い。
だから結局のところ、この話しはお蔵入りになるかもしれないのだ。
でも、それでもいいのだ。雨に降られて、結果として大阪まで重い思いをして自転車を運んだだけって展開になってもいいのだ。暗峠に対するぼくの思いが何かの形で行動に現わせれば、ぼくは満足である。
ぼくの脚力が、エゲつない坂に対抗できるとは、そもそも思っていないからね。
さてさて、年明けの天気はどんなかなー?そして仕事の方はちゃんと終わってくれるかなー?

| 自転車日記 | 19:18 | comments(0) | trackbacks(0)
GO WEST!

ぼくの勤める会社は今日が年末最終日で、明日から7日間にわたる年末年始休暇である。しかし、ぼくはかなり慌ただしかった。事業所の全従業員が集まるいわゆる納会を仕切った後、ほろ酔い気分で40分ほど最後の仕事をして、足早に会社を出た。いつもなら有楽町から京浜東北線で横浜に帰るところを山手線で東京駅に向かい、新幹線に飛び乗った。
そうである、ついに大阪でのプロジェクトのXデーが始まるのだ。いやはや、どうなるか。不安でいっぱいである。しかし気合いは充分である。
そして今、新幹線が走り出した。いよいよドキドキとワクワクの2日間が始まるわけである。

 

それにしても、今日のこの時間の東京駅は物凄い人の数である。そうか、これが帰省ラッシュというやつか。ぼくは年末年始でもずっと横浜の自宅にいるので、もうそれが当たり前のようになっているけど、地方から上京してきている人は、年末最終日の夜の電車でこうして故郷を目指すわけか。いや、2日分の着替えと仕事道具でパンパンになったキャリーバッグを引きずるぼくも、傍目からは帰省する人に見えるんだろうな。そうだとしたら、ぼくはどこの出身に見えるのかな?
仕事モードが抜けきらないぼくと、故郷への帰省モードに既に切り替わっている新幹線の他の乗客とのギャップを感じつつ、新幹線は大阪に向かってひた走るのである。

| 日記 | 20:00 | comments(0) | trackbacks(0)
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