オクターブアップ!

「シュンスケニウムの原子量」の大統一バージョン
雨にも負けず。

今年のチャレンジサイクリングの話しである。
以前にも書いたけど、今年は紀伊半島の南部を巡って走ってこようと思っている。南紀白浜空港を出て、紀伊山地を超えて新宮に至り、翌日はそこから熊野神社を経て、本州最南端の串本町まで走り、その翌日に出発地点の白浜に戻るというコースである。初日と翌日にだいたい100キロ、最終日に70キロほどを走る。
問題は、毎度のことながら天気である。雨が降っても走れるような準備をしておきたい。しかし、予想以上の荒天だった場合のことも考えておくべきである。例えば台風の直撃を受けるとかね。猛烈な風雨でもはやサイクリングができる状態じゃなくなったらどうするか。2日目と3日目は、紀伊半島の海岸線を走るので、そのコースと並走する紀勢本線でエスケープするという手がある。もちろん台風直下でも電車が運行してるというのが前提だけど、まあ逃げ道は一応あるという状況である。困るのは1日目である。山間部を抜ける道の途中で走行不能になっても自分でどうにかしないといけない。とりあえず路線バスがあるので、これにエスケープするかな。まあゲリラ豪雨でない限り、天気予報があれば荒天が予想できるので、事前に状況判断して、その日のサイクリングを中止することになるんだろうな。幸いなことに、サイクリングコースとは異なるけど、白浜から新宮までは紀勢本線で行けるしね。先に書いた2日目、3日目の紀勢本線でのエスケープの反対向きに行く形である。ちなみに紀勢本線をどちら向きに乗ったにしても、電車が運行してるので、1時間に1本どころか日に数本という状況である。エスケープするにもタイミングが大事というわけである。また、1日目の途中で中断して路線バスでエスケープするにしても、どこでバスに乗るかによって乗り継ぎが必要になったりすることもあるそうで、その辺もこれから調べておこうと思う。
いずれにしても、事前の準備とその場の状況判断が的確であれば、荒天下の危険なサイクリングは避けられるというわけである。

 

そんなわけで、リスクに対する目途がついたので、ついに日にちを決めることにした。
雨の少ない8月で、お盆や行楽以外の比較的航空券の安い時期である。8月上旬か下旬、9月上旬くらいかな。9月上旬に楽団の演奏会があるので、土曜日に重ねることはできない。演奏会直前もなんだか落ち着かないので、8月下旬くらいが妥当かな。
8月22日(水)から24日(金)の二泊三日に決めることにした。これでもまだ航空券は高めだったけど、やはり夏休み中らしい時期に夏休みを取っておきたいよね。
航空券と宿を予約した。これで完全にサイクリング旅行が確定した。思えば去年の秋からずっとネット地図を見て、夢想ばかりが先行していたけど、ついに現実に実行のフェーズに移行するわけである。
飛行機輪行は2年前の知床サイクリング以来である。南紀白浜空港にはJALしか就航していないという事情もあって、自転車の輪行には最新の注意をしようと思っている。緩衝材の多い飛行機輪行向きの輪行バッグを買おうかな。
チャレンジサイクリングまであと3か月弱。楽しみである。

| 自転車日記 | 09:11 | comments(0) | trackbacks(0)
週末は。

先週末は久し振りに右脳が活動してくれて、絵なぞを描き上げることができた。前回の絵なぞが2月だったので、3か月振りである。結構ブランクがあったものだな。
絵なぞでは当初からキャンプの風景を描こうとは思っていて、いろいろ試行錯誤し、結局のところ、カナディアンカヌーに行きついた。それにしても、やはり描き上げた時の達成感はいいな。ホントに気持ちいいものである。お絵描き専用の某SNSでも他の絵なぞと比較して少しだけ評価が高かったりして、これも嬉しいのである。
実は日曜日はサイクリングに出かける予定で、天気も良くて風も強くない絶好のサイクリング日和だったのだけど、何より右脳が回転してくれているうちに描き上げなければとの思いが勝り、予定を変更して自室でずっと絵の具をぴとぴとしていた。
ちなみに、下描きから本番の画用紙(マットサンダース)に転写した回数は7回くらいである。背景が気に入らなかったり、イヌの耳の形に違和感があったりして、3回もやり直し、その度に予備も含めて2枚ずつ描いて、その後柴犬の毛並みの表現にもうまくいかない部分があって、さらに1回のやり直しを経て、完成に辿り着いた。苦労した分、完成の喜びは大きいのだけど、それにしてもやり直しになってもモチベーションを維持できるようになったものである。集中力が続くようになったなーと思いつつ、とは言え、「今日は気分が乗らなーい」などと言って早々に諦める日もあったりしたんだけどね。
ひとつの絵なぞで7枚もの画用紙が消費されると、画用紙のストックがどんどん減っていく。そろそろ新しい紙を手配しないといけないかな。また新宿の世界堂に行くのが楽しみである。
さてさて、次の絵なぞはいつ頃描けるかなー。


 

| 日記 | 12:16 | comments(0) | trackbacks(0)
ネコの瞳の奥に宿るサムシング。

ちょっと前に某NHKでネアンデルタール人に関する特集番組を放送していて、観ていてなかなか興味深かった。ネアンデルタール人が高い知能を持ちつつもどうして絶滅してしまったのか、なぜヒト属はニンゲンただ1種しか存在しないのかが長い間ナゾだったけど、これに対するひとつの答えを見たような気がした。番組ではネアンデルタール人とクロマニヨン人がどのように出会っていくかを再現ドラマ風に仕立ててあって、臨場感があるというか、ホントにそんな風に両者は出会ったのだろうなーと思ったものである。
そんな折、テレビを観るぼくを見つめる二つの瞳に気が付いた。愛猫のフクくんである。彼を我が家に迎え入れた2年前は、おどおどした感じでぼくやさきこと目を合わせるのを避けていた感じがあったけど、ほどなく元来の傍若無人な性格が発動して、数々のイタズラでぼくを困らせるようになり、ぼくの目を臆さずじっと見つめるようになった。
無言で何らかの要求をしているのか、ニンゲンには感知できない念波を送っているのか知らないけど、ふと気づくとぼくはフクくんに見つめられていることがある。ちなみに、コウくんにはそういう癖はない。要求は声に出さないと伝わらないことを彼は知っていて、何かをして欲しい時は声を出してぼくに近づいてくる。ただ残念なのは、どんな要求にしろ口から出てくる音は「ニャー」でしかないところである。だから結局、コウくんとぼくがお互いに真に分かり合うことはないのだ。
そんな愛すべき存在であるコウくんとフクくんとはいつまでも一緒にいたいものである。
それにしてもなぜニンゲンはここまでネコに対して愛情を注ぐのだろうか。ネコのどこにニンゲンをメロメロにする要素があるのか。ふと疑問が湧いてきた。
そもそもネコが現在の愛すべき愛玩物の地位に至るまでにはどういう展開があったのだろうか。ネコが家畜化される経緯はどういうものだったのだろうか。

 

イヌが家畜化した経過は、今のイヌを見ていると何となく想像ができる。
太古の昔は今のようなイヌではなく、荒野を駆ける凶暴なオオカミだった。ニンゲンがその生息範囲を徐々に拡大していく中で、オオカミとの生活圏がどんどん近づいていく。狩りに出たニンゲンが森の中でオオカミを見かけることもあっただろうし、夜な夜なオオカミの遠吠えが聞こえたりもしただろう。さらに両者が接近するようになると、ニンゲンが獲った獲物の残骸をオオカミが食べるなんてこともあったかもしれない。オオカミはニンゲンが食べられない硬い骨もガリガリ食べてしまう。あるいは、オオカミが倒した獲物をニンゲンが横取りするなんて場面もあったかもしれない。いずれにしても、互いの距離が近づくにつれて、両者は互いを意識し始めるわけである。
そうなると、ニンゲンやオオカミがその特定の個体を認識するようになる。ニンゲンが森を歩いていて、ふと見かけるオオカミ。とある集団のボスの風格のオスのオオカミに神々しさを感じたりもするだろう。
またある時は、権力闘争に敗れ、群れを出たオオカミが食べ物を求めて徘徊する中で、ニンゲンの集落に行き当たったりすることもあるだろう。以前からそのオオカミを見知っていたニンゲンは、彼が権力闘争に敗れ、群れを追われたことを知り、食べかけの肉のかけらをそのオオカミに放って投げた。彼はニンゲンの集落とつかず離れずの距離で、何とか飢えをしのぐわけである。こうして、オオカミはニンゲンの生活に入り込み、持ち前の社会性を発揮して、ニンゲンを新たなボスとして、ニンゲンと共に狩りをするようになったのである。
こういうドラマはいくらでも思いつく。迷子になった子供のオオカミをニンゲンが拾ってきて、ニンゲンの手で育てるなんて場面は、きっと世界中でしょっちゅうあったのだろう。実際、アイヌ民族の風習の中にも、森で保護した子供のヒグマを神の使いとして大事に育てることがあるそうな。
そんなわけで、ニンゲンとイヌのドラマは、比較的容易に想像がつく。ちなみに、早くからニンゲンの家畜になったウシやウマやブタなんかも、食用や荷役、移動手段などといった目的が明確になっている点で、ニンゲンが家畜化していく過程は想像しやすいものである。

 

しかし、ネコはどうだろう。
ネコの原型であるヤマネコは、どうやって野生生活からニンゲンの生活圏に接近し、かつニンゲンの生活に入り込んだのか。今やイヌと同様に愛玩動物として飼われるネコだけど、ニンゲンとネコの生活圏が近づいてきた時代に、ネコにどんなメリットがあってニンゲンが彼らを生活に取り込んだのだろうか。
よくある説によれば、ネコはニンゲンが狩猟採集生活から農耕生活に移行する中で、穀物の貯蔵庫を荒らすネズミを退治するために家畜化していったとされている。うん、なるほどね。ぼくも以前からそうだと思っていた。しかし、何か違和感があるのだ。
たしかにネコはネズミを捕らえるかもしれない。一定の効果もあったのだろう。中世ヨーロッパのペストの大流行とネコの関係も何やら聞いたことがある。しかし、実際に古代人がネズミの被害に苦労していたとして、ネコが家畜化するまでの過程にどういうドラマがあったのか。ヤマネコを獲っ捕まえてくるのは古代人には造作もないことである。しかし、いくらニンゲンが拘束していてもネコは逃げるだろう。そりゃずっと檻に入れとけば逃げないけど、これではネズミを捕らえることができない。ネコが自発的にニンゲンの生活に入り込んでこない限り、ニンゲンとネコの共同生活は始まり得ないのである。
さらに、ネコにはニンゲンとの共生を打算的に考える知能はないだろうから、この共生はネコによる自発的なものではなく、きっと「たまたま」だったのだろうと想像する。つまり、たまたまヤマネコがニンゲンの生活圏の近くにいることがあり、たまたま穀物の貯蔵庫近くに住むネズミを獲物として捕らえることがあって、こりゃ助かるわってことでわざわざエサを与えてネコにニンゲンの集落に住んでいただくことにした・・・ということじゃないだろうか。一旦ニンゲンの集落に住でしまったネコたちは、その愛らしさから早くもニンゲンをトリコにし、ネズミ被害の軽減も重なってニンゲンと共生関係を強くしていった。そんなドラマなんじゃないだろうか。
いや、どうだろうな。なんとなく筋道は通ってる感じはするけど、それでもまだしっくりこない。
ネコがニンゲンとの生活で実践的なメリットを出すようなことはないように思うんだよな。ネコはカワイイから、ただそれだけでニンゲンに受け入れられたんじゃないだろうか。しかも、それはネコの知能からは想像し得ない別の論理により、作為的に展開したんじゃないだろうか。
朝、ぼくが目を覚ますと、枕元でぼくを黙って見下ろすコウくんの瞳、リビングで寛いでいる時にふと視線を感じて見回すと、じっとこちらを見つめているフクくんの瞳。彼らはむやみに言葉を発しないし、発したとしても「ニャー」しか言わないけど、その視線には何やら深淵な意味が込められているような気がしてならないのだ。そしてそれは、ネコがニンゲンと生活を共にするようになった理由にも、直接的に繋がっているような気がしてならないのだ。
それは何だろう。
たとえばだけど、オカルティックな夢想を広げてみてはどうか。そう、ネコはもともと地球に存在した生き物ではないとか。
これはぼくの夢想だけど、たとえばこういう話しはどうだろう。ネコは異星人が地球に送り込んだ人工の有機生命体なのだ。異星人は地球人を観察するためにヤマネコを原型に品種改良、遺伝子操作などあらゆる手段を駆使してネコを作った。目的は地球人の行動の観察、そして何よりその「篭絡」である。そう、ネコの愛らしさに地球人をメロメロにして、戦闘力を完全に削ぎ落してから地球制服に乗り出してくるのではないだろうか。地球人が完全にネコに篭絡され、メロメロになる状態を待って、異星人は地球に襲来し、メロメロなニンゲンを相手に難なく地球を征服するんじゃないだろうか。しかし今のところはその途上であり、しかもニンゲンはネコ派、イヌ派と志向が分かれてしまっている。早々にイヌ派を駆逐し、100%ネコ派にしないと異星人の地球制服はなし得ないのである・・・なんてね。
ネコが「ニャン」と鳴けばどんなに忙しくても手を止めて、「あら、どうしたの?ご飯?トイレ?遊ぶ?」などと御用聞きをするぼくやさきこの様子を見て、ネコたちは内心ほくそ笑んでいるのかもしれない。地球人、チョロいなーなんてね。いや、ネコという超絶カワイイ生物を生み出せる異星人の科学力には脱帽である。もうそれだけで地球人は白旗である。いっそ地球人は完全にネコのトリコになっちゃった方が、平和なんじゃないかとすら思うね。

 

ともかく、ネコは愛らしい。どうやってニンゲンの生活に入り込んできたのか、彼らの真の目的は何なのかは、結局夢想の域を出ないけど、じっと見つめる瞳を見るに、その奥に深淵な宇宙の広がりを感じられて、なんだかいろいろ夢想してみたくもなるわけである。

| ネコネコライフ | 23:15 | comments(0) | trackbacks(0)
向かい風上等サイクリング。

先週末は晴れたので、久し振りにサイクリングに出かけることにした。富士ヒルクライムまであと3週間である。いや、ホントにヤバい。少しでも脚力を鍛えておかないと。
そんなわけで、自宅を早くに出て、鎌倉方面を目指して、とにかく坂道のある道を走ることにした。鎌倉に向かうお決まりの道はそれなりにアップダウンがあるのだけど、今回はさらに坂道に出遭うコースにした。朝比奈峠を抜けて、逗子の高台を抜けて、江の島方面に向かい、モノレール沿線の起伏の多い道を走って帰ってきた。脚力があまりなくて、どれもかなり息苦しくなったな。やはり楽にパスできる坂道はないものである。
向かい風だったこともあって、速度はあまり出なかった。いや、今回は脚力増強が目的なので、向かい風はむしろ歓迎である。沖縄の方では梅雨入りしたそうで、日本列島の南に梅雨前線が長く伸びるようになったけど、この日は前線が南の沖にあり、北から大きな高気圧が下りてきて、乾いた風を吹き込んでくれていた。日差しは強いのだけど、日陰に入ると途端に気温が下がる感じである。汗だくでドロドロになるサイクリングを想定していたけど、汗はどんどん乾いてしまって、とても気持ちよく走ることができた。
ちなみに、この日は約50キロを3時間ほどかけて走った。11時には自宅に帰ることができ、それから日曜日の昼下がりを満喫した。うん、こういう休日の過ごし方もいいかもな。

 

それにしても、これからはたくさんサイクリングする週末にしたいものである。少なくとも6月上旬くらいまでは自転車を頑張らないとな。以前にも書いたけど、去年はダイエット効果でタイムがとても良くなったけど、今年はリバウンドしちゃったのでタイムの悪化が懸念される。いや、悪化は已む無しとしても、一昨年のようなタイムにだけはならないようにしたいものである。20分程度のタイムアップくらいで済むようにしたいものである・・・なんて、弱気になっちゃうけど、いずれにしても富士山の五合目でどんな気持ちになるのかは、すべては今の頑張りにかかっているのだ。

※稲村ケ崎からの風景。小さく富士山が写っている。

| 自転車日記 | 12:15 | comments(0) | trackbacks(0)
サイクリングのシーズン。

先週の富士裾野のランニングイベントが終了したので、これからはいよいよサイクリングのシーズンである。目下のところ、来月の富士ヒルクライムに向けてどう準備するかである。今回で3回目になるこのイベントでは、去年2時間17分の記録が出て、それはもちろん決して速いわけではないのだけど、個人的には嬉しかった。今年はダイエットのリバウンドもあって、さすがに記録更新は難しいかもしれないけど、何とか近いタイムは出したいと思っている。いつかは2時間を切りたいんだけどな。
さて、あと1か月でどこまで準備できるだろうか。ジムのトレーニング器具でペダルをクルクル回したり、どこかにサイクリングに出かけるか。サイクリングにはちょうどいい季節だから、できればどこかにロングライドに行って、がっつり走り込んでみたい。
そう、サイクリングにちょうどいい季節というと、今日の某経済新聞に「自転車をもっと楽しみたい」なんて論評が載っていた。先日のことだけど、政府主導で自転車がもっと活用される世の中にしていこうという計画がまとめられたんだそうな。これは去年施行された「自転車活用促進法」に基づくものだそうである。へーそんな法律ができていたんだ。初めて聞いたわ。
この法律によると、国や自治体などで、自転車道を作ったり駐車場を整備したり、貸し自転車(レンタサイクル)の推進、高品質な自転車の供給体制の整備、安全運転に向けた人材の育成、交通安全教育などさまざまな方針が提示されていた。その中のひとつである、自転車競技施設の整備っていうのは、ちょっとなんだかなーと思ったけどね。つまり競輪ってことなんだよね?ギャンブルにカネを注ぐくらいなら、ヨーロッパみたいに公道でロードバイクのレースができるような施策に力を入れて欲しいわ。
ちなみに、この法律によると、5月は「自転車月間」なんだそうな。また5月5日は「自転車の日」なんだそうな。これは法律が制定される前から決まっていたことのようだけど、いやぼくはまったく知らなかったわ。5月5日に自転車に乗ろうなんて話しは新聞にもテレビにも1ミリも出てなかったと思うけどね。それこそ、もはや有名無実化してしまったプレミアムフライデーの方がまだ宣伝してる感じがするのにね。

 

さて、そんなわけで、個人的にも公的にも5月は自転車の季節である。週末はがっつりサイクリングを楽しんで、来月のヒルクライムで後悔のない走りができたらなーと思っている。

 

※脱線だけど、今年のチャレンジサイクリングは、紀伊半島の南側の熊野古道沿いの道を走ってみようと思っている。熊野神社や本州最南端がある場所である。時期はまだ決めていない。晴れて欲しいなーと思いつつも、今朝何気なくテレビを見ていたら熊野古道が紹介されていて、「雨の多い熊野古道」なんて言われてたわ。熊野詣でで使う笠の話しだから、文脈上そういう表現になったのかもしれないけど、なんだかゲンナリしちゃったよ。またいつぞやのような雨中サイクリングならなきゃいいけどなーと思ったりしている。

| 自転車日記 | 12:24 | comments(0) | trackbacks(0)
延々登坂ランニング。

先週末は、富士裾野のランニングイベントに参加して、10キロを走ってきた。10キロと言えば、普段の練習でも走ったりする距離なので、距離だけで言えばさほどキツいものではないのだけど、先のブログでも書いた通り、このイベントでは5キロもの坂道を延々上り続けるという苛酷さがあって、平地での10キロとはどう変わるのかちょっと楽しみにしていた。

 

楽しみに・・・というより、ちょっと気負っていた感じ。普段の筋トレの成果が出るのかと期待していた部分もあったかな。
しかし、記録はなかなか厳しいものだった。前半の上りは、1キロ当たり7分ほどもかかってしまい、そんなペースでも実際はかなり苦しい状況だった。コースを熟知しているわけではないので、先が見えないこともあって、どこまで体力を残しておくべきかをずっと考えながら走っていたと思う。
それでやっと折り返して、下り始めたものの、重力に任せて加速していいものかが判断できず、しかも降り出した雨で路面が濡れてきて、まさかとは思うけど転倒するかもなどと考え始めたら、なかなかスピードが出せず、1キロ当たり5分そこそこで走る展開になった。当初は6分ペースで上り、4分半くらいのペースで下ってくるなんて展開を想定していて、時間だけなら自己ベストの記録が出るかもなんて期待もあっただけに、この体たらくは自分でも驚きである。実際にフィニッシュしたタイムは1時間2分を超えていた。平坦で10キロ走った方が早いという結果である。
やはり、坂道を上り続けるというのは、体力的にキツいのだろう。先にも書いたとおり、先が見えないということでメンタル的にも過酷な坂である。また下りにしても、それなりに足の筋肉は使うわけで、それ相応にトレーニングを要する。シーズン最後の10キロ程度のランニングだからとちょっとナメていたのかな。もしそうならば、前回うっかりハーフを走るハメになり大変だった時の経験が生かされていないよなー。

 

それにしても、初めてのコースというのは新鮮である。先が見えない不安はあって、タイム的には悪くなる傾向があるのだろうけど、それでも新鮮な気持ちでスタートラインに立てるというのはいいものである。なんていうか、ランニング中の自分との対話とは別に、コースとも対話しているような感じかな。「お、ここで斜度が上がったか」とか「ここでこんな景色が見えるのか」などと感じながら走る新鮮さを味わった。ここ数年は、お決まりのイベントばかり参加しているけど、タイム度外視で楽しむ目的で、初めてのイベントに出てみるのも悪くないかもしれないな。
ところでさきこは、ぼくから少し遅れる形でずっと走っていたようである。上りでは多少差が開いた感じだけど、下りで一気に加速して、その差を詰めてきた。さきこは10キロコースも走った経験があり、また下り坂でも加速を恐れずスピードを上げられるからな。本人としては後半はかなり痛快な感じだったそうな。それで結果的に、ぼくとは3分ほどしか変わらなかった。

 

ちなみに、次回のために書いておくけど、緩やかな上り基調の前半の中で、比較的斜度が上がるのは3回である。走りながら「一つ目・・・」「二つ目・・・」と数えていけば、多少とも計画的にランニングできると思う。三つ目となる折り返し地点直前のキツい坂は、体力はもとより精神的に的にかなりキツくなることも書き添えておく。

 

書き忘れたけど、天候は悪くなかった。スタート時は曇り、走っていて小雨が降るようになった。フィニッシュ地点辺りで本降りになっちゃったけど、まあこの時期のランニングならカンカン照りよりははるかにマシだろうな。富士山をはじめ、景色はあまりよくないけどね。前回のハーフで暑いくらいの陽気に苦しめられたことを思えば、まあ走りやすい陽気だったわ。

 

ところで、会場に向かうために自宅を出たのは、6時過ぎである。
ゴールデンウイーク後の東名高速道路は、この時間なら渋滞もなくスムーズに進むけど、会場の駐車場に到着したらかなり混み合っていた。ハーフを走った前回は、もう少し早く家を出ていたかもしれない。これも備忘録的に書き添えておくけど、来年は高速道路が混むかどうかというよりも、会場に近い駐車場に止められるかを考慮して、家を早く出ようと思う。
さて来年はどんな走りができるかな。

※スタート前の会場から。まだ富士山は見えていた。

※折り返してからの延々下り坂。これを怖いと思うか爽快と思うか。

| Be RUNNER! | 12:29 | comments(0) | trackbacks(0)
今週末は。

今週末は、富士裾野のランニングイベントに参加して、10キロを走ってくる。去年の秋から始まった今年のランニングシーズンもこれで終了である。これからしばらくは、ランニング練習にはたまに出かけるものの、秋まではサイクリングのシーズンである。これが今シーズン最後のイベントなので、ちょっと頑張ろうと思っている。
このイベントに参加するのは、今回で2回目である。前回はハーフマラソンを走ったのだけど、まったく準備をせずに本番に臨んだので、もう最悪にダメな結果に終わった。練習不足というか、そもそも数日前までてっきり10キロのランニングだと勘違いしていたくらいだからね。心も身体もハーフマラソンを走る状態じゃなかったわけである。
しかもコースが酷い。富士山を目指して5キロほど上りっぱなし。その後アップダウンのある5キロほどの周回コースを2周して、今度は5キロを下りっぱなしになる。最後の5キロはまあ爽快ではあったけど、その前に疲労困憊で既に沈没してるから、ほとんどランニングを楽しめる感じじゃなかった。
しかし、今回は正真正銘の10キロである。5キロを上ったら、5キロを下ってくる。行って帰ってくるコースである。頑張って5キロを上れば、ほとんどご褒美ともいえる下り5キロになるわけである。なんだか楽しそう。
ちなみに、さきこは去年もこのイベントに参加した。ぼくはどうにも外せない用事があったので参加できず、さきこは東海道線で延々三島辺りまで行って、イベント運営者が手配してくれているシャトルバスで会場に向かうことになった。去年のことなのに、さきこはあまりよく覚えていないようだったけどね。
ともかく、週末はランニングである。いい記録が出て欲しいなーと思いつつ、実は下りが思いのほか大変だったなんてことのないようにしたいものである。

| Be RUNNER! | 12:16 | comments(0) | trackbacks(0)
ドコチュウ?オナチュウ?

以前にも書いたかもだけど、さきこは去年からとある習い事を始めているのだけど、これが少々身体を使うというか、身体を張るというか、ともかくそういったものである。先月のことだけど、習い事でちょっと頑張り過ぎてしまったのか、右の手首から親指にかけての腱を痛めてしまった。いわゆる「腱鞘炎」になってしまったのである。
これがかなり痛いようで、親指を使わないように注意していても痛みが走るそうで、右手はほとんど使い物にならない状態になってしまった。もちろん病院にも行っていて、「腱鞘炎は安静にしているのが一番」という医者のアドバイスがあり安静に努めているのだけど、当然ながら仕事でも家事でも右手を使わないわけにはいかず、つまり安静にすることは到底無理な状況なので、そろそろ3週間が経とう頃になっても、一向に症状が改善していなかった。

 

これはマズいということで、先週末に鍼灸院に行くことになった。
この鍼灸院は、ぼくが横浜マラソンで痛めた足を治してくれた鍼灸院である。いや、あれは非常に助かったわ。痛くて歩くこともままならず、「もしかしてぼくのランニング人生はこれで終了か?」と思われたものを、結果として完全に治してくれたもんな。街の鍼灸院やマッサージサービスなんかは、治療費を稼ぎたいからか、継続して通院するよう仕向ける傾向があるようだけど、通院当初からぼくはそういう傾向を察知して、「1か月で完全に治してください」と強くお願いし、院長先生はこれを請け合ってくれた。実際、1か月足らずで痛みはなくなり、走れるところまで復活し、今では何事もなくランニングすることができるようになっている。
ぼくはこの鍼灸院を信頼しているのだ。
だから、腰痛や肩こりに悩むさきこやお袋さんにも強く勧めたこともあったのだけど、どうやら施術者のキャラクターに問題があるようで結局長続きしなかった。いや、問題というほどではないのだけど、いろいろ話しを振ってくるのが要するにウザいみたいなのである。いや、ぼくが受けている時は、別にウザいほど話しを振られなかったけどね。以前行っていた美容院で美容師の相手をする方がよほどウザかったけどな(だから美容院ではなく床屋に行くようになったわけだけど)。
施術者の中でもっともウザい話しを振られるのが、誰あろう院長先生だそうである。その中でもっともウザい質問が「ドコチュウ?」という質問である。
「ところで、ドコチュウ?・・・え?〇〇中なの?」みたいな会話である。
ドコチュウというのは、「どこの中学校の出身?」ということらしい。いや、さすがにお袋さんには聞かれなかったと思うけど、さきこはもちろん、ぼくも聞かれたわ。なんだろうなー、不良高校生に絡まれた時にされる質問みたいだよね?「てめぇ、ドコチュウだよ」みたいな。・・・ってか、こんな歳のぼくやさきこに中学校を聞いてどうするのかと思うわ。
きっと院長先生のお子さんがぼくやさきこと年齢が近いために、もしかして「オナチュウ(同じ中学校)かもしれない」なんて思ってたりするのかな?いや、同じ中学校だからどうなんだという話しなんだけどね。

 

そんなわけで、とにかく中学校に関する質問で、うんざりしていたさきこはずっと鍼灸院の通院を避けていたのだけど、早く腱鞘炎を治さないといけない状況になった今、ドコチュウ?なんてウザい質問を気にしている場合ではないのである。いや、出身中学にそんなに興味があるのなら、カルテにでも書いておけよ。
ともかく、先週末からさきこは鍼灸院に通っている。
ホントは習い事のことも含めて、まだブログには書かないでおこうかなと思ったけど、腱鞘炎が今後どうなるか分からないし、これはブログに残しておくべき内容だと思ったので、とりあえず腱鞘炎のことについては書いておこうと思う。
ちなみに、さきこは院長先生に「1か月で治してください」と言ってあるそうである。今回も院長先生は請け合ってくれたそうなので、さきこの右手が完治してくれるのを期待している。これでサイクリングやキャンプにも行けるようになるし、今年の目標であるサックスの習得に弾みがつくというものである。
さて、さきこの右手はどうなるのか。

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ゴールデンウイーク2018。

今年もゴールデンウイークが終了してしまった。あぁ、長期休暇が取れるのも、次は年末年始休暇までお預けか。9月はシルバーウイークと言えるほど休日が続かないし、夏休みにしても一斉に休むわけではないので、これらはなんだかココロが休まらないのだ。日本中が一斉に休んで、気兼ねなくココロを癒せるのは、年末まで待たないといけないわけである。いや、他の社員がどうであれ、休む以上は気兼ねなどしないのがいいのだけど、日本の企業ではなかなかそういうわけにはいかないんだよね。

 

さて、そんな名残惜しいゴールデンウイークだけど、何か大きな企画やイベントがあったかというとそういうことはなかった。以前は、この連休を利用して、自転車仲間と遠征サイクリングに出かけたものだけど、ここ数年はそういうこともない。さきこと旅行に行くにしても、ネコのことが気がかりでなかなか家を空けることができないのだ。
そういうわけで、ゴールデンウイークは特にビックイベントもないままに終了してしまったわけである。いや、それはそれでいいんだけどね。ネコと仲良くなってたくさんスキンシップしたので、ココロは非常に癒されたしね。
とは言え、先のブログに書いたとおり、一人で高円寺までサイクリングに行ったり、会社のランニング仲間と駅伝のイベントに参加したりした。また、さきことお袋さんを連れて、丹沢まで日帰りキャンプにも行った。
去年は泊りがけのキャンプに出掛ける度に、お袋さんにネコの世話をお願いしちゃったので、そのお礼も兼ねて、日帰りキャンプに連れて行ったのである。お袋さんはなかなか楽しそうだったわ。
ちなみに、帰りの道中は、壮絶な渋滞を避けるために、一旦沼津まで行って駿河湾の夕焼けを見た後にお寿司などを食べ、熱函道路から西湘バイパスを通って帰宅してきた。かなりのロングドライブになったけど、これもお袋さんには楽しかったみたいである。それは良かった。
さきこと少しランニングに出かけたりもした。来週は富士裾野のランニングイベントで10キロを走ってくるので、少し身体を慣らしておく必要があった。アップダウンがあるとは言え、14キロほどのランニングで相当疲弊してしまった。筋肉痛にもなっちゃった。いや、自宅でスクワットとかやってるだけじゃ、なかなか身体は鍛えられないものである。
ネコたちとはかなり仲良くなった。特にコウくんはさびしがり屋で甘えん坊なのだけど、朝が来ても出かけずに家に留まっているぼくやさきこにすっかり安心したようで、昼寝する寝顔がいつもよりも安らかそうだった。今日辺りは余計に寂しさを感じちゃってるかもしれないね。フクくんはそういう感情の機微はなく、休みだろうがなんだろうがいつも通りである。庭に時折やってくる鳥を見ては興奮したりしていたな。庭に鳥の餌を少しだけ蒔いてみることにして、これで鳥がやってきてくれたら、ネコたちも楽しいだろうなーと思っている。
そんなわけで、和やかな連休が終わり、今日から仕事の日々である。次の休みまで5日もあるのかー頑張らないとな!

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環七北上サイクリング。

ゴールデンウイーク前半の三連休は非常にいい天気だった。外出するにはちょどいい天気なので、さきこが実家の都合で不在の日曜日に、ひとりでサイクリングに出かけることにした。 前日は会社のランニング仲間と駅伝のイベントに参加してきて、若干足が重い感じもしたのだけど、せっかくのいい天気なので、ここはひとつ、頑張ってみることにした。
目的地は、JR中央線・高円寺である。ここに以前から行きたいと思っていた場所があるのだ。

 

7時半頃自宅を出て、鎌倉街道から横浜駅前を経て、国道1号線に乗る。日差しが強く、この日も暑くなりそうだった。このためか南風が強くて、北上するぼくの背中を常に押してくれている感じだった。だから気持ちよくスピードに乗って走って、通常なら時速25キロくらいで走るところを30キロ超で進んでも息が切れなかった。こういうサイクリングは楽しいなーと思いつつ、鶴見川を越え、多摩川を超えた。
国道1号線は路側帯が広いところや若干のアップダウンもあって、サイクリング向きな道かと思っていたけど、意外にも路面の状態が悪い。アスファルトが削れて、がたがた道になっているのだ。交通量の多い道にはありがちな状態だけど、それに輪をかけてさらに酷くて、場所によっては振動で手がしびれてしまうほどである。誰も補修しようとか思わないのかな。特に多摩川を渡る前後は酷い。川崎市とか東京って、路面に自転車優先のマークを表示するなどロードバイクに優しい印象があったけど、ダメなところはとことんダメなんだな。
環七に入り、西に進路をとる。進むにつれて北向きに変わっていくから、これも南風の力で楽に進むことができた。環七って意外にアップダウンが多いんだね。
ちなみに、ロードバイクの姿はあまり見かけなかった。よく晴れた休日なのに幹線道路を自転車で走らないというのは、やはり近くの多摩川に行っているのだろうか。
ところで、環七はいろんな道や鉄道と交差する。交差点で中原街道や目黒通り、駒沢通り、国道246号線、甲州街道などと交わり、電車では東急池上線、大井町線、目黒線、東横線、世田谷線、小田急や京王線、そして中央線の線路を超えたり、高架下をくぐったりした。丸の内線が環七沿いの方南町という駅から始まっているのを初めて知った。都心からこれほど離れた住宅地みたいなところに丸の内線の始発駅があるのは、ちょっと意外な感じがしたかな。

 

2時間ほどで40キロ弱を走って高円寺に着いた。自宅から中央線の駅まで来たのは初めてである。なかなか楽しい道のりだった。
ここから駅近くにある氷川神社を目指す。この氷川神社の境内の中に「気象神社」という神社がある。文字通り「気象」、天気に関する神社である。もともと帝国陸軍の気象部があった場所だそうで、境内には好天を祈願する絵馬が溢れているそうである。気象に関する神社は、日本でここだけである。
何度も書いているけど、ぼくには楽しみにしているイベントでコトゴトく雨に降られる雨男的ジンクスがある。これはもう人知を超えた存在によるものだと思っている。自分の雨男っぷりにいい加減嫌気がさして、ネットで検索したところ、この神社の存在を知ったのである。そう、もはやぼくには神頼みしか残っていないのだ。今年もランニングやサイクリングで晴天をもたらせていただきたい。いつぞやの北海道サイクリングのようなことのないように、思いっ切り気持ちを込めて神さまにお祈りするのである。
社務所でお札を購入し、なんだか文字やスタンプがカワイイ御朱印をいただき、絵馬を書いて奉納した。
ぜひ、ぜひ今年は晴れに恵まれますように!

※高円寺に着いた。

 

さて、目的も果たせたので、帰途に就く。40キロを折り返しで帰るのはさすがにうんざりするかなと思ったけど、意外にもまだサイクリングを楽しむ元気が残っていた。復路の環七でもいろいろ発見がありそうな気がしていた。
しかし、問題は向かい風だった。往路では散々恩恵を受けてきた追い風が逆走することで向かい風になったのである。しかも、地上の気温が高くなってきたからか、風が先ほどよりも強くなっていた。沿道のお店に建てられた幟(のぼり)が風になびいてバタバタしていたけど、往路の時はそれほど強くなかったハズである。これほどの強い向かい風は、北海道サイクリングの初日で経験して以来である。
スピードがあがらず、健脚の若者に何度か追い抜かれ、それでも何とか多摩川まで戻ってきた。惜しむらくはせっかく多摩川沿いまで来たのに、これをすっかり忘れて環七を戻る道だけを走り、多摩川沿いのサイクリングロードを走れなかったことである。まあ余計に向かい風に悩まされたかもしれないけどね。
途中の鶴見川では、以前甥のかずきと走った道を少し走って、国道1号線に戻ってきた。うん、川沿いのサイクリングは楽しいね。

 

こうして自宅に到着。トータルで80キロ弱の道のりである。追い風があったとは言え、14時前に帰宅できたのは、思ったほど時間がかからずに帰ってくることができたな。うん、楽しいサイクリングだった。
まだ陽が高かったけど、ネコと遊んで過ごすことにした。

 

それにしても、今回は強い向かい風があったけど、気象神社に行けたし、環七の道路の風景も分かったので、楽しい有意義なサイクリングだった。ちょっとしたチャレンジサイクリング的な雰囲気もあって、夏に行こうと思っている和歌山のサイクリングが楽しみになってきた。
ちなみに、前日にさきこと自転車屋に行き、そこでふと見かけたサドルを思い切って購入した。少し小振りのサドルで、ぼくに合うかどうか分からなかったけど、これがなかなかいい感じだった。このサドルのおかげで、これからも楽しいサイクリングができそうである。

 

(左)気象神社。かなり小さい。(右)絵馬がたくさん掛けてあった。

| 自転車日記 | 12:18 | comments(0) | trackbacks(0)
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