オクターブアップ!

「シュンスケニウムの原子量」の大統一バージョン
台風22号の影響。

先週の21号に続き、台風22号は太平洋沿岸を北東に進行し、日本列島を縦断する模様である。
今週末は実はお袋さんと一緒にデイキャンプに行く予定をしていた。雨模様なので早々に中止にすることにして、週末は何も予定がなくなったんだけど、金曜日に大阪に出張した帰りの新幹線で、何気なく見たネットに「都内某所でJR貨物による貨物列車に関する展示イベントがある」という情報を得て、一気にテンションがあがってしまい、雨の中でも出かける気満々になっていた。結局のところ、当日になって想像以上に風雨が強くなったので、残念ながら断念せざるを得なくなった。だからさきこと近場に出かけたり、家でまったりネコの相手なぞして過ごすことになったわけである。
しかし、台風はもっと大きなイベントに影響を及ぼしていた。
日曜日に予定されていた横浜マラソンが中止になったのである。

 

これは前日、土曜日の夕方前に決定、告知された。ちょうどぼくはさきこと買い物に出かけていて、出先で何気なくスマホをいじっていて、その報に触れたのである。
これには驚いた。
まずは、運営事務局の勇気ある決断を大いに称えたいと思う。前日の、しかも夕方前という本当にギリギリのタイミングでの決断だった。このタイミングを逃したら、もう中止はできなかっただろう。
しかし、それでも影響は大きかっただろう。横浜に向かって新幹線に乗っている人もいただろうし、いや、前泊の人は既にホテルにチェックインしていたかもしれない。ウェアやシューズを準備して、翌日の雨に備えてポンチョとかも用意していただろう。いや、中止が決まった瞬間、エキスポ会場でまさにランナーの受付をしていたところだったかもしれない。そこにいきなり館内放送が入って、中止の報を告げたなんてこともあったかもしれない。エキスポ会場での混乱っぷりは相当なものだっただろう。出店した店でいろいろ買い込んだ人もいただろうし、たとえばゼッケンと完走証とメダルをセットにした記念の額縁を予約した人だっていただろう。エキスポ会場は混乱、というか修羅場に近い雰囲気だったんだろうなと思いを馳せてしまった。
修羅場的混乱は他にもあっただろう。イベントを支える数千人ものボランティアはもちろんのこと、例えば沿道で応援する応援隊の人たちである。鼓笛隊やチアリーディング、和太鼓やヨサコイのチームは、きっと翌日の本番に向けて最後の練習中だったに違いない。練習を終えて、機材をトラックに積み込んでいる最中だったかもしれない。また、エイドステーション用の食材を積み込んでいる人もいただろう。南部市場のイチゴとかね。これらの人たちが準備してきたことが、この中止の決定ですべて無駄になってしまったのだ。
ランナーはもちろんショックだっただろうけど、そんな運営を支える側の人たちの受けたショックも大きかったに違いない。
またイベントのために用意してきた完走メダルとかタオルとかどうするんだろう。全部捨てちゃうのだろうか。

 

ちなみに、同じ日に開催された金沢マラソンは、中止することなく実施されたようである。雨を見込んで、防寒対策をするように呼びかけがあったものの、台風のコースから外れていたこともあって、どうやら無事に終了したようである。そう思うにつけ、横浜マラソンのどこに中止を決断させるカギがあったのだろうか。大きなリスクになり得るとすれば、雨による直接的な影響ではなくて、雨により起こる恐れのある何かである。
それはマラソンコースの後半に登場する高速道路が関係しているような気がした。横浜マラソンは、20キロ過ぎ付近から約10キロにわたり高速道路を走るという特徴的なコースである。ここは地上から高い位置にあって、遮るものがなく、風が直接吹き付ける。20キロ以上走ってきて疲労している中、ここで風と雨を同時に受けて、相当な体力が失われるだろう。それまで順調に走ってきたランナーでも、ここで体調を崩すこともあるかもしれない。急激な変化により脱水症状とか低体温症になるランナーが続出した場合、高速道路では緊急車両の通行がままならない。車両の入れる入り口は限られ、しかも道路はランナーで埋め尽くされている。数人程度ならエイドステーションなどで待機できるだろうけど、万が一その数が数十人まで達すると大きな混乱になっていただろう。場合によっては大きな事故になっていたかもしれない。横浜マラソンならではの特徴が、今回はマイナスに作用してしまったと言えるかもしれない。もしもの話し、これがかつての横浜マラソンのように平地を走るハーフマラソンだったら、きっと決行していたと思う。もし体調不良者が続出しても、緊急車両は脇道を走れただろうからね。

 

そんなわけで、第3回横浜マラソンは中止に終わった。
ぼくが走った第2回から1年半、開催時期を変えて準備に準備を重ねてきた中、勇気ある決断により、終了したわけである。運営に携わった多くの方々には、労いの言葉をかけてあげたい気持ちである。
また走れなかったランナーはホントに気の毒である。ぜひ来年は優先して走れたらいいなと思う・・・って、抽選に外れたぼくとしては、次こそは当選したいと思ってるから、この点についてはちょっと微妙な心境ではあるけどね。
次回の横浜マラソンは、既に始まっている。今年の思いも含めて、ぜひいいイベントにして欲しいと思う。


※中止を告げる大会ホームページより。

| 日記 | 20:06 | comments(0) | trackbacks(0)
頑張れ!ベイスターズ!

ぼくは野球に興味がない。特にプロ野球は、まったくと言っていいほど興味がない。夜のニュース番組は、どういうわけか始まって30分くらい経つとスポーツコーナーが始まり、その筆頭は大抵の場合プロ野球で、ぼくは「世の中の情勢を知りたくてニュース番組を見ているというのになんだかなー」とチャンネルを変える日々である。
ぼくが野球に興味がないのは、一体どういう経緯だろう。
ぼくの記憶に残る父は、野球が大好きで、地元で少年野球の監督をしていた。また、ぼくの弟も野球好きで、草野球のチームに参加していたこともある。その血筋は確実に受け継がれていて、姪のゆうかは女の子ながら中学高校と野球部に所属し、その実力が評価されたかどうかは別として、「野球少女」として新聞に掲載されたこともある。甥のかずきも野球少年で、彼が小学生だった頃にキャッチボールをした時には、かなりの速球を放ってくるので驚いたのを覚えている。ぼく以外は、野球大好きな一族なのである。その血筋がどうしてぼくには受け継がれていないのだろう。

 

そんなぼくだから、DeNA横浜ベイスターズがクライマックスシリーズ(CS)で勝ち進み、日本一をかけた日本シリーズの進出を決めたことを翌日の朝のニュースまで知らなかったのは、これはもうしょうがないことである。横浜の球団が日本一になれるかもしれないというのは、これは大変なことである。たしか19年ほど前にも同じことがあったけど、まさに今年はベイスターズとして2度目の優勝をかけた勝負の年なわけである。
ニュースでは、広島球場での勝負を見守る横浜の熱気を報じていた。横浜スタジアムのバックスクリーンに映し出された広島戦の様子を、満員の観客席でファンが固唾を飲んで見守り、勝利の瞬間、歓喜にスタジアムが揺れた。まるで横浜で試合がおこなわれているかのような盛り上がりである。またスタジアムの外では、入場制限で入れなかったファンが、外からわずかに垣間見れるバックスクリーンの中継映像を観ながら、盛り上がっていた。いや、スゴい盛り上がりである。巨人とか阪神などには、熱狂的なファンがいることは知っていたけど、横浜にも熱烈なファンがこれほどいるなんて驚きである。スタジアムを埋め尽くし、スタジアム外の公園をも埋め尽くすファンが、19年振りの日本シリーズ進出に湧きあがっていた。

 

「ふーん・・・」
スタジアムの狂喜乱舞を伝えるニュース映像を観ていたぼくとさきこの反応は、非常に淡泊だった。横浜の球団が日本シリーズに進出するのはめでたいことで、喜ばしいことだけど、でも、どうもイマイチ喜び切れなかった。
「そもそも、クライマックスシリーズって何?」
そう、それである。プロ野球のペナントレースはセ・リーグとパ・リーグで優勝を競い合い、その優勝チームが日本シリーズに出場するルールじゃなかったっけ?リーグで3位に終わった横浜ベイスターズがどういう理屈で日本シリーズに出られるのか。いや、ルールが変わったのは分かるけどね。しかし今どき小学生でも知ってることだろうけど、プロ野球に興味がないとここまで無知になれるんだなーと逆に感心してしまう。

 

そもそも、横浜ベイスターズが優勝するかもしれないと言ったって、どうもしっくりしない。横浜の球団になって数十年を経ているとは言え、ぼくが地元の球団として馴染みがあるのはあくまで「大洋ホエールズ」である。いつの間にか、大洋ホエールズのWのシンプルなマークは、Bと星をかたどったゴチャゴチャしたマークに変わり、19年前に「横浜のプロ野球球団が優勝!」ってなった時もなんだかどこか別の球団が優勝したような感覚だった。「三つ子の魂百まで」というか、ぼくが野球に興味を失ってなかった子供の頃、大洋ホエールズ友の会に入って、野球観戦の年間パスポートをその小さな手に握りしめて、何度も横浜スタジアムに通っていたことを思い出すと、やはり横浜の球団は大洋ホエールズだろって思ってしまう。DeNAベイスターズになってから、完全に興味を失ったのかもしれないな。

 

そんなわけで、興味を失ってプロ野球の情勢にも疎くなったぼくだけど、それでも横浜が歓喜に湧いたのをちょっと嬉しく思いつつ、一方で「なんだか違う」と思いつつ、しかしさきこが実は中学時代にソフトボール部に入っていたことを思う時、きっと少なからぬ興味をもって青春をソフトボールに捧げていたさきこが、ぼくのような野球にまったく興味のない男と結婚なぞしたばかりに、横浜市民の歓喜の様子をなんだか他人事のように感じるようになり、「ところでクライマックスシリーズって何だ?」などとトンチンカンな話しをするにまで落ちぶれてしまったのを、なんだか申し訳ないと思ったりもするのである。
まあともかく、興味はないけど、横浜の球団が優勝するのは嬉しいことだぞ。頑張れ!ベイスターズ!

| 日記 | 12:08 | comments(0) | trackbacks(0)
台風21号、その猛威とアジア名。

10月に日本近海まで北上する台風は、勢力が強く、時に甚大な被害を及ぼすことが多いそうである。先週終わりから週末にかけて日本を縦断する形で抜けていった台風21号も、秋雨前線に大きな影響を及ぼし、各地で大雨を降らせる結果になった。台風自体は、日曜日の夕方から影響が出始めて、夜中に通過していってしまったので、ぼくが窓の外を眺める限り、「強めの風が吹いて、雨がしとしと降る」風景に何ら変わりはなかったわけだけど、ぼくが知らないうちに外はスゴいことになっていたわけである。
たしかに、出勤の途中に電車の車窓から見た多摩川は、河川敷まで濁流に飲まれ、うねるように流れていた。これは相当量の雨が降ったに違いない。いやはや、スゴい台風だったんだな。
さて、そんな台風前夜、実は山梨でランニングイベントがあった。
毎年楽しみにしているイベントなんだけど、ぼくはどういうわけか2年ほど参加しておらず、久し振りとなる今回の参加をとても楽しみにしていた。さきこも会社のランニング仲間が参加するということもあって、それなりに気持ちを高く持っていた。しかし、この雨である。
今シーズン初のハーフマラソンを豪雨の中で走り切れるだろうか。いや、走れたとしても、ランニング後にまったく屋根のない会場でどうやって着替え、どうやって暖をとればいいのか。ぬかるんだ会場で、シューズの中までぐちょぐちょになりながら、ハーフマラソンを走った身体をどこまで癒すことができるだろうか。しかもランニングを終えてから、2時間ほども電車に乗って帰ってこないといけないわけで、その移動でもそれなりの体力を使うだろう。ましてやさきこは長引いた風邪がやっと治ったところである。こりゃ絶対にぶり返すに決まっている。
そんなわけで、今回のランニングイベントは勇気ある撤退ということで、辞退させてもらうことにした。イベントの参加費や電車代など、それなりに費用がかかっているけど、これを惜しんで健康を損なうのもアホな話しである。
そんなわけで、週末の土日は両日とも、自宅で過ごすことにした。まあ最近は休日もなんだかんだで出かけていて、ネコの相手もなかなかできなかったので、ちょうどいい機会だった。
ネコたちも、ぼくやさきこがいつものように出かけず、自宅でまったりしているのを嬉しく思ったようで、ずっと近くに佇んで時折ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
さきこの部屋にある温熱カーペットの電源を入れて、ネコ2匹と一緒にごろーんとして過ごした。まあ何もしない週末というのもあってもいいかもしれないね。
ちなみに、楽しみにしていたランニングイベントを辞退させるまで大きな影響力を振るった台風は、今や完全に首都圏を抜けた。ブログを書きながらコーヒーなぞ飲んでいる窓の外は、ここ最近の長雨でまったく見ることのなかった晴天、雲一つない青空である。なんだかなー、この台風のせいでランニングできなかったなんてなーと思い、台風情報をもう一度見ると、台風21号に付されたアジア名が表示されていた。「ラン」と言うそうな。表記は「LAN」と書くそうだからランニングとこじつけるには無理があるけど、なんだかぼくやさきこに当てつけられたような変な感じがするのだった。

| Be RUNNER! | 12:19 | comments(0) | trackbacks(0)
今年3枚目。

先週は出張から戻ってずっと絵なぞを描いていた。集中して作業できたおかげで、1枚を描き上げることができた。
今年に入って3枚目である。今年は絵なぞがどうしても描けない冬の時代がどういうわけか長くて、1月に1枚描いた以降は9月までずっと描けないでいた。このまま絵なぞが描けなくなっちゃうんじゃないかと心配になるほどだったけど、先月何とか1枚描き上げて、続いて今月も1枚を描き上げることができた。通常の年なら、描けない期間はあるものの、その後巻き返して結果として一年で12枚ほどは描けるのだけど、さすがに今年はあと数枚といったところだろう。
それにしても、今回はある事故というか事件によって、描き上げるまでが難産だった。
ほとんど描き上げていたところで、ふいに部屋に入室してきた愛猫・フクがぴょんとデスクの上に飛び乗ってきて、多分に水を湛えたパレットの上に足を付き、バランスを崩してひっくり返り、そのドタバタの中で描きかけの絵なぞを汚してしまったのだ。紙の上に絵の具がぐちゃぐちゃというほどではなかったけど、絵の具が紙に飛び散ってしまったのだ。絵の具を踏んだネコの足が、紙の上でキレイな足形になっていたら、それはそれで良かったんだけどね。
そこで、念のために予備に用意していた下絵で再び着彩を始めたんだけど、今度はどうしても色味がいい感じで出なくて、結局予備の下絵も使い切り、再度描き直しになってしまったのだ。
ただ、描き直しになって良かったのは、当初の下絵で微妙に狂っていたデッサンやディティールを見直すことができたことである。描き直したことで、その点の完成度は上がったと思う。
とは言え、絵なぞを汚された当初は、フクに対する憤りを隠せず、でもネコ相手に怒りをぶつけたところでどうしようもないのは分かっていて、「こういうことが起こるのが『ネコを飼う』ということなんだ」と自分に言い聞かせつつ、それでも完成間近の絵なぞを汚された悲しみを前にどうしてもフクの目を見ることができず、しかもフクもそういうところは妙に察しが良くて、「あ、ボク、いけないこと、しちゃった?」的な感じで、ぼくから少し離れたところでじっと様子を伺うような目を向けていて、それが狂おしいほどにかわいかったりするのだ。フクを前にいろんな感情がグルグルと渦巻いてしまったよ。

 

そんなわけで、フクの粗相のおかげで少しだけ完成度のあがった絵なぞである。そもそもなんでこんな巨大なカッターナイフを描いたのか、自分でも分からないけど、まあそれなりにいい感じになってるので良しとしよう。
さて、来月は絵なぞが描けるかなー。

| 日記 | 12:21 | comments(0) | trackbacks(0)
絵葉書を求めて。

朝の新大阪。新幹線の乗車を1時間後に控えて、しかしぼくは焦っていた。新大阪の駅は、どこのターミナル駅と同じで、多くの人が行き来していて、ぼくは焦る気持ちを持て余しつつ、人の間を縫うように早足で歩いていた。
ぼくが何に焦っていたのか。新幹線の発車時刻まで1時間ほどある新大阪の駅構内で、実はぼくは絵葉書を探していたのだ。
新大阪の駅なら改札の外にも多くのお土産屋があり、そのどこかには大阪らしい写真の絵葉書が置いてあると思ったのだ。しかし、いくつかのお土産屋を回っても、店員に聞いても、絵葉書はないという。参ったね。

 

実は、最近の泊りがけの出張では、ぼくは自宅のさきこ宛に絵葉書を書いていた。と言っても、過去数回ほどのことなので、これがぼくの出張時の定番になっているというわけではないのだけど、今後そういう風にできたらいいなと思っていたところで、ここ大阪の地で早くも頓挫した形なのである。
絵葉書に物凄いコダワリがあるわけではないのだけどね。まあ、ぼくとさきこは30年来の付き合いなので、当時は携帯電話もメールもない時代だったから、直接会う以外の意思疎通は、自宅に恐る恐る電話をかけるか、手紙を書くかしかなかったのである。だから最近の便利ツールもいいけど、手紙を書くというのもぼくには結構大事なことだったりするのである。

 

さて、絵葉書である。いや、それにしてもお土産屋に絵葉書がないというのは、ぼくにしてみれば信じがたい事実である。別に絵葉書自体が消えつつある文化というわけでもなかろう。いや、出張の度に自宅に絵葉書を送るという酔狂はあまりいないかもしれないけど、それでも外国人旅行者の増えた昨今においては、絵葉書って定番のお土産だと思うんだけどなー。数軒も店を回ってそれでもないというのは、ホントどうしたことか。
ちなみに、新大阪の駅には文房具店と書店がある。外国人にウケる絵葉書なんかは、この文房具店で売ってるのかもしれないね。そういえば、先日銀座の伊東屋に行った時も、外国人にウケそうな絵葉書がたくさんあったな。ぼくが探していたのは、そんなコテコテな外国人ウケするような絵葉書だった。大阪城がどーん!みたいな絵葉書を探していたのだ。しかし、文房具屋や書店が開店するのは、ぼくが新幹線に乗った後の時間である。
いっそ、官製葉書を買って大阪城の絵なぞを自分で描くか。しかし駅内のコンビニに行って聞いてみたものの「葉書はないですね〜」などと返されてしまった。なんだ、関西を代表する巨大ターミナル駅に、日本が世界に誇る郵便事業が1ミリも入り込んでいないというのか。大阪の人は葉書を送る習慣とかないのか?ぼくが絵葉書や官製葉書を求めて聞いて回ってるのを店の人たちは、「あの人、葉書が欲しいとか言ってましたわ」「いや〜アホでんな〜」「ホンマですわ〜」とか言ってたりするのだろうか。
そういえば、今年の冬に福岡に出張に行った時、休みと繋げて門司港や下関に遊びに行ったけど、その時もお土産屋で葉書を買うのに苦労した。門司港の駅舎の絵葉書はかなり多くあったんだけど、当時の門司港は絶賛工事中で、建物の片鱗すら見えなかったから門司港の絵葉書を買うのはなんだか違う気がして、いくつか店を見て回って関門海峡大橋の絵葉書をゲットしたんだった。ぼくが6月に門司港に行った時に市街の道にちょっと詳しかったのは、そんな事情も関係している。

 

いやそれにしても、実際のところ、絵葉書なんて日本人にとっては過去の遺物になりかけているのかもしれない。最近はメールやメッセージアプリがかなり普及している。デジカメどころか携帯やスマホで手軽に写真が撮れるので、それを添付してメッセージを送れば、かつて絵葉書でやろうとしていた「今、大阪にいます云々」などということは簡単にできてしまうのだ。いや、絵葉書で「今、大阪に〜」と書いたところで、宛先に到着するのはその数日後であり、その時にはもう大阪にいるわけではないハズである。「今、大阪に〜」と書いて文字通りその通りになるのは、メッセージが瞬時に届くメールやメッセージアプリを使った場合である。絵葉書の役割は、もはや外国人向けのお土産くらいしかないのだ。いや、今どきの外国人だって、スマホやメッセージアプリを使いこなしてるから、絵葉書なんて買わないのかもしれないね。
そう思うと、ホント寂しい時代になったものである。
かつて旅行とは、数日がかりだった。交通網が発達していない時には、大阪に行くのに数時間、十数時間をかけていた。だから大阪に行くからには、日帰りや1泊なんかじゃなく、数日の滞在が一般的だった。数日間も不在にする自身の近況を知らせるために絵葉書が活用された。「今、大阪にいます」と書けば、それを受け取った人は送り主が無事に大阪に着いたことに安堵しつつ、楽しんでいる送り主に思いを馳せることができただろう。
この状況が変わったのは、まず新幹線の登場である。最近の新幹線なら、新大阪まで2時間半である。日帰り出張ももはや一般的である。そんな中で葉書なんぞ書いて「今、大阪に〜」と伝えたところで、とっくに戻ってきていたりするわけである。
そして先に書いたメールやメッセージアプリ、デジカメやスマホのカメラ機能の登場である。これにより大阪城に行って大阪城の絵葉書を買って切手を貼って送るよりも格段に手っ取り早く、大阪城に行ってカメラで撮影してメッセージと共に相手に送ることができる。同じ内容を複数の人に送ることも簡単である。
このような状況では、絵葉書がなくなっていくのももはや必然なのかもしれない。でもなんだろうな、手紙や葉書で育ってきたぼくにはイササカ以上に残念な感じである。

 

そんなわけで、絵葉書も官製葉書も買えず、ぼくは新幹線に乗った。
再来週も大阪出張が控えている。今度はちゃんと文房具屋で絵葉書を買うか、いやいっそ自宅にある葉書サイズの画用紙を持っていって、現地で絵なぞを描くか、いや、そんな時間はないか。いやでも、絵葉書を送る文化が滅びつつある中、これからはホントに葉書を自前で用意して、自前で絵なぞ描いて送るなんてことになるかもしれないね。まあそれはそれで楽しいのだけどね。

| 日記 | 09:35 | comments(0) | trackbacks(0)
大阪出張。

今、大阪某所のコーヒー屋でブログを書いている。9時前、ちょうど出勤時間帯である。既に仕事の準備ができていて、10時からの打ち合わせを待つばかりである。つまり1時間以上も時間を持て余している状況である。かなり早めに到着してしまったわけである。
実は本来なら、新大阪で新幹線を降りて、そこから自転車で事業所近くまで向かうハズだった。距離にして6キロほどだから、信号待ちなんかも含めて30分ほどで到着し、30分ほどクールダウンして仕事モードに転換して10時からの打ち合わせに臨むという手はずだった。
この予定を狂わせたのは、他ならぬ天気である。今日から明日、明後日にかけて、日本列島を縦断するように停滞前線が居座り、雨を降らせるんだそうな。雨の予報を前に仕事道具を背負ってサイクリングするのはキツいので、やむを得ず自転車を諦め、だから電車で移動することになり、結果として時間を持て余して約束の時刻まで待機しているというわけである。
自転車を持ってこなかったので、翌日のサイクリングも当然中止である。暗峠のサイクリング(いやウォーキングか)を楽しみにしていたんだけどなー。当初の予定では、大阪から暗峠を超えて奈良に至り、東大寺とか奈良公園とか散策した後に奈良から京都まで電車で移動して、京都から新幹線に乗るつもりだった。サイクリングができないのなら、奈良・京都経由で帰ることもないので、新幹線の時刻を変更して、土曜日は早々に帰途に就く予定である。早めに帰れるなら早くに帰りたい。さきこの調子もまだ悪いからね。
そう、さきこの調子はまだ快復には至っていない。熱は治まったのだけど、喉の痛みや咳が治まらない。特に咳が酷くて、夜になるとゴホゴホが酷くなり、眠れないほどである。さきこが咳をしているのを見ていて、ホント気の毒になる。病院に行って薬を貰って徐々に治りつつあるんだけど、時折咳が酷くなる。予定が変わった以上、こういう状態のさきこを放っておけまい。ここは可能な限り早く帰りたいものである。
大阪出張の機会はまだまだ続くからね。果たしてどんな展開になるやら、不安だけど楽しみでもある。

| 日記 | 09:42 | comments(0) | trackbacks(0)
爽快サイクリング。

週末はサイクルイベント「あしがらロングライド」に参加して、丹沢湖の辺りを65キロほど走ってきた。楽しいイベントだったなー。特に天気が良かったので、走っていて爽快だった。
懸念していたのは、丹沢湖に至る前の斜度10パーセントほどの坂道だったけど、思いのほかキツさを感じずにパスすることができた。頑張って上った先に丹沢湖があり、そのキレイな景色を楽しみながら走ることができた。丹沢湖には5月頃にも来ているし、毎年11月のランニングイベントに参加しているから、景色としてはそれなりに見慣れているつもりではあったけど、夏が終わり紅葉が始まりつつある季節の丹沢湖もなんだか雰囲気が違っていて、とても新鮮だった。夏を経たからか、5月に見た時には満々と水を湛えていた丹沢湖の水がかなり少なくなって、上流辺りではほとんど湖底が露出していたのはちょっと驚いたな。
丹沢湖手前の坂は知っていただけに心構えがあったんだけど、その先の丹沢湖のさらに上流に向かう坂道はキツかった。斜度はさほどキツくはないものの、10キロほども続くとさすがに辟易してきた。5月にデイキャンプしたキャンプ場をさらに超えてやっと折り返しに至った。
この折り返し地点でおにぎりをいただいたのだけど、非常に美味かった。さらに地元で採れたプチトマトなんかもいただいたけど、これはさらに美味しかった。身体が疲労した時のトマトは何にも代えがたい至上の美味さである。
折り返し地点以降は、上ってきた坂を下り、丹沢湖からさらに坂道を下って、フィニッシュである。折り返し地点以降の後半部分は下り基調なので、非常に走りやすかった。
スタートから4時間ほどでフィニッシュすることができた。

 

いや、楽しいサイクリングだった。今こうして思い出しても楽しくなってしまうほどである。距離も適当だったな。いや、当初は65キロじゃ足りないかなーとも思ったんだけど、実際に走ってみると、周囲に影響されて若干オーバーペースになってしまい、また信号でのストップもそう多くなかったので、それなりに身体には負担のあるコースだった。アップダウンも多かったしね。その点では、走った後の物足りなさはあまり感じなかった。いや、これで100キロコースの方に参加していたら、かなりキツいサイクリングになっただろう。景色を堪能する余裕もなかったんじゃないかな。ぼくにはちょうどいい距離、コースレイアウトだった。

 

イベントとしては今回が初回だったみたいである。そのためか、参加者がさほど多くなかったようである。数か所に点在させた駐車場も結構ガラガラだった。ぼくは東名高速の渋滞を避けるために、かなり早くに家を出たんだけど、駐車場に着いてみるとほんの数台しかとまっていなかった。まあ「丹沢湖を走る」というだけでは、ちょっと地味めな感じで、サイクリストのココロに刺さらなかったのかもしれないけど、実際は走ってみてなかなか楽しいコースである。もう少し広報に工夫をすれば、きっと賑わうイベントになるだろうなーと思った。
来年に向けて書いておくと、丹沢湖の手前の坂道、これを上る時は全然気にならなかったけど、降りる時にはかなり注意を要する。斜度がキツいので、スピードが出るんだけど、路面がコンクリートに滑り止めの輪っかの凹みがある道なので、振動がハンパない。ハンドルを持っていかれるんじゃないかってほど振動する。難点があるとすればここかもな。
しかし総じていいコースである。久し振りに楽しいサイクリングをしたわ。
また来年も晴れるといいなー。

 

※イベントを終えたのが13時前で、それから駐車場に行き、着替えて自転車をバラしてクルマに積み込み、帰途に就いたのだけど、途中で休憩を挟んでも自宅に帰ったのは15時過ぎだった。フィニッシュの制限時間はたしか17時だったかな。まだ普通にイベントが続いている時間に、とっくに自宅に戻り、シャワーなんて浴びたりしてるのが、なんだか不思議だった。あのコースなら17時まで走ってる参加者はさほど多くはないだろうけど、それでもなんか得した気分で気持ち良かったりしたのである。

 

※スタート前の会場。この程度の参加者数がちょうどいい感じかな。

※丹沢湖手前の坂道。少し休憩して息を整える。

※丹沢湖の風景。水がかなりなくなっている感じ。

※高速道路の高架下を流れる清流。

※フィニッシュ後。天気がいいので、日向ぼっこしてる人もいたな。

| 自転車日記 | 12:38 | comments(0) | trackbacks(0)
近況。

さきこの調子が悪い。
2週間くらい前のキャンプから帰ってきてすぐにナゾの体調不良にやられ、一時は体温が39.5度にまで達し、ぼくも会社を休んで病院に付き添ったりしたものである。39.5度もの高熱は、大人になってから一度も経験したことのない。これは驚いたわ。結局このナゾの体調不良は、理由もはっきりしないまま、3日ほどで快方に向かい、その後はいつも通りに会社に行ったりしていたんだけど、一昨日辺りから風邪っぽい状況になっている。キャンプ後の体調不良とは関連がないと思うけど、ここのところさきこの体調不良が続いているので心配である。
ちなみに、ネコたちは、さきこがベッドで伏せっていると、近寄ってきて添い寝などするみたいである。マスクをしていると、マスクを取ろうと爪を出してくるそうな。まるで、さきこの体調不良の元凶がマスクであると思っているかのように「これが体調不良の原因かニャー、取ってやるニャー、この、この」とか言っているようである。
最近は寒くなってきたので、朝方はベッドで寝ているぼくの足元で、身体を寄せ合って眠っている。足元ではなく、顔の方に来てくれればいいのに、コウくんもフクくんもシャイなので、顔の近くでは寝てくれない。ぼくも寝返りを打つ時に無意識に足のやり場に気を付けたりするので、実はなかなか安眠できていないのも事実である。でも、ネコの癒しは何にも代えがたいので、ホントにネコと一緒にいられて良かったなと思う。

 

さて、今週末は久し振りにサイクルイベントに参加する。途中の坂道を上れるだろうかと不安だけど、ぼくには伊豆半島を一周してきた自負があるわけで、ここは気合いを入れて頑張ろうと思う。
また大阪に出張することになり、自転車を持っていこうと画策中である。以前にも書いたけど、今回は暗峠を超えて、奈良の方に行ってみる予定である。修学旅行でしか行ったことのない奈良はどんな世界なのか。ちょっと楽しみである。
ランニングの方もいよいよシーズンが本格化してきた。今月下旬に今季初のランニングイベントがある。ダイエットの効果がどこまで現われるか、ちょっと楽しみである。
そんなこんななので、絵なぞがなかなか描けない。いや、時間があっても気分が乗らない時も多い。自室に入ってくつろいでしまわないで、ちゃんとデスクに向かうようにすればいいのに、つい足を投げ出して、リラックスモードに入り、そんな折にネコが近寄ってきて「ニャー」とか言うと、もうお絵描きどころではなくなってしまうのだ。この悪巡回を絶たないと、いつまでも絵なぞは描けないだろう。書籍も増えてきたので、収納棚が欲しくなってきたところだし、ネコの誘惑にも負けないストイックな感じで自室改造計画を進めないとダメかなー。

 

10月になり、今年も残すところ3か月弱になった。いや、つい先日年賀状を書いたかと思ったら、もう冬である。早いものである。仕事もプライベートも今年度下期を頑張ろう。

| 日記 | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0)
ワクワク・出張サイクリング。

少し前の話しだけど、5月に会社の出張で鳥取に行ってきた。仕事が終わった翌日、ぼくは名峰・大山のヒルクライムを楽しんだ。非常に有意義な出張サイクリングだった。
ちなみに、出張の機会を利用して遊ぶというのは、ギリギリだけど、就業規則に違反していない。
行き帰りの交通費は会社負担ではあるけど、延泊したりして帰りが1日程度遅くなったところで料金に差はないし、これで会社から不当な利益を受けることはない。日帰り出張なのにホテルを予約して宿泊することだって、その宿泊代をぼくが負担する分には、これも不当なことではない。出張にかかる移動時間は就業時間の一部なので、勝手な行動、たとえば電車で移動すべきところを自転車で移動してはいけないのだけど、ぼくはいつも半休を取得している。つまり自分の休暇の中で出張先に移動するわけである。業務外だから事故に遭っても自己責任だし、そもそも休暇の過ごし方をとやかく言われる筋合いはない。その辺は重々分かったうえで、あえて出張時に自転車を持っていっているわけである。
とは言え、出張の度に自転車を持っていくとか、サイクリングを楽しんでSNSに投稿するとかしていると、周りからの見え方は悪いとは思う。先に書いたような気遣いをしていることを知らない人の中には、業務としての出張と個人としての旅行を混同していると非難する人もいるだろう。後ろ指差されないようにしているということを、ぼくはあえてひけらかすようなことはしないからね。だから誤解する人もいるんだろうな。世の中には、表層だけで判断する人もいるからな・・・っていうか、会社や仕事で得た機会を利用して楽しもうと思ったら、普通なら後ろ指差されないように考えるだろって思っちゃうけどね。
ともかく、ぼくが出張をする度に、サイクリングがどうのと言っているのを眉をひそめて見ている人は一定数いるわけである。
おお、冒頭の「ちなみに」以降が長くなってしまった。鳥取の出張の話しである。

 

秋にも鳥取出張の機会を得た。ホントはもっと早くに行くハズだったのが、他の仕事の関係で準備になかなか時間が割けず、結局夏が過ぎてしまった。ホントは9月とか10月とかに行きたかったけどな。
と言うのは、以前から次の鳥取出張サイクリングでは、ちょっとしたチャレンジをしようと思っていたからである。
それは、中国山地横断である。
鳥取の米子からスタートして、中国山地を超えて岡山まで行くルートである。日本海から太平洋(瀬戸内海)へ渡るサイクリングで、走行距離は160キロほどである。これを1日でやってみようと思っていた。
2年ほど前に出雲市から寝台列車・サンライズ出雲に乗った時に通った伯備線沿線の道である。サンライズ出雲の車窓から見たのは、既に日が暮れて真っ暗になった夜だったけど、電車と並走する道路で、これがなかなか走りやすそうな道だった。道が電車から見えるということは、道から電車が見えるというわけで、サイクリングしながら電車と並走できるのもなんだか楽しそうだなと思った。1日で160キロというのは、今までに経験のない距離ではあるけど、朝早く出ればできない距離でもないだろう。夜に岡山に着いて、24時発のサンライズ出雲・瀬戸に乗って帰ってくるのもいいなーと思ったわけである。いや、電車に自転車が載せにくいので難しいかもだけど。

 

いや、こうして書いているだけでワクワクしてくるサイクリングなのだけど、残念なのが出張の時期である。
11月に中国山地を超えるというのはどうだろう。さすがに遅きに失していないだろうか。これは寒いだろう。いや寒いどころか、雪が降ったりしてるかもしれない。ここを朝早くから夜までサイクリングするのはちょっと避けた方がいいかもしれない。初めてのサイクリングでは用心深すぎるくらいがちょうどいいものである。残念だ。
先に書いたように、会社に迷惑をかけていないとは言え、ぼくの出張サイクリングをよしとしていない人がいるのも事実なので、その人たちの圧力でいつどういう形で出張サイクリングが終わりを迎えるか分からない。その前に、鳥取・岡山ルートは走っておきたかったなー。

 

ちなみに、10月からは大阪出張の機会が増えてくる。まだ分からないけど、予定では月に2回くらいは大阪に行く機会があるハズである。この機会にぜひ大阪でサイクリングしてこようと思う・・・とか言って、既にいくつかのサイクリングルートの候補が検索済みである。今からどこを走ろうかワクワクしている。
もっとも行きたいのが、大阪と奈良の県境にある「暗峠」である。いや、ぼくのような貧弱な足で上れる峠ではないことは重々承知である。おそらく自転車を押して上るのだろう。でも、日本屈指の劇坂を一度体験しておきたい。

 

最近は働き方改革なんて言って、会社でさまざまな取り組みをしている。以前はワーク・ライフ・バランスなんて言っていたけど、つまりは働き過ぎを抑制する動きである。以前のような残業さえ削減できればOKみたいな風潮ではなく、ゆとりある生活が仕事上での高いパフォーマンスを生むみたいな話しになっていて、どう働くかと同時に、余暇をどう過ごすかを問うような展開になってきている。非常にいい風潮である。僭越ながら、ぼくなんかは就職した当初からそのことばかり考えてきた人なので、昨今のこの動きにはなんとなく「今さら感」が否めないのだけどね。
そんなゆとりある生活や余暇の過ごし方のひとつが、出張時の過ごし方だと思うのだ。せっかく普段は行かない場所に行くのだから、ついでにいろんなものを見てくればいいのだ。出張に行っても「これは業務命令で来ているのだから、業務以外のことはしてはならないノダ」なんてロボットみたいなことを言ってると、豊かな発想力なんて出てこないと思うのである。
特にぼくは事務仕事の人なので、営業職のように外に出る機会が非常に少ない分、出張の機会こそ120パーセント生かさないとね。

 

そんなわけで、11月の鳥取出張ではあまり楽しめないかもしれないけど、10月の大阪出張ではサイクリングを楽しんでこようと思っている。ついでに、あまり声高に出張サイクリングを主張するのはやめておこう。ブログで大いにはしゃぐ程度にしておこう。

 

※ところで、さきことサイクリングの話しをしていたら、来年はどこかに行きたいなんて話しになって、ぼくがおススメしている北海道のオホーツク海沿岸を走るサイクルイベントについて、ついにさきこから「行こう」という言葉を得た。
走行距離は長いものの、アップダウンがほとんどないコースなのが良かったみたい。オホーツク海の海岸の風景やどこまでもまっすぐな道、広大な牧草地、草を食む牛や馬、美味しい食事なんかを堪能できたらと思っている。
ちなみに、このイベントはここ最近、道外からの参加者が極端に少ないのだそうな。まあ北海道に行くにはかなりおカネもかかるしね。ぼくが参加した時は神奈川県の参加者は、ぼくを含めて2名だったと記憶している。さきこは自転車仲間に声をかけて、神奈川県参加者をどどんっと増やして、運営側をびっくりさせてやろうなんて息巻いていた。それも面白うそうだな。来年が楽しみだ。

| 自転車日記 | 12:15 | comments(0) | trackbacks(0)
昭和62年10月2日。

ぼくとさきこが交際を始めてから、ついに30年もの歳月が流れた。1987年10月2日に部活からの帰り道にぼくとさきこは交際をスタートさせたわけである。あれからもう30年である。時間が経つのは早いものである。まあここ数年はさらにあっという間に過ぎちゃった感じがするけどね。
1987年と書くと、四桁の数字になるから30という数字が随分小っちゃく見えるけど、昭和62年と書くとぐぐっと一層昔の感じがする。来年で平成も終わろうかという中、昭和の時代からさきことの付き合いが続いているわけで、それはホントに長い時間だなーと思うわけである。
ちなみに、来月11月13日はこの交際開始日からカウントして1万1千日目である。ついこの前1万日記念に指輪を作ったと思ったら、あれから早くも1千日、3年弱がが過ぎたわけである。歳をとるとホントに月日の流れが早くなる。この分だと、40周年の記念日もあっという間に来そうである。40年というと西暦2027年である。和暦では平成が終わって、新元号の9年である。うん、今から考えるとなかなかの未来である。さて、そんな10年後の未来にぼくは何を思うのだろう。まだ子供みたいなことを言ってるんだろうなー。まだブログを続けているのだろうか。今と同じく、さきこと仲良くやってるかな。思いを馳せるとなんだか、これからの人生が楽しみになってきた。
そんなわけで、新しい時間がこうしてまた始まったわけである。

| 日記 | 11:55 | comments(0) | trackbacks(0)
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